【松下洸平】音楽から逃げ、役者でも芽が出ず…挫折続きだった彼が「遠回りの13年」で掴んだ夢

「僕は音楽で芽が出なかったので、逃げるように俳優の道に進んだんです」
そう話すのは、俳優の松下洸平さん。今やさまざまな作品に引っ張りだこの俳優となったが、実は芸能界に入った時はミュージシャン志望だった。
音楽の道で思うような成果が出ず俳優へとシフトチェンジしたものの、ここでもしばらく日の目を見ない日々が続いた。
そんな松下さんが、俳優としてブレークしただけでなく、もともとやりたかった音楽活動においても多くのファンから愛される存在になれたのはなぜなのか。
遠回りしながら、時間をかけながら、夢をつかむまでの軌跡をたどった。
「お前は才能ない」と言われても、自分だけは自分を信じたかった
シンガーソングライターを目指して、音楽の専門学校を卒業した松下さん。
デビュー後は自作曲に合わせて絵を描きながら歌う「ペインティング・シンガーソングライター」としてライブ活動に精を出していたが、なかなか思うような成果が出ない日が続いた。
そんな時期が1年ほど続いた頃、知人に誘われて参加したミュージカル『GLORY DAYS』のオーディションに合格。これが、俳優の道へとシフトチェンジするきっかけとなった。
ずっと夢見ていた音楽の道を離れることになった松下さんだが、意外にも「迷わず舵を切れた」と、当時を振り返る。
シンガーソングライターとしてデビューしたはいいものの、実力不足を思い知らされてばかりで。
音楽の仕事は2年ほど続けましたが、悔しい思い出の方が多かったんです。
だから正直、音楽の道が途絶えてしまうかもしれない恐怖よりも、逃げ出したい気持ちが勝ってしまっていたんですよね。

半ば流されるように音楽の道を離れた松下さんは、舞台俳優として役者のキャリアをスタートする。
しかし、新しい道での再出発も、決して順風満帆にはいかなかった。
当時は厳しい演出家の方がたくさんいらっしゃったので、「お前は才能がない!」「このヘタクソ!」なんて容赦なくストレートに言われていました。
でも今振り返ると、あの頃の自分の芝居はまだまだで、言われて当然だったよなと思います。実際、思うように演じられないもどかしさもあって、何が正解なのかも分からず、悩むことが多かったですね。
芸能界に入る前はアルバイトをしていたので、「もうダメだな、アルバイトに戻ろうかな」と思うことも何度もありました。
ミュージシャンだけでなく、役者の仕事も向いていないのかもしれない──。
「この仕事が終わったらもう俳優は辞めよう」と幾度となく考えた。だが、ギリギリのところで彼を踏みとどまらせたのは「自分だけでも自分を信じたい」という思いだった。
「お前には才能がない」と人から言われる度に、「いや、ある!」って心の中で反論していました(笑)
ここまで挫折ばかりしてきたからこそ、心のどこかで自分のことを信じてあげたい気持ちがあったんですよね。
自分だけでも自分を信じよう。そう思いながらやれることを愚直に続けていると、少しずつ「一緒にやろう」と声を掛けてくれるプロデューサーや演出家が現れるようになった。
誰に何を言われようと「自分がやっていることは間違っていない」と信じること。それが、当時の僕にとっての「心のお守り」でした。

遠回りしたのではなく、時間がかかっただけ
長い下積み期間を経た松下さんが広く世間に知れ渡るきっかけとなったのは、俳優活動を始めて10年経った頃に出演したNHK連続テレビ小説『スカーレット』(19年~20年)だ。松下さんは、ヒロインの夫・十代田八郎を演じ、ブレークを果たす。
俳優としての活動が軌道に乗った松下さんは、もともと目指していた音楽の仕事も21年から再開。初のライブツアーを開催した後、「松下洸平」名義でメジャーデビュー。
同年に発売したミニアルバムはオリコン7位にランクインするなど、ミュージシャンの道でも長年の思いを成就させた。
ペインティング・シンガーソングライターとしてデビューしてから13年の月日を経て、ようやくかつての夢をかなえた松下さん。
「過去の経験は一つも無駄じゃなかった」とまっすぐな瞳で話す。
目的地にたどり着くまでにかかる時間は人それぞれ。
僕の場合は時間がかかったけれど、それが遠回りだったとは思わないし、その間にやってきたことは一つも無駄ではなかった。
どんな人でもできることを一つ一つやって、コツコツ努力し続けていれば、きっと順番にチャンスが回ってくるんだと思います。

一度は音楽の道を離れ、俳優として成果を出したことで、結果的に音楽の道でも夢をかなえた松下さん。
俳優として芽が出るまでに費やした長い時間も、単なる遠回りではなく、「ゴールに近づくために必要な時間だった」と言う。
タイパ、コスパが重視されがちな世の中だが、目的地への向かい方は「最短距離」がいいとは限らない。
なかなか成果が出なかったり、評価されなかったりすることが続くと、何も成長していないように感じてしまいがちだけど、努力しても、全く変わらないなんてことはないと僕は思います。
1日や2日で何かを達成できることはないですし、その時の自分は気づかないかもしれないけど、ほんの少しだけでも前とは違う自分になっているはずです。
これまでやってきたことが、循環し始めた
現在は、モノづくりやエッセー執筆など、音楽・俳優業のほかにも活躍の幅を広げている松下さん。
2025年3月17日には、各フィールドの最前線を走る人、28人との対談を収めた『じゅうにんといろ』(朝日新聞出版)を上梓した。
「いま会いたい人に会いに行く」というコンセプトでさまざまな人たちと対談させていただく中で、たくさんの刺激を受けました。
いろいろな分野のプロフェッショナルたちが、若い頃にどんなことに葛藤し、苦労し、乗り越えてきたのか。
赤裸々に語ってくださったエピソードは、僕に新しい価値観を与えてくれましたし、僕自身の生き方を改めて見つめ直すきっかけにもなりました。

中でも印象に残っているのは、元格闘家でタレントの魔裟斗さん(『じゅうにんといろ Part.1』収録)の話だという。
20代の時に初めてK−1のチャンピオンになった魔裟斗さんだが、それから数年間はチャンピオンになれず、スランプが続いた。
思い悩んだ末、テレビ出演など格闘技以外の仕事をすべて捨てて、もう一度格闘技と向き合い直した結果、再びチャンピオンに返り咲いたエピソードは、松下さんのキャリア観にも大きな影響を与えた。
あれもこれもやっていると、結果的には全てがおろそかになってしまう。
「何か一つのものを得るには、何かを捨てなければいけない」という魔裟斗さんの話は、すごく考えさせられました。

音楽、俳優業、創作活動、執筆業。マルチに活躍の幅を広げてきた松下さんも、新しいことにチャレンジする度に、「何かを捨てなければいけないのではないか」という葛藤は必ずあったという。
ただ、僕は捨てるのではなく、過去に自分がやってきたことを生かして新しいことに挑戦したいと思っています。
とは言っても、時間は有限。プライベートでやりたいことなど、今我慢しなきゃいけないことは思い切って捨てながら、やるべきことを見極めていきたいなと。
魔裟斗さんは、自分と向き合い、やるべきことを見極めた上で格闘技一本に絞るという結論に達しているけれど、人によってやるべきこと、捨てるべきことは変わってきますから。
こんなふうに、対談した人たちの価値観を取り入れながら、自分に合うかたちで生かしていきたいなと思っています。
限られた時間の中で、一つ一つの仕事と丁寧に向き合ってきた松下さんは、「それぞれの仕事が自分の中で循環し始めた」と話す。
例えば、音楽をやりながら、ふとした瞬間に俳優業で演じた役のことを思い出して「この時の感情を歌にできるな」と思ったり、逆に「この曲を聴きながらお芝居してみよう」と考えたりすることがよくあって。
それぞれの仕事がお互いに良い影響を与え合ってくれているのを感じます。
時間をかけながら、着実に夢へ向かって歩みを進めていった松下さん。
一見遠回りにも見えるその道筋も、紆余曲折の過程で経験したことは、どれも欠かせない経験としていまの松下さんをかたちづくる大切な要素となっている。
彼はこれからも、ゆっくり、じっくり歩みながら、自分らしい未来を描いていくのだろう。

松下洸平さん
1987年3月6日、東京都生まれ。2008年に、洸平名義でシンガーソングライターとしてデビュー。翌年より俳優活動を始め、NHK連続テレビ小説『スカーレット』でヒロインの夫、八郎役を務め人気を博す。近年の主な出演作にドラマ『最愛』、『放課後カルテ』、大河ドラマ『光る君へ』、映画『ミステリと言う勿れ』、舞台『母と暮せば』、ミュージカル『ケイン&アベル』などがあるほか、26年放送のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では徳川家康を演じる ■X / Instagram
取材・文/根津 香菜子 撮影/竹井俊晴 編集/光谷麻里(編集部)
書誌情報
『松下洸平 じゅうにんといろPart.1/Part.2』(朝日新聞出版)
2022年7月から25年1月にわたり、週刊誌AERAで掲載し、好評を博した連載「じゅうにんといろ」がついに書籍化。
松下洸平が「“いま”会いたい人」とそれぞれの生き方、価値観などについて自由に深く語り合った対談集。
全28組のそうそうたる顔ぶれのゲストとの充実した対談は1冊に収まりきらず、2冊同時発売となりました。
撮り下ろしフォトやインタビューの新規収録も掲載。