元“自分探し迷子”のロングコートダディ・兎が見つけた自分らしさ「面白いやつが正義の世界で、そうじゃない俺にできること」
「何者かになりたい」とかじゃなくて、俺は「俺自身」でいたいですね。
自身の未来について問われ、迷わずそう答える。お笑いコンビ・ロングコートダディの兎(うさぎ)さん。
ロングコートダディは、漫才頂上決戦『M-1グランプリ』で2度、日本一のコント師を決める大会『キングオブコント』では3度の決勝進出を果たした実力派コンビだ。

2025年3月20日に公開となる映画『ネムルバカ』では、兎さんのスクリーンデビューが実現。新たな一面を覗かせる。
夢を追いかけ、何者かになろうともがく若者たちの青春が描かれる本作。兎さん自身も「やりたいこともできることも見つけられず、悩んだ時期がある」と明かす。
兎さんはいかにして、“自分探し”という迷路から脱することができたのだろうか。
学生時代は、人に流されてばかりだった
映画『ネムルバカ』の原作は、漫画家・石黒正数さんによる同タイトルの人気コミック。女子寮で同居する対照的な二人の大学生、入巣柚実と鯨井ルカが主人公の青春ストーリーだ。

先輩のルカを眩しく思いながらも夢中になれるものを見つけられずにいる後輩・柚実を乃木坂46の久保 史緒里さんが、バンド活動に打ち込む先輩・ルカを平 祐奈さんが演じている。
好きなことをしていきたいと思って芸人をやっているんで、脚本を読んだ時はルカに共感しましたね。
でも、学生の頃の僕はふらふらしてばかりで、完全に柚実そのものでした。
主人公たちと自分を重ね合わせ、そう回顧する兎さん。熱中するものが見つけられずに休みがちな高校時代を過ごし、その後の進路も友人任せ。「美容師になる」という友達にならって美容専門学校へ進学するも、入学後わずか2カ月で自主退学してしまった過去を持つ。

「専門学校入学直後に足を骨折して入院したら、その間に学校に置いてあった自分のハサミを盗まれた」という退学のきっかけとなったエピソードは、ファンの間では有名だ
「当時の僕には自分の意思がなくて、ずっと周りの人の意見に流されていたんです」と過去の自分について打ち明けた。
何をしたいのか、何になれるのか、何をしたらいいのかも分からないーー
そんな自堕落な生活を送る姿を見かねた姉から勧められたのが、吉本興業のお笑い養成所であるNSCだった。
ある時、姉ちゃんから「中学の頃は芸人になりたいって言ってたやん」って言われて、そういえばそんなことも言ってたな、って思い出したんですよね。
しかもちょうどその時、僕より先に上京して芸人を目指している同級生がいたんですよ。学校ではそいつがボケてるところなんて見たことなかったのに、高校を出てすぐに芸人を目指して養成所に入ったことを知って「すげーな」って思ったんです。
だから僕も、ひとまずNSCで頑張ってみようか、と決めました。

「俺って何もしてねーな」…解散4カ月後、コンビ再結成を経て固まった決意
その後、地元の岡山を離れて大阪へ。NSCで出会った現在の相方・堂前 透さんとコンビを結成する。
堂前と組んだ時、あいつは「俺はあんまりテレビに出たいと思わないし、すぐに結果が出るとも思っていないからゆっくりやっていきたい。それでもいいか?」って聞いてきたんですよ。
僕も同じ考えだったんで、組んでからの3年間はめちゃくちゃ遊びまくってました。
NSC入学時にやる気を出したかと思いきや、「卒業してすぐの頃は舞台の出番なんてほぼないから、誰かの家に集まってゲームばっかりしてましたね。でも、周りにいるやつがみんな面白かったから、それはそれで毎日楽しかったんですよ」と兎さんは懐かしむ。

さまぁ~ずに憧れて芸人を志したという兎さん。「『内村プロデュース』に出ている三村さんがめちゃくちゃ楽しそうで、こんな大人になりたいと思ったんですよね。だからネタのこととかは何も分かんなかった」(兎さん)
しかし、コンビ結成から3年。その“楽しい日々”に疑問を感じるようになった。
3年目が終わると、NSC卒業生なら出られる、っていうライブがなくなるんですよ。
そこから本格的にプロの芸人としての道を歩むスタートラインに立つわけなんですけど、結果なんて簡単には出ないじゃないですか。
しかも周りを見渡すと、養成所時代からめちゃくちゃ面白かったやつらですら全く売れてない。そんな様子を見てたら、どんどん自信がなくなっていっちゃったんです。
「こんなに面白いやつらで無理なら、俺なんてもっと無理だな」「きっと才能もないし、俺のいるところじゃなかったのかな」なんて思って。
完全に心が折れてしまって、僕から切り出してコンビを解散しました。

2012年、結成4年目での解散。しかし、解散からわずか4カ月後にロングコートダディは再結成することとなる。
解散同様、再結成を持ち掛けたのは兎さんだった。
芸人を辞めてから、バイト中はいっつも「芸人になるために大阪に出てきて、何か一つでも頑張ったのか?」とか「俺って何もしてねーな」とか、そんなことばっかり考えていました。
多分、当時の僕は周りと自分を比べ過ぎてたんですよね。
だからもう人と比べるのは辞めよう、地元の岡山に帰るのはもう少し頑張ってみてからでもいいじゃないかと思って、堂前に電話して「もう一回組んでほしい」と伝えました。

この時の再結成が、芸人としてやっていく覚悟を固めた瞬間だったと打ち明けてくれた兎さん。
「口に出して言い合ったわけではないけれど、お互いあそこでスイッチを入れ直したと思う」と語った。
何者でもなく「自分」らしく、弱い人に寄り添える存在でいたい
コンビ再結成の後、着実に実力を付けていったロングコートダディは、各賞レースのファイナリスト常連としてメディアへの露出も増加。仕事の幅を広げている。
今回の『ネムルバカ』出演について兎さんは「映画はお笑い以外でやってみたいことの一つだったので、挑戦の機会をもらえてすごくうれしかった」と喜びを語る。

本作で兎さんが演じたのは、主人公の一人である柚実のバイト先の先輩・仲崎。強烈な個性を持つ『ネムルバカ』の名物キャラクターの一人だ。
オファーを受けた時の印象は、「性格も、原作の見た目も自分とは正反対」だったという。
僕は女性と話すのが苦手だけど、仲崎は自信満々でガンガンいけるタイプ。
だから少しでも僕っぽさが出ちゃうと仲崎には見えないなと思って、カメラが回っている瞬間は「俺はモテるんだ」というスイッチを入れて挑みました。

舞台や映画など、お笑いの枠を超えた活躍を見せる兎さんだが、むしろ「チャレンジするのは苦手なタイプ」だと明かす。
新しいことに挑戦するのは、怖いし得意じゃないです。でも、これまでもいろいろな仕事をさせてもらった結果、上手くいったり、上手くいかなくても楽しかったりしたことが多いんですよね。
だから最近は経験がないことでも「やってみたいな」という気持ちの方が大きくなってきました。

今やりたいと思っていることを聞くと、返ってきた答えは「農業」。「畑願望がずっとあるんですよ。最近キャベツが高いって話も聞くし。キャベツ好きな人多いだろうから、安定させられないかなって」と熱弁(ただし農業関係者には「農業舐めんな」と喝を入れられたとか)
まもなくコンビ結成から丸16年。転機である再結成からは12年が経過した。
「何者かになりたいけれど、何を目指したらいいか分からない」
そんな迷いの時期を抜けた今、兎さんがたどり着いたのは「何者かになることを目指すのではなく、自分らしくあり続けること」だという。
自分らしく。それはシンプルなようで難しい。
コンビで活動するお笑い芸人にとっては、パートナーである相方とのバランスも重要だ。ネタ作りを担当し、笑いのセンスで業界内での評価を高めている堂前さんを相方に持つ兎さんは、自身の「自分らしさ」をどこに見いだしているのだろうか。
やや踏み込んだ質問に、兎さんは少しだけ考えてから口を開いた。

僕は、弱い人に寄り添える存在でいたいなって思います。
この世界って「面白い人が正義」みたいなとこがあるんですよね。だけど、大喜利とか、トークとか、パッと面白いことを思いつく人もいれば、そうじゃない人もいるわけで。
そういう瞬発力がないと立場が弱いし、『面白くない』ってバッサリ切り捨てられやすいんですけど、そうじゃない部分で光るところを持っている人はたくさんいるんですよ。
そういう埋もれてしまいがちな面白さを大事にできる人でありたいですね。
「だって、僕もそっち側の人間だから」そう言ってインタビューを締め括った兎さん。
彼は、確かに器用なタイプではないかもしれない。だからこそ、その言葉にはうそがない。
今も日々、持ち前の演技力や独特の感性から出るコメントで、たくさんの人に笑顔を与えている。悩んだ過去さえも糧にして、兎さんは今後も「自分らしく」あり続けるのだろう。

時間いっぱいまで快く撮影に応じてくれた兎さん。取材班からの「いい感じ」「かわいい」の声にちょっと照れる一面も
1988年8月19日生まれ、岡山県出身。NSC大阪校31期生として2009年に卒業後、同期の堂前 透さんと共にお笑いコンビ・ロングコートダディを結成。THE MANZAI 認定漫才師。M-1グランプリ21年4位、22年3位、キングオブコント20年7位、22年7位、24年準優勝。個人の活動として、24年10月に舞台『超ハジケステージ☆ボボボーボ・ボーボボ』(ところ天の助役)に出演。25年3月公開の映画『ネムルバカ』でスクリーンデビュー
■X:@ebisumaru19
■Instagram:lcd_usagi
■YouTube:ロングコートダディ和尚のゲーム念仏/ロングコートダディゾーン
取材・文・編集/秋元 祐香里(編集部) 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
作品情報
映画『ネムルバカ』2025年3月20日(木・祝) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
大学の女子寮で同じ部屋に住む後輩・入巣柚実(久保 史緒里)と先輩・鯨井ルカ(平 祐奈)。入巣はこれといって打ち込むものがなく、何となく古本屋でバイトする日々を送っている。一方ルカはいつも金欠状態だがインディーズバンド「ピートモス」のギター・ヴォーカルとして、自らの夢を追いかけている。
ある時、ルカは大手音楽レコード会社から連絡を受け……。
出演:久保史緒里(乃木坂46) 平祐奈
綱啓永 樋口幸平 / 兎(ロングコートダディ)
儀間陽柄(the dadadadys) 高尾悠希 長谷川大
志田こはく 伊能昌幸 山下徳久 / 水澤紳吾
吉沢悠
原作:石黒正数「ネムルバカ」(徳間書店 COMICリュウ)
監督:阪元裕吾
脚本:皐月彩 阪元裕吾
音楽:立山秋航
主題歌:「ネムルバカ」(作詞:石黒正数/作曲:朝日/歌:平祐奈 as 鯨井ルカ)
製作:映画『ネムルバカ』製作委員会(ポニーキャニオン/徳間書店/Libertas)
制作プロダクション:Libertas
製作幹事・配給:ポニーキャニオン
Ⓒ石黒正数・徳間書店/映画『ネムルバカ』製作委員会
■公式サイト: https://nemurubaka-movie.com
■公式X:@nemurubakamovie
■公式Instagram:@nemurubaka_movie