津田健次郎流、仕事の挑戦ハードルを下げる思考法「職業のボーダーラインがない世界の方が面白い」
できるかできないかは、やってみないと分からない。なのに、「女だから」「まだ経験が浅いから」と理由をつけては、やりたいことに挑戦することをためらってしまう。
そんなもどかしい気持ちを抱えている人に知ってほしいのが、声優・俳優・映画監督として多岐にわたるフィールドで存在感を示す津田健次郎さんのキャリアヒストリーだ。
職業のボーダーラインを軽やかにこえて仕事で挑戦し続けてきた津田さんのチャレンジマインドとは。
「演じる」領域を広げて磨かれた自分の強み
学生時代は映画監督を目指すも、脚本が書けずに一度は挫折。映画作りに携わることを夢見て、演者としてのキャリアをスタートさせた津田さん。
駆け出しの頃は身長の低さがネックになり、希望する役のオファーがもらえない日々が続いていたという。
今も昔も特にコンプレックスには感じていないのですが、身長が高くないということで、俳優として駆け出しの頃は苦労することがありました。
オーディションに参加しても、身長でふるいに掛けられることがよくあって。
役には、それぞれイメージに合う体型がある。特に無名の若手であれば、なおさらまずはその体型に合致しなければ土俵にすら上がれない。
俳優の世界では当然と言えば当然なのですが、やってみたい役に挑戦する機会すら得られないのはやっぱり悔しかったですね。
そんな津田さんが活路を見出したのは、声優の道だった。
テレビアニメ『H2』の野田敦役をオーディションでつかみ取り、声優デビュー。
重低音の艶やかな声が高く評価され、『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』『テニスの王子様』などのヒットアニメに次々に登用されて、声優として大ブレークした。
声の仕事に身長は関係ありませんから、そこで自分の力量を見てもらえて、実績を積んでいけたのは幸いだったなと思います。
俳優として演じることだけに固執せず、「声で演じる」仕事にもチャレンジしたことが、持って生まれた自分の強みを磨くきっかけにもなりました。
40代で訪れた「俳優」としてのブレーク
その後、2019年には『ドキュメンターテイメント AD-LIVE』で念願の映画監督デビュー。
翌年、NHK連続テレビ小説『エール』でナレーションを担当し、俳優として本編に出演したことをきっかけに各局からのオファーが舞い込み、40代にして俳優としてもブレークを果たした。
今ではテレビ番組・CMでのナレーションやラジオパーソナリティーなども務め、ジャンルレスに活動を続けている。
僕はもともと、物事にボーダーラインを引くのがあまり好きではないんです。
例えば、「男だから」「女だから」とか、性別で役割を固定してしまうのも好きじゃない。
仕事においても、「声優だから、俳優だから、こういうことはしない」と決めてしまうのも面白くない。 職業的な肩書きにはあまりとらわれたくないと思っています。
ひと昔前と比べると、今は声優と俳優のボーダーラインもどんどんあいまいになってきた。映画やドラマなどの表舞台に声優が出るなど、その逆も増えている。
ともすると、お互いの職業領域が侵されてしまうリスクがあるようにも思えるが、津田さんはこの変化をポジティブに受け止めている。
職業の境界線があいまいになると、競争はハードになるけれど、その分真価が問われることになるので、僕は楽しいです。
刺激的な環境で、お互いを高め合うような働き方をする方が成長できるし、個人的には好きですね。
肩書きに依存できない自由度の高い世の中こそが面白いんじゃないかと思います。
「人間くささを持つ悪役」への新たなチャレンジ
そんな津田さんが声優として参加した最新作は、世界的名作『ロード・オブ・ザ・リング』の200年前を描くアニメーション映画『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』だ。
本作で津田さんが演じるのは、ヘルム王の娘・ヘラの幼なじみであるウルフ。復讐心から王国転覆を図る本作最大の悪役だ。
前回、Woman typeに登場した際、「新しい現場に入るときは、常に何か課題を持ち込むようにしています」と話していた津田さん。
本作でももちろん、新たなるチャレンジをしていた。
ウルフは単なる悪役ではなく、若さゆえの弱さと甘さを抱えたキャラクター。
悪役ながら未熟で人間くさい部分をどう出すかが今回の課題でした。
ウルフは、最低を寄せ集めたような男なのですが、単に最低なだけでは悪役はつまらない。
彼の行動の根底に何があるのか理解し、彼が抱える悲哀を出したいなというのは、ずっと心に置いていました。
本作の主人公であるヘルム王の娘・ヘラは、そんなウルフたちとの戦いに終止符を打つ最大の功労者だが、彼女の名が後の歴史に記されることはなかった。
勇猛果敢な気性の持ち主で、自ら戦場に赴くことを志願しながらも、「女だから」という理由でヘルム王から認めてもらえなかったヘラ。
しかし、最後は自らの意志で「女だから」のボーダーラインを越え、ヘルム王から国を託される存在となる。
そんなヘラの姿を踏まえた上で、ボーダーラインの前で立ち止まるWoman type世代に、津田さんは温かいエールを送る。
「ガラスの天井」という言葉が存在するように、女性の皆さんには僕たちにはない壁があって、そのことについて自分自身がどこまで理解できているのかは正直疑問に思うところです。
だから大きなことは言えないですけど、やはり既存の壁を壊していくのに必要なものって、エネルギーなんだと思います。
エネルギーでこれまでの常識やルールをねじ伏せていくのって単純にカッコいいじゃないですか。当事者の皆さんはしんどい思いをたくさんされていると思うのですが、ぜひ頑張ってほしいです。
認められない悔しさが、ボーダーを越えるエンジンになる
あふれる情熱を持ちながら、俳優としての実力を認めてもらえなかった20代の津田さんが、ただひたすら芝居の道を突き進めたのも、底なしのエネルギーがあったからだ。
皆さんと同じ年頃の僕なんて、仕事もなくて、まったくご飯も食べられていなかったですから(笑)
その時のエネルギーの源になっていたのは、コンプレックス。認められない悔しさや屈折といった暗い感情をエネルギーに変えていました。
実際、当時はそういうネガティブな感情を芝居にすることで外へ放出していて、それを面白がってくれる方が現れて、少しずつお仕事につながっていきました。
そう考えると、認められない悔しさこそが僕のガソリンでありエンジンだったような気がします。
実力を認めてもらえない。努力が実らない。その悔しさに唇を噛んだ経験こそが、私たちの武器であり、ボーダーラインを踏み越える原動力となるのだ。
だって、『ロード・オブ・ザ・リング』の新作の主人公が女性なんですから。
これもひと昔前なら考えられなかったんじゃないですか。今、時代は音を立ててどんどん変わっていってる。そんな世の中で踏みとどまっているなんてもったいない。
社会も、僕も、みんなも、どんどん変わっていけばいいのにと心の底から思います。
前回のインタビューで「停止した瞬間に、この職業をやっている意味さえ見失ってしまう気がする」と津田さんは語っていた。それはすなわち生涯にわたって変わり続けるという所信表明でもある。
私たちは、変われる。自分自身を縛り付ける「××だから」を跳ね除けて。すべてのボーダーラインを踏み越えて。
撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/光谷麻里(編集部)
作品情報
映画『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』2024年12月27日(金)公開
この壮絶な戦いは、あの“指輪”と我々の知る、ひとりの大いなる魔法使いへとつながる──。偉大な王ヘルムに護られ、人間の国ローハンの人々は平和に暮らしていた。だが、突然の攻撃を受け、美しい国が崩壊してゆく。王国滅亡の危機に立ち向かう、ヘルム王の娘である若き王女ヘラ。最大の敵となるのは、かつてヘラと共に育ち、彼女に想いを寄せていた幼馴染のウルフだった。大鷲が空を舞い、ムマキルは暴走、オークが現れ、金色の指輪を集める“何者”かが暗躍し、白のサルマンが登場…。果たしてヘラは、誇り高き騎士の国を救えるのか──?
<出演>
ヘルム:市村正親 ヘラ:小芝風花 ウルフ:津田健次郎 ターグ将軍:山寺宏一 オルウィン:本田貴子 フレアラフ:中村悠一 ハレス:森川智之 ハマ:入野自由 リーフ:田谷隼 フレカ:斧アツシ ソーン卿:大塚芳忠 老ペニクルック:沢田敏子 ロット:村治学 シャンク:飯泉征貴 エオウィン:坂本真綾
原題:THE LORD OF THE RINGS:THE WAR OF THE ROHIRRIM
監督:神山健治
製作:フィリッパ・ボウエン ジョセフ・チョウ
製作総指揮:フラン・ウォルシュ ピーター・ジャクソン サム・レジスター キャロリン・ブラックウッド トビー・エメリッヒ
脚本:ジェフリー・アディス ウィル・マシューズ
ストーリー:アディス&マシューズ フィリッパ・ボウエン
配給:ワーナー・ブラザース映画
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