日本企業が決定的に見落としている「AIを使う気になれない」働く女性の本音【Cynthialy國本知里さん】
デジタル技術が発展していく中で、2030年までに120万人程度の事務職が余り、専門技術職は170万人程度不足するーー。
そんな衝撃的な未来予測のシナリオ(出典:三菱総合研究所)が、ChatGPTに代表される生成AIツールの普及によって現実味を帯びてきた。

2025年には、欧米ではすでに当たり前に使われている「AIエージェント」(※)が日本企業の間でも普及し始める見込みです。
すると、コールセンターやインサイドセールス、カスタマーサポート、マーケターなど、さまざまな職種の仕事やオペレーション業務がAIに代替されるようになります。
目的・ゴールを与えれば、過去データの分析、タスクの洗い出し、タスクの実行まで行ってくれる完全自律型のAIシステム。特定の職種の専門家として一人の従業員のように働いたり、ある事業部で行う一連のワークフローを自動化したりできる
そう話すのは、法人向けに生成AIに特化した事業変革・活用定着コンサルティング・開発支援を行うCynthialy株式会社の國本知里さんだ。
今から2年前、ChatGPTの登場と時を同じくして起業し、日本企業の生成AI活用をサポートしてきた。

Cynthialy株式会社 代表取締役
國本知里さん
大学院卒業後、SAPにてHR、SaaS法人営業を経験後、AIスタートアップでの事業開発マネジャーとして、大企業向けAIビジネス新規事業・営業・マーケに従事。その後、DX・AIスタートアップの支援会社を創業、マーケティング・PR立ち上げ・DXハイクラスエージェントを立ち上げ。2022年10月にCynthialyを創業し、生成AI活用人材の育成事業を推進。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授 X(@chelsea_ainee)
その傍らで國本さんが強い課題意識を持っているのが、AI分野で活躍する女性の少なさ。そして、AIに関する知識・スキルを持たない女性たちが近い未来に直面し得るキャリアのリスクだ。
「AI時代」が叫ばれるようになってはや数年。あらゆる職業が「AIに淘汰される」ことが指摘されてきた。それでもなお、AIスキルを磨くことにいまいち意欲的になれない女性がまだ多いのだとすれば……それはなぜなのだろうか。
女性たちにこそAIスキルが必要
Cynthialyでは女性AIコミュニティー「Women AI Initiative」の運営を通じて、女性向けにAI領域のリスキリングの機会や、AIやテック領域に興味のある女性たち同士がつながりあうための機会を提供しています。

私がAI知識・スキルの習得を通して女性のキャリアを支援しようと本気で考え始めたのは、起業して約1年がたった時でした。
CynthialyではかねてからAIをテーマにした講演会を何度か主催してきたのですが、気づけば登壇者のほとんどが男性。15人ほどのスピーカーが集まるカンファレンスを開催した時も、女性の登壇者は私一人でした。
ダイバーシティーの観点から見て「これはよくない」と分かってはいたんですけど……。とはいえ、この分野で話をしてもらえる女性が思い浮かばず「こうなってしまうのは仕方ない」と思っていたんです。
そんな中、ある起業家の女性に「AIのイベントに出てもらえませんか?」と依頼したら、「男性ばかりのイベントには出ない」とはっきり断られてしまって。
「いないから仕方ない」ではなく、AIの領域で活躍する女性をちゃんと見つけたり、育てたりして増やす努力を自分たちからやっていかなきゃいけなかったんだと思い直しました。

さらに、「2030年までに約120万人の事務職が余り、逆に専門技術職では170万人が不足する」という予測シナリオ(三菱総合研究所)を見たことも、「女性×AI」の分野への興味を持った一つのきっかけになっています。
今後AIエージェントを使いこなす日本企業が増えれば、ほとんどのオペレーション業務をAIに任せられるようになるため、このシナリオが示す未来がもっと早く来るかもしれません。
現状、事務やオペレーション業務を多くの女性が担っていることを考えると、このままではキャリアの危機に立たされる女性がさらに増えてしまう。
あるところでは人がすごく余っているのに、別のところでは人が全然足りていない……そんな世の中のアンバランスを解決できたらと思ったのです。
だからといって、AIの普及はもはや止められるものではありません。ビジネスのインフラとして「使って当たり前のもの」になっていきます。
こうした流れの中で、女性たちにこそAIの知識・スキルが必要だという思いを強くしました。
AIは人間の能力・可能性を拡張するもの
一方、生成AI活用の支援で各社の現場に入らせていただくと、AIに対して何となく苦手意識を持っている女性がまだまだたくさんいます。

例えば、生成AI活用を始めたばかりの会社では、「ChatGPTに何か聞いてみる」くらいのことはしたことがあるけれど、「業務にどう生かせばいいのかは分からない」「難しそう」だと答える人がほとんどです。
また、AIを単に「生産性を上げるためのツール」だと思っている人も多く、AIを魅力的なものとしてとらえられていない人もいます。ですが、それはすごくもったいないこと。
私にとってAIは、人間の能力や可能性を拡張してくれるすばらしいツールです。
例えば、これまで数時間かけて作っていた資料も、生成AIに正しいプロンプト(指示)さえ与えられれば、ものの数分で同じレベルのものが作れます。
エンジニアリングの知識がなくてもプロンプトさえ書ければ簡単なWebサイトならすぐに作れるし、起業経験がなくてもそれなりの事業計画書や経営戦略だって作れてしまう。
AIを使って業務を効率化して捻出した時間で、自分の好きなことができるようになるかもしれない。人を雇わなくてもAIで事業計画書もWebサイトも作れるなら、自分にだって起業できるかもしれないーー。
そんなふうに「効率化した先」にできることを考え始めたら、何だかわくわくしませんか?
AIに魅力を感じないのは“企業都合”のせい?
ただ、女性たちがいまなおAIに魅力を感じづらいのは、企業のせいでもあると思うんです。

例えば、生成AIを使って、今まで8時間かかっていたような事務作業を1時間以内でできるようになったとしましょう。
本来であれば、労働時間を短くできた分、趣味に割く時間を増やしたり、副業に挑戦してみたり、その人が自由に使える時間が増えてしかるべきです。
でも、業務を効率化したらしたで「8時間分しっかり働いてもらうために、もっと業務量を増やす」方にいってしまう会社が多いのではないでしょうか?
企業にとっては都合がいいけれど、これでは働く人にとってあまり魅力がありません。
それに、育児や介護を理由に一度仕事を離れてしまった人も、生成AIツールを使いこなせれば、時短勤務でも高いパフォーマンスを上げられるようになるかもしれません。
ただ、そこでフルタイムの人と同じくらいの成果を出しても、「時短勤務だから」という理由で給料が低かったり高く評価されなかったりするのは、本来おかしな話ですよね?
女性たちにはAIに関する知識・スキルを身につけて、長く働き続ける力を養ってほしいと思う一方で、企業側ももうそろそろAI時代に即した社員の働き方、評価の仕方へとシフトすべき時を迎えていると思います。
「AIセンス」を養う近道は、好きなことから始めること
ここまで女性がAIスキルを磨く必要性やメリットについてお話ししてきましたが、そうは言っても何から始めればいいのか分からない人も多いと思います。

私がおすすめしたいのは、欲しい回答を導きだすための「いいプロンプト」を書くセンスを磨くことです。
例えば、ChatGPTに何か分からないことを聞いたことがある人は多いと思いますが、何を・どう聞くかで、回答の内容や精度がかなり変わりますよね?
欲しい回答を導くためには適切なプロンプトを書くことが重要で、良いプロンプトを書けるようになるためには、ある程度の学習が必要です。
PowerPointやPhotoshopなどのツールを使ったことがある人は分かると思うのですが、こういったツールも、何度も使っていくうちに新しい機能を発見したり、より洗練された資料や作品が作れるようになったりしますよね? それと同じです。
そして、プロンプトを書くスキルを上げるには、好きな分野を生かして学ぶことが一番の近道だと思います。
例えば、小説が好きな人なら、生成AIに何か小説を書いてもらってみてはいかがでしょうか? 「こういう物語にしたい」「登場人物にこんなことをさせたい」など、自分で指示を与えながら理想の物語を書いてもらうのです。
そうすれば、楽しみながらプロンプトの書き方を学べるし、次第に「生成AIツールでできること」の感覚が磨かれていくと思います。
そうやってAIを使うためのセンスを養っていくと、「もしかしたら、自分の業務のここに生かせるかも」というところまでひらめくかもしれません。
楽しみながら学んだことで業務改善ができて会社でも評価されるようになったら、すごくいいことですよね。
技術に詳しい一部の人をのぞけば、まだまだみんな生成AIについて学び始めたばかりですから、いま学び始めても全く遅くありません。
AIの力を借りて挑戦してみたいことや、AIで業務効率化してできた時間を使ってやりたいことを妄想しつつ、まずは好きな分野で生成AIに触れてみてください。
慣れていくほど、皆さんの能力・可能性が拡張していくのを実感できると思いますよ。
取材・文/栗原千明(編集部)撮影/光谷麻里(編集部)