2代目『ちびまる子ちゃん』声優・菊池こころが明かす、プレッシャーと闘い続けた半年間

菊池こころさん

© さくらプロダクション / 日本アニメーション

34年にわたり、人気アニメ『ちびまる子ちゃん』の主人公・まる子を通して、日曜日の夜に癒やしを届けてくれたTARAKOさんが、2024年3月に亡くなった。

「『ちびまる子ちゃん』は打ち切りになっちゃうの……?」

そんな心配の声もあがる中で、まるちゃんの後任に選ばれたのは、声優の菊池こころさん。

ブル 中野さん

声優
菊池こころさん

1982年11月9日生まれ。東京都出身。2003年、『金色のガッシュベル』で声優デビュー。その後、『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』のうちはサラダ役をはじめ、『ONE PIECE』のトコ役、『はなかっぱ』のすぎる役など人気キャラクターを多数演じる。24年4月、前月に急逝したTARAKOの後任として、アニメ『ちびまる子ちゃん』のまる子役に抜擢

菊池さん

私も毎週『ちびまる子ちゃん』を楽しみに観ていた視聴者の一人。

だからこそ、私の演じる「まるちゃん」を観てがっかりする人がたくさんいるんじゃないかと、最初は不安でいっぱいでした。

新生『ちびまる子ちゃん』がスタートして、半年。

「少し慣れてきた」という菊池さんに、大きなプレッシャーと闘い続けてきたこの半年間について聞いた。

初回のアフレコのことは、何も覚えていない

編集部

菊池さんの「まるちゃん」がスタートして半年がたちますね。この半年間はどうでしたか?

菊池さん

もう必死でした。後任に選んでいただいた直後は、取材依頼もたくさんいただいていたのですが、とにかく「まる子」に集中しなきゃと思って、全てお断りしていました。

半年たってようやく少しだけ慣れてきた気がします。

編集部

きっとプレッシャーも大きかったですよね。

菊池さん

まるちゃんといえばTARAKOさんなので、プレッシャーは尋常じゃなかったです。

編集部

オーディションでは満場一致で菊池さんが選ばれたとのことですが、オーディションを受ける時からプレッシャーは感じていましたか?

菊池さん

オーディションを受けている時はそこまででもなくて。

TARAKOさんと比較されることへの不安を感じ始めたのは、「2代目まる子」を世間に発表する日が決まってからですね。

インタビューに答える菊池こころさん
編集部

どんな不安を感じていたんでしょうか?

菊池さん

私自身、子どもの頃から『ちびまる子ちゃん』が大好きで、ずっと観てたんです。

だから、自分が視聴者だったら「菊池こころって誰? 今までのまるちゃんと似ているのかな」「私がまるちゃんよ! みたいに主張が強かったら嫌だな」とか、いろいろ不安に思いそうだなと……。

編集部

菊池さん自身も番組のファンだったからこそ、余計に不安を感じたんですね。

初回のアフレコも緊張したのでは?

菊池さん

初回のアフレコのことは、緊張しすぎてほとんど何も覚えてないんです。

でもスタッフの皆さんや他のキャストの皆さんが「私たちが守るから大丈夫」と言ってくれたことだけは覚えています。

私が何とか収録に臨めたのは、本当に皆さんのおかげです。

編集部

新生『ちびまる子ちゃん』初回放送後は、菊池さんの「まるちゃん」に対して、日本中から好意的な声が上がりましたが、どう受け止めましたか?

菊池さん

エゴサしてないので反響は知りませんでした。

一つでも批判的なコメントを目にしたら、もう「まる子」を演じられなくなってしまいそうで。視聴者の方の反応を意識的に見ないようにしてたんです。

事務所のホームページに温かいコメントを寄せていただいたり、励ましのお手紙をいただいたりしていたので、「あ、大丈夫そうかな」くらいには思っていました。

視聴者に喜んでもらえるなら、前任者のコピーだっていい

編集部

「まる子」役を演じるにあたって、どんな準備をしましたか?

菊池さん

録りだめていた『ちびまる子ちゃん』を見たり、TARAKOさんの朗読を聞いたり、爆笑問題さんとTARAKOさんで歌っている『ちびまる子ちゃん』のエンディング曲『アララの呪文』を繰り返し聞いたりしていました。

TARAKOさんのしゃべり方のクセを拾えるかなと思って。

編集部

TARAKOさんにどのくらい寄せて、どのくらい新しくするかといったバランスは悩みませんでしたか?

菊池さん

そこは、全く悩みませんでした。

編集部

全く?

菊池さん

はい。「完全にTARAKOさんに寄せる」一択でしたね。

編集部

まるちゃんに、菊池さんらしさをどう盛り込んでいくかは考えなかったんですね。

菊池さん

私は『ちびまる子ちゃん』の世界観を守りたくて。TARAKOさんが30年以上にわたって作り上げてきた、まるちゃんを壊したくない。

これまでの『ちびまる子ちゃん』を守りながら、変わらずに愛される作品を作ることを目的にすると、「菊池こころらしさ」は一切いらないなって思ったんです。

ちびまる子ちゃん

© さくらプロダクション / 日本アニメーション

編集部

会社員でも、仕事を引き継ぐ時に「前任者のやり方をコピーするだけじゃダメだ、自分らしい価値を発揮しなきゃ」ってつい思ってしまいそうですが、そういう葛藤もなかったですか?

菊池さん

なかったです。視聴者が求める番組を作るためには、私が「自分らしさ」を出すよりも、できる限り「TARAKOさんのまるちゃん」を演じることがベストだと思ったので。

編集部

目的がはっきりしていたから、スタンスがブレなかったんですね。

菊池さん

仕事の目的を明確にしたら、自分のやるべきことが自然と見えてきた気がします。

私の場合は、視聴者の皆さんに喜んでもらうことが一番の目的だったので、そのゴールにつながるなら、TARAKOさんとできる限り同じようにやることに引け目を感じなくていいし、「自分らしさ」に捉われなくてもいいんじゃないかと思いました。

編集部

そう思うだけでも、少しプレッシャーは和らぎそうですね。

菊池さん

そうですね。周囲の人たちもこのスタンスを否定せずに尊重してくれたので、ありがたかったです。

編集部

仕事の目的って本来、「自分らしさを発揮するもの」ではなく、「サービスを受け取る人に喜んでもらうもの」ですもんね。

菊池さんの考え方は、ビジネスパーソンとして大切なものだなと思いました。

菊池さん

ありがとうございます。目的はあくまで視聴者の方に喜んでもらうことなので、「私」がどうとかは考えないようにしています。

編集部

耳慣れたキャラクターの声が変わると批判的なコメントも起こりがちですが、菊池さんのまるちゃんに対しては「違和感がなくて驚いた」「ちゃんとまるちゃんだ!」と好意的な声がほとんどだったのも、菊池さんが視聴者ファーストを貫いたからこそかもしれないですね。

一方で、よりいっそう「かわいい声になった」「優しそうな声になった」など、結果的に菊池さんらしさもいいバランスで伝わっている印象です。

菊池さん

「私らしさ」はどうでもいいと思ってやってきましたが、そう言ってもらえるとうれしいです。

インタビューに答える菊池こころさん
編集部

違う人間ですから、完璧にコピーしようと思っても、結果的に多少の違いは出る。

だからこそ、仕事を引き継ぐ側は「自分らしさを出さなきゃ」って力みすぎなくてもいいのかもしれませんね。

菊池さん

そうかもしれません。意図はしていなかったけれど、私らしさの部分も視聴者の方に喜んでいただけたなら、うれしいことだなと思います。

不安や苦しさはオープンにすれば、きっと皆が助けてくれる

編集部

この半年間で、菊池さん自身にはどんな変化がありましたか?

菊池さん

放送を冷静に観られるようになりました。ようやく少し余裕が生まれ始めた気がします。

編集部

大きなプレッシャーを乗り越えてここまで来るまでに、意識的に行っていたことはありますか?

菊池さん

パッと思い出せるのは二つあります。

一つは、周りの人たちに不安を打ち明けて、どんどん相談すること。

どうすればTARAKOさんに近づけられるかな? と相談するとスタッフさんも他のキャストの先輩たちもたくさんアドバイスをくれるんです。

先輩たちはご自身の経験談も話してくださるので、「みんな通ってきた道なんだな」と思えるだけで心が軽くなりましたね。

カメラに向かってほほ笑む菊池こころさん
編集部

不安や悩みをオープンにすると、ちゃんと周りは助けてくれるんですね。

菊池さん

はい。周囲の人たちには本当に恵まれました。

あと不安を打ち明けて深い話ができると相手と打ち解けられるので、お芝居もいい方向に進みやすいなと思います。

編集部

二つ目は何ですか?

菊池さん

二つ目は、信頼できる人に「私のいいところを教えて」ってお願いすることです。

編集部

いいところ?

菊池さん

褒めてもらって、自己肯定感を高めるんです(笑)

まるちゃんが始まったばかりの不安でいっぱいだった頃、よく仲のいい友達に「私のいいところ教えて!」って言ってました。

自分のいいところを客観的に聞くと、他者視点でポジティブに自分のことを見れるのでおすすめです。

編集部

「誰かと比較しちゃって苦しいな」と思ってる人には、効果的かもしれないですね。

菊池さん

他人と比較しちゃって落ち込む時って視野が狭くなってる可能性がありますよね。

もしかしたら、他人は自分のことを「すごいな」「いいな」と思ってるかもしれない。

不安や苦しさは周りに打ち明けて、気持ちを上げるのを手伝ってもらいながら乗り越えていければいいかなと思います。

カメラに向かってポーズを取る菊池こころさん

取材・文・編集/光谷麻里(編集部) 撮影/赤松洋太