「手に職=安心」は幻想? 激変するAI時代、28歳の「長く働く武器」を考える/ はたらくAI&DX研究所所長・石原直子×人事・武田雅子

Woman type13周年特集
28歳、これからの私。

もうすぐ30歳──「素敵な大人」になるために、28歳の今からやっておきたいことって何? サイトオープン13周年を迎えたWoman typeが、「なりたい自分」になるための“28歳のこれから”を一緒に考えます

手に職

28歳は30歳を目前に、「この会社に居続けていいのか」「今の仕事を続けるの?」と、今後のキャリアを考える時期。

30代での仕事と子育ての両立を視野に入れ、武器となるスキルや技能を身に付けようと考える人もいるだろう。

ただ、AIのすさまじい進化により社会が大きく変わるであろう過渡期の今、「現在の手に職」がいつまで通用するかは分からない。

将来の予測が困難といわれるVUCA時代、一体何が長く働く武器になるのだろうか。

AI&DX時代の「はたらく」について研究する石原直子さんと、大手企業からスタートアップまで人事として多くの会社員を見てきた武田雅子さんに聞いてみた。

株式会社エクサウィザーズ  はたらくAI&DX研究所所長 所長<br /> 石原直子さん

株式会社エクサウィザーズ はたらくAI&DX研究所所長 所長
石原直子さん

銀行、コンサルティング会社を経て2001年からリクルートワークス研究所に参画。人材マネジメント領域の研究に従事し、15年から20年まで機関誌『Works』編集長、17年から22年まで人事研究センター長を務めた。22年4月、株式会社エクサウィザーズに転じ、はたらくAI&DX研究所所長に就任。専門はタレントマネジメント、ダイバーシティマネジメント、日本型雇用システム、組織変革など。著書に『女性が活躍する会社』(大久保幸夫氏との共著、日経文庫)がある。近年は、デジタル変革に必要なリスキリングの研究などに注力

株式会社ZENTech 取締役<br /> 武田雅子さん

株式会社ZENTech 取締役
武田雅子さん

1989年にクレディセゾン入社。全国のセゾンカウンターで店舗責任者を経験後、営業推進部トレーニング課にて、現場の教育指導を手がける。その後、戦略人事部において人材開発などに関わり、2014年人事担当取締役に就任。16年には営業推進事業部トップとして、大幅な組織改革を推進する。18年5月、カルビーに入社。全員が活躍する組織の実現に向けて、人事制度・施策改革に取り組んだ。23年よりメンバーズで専務執行役員CHROを務め、24年9月退任。23年10月よりZENTech取締役

AI時代に「これを習得すれば安心」はない

編集部

長く働く武器として、手に職を付けたい人は多いです。

AIにより社会や働き方が大きく変わる過渡期の今、どんな力を付けたらいいでしょうか?

石原

具体的な話をする前に、まずは手に職の捉え方をアップデートする必要があると思います。

編集部

どういうことでしょう?

石原

従来の手に職には「資格などによってスキルや能力を証明できれば安心」というイメージがありました。

でも、おそらく今資格によってレベルが高いと認められる仕事のほとんどがAIによって激変します。

秘書はほぼいらなくなるし、高度な専門職の代表格だった会計士などの士業もAIが多くの部分を担うことになりそうです。

編集部

単純作業系の業務だけじゃなくて、手に職と言われていた仕事もおびやかされているのですね……。

石原

そして、その変化は本当に激しいんですよ。

最近でいえば、9月中旬にOpen AIが最新の生成AIモデル「o1」をリリースし、「AIによってこんなことができる」のレベルはグイッと上がりました。

AIの進化がある程度の高みで落ち着いてくれない限り、「このスキル/資格があるから安心」という手に職はないと思った方がいいと思います。

編集部

そんな……。

武田

手に職の本来の意味を考えてみるといいのでは?

要はポータブルスキルであり、手に職は「いつでもどこでも職がある状態でいられるための手段」とも言えますよね。

石原

そう。これからの手に職は、従来の職種に紐づくスキルや資格ではないと思います。

「手に職」のマインドセットをまずは変えましょう。

編集部

そうなると、これからの長く働く武器とはどんな力でしょうか?

AI時代の“手に職”1. 誰かの役に立てる力

誰かの役に立てる力
石原

一つは「高いレベルで誰かの役に立てる力」だと思います。

営業として高い売り上げを上げるといった貢献だけでなく、「営業アシスタントとして営業チームの成績を2割上げられる」「私がいれば上長の負荷を軽減できる」でもいい。

どの部署で何の仕事をするにしても、誰かの役に立つ力はこの先も長く使える手に職になると思います。

武田

私は複数の会社とお仕事をしていますが、お引き受けするかどうかの判断軸は、社長に心底共感できて「この人を手伝いたい!」と思えること。

そうすると、プロンプト以上のことをしようと思うんですよ。「実はここも困っていませんか?」と予測して立ち回れる。それがAIにはない、人間の強みですよね。

石原

まさに「社長の役に立てる」が武田さんの手に職ですよね。

編集部

28歳で身に付けられる力ではなさそうな……?

石原

そんなことないですよ。

「この仕事は誰のためになるのか」「何の役に立ってるのか」「誰がこれを欲しているのか」「なぜこれが必要なのか」

これらを普段の仕事から意識すれば、「このデータも必要になるだろう」など、その後に起きることも予測し、先回りして準備ができるようになるはず。

それもまた「役に立つ」ですから。

武田

まずは利他の精神で、周りの役に立てそうなことはないか、気付くことがスタート地点。

そこから視座が高くなるにつれてスコープが大きくなり、より広い視野でチームやビジネス、会社を見られるようになって、より高いレベルで役に立てるようになるのでしょうね。

石原

何より、誰かの役に立てるのは楽しいし、中毒性があるんですよ。

「こういう人のためだったら頑張れるんだ」「こういう場面で私がこうすると良くなるんだな」という経験を重ねていくと、アドレナリンが出て頑張れちゃうわけです。

AI時代の“手に職”2. 飽きずにできる仕事をする力

 飽きずにできる仕事をする力
武田

あとは、いくらやっても飽きない仕事をすること。それが究極の手に職だと思います。

例えば私の場合、社員面談は100人やっても全く苦にならないんです。周りからはおかしいって言われるけど、いくらでもできちゃう。

編集部

そういう仕事ってどうしたら見つけられるんでしょうか?

武田

いろいろやってみるしかないんじゃないかな。

石原

同感です。

どんな仕事にも苦しいことはあるわけで、「この仕事だったら難局も乗り越えられるな」と実感できて初めて「私これ好きなんじゃない?」と気付けるのだと思います。

編集部

そうなると、すでに今の仕事がつまらない場合は転職した方がいい?

武田

うーん。

より良い環境を求めて転職を考える人は多いけど、自分のいる場所を本当に正しく知っているかというと、怪しい気がします。

近視眼的に景色を見ていないか、飛び出す前に一度、冷静に周囲を見渡してみることも必要かと。

武田

自分が知らないだけで、中期経営計画にものすごく良いことが書いてあるかもしれないし、統合報告書で社長がびっくりするようなことを言っているかもしれない。

海外に留学した人が日本の良さを慌てて勉強するのと同じで、まず自分の会社についてしっかり人に説明できるぐらい理解していないと、次の良い一歩は踏めないと思います。

石原

仕事がつまらない、意味がないと思うときは、大体自分の視野が狭いんですよ。

ある程度続けていくと、全体の中で今の仕事がどう役立っているかが見えてくる。実は自分の仕事がいろいろなところにつながっているのだと分かります。

そうすると「この部分で頑張りたい」「こっちの方向にいきたい」というのも見えてくるはず。

武田

やり切るとビジネスや会社の仕組みが分かるんですよね。そう言えるまでやってみなよって思います。

石原

今の仕事を味わい尽くして、仕事の意味や必要性を自分の言葉で話せるくらいになったら、自然と「あなたにぜひこれをやってほしい」と次の仕事も回ってきますからね。

そもそも「手に職をつけたい」というのは、多くの場合、逃げでもあると思っていて。

武田

分かります。現実逃避ですよね。

だって、まだ28歳ですから。食わず嫌いするには早すぎかなとも思います。とりあえず口に入れて噛んでみた方がいい。

石原

そう!じっくり味わったら意外に癖になる味かもしれないよ?っていうね。

特に今は女性にチャンスを与えたいと思っている会社が多いから、そういう意味でも「つまらない」と思うには早すぎる。

石原

それこそ辞める前に「異動したい」「この仕事がしたい」って言えばいいんですよ。それでダメなら辞めればいいわけだから。そうすると、前の仕事の意義も見えてくるはず。

だから基本的には「とりあえずやってみたら?」と思いますね。

不安をなくす方法は「手に職を付ける」ではない

編集部

「役に立つ力」も「飽きずにできる仕事をする力」も、身に付けるのは時間がかかりそうだなと思いました。

武田

仕事をしていくうちに、だんだん外堀が埋まっていくと思いますよ。

石原

そうそう。一生懸命誰かの役に立とうと考えながら働いてるうちに、「私の仕事はこれ」と思えるものが見えてくると思います。

武田

Connecting the dots (点と点をつなげる) ですよね。振り返って、足跡をつなげると軸ができている。

私もキャリアのスタートは営業で、途中で人事をやるようになって、気付いたら「人事の人」と言われるようになっていました。

自分としては「あ、そうなの?」みたいな感じで。

編集部

将来が不安だから手に職を付けたいと考える人は多いですが、「これをやっておけば安心」はないんですね……。

石原

その不安はプログラミングなどの技能を身に付けたり資格を取ったりしても、解消されないと思いますよ。

「どうすれば貢献できていると実感して仕事ができるのか」を考えて、今日の動き方を変えること。それが一番の不安の解消方法です。

武田

自分の仕事の全体像が見えていないから、貢献していると思えない人も多いですよね。

毎日一生懸命やっている仕事の先が分からないって、それほど虚しいことはないですから。

全体像を掴むには、役職につくのが手っ取り早いんだけど。

石原

そう! 私も役職者になるのが一番だと思います。28歳の皆さんは嫌がるかもしれないですけどね。

武田

それでもあえて声を大にして言いたいですね。

例えば、私が新卒で入ったクレディセゾンで初めて仕事の全体像が見えたと実感できたのは、営業の統括部門の課長時代。

システムトラブルが起きたことで、クレジットカードに申し込むところから債権回収まで、一気通貫で全部を俯瞰して見ることができました。

武田

そうやって一度高いところにいくと、戻れないんですよ。そっちの方が面白いですから。

私は個人のプレーヤーとしては全然優秀じゃなかったけど、チームでうまいことやるのは割と得意だと、まさに30歳前に気付けたのはラッキーだったなと思います。

「これなら役に立てるかも」と思えたのも、その頃でしたね。

石原

武田さんが人事になったのはその後ですよね。営業と人事は違う仕事だけど、やっていくうちに営業時代の経験が生きる場面はあったはず。

そして、これまでの全ての経験が自分の身になっているからこそ、役に立てる実感が強くなり、「これが私の手に職だ」と思えるようになっていったのだと思います。

編集部

安心感を得るのに近道はないわけですね。

武田

そんな魔法はありませんよ。「すぐ痩せる薬」がないのと一緒です。

それに「安心を得るための手に職」は「How(手段)」であり、それだけで終わるのはつまらないんじゃないかな。

大事なのは「What(何がしたいか)」であり、「どういう世界観で生きていきたいの?」を考えることだと思います。

石原

「これぐらいでいいか」というスタンスでつまらなさそうに仕事をしている人は、最終的には居場所がなくなりかねません。

どの企業もまだ大きな声では言いませんけど、そのレベルならAIに任せても同じなんです。のめり込んでくれるから機械以上のことができるのであり、人間がやる価値が生まれる。

石原

つまり、前のめりに仕事に取り組めて、目の前の仕事以上のことも見えている人がチャンスをつかむ。それはもう、絶対です。

そういう意味でも「What」は大事。仕事を好きになることを考えた方がいいと思いますね。

企画・取材・文・編集/天野夏海