益田ミリ『どうしても嫌いな人』に見る、同僚を好きになれないと悩む人の盲点
「労働×女子」の分野でマンガ研究を行う大学教員・トミヤマユキコさんが、働きながら生きる上での悩みを“女子マンガ“で解決します!

働く女性たちの悩みに対して、解決の糸口になる「女子マンガ」をトミヤマさんがピックアップしていくこちらの連載。
今回のテーマは、職場の人間関係。
「どうしても好きになれないメンバーとの関わり方」に悩む女性に対してトミヤマさんが処方したのは、益田ミリさんの『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』だ。益田ミリさんといえば、今年手塚治虫文化賞短編賞を受賞したことでも話題だ。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
【お悩み】好きになれない部下がいる
人間として好きになれないメンバーのマネジメントに悩んでいます。
管理職、上司という役割上、人を選ぶわけにも態度に出すわけにもいかず……。自身にも組織にもちょうどいいバランスの関わり方はないでしょうか。
相談者のCさんは、苦手な人との付き合いに悩んでいるだけでなく、上司として感情をコントロールせねばらなないとも考えているようです。
「あの人めちゃくちゃ苦手だから遠ざけちゃお!」と横暴にならず、どうにか踏みとどまれている。
しかもこうして相談までできているのは、Cさんがとても理性的で、自分の持っている権力に自覚的だからだと思います。
そんなCさんの現状って、益田ミリ先生の『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』とすごくよく似ているんですよ。
主人公のすーちゃんは、カフェで働く36歳。店長になって2年目です。仕事自体は気に入っていて、接客からバイトのシフト調整まで、上手にこなしています。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
しかし、このカフェには、向井さんというちょっと厄介なスタッフがいるんです。
お客さんの注文や食べ方に文句を言ったり、店長であるすーちゃんに相談もせずアルバイトの子を正社員にしようとしたり。
それをすーちゃんがやんわり注意すると「なに、それ いい子ぶって」とか「なんか、優等生〜」とか言ってくる。
しかも、そういった発言を即座に「冗談」ってことにしてくるので、すーちゃんは笑って済ませるしかなくなってしまうんです。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
まさにすーちゃんにとって「人間として好きになれない」タイプの人です。
もし、向井さんがもっと分かりやすくいじわるな人だったら職場で浮いちゃうと思うんですが、そこまでじゃないんですよね。だから彼女と仲良くなるスタッフもいたりするんです。
私も読んでいて、嫌なヤツ加減が絶妙すぎるなと感じてしまいます(泣)

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
すーちゃん的には、誰に対してもフェアでありたいし、チームをうまくまとめていきたい。ただそれだけなんですよね。
でも向井さん一人いるだけで、なんだか全てが上手くいかなくなるし、気持ちが沈む。
きっとCさんも似たような心境ではないでしょうか。
「自分にとって嫌なヤツ」にひそむ罠
Cさんは30歳、すーちゃんは36歳。
私は45歳と先輩ですが、いまだに苦手な人と仕事をするときはズーンとなる。こういうのって、加齢とともに気にならなくなったり、「仕事だから」と割り切れたりするわけではないのだと思います。
私がすーちゃんをえらいなあと思うのは、向井さんの問題が出てきたときに、そもそも「嫌い」とはどういう状態なのか、言葉の意味を辞書で調べてみたり、向井さんの好きなところを見つけようとしたり(そして失敗したり)しているところ。
このトライアンドエラーがすごく大事だと思うんですね。こうした行為によって、自分の中の「嫌い」「苦手」と向き合えると、感情の輪郭がはっきりしていくじゃないですか。
それをやっているのが、とにかくえらいなと。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
特に、向井さんのように「自分にとっては嫌なヤツだけど、仲良くできてる人もいる」ケースでは、自分から見たその人と、他人から見たその人が違う可能性が大いにある。
だから、自分はなぜその人が嫌いなのかを、自分視点でじっくり考える必要があるんです。
「世間的にはこうだから」とか「常識的にはこうだから」といったことは関係ありません。極めて個人的な胸の内を分析することが肝要です。
ちなみに本作には、すーちゃんの親戚で、あかねちゃんというOLが登場するのですが、彼女もわりと分析上手だと思います。
あかねちゃんは、同じ部署にいる木村さんのことがあまり好きではありません。
彼女の所属部署に女性は二人だけなので、できれば仲良くしたいとは思うものの、木村さんはズルや手抜きが妙にうまいのです。
そしてその皺寄せは、いつだってあかねちゃんに来る。しかも周りの社員はそのことに気付いていません(節穴!)
あかねちゃんは、木村さんのこういうところが嫌だ、という部分を見つけては心の情報庫にストックし、あれやこれや考えを巡らせています。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
二人とも苦手な人について分析しているわけですが、その後に出した結論はまるで違っています。
詳しくはマンガを読んでほしいのですが、すーちゃんは思い切った決断によって新たな道を模索し始め、あかねちゃんは自分の人生にとってより重要だと思えることに集中し始めます。
本作は「職場に苦手な人がいたらこうしなさい」という明確な答えを提示しません。
「答えそのもの」ではなく、「答えの出し方」を提示する。それが本作のやり方なのです。
嫌いな人を好きにならなくていい
そして、ここがおそらく本作において最もも大事な部分だと思うのですが、たとえ嫌いな人がいたとしても、その人を無理に好きになる必要は一ミリもないというメッセージがはっきりと伝わってきます。
すーちゃんもあかねちゃんも、最後まで嫌いな人を嫌いなままです。
嫌いな人が良い方向に変化したりもしません(まあ、こういう人って、何を言っても変わらないことが多いですからね)
それでも、すーちゃん&あかねちゃんは、嫌いな人との付き合い方を自分で決めて、人生のコマを先に進めています。
というわけで、Cさんにおかれましては、ちょっとしんどいかもしれませんが「その人を嫌いな自分」を徹底分析するところから始めていただきたいのです。
文面を見る限りですが、嫌いな人とどう接するべきかについて悩むあまり、ご自身の感情と向き合う時間が足りていない気が……。
なんならお友達とかに愚痴ってみてもいいと思います。解決策を探すためではなく、あなたの小さな(しかし無視できない)傷つきを癒やすためにも大事なプロセスです。
一見、遠回りなようですが、自己分析という名のセルフケアこそが、嫌いな人と折り合いをつけるための近道なのだと思います。

©益田ミリ『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』(幻冬舎)
なお、この作品を読んでからの私は、「嫌いな人からはたまに逃げる」ことにしています。
自分の中でがまんして、がまんして「もう無理〜!」となったら、ちょっとだけ逃げるんです。会議を早めに切り上げたり、対面からオンラインに切り替えて物理的に遠ざけたり、といった感じで。
そうやって自分の気持ちを優先すると、なんとなく余裕が出てきて、またしばらくはいつもの自分で働ける。「嫌いな人がいていい」「でもがまんしすぎない」「逃げることに罪悪感を抱かない」をモットーに騙し騙しやっています。
ただの時間稼ぎだと思われるでしょうか? でも、時間を稼いでいる間に異動などで職場環境が変わったり、周囲の人が関係調整役になってくれたりして、思いのほか過ごしやすくなる可能性は十分にあるんですよ(経験アリ)
なので、私は今のところこのやり方を採用しています。
これはすーちゃんともあかねちゃんとも違うやり方ですが、登場人物たちと一緒に考えながら、自分なりの答えを導き出せるのが本作の良いところ。
CさんにもCさんだけの答えが出るよう祈っています!

東北芸術工科大学准教授/マンガ研究者/ライター
トミヤマユキコさん
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『ネオ日本食』(リトルモア)、『労働系女子マンガ論!』(タバブックス)、『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある ■X/Instagram
書籍情報

どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心(幻冬舎)
その人のことを思い出すだけで、心の中がざわざわキリキリ。どうしても嫌いな同僚が原因で、仕事に行くのが憂うつなすーちゃんは、どう自分と折り合いをつけるのか。累計20万部のシリーズ最新作。
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『働く女の悩みは、女子マンガに聞け!』の過去記事一覧はこちら
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