俳優・柄本佑はなぜどんな現場でも「自然体」を貫けるのか? 新しい環境で仕事の実力を発揮するためのヒント
できるだけ、自分がラフでいられるような環境づくりは意識していました。
そう語るのは、俳優・柄本佑さん。
2025年2月7日公開の映画『野生の島のロズ』でキツネ・チャッカリ役を演じた彼は、俳優としての20年以上のキャリアを持ちながら、劇場用アニメーション作品の吹き替えは2度目の挑戦。
慣れない現場にいても、最良のパフォーマンスを発揮するために心掛けてきたことについて聞いた。
失敗を恐れず、周囲を信じることで見つけた「居場所」
『野生の島のロズ』は、『シュレック』など数々の傑作アニメーションを世界に届けてきたドリームワークス・アニメーションが、記念すべき30周年に贈る、感動に満ちた奇跡のアドベンチャー作品だ。
24年9月の全米公開以降、これまでのアニメーション作品の興行成績を次々と塗り替え、25年アカデミー賞®の本命との呼び声も高まっている。
日本版の制作にあたり、本作の主人公で、無人島に漂着した最新型アシスト・ロボットのロズ役を演じたのは俳優の綾瀬はるかさん。
孤独だったロズと島で出会い、相談相手として友情を育んでいくキツネのチャッカリ役に抜擢されたのが柄本さんだ。
かねてから大のアニメ好きを公言する柄本さん。
中でも『ファンタスティックMr.FOX』(ウェス・アンダーソン監督)の大ファンだという彼は、「キツネのキャラクターを演じるのは夢だった」と興奮気味に明かす。
昔からずっと、アニメの吹き替えには強い憧れがありました。
だから今回オファーをいただいた時は、率直にすごくうれしかったですね。それと同時に、声優という職業へのリスペクトがある分、緊張もしました。
お調子者でずる賢く臆病なチャッカリに声を吹き込むにあたり、難しさを感じた面もあったという。
大人っぽいクールな一面と、子どもっぽさ、あどけない一面。両極端の要素をあわせ持つチャッカリを演じるにあたって、その絶妙なバランスをとろうと意識しました。
あとは、原作が英語なので、チャッカリの口の動きに日本語でタイミングを合わせるのは苦労しましたね。
劇場用アニメーション作品の吹き替えは今作で2度目。俳優として長いキャリアを積んできた柄本さんにとっても、本作はチャレンジングな仕事だったと明かす。
特に今回の現場で印象的だったのが、「自分の声を見つけていく」過程だ。
実は、現場に入って最初の2時間くらいは自分の思い通りの声が出なかったんです。初日の午前中に収録した分は、2日目の最後にもう一度撮り直しました。
ただ、監督(日本語版演出)からも「最初の部分は大体みんな撮り直しになります」と言っていただいて。最初の数時間はキャラクターについての理解もまだ浅くて、みんな手探りな部分があるからです。
その言葉通り、撮り直した声の方がぴったりハマっている感じがして、出来上がった吹き替え版の映像を観て自分でもびっくりしましたね。
経験のない海外アニメ作品の吹き替えに、苦労も多かったと話す柄本さん。しかしその中でも、「肩の力が抜けた」瞬間があったという。
声優ではない僕にこの役のオファーが来たということは、何か意味があるんだろうなと受け止めました。
本職の声優の方たちに比べたら、多少のたどたどしさとか、失敗も多いはず。でも、それも含めて僕に声が掛かったんだなって。
そう考えたら、失敗を恐れるよりは、監督や他のキャストの皆さんを信じて任せてみたらいいんだって思えたんです。
すると、この現場における自分の居場所を実感できたし、自分がやるべきことも明確になった。それからは肩の力が抜けて、僕らしく、自然体でこの役を楽しもうと思えるようになりました。
慣れるのを待つより、自分から慣れに行く
本作では、人の暮らしをサポートしてきたアシスト・ロボットのロズが、これまでとは全く違う環境の中で「心」を育て、新たな世界で自分の居場所を見つけていく。
柄本さんにとって「居場所探し」という本作のテーマは、自身の経験と重なる部分があった。
10代で高校を卒業し、専門学校を経て俳優の道に進んだ当時を振り返り、「本格的にこの仕事一本でやっていくことになったとき、自分の存在について悩んだ時期があった」と明かす。
それまでは学生という立場が土台にあって、その上でお仕事もできていた。
でも、学生じゃなくなって仕事だけになった時、足元がおぼつかなくなって。そんな時に、自分が本来身をおくべき居場所はどこなんだろうって、ちょっと悩みましたね。
演技の道から離れようと考えたことはなかったが、キャリアを重ねて興味の幅が広がり、落語家になる道も考えたという。
演じる仕事は、始めたからには続けるものだと思っていたんです。だから、辞めようと思ったことは一度もない。
でも、何であっても長く続けようと思ったら、本気でやらないといけない。そして、その世界で自分なりの居場所をつくっていくためには、努力が絶対に必要ですよね。
そう話す柄本さんには、一つ一つの現場で「自分の居場所」をつくるための、さりげない習慣がある。
俳優の仕事に関しては、撮影に入る前に現場の段取りやカット割りの確認があることが多いんです。
その間、他の役者さんは控え室で待機することが多いんですけど、僕は撮影が始まる前からずっと現場にいるタイプ。
特に何をするわけでもないんですけど、スタッフの方とおしゃべりしたり、その場の空気に自分を馴染ませるようにしたり。
新しい環境に慣れるのを待つんじゃなくて、積極的に慣れに行くイメージですね。
ここにいる仲間たちと一緒に作品を作っていくんだという意識を持つために、自然とそうしてきました。
この習慣は、若い頃から自然と身についていったもの。
「ずっと現場にいることが当たり前だと思っていたので、むしろ控え室の使い方がよく分からなかったくらい」だと言って、笑顔をこぼす。
人それぞれスタイルは違いますけど、僕はフラットな気持ちでずっとその場にいて、そのまま地続きで本番に入る方が、やりやすいんです。
そうやって、一つ一つの現場で「自分の居場所」をつくる。そうすると、無駄な緊張もなくなって自分自身が実力を発揮しやすくなる。
周囲の人も、僕に話し掛けやすくなると思うし自然とやってきたことではあるけれど、どんな現場でも力を発揮できるようにするためには、意味があることなのかなって思っています。
「いい仕事」を続ければ、居場所も自然とつくられる
一方、柄本さんが新しい環境で仕事をするときに意識しているのは、チームの中での立ち位置にとらわれすぎないことだ。
一緒に仕事をする人たちと過ごす時間を自然と増やしたり、自分から歩み寄ったり。
自分が自然体でいられる居場所を職場の中につくっていくことは、新しい環境で仕事をする上でとても大切なこと。
でも、そこで自分の立ち位置ばかり気にしすぎると、かえってプレッシャーを感じたり、「居場所がないな」って思い詰めてしまったりすることもあると思う。
そういう場合は、「しんどいものはしんどいよね」ってまず認めてしまうことが大事。その上で、今いる環境の中で自分なりの楽しみ方を見つけていくようにしています。
そうやって楽しみながら仕事をしていると、ちょっとずつ肩の力が抜けて、自分の実力を発揮しやすくもなっていく。
そして、周囲の人が「何だかいい雰囲気で仕事してるね」ってことに気付いてくれるようになると、自然と自分の居場所もできていく。
自分が落ち着ける居場所は、後から自然と出来上がっていくものでもあると思いますね。
ポジティブでフラット、自然体。俳優・柄本佑は、そんな人物だ。
「キャリアや人生の岐路に立ったとき、誰かに相談する?」と率直な疑問を投げ掛けると、実に柄本さんらしい答えが返ってきた。
昔から何でも自分で決めてきましたね、僕は。
だって、キャリアや生き方に関わることなんて、そもそも人に相談するようなことでもないじゃないですか。一度しかない、自分の人生ですから。
僕にできるのは、一つ一つの現場で「いい仕事」をすることだけ。
それを続けていけば、自然と周りにも認められて、自分らしくいられる居場所ができていく。そう考えています。
シンプルに「その場にいる」ことから始め、自然とコミュニケーションを育んでいく。過度な意識や思い込みから自由になることで見えてくる景色がある——。
柄本さんが実践する居場所づくりの方法は、新天地で新しい一歩を踏み出そうとする人々が自然体で仕事をしていくためのヒントになりそうだ。
ジャケット¥143,000/BOW WOW(BOW WOW)、トップス¥19,800、パンツ¥48,400/AURALEE(オーラリー)、その他/スタイリスト私物 ※価格はすべて税込み
作品情報
映画『野生の島のロズ』2025年2月7日 TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
日本語吹替えキャスト:綾瀬はるか(ロズ)、柄本 佑(チャッカリ)、鈴木 福(キラリ)、いとうまい子(ピンクシッポ)、千葉 繁(クビナガ)、種﨑敦美(ヴォントラ)、山本高広(パドラー)、滝 知史(サンダーボルト)、田中美央(ソーン)、濱﨑 司(赤ちゃんキラリ)
配給:東宝東和、ギャガ
Ⓒ2024 DREAMWORKS ANIMATION LLC. >>公式サイト
取材・文/安心院 彩 撮影/赤松洋太 ヘアメイク/廣瀬 瑠美 スタイリスト/KYOU