企業のSNS公式アカウントはなぜ炎上する? 広報が「意図せず地雷を踏まない」ための心得【治部れんげ】

SNSが炎上している企業広報担当のイラスト

昨今、相次いでいる企業のSNSアカウントの炎上。

ジェンダー・人権への配慮を欠くものや、情報の受け取り手の感情を想像しきれていないものなど、その炎上の要因はさまざまだ。

広報やSNS運用担当者として働く女性の中にも、SNSを使ったユーザーコミュニケーションを行う際の「攻め」と「守り」のバランスを模索している人は多いかもしれない。

そこで話を聞いたのが、『炎上しない企業情報発信 ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)著者の治部れんげさん。

仕事で情報発信に関わる女性たちが、企業・商品価値を高めるスキルを磨くために知っておきたい「基本的なSNS発信の心構え」について聞いた。

治部れんげさん

治部れんげさん

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授。日経BP社にて経済記者を16年間務める。 ミシガン大学フルブライト客員研究員などを経て2021年4月より現職。内閣府男女共同参 画計画実行・監視専門調査会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、東京都男女平等参画審 議会委員、豊島区男女共同参画推進協議会会長、日本メディア学会ジェンダー研究部会長 、日本テレビ放送網株式会社 放送番組審議会委員など。一橋大学法学部卒、同大学経営 学修士課程修了。著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『 炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社 )、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国 、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ 」:みんなを自由にするジェンダー平等』1~3巻(汐文社)等 ■X

炎上する企業アカウントに欠けているもの

編集部

先日のエイプリルフールもさまざまな企業の投稿が物議を醸していましたが、企業のSNSアカウントの炎上が多発している状況をどう見ていますか?

治部さん

おそらく企業のSNSの積極運用は、『シャープ』のXアカウントの成功から始まった動きだと思います。 ただ、あれは特殊な事例であり、ほとんどの人には真似できません

治部さん

個人のSNSアカウントでフォロワーを何万人と増やすことが、一体どれだけの人にできるでしょうか?

それができないのに、企業アカウントで同じことができるはずないですよね。

編集部

『シャープ』のように「中の人」が人格を出す企業アカウントをよく目にしますが、前提として難易度が高いわけですね。

治部さん

そうですね。『シャープ』の手法をまねようとして炎上してしまう企業アカウントの多くは、「あくまで企業アカウントである」という認識が薄いまま運用しているように感じます。

普段の会議では資料を人数分用意したり、事前にアジェンダを送ったりと、きっちりした仕事をするであろう日本企業の人たちが、SNSになった途端にゆるくなる。

そこに問題があるように思いますね。

編集部

SNS自体は個人が自由に楽しむものですが、企業アカウントの目的は会社の認知や売上アップにある。

そこを混同してしまっているのかもしれませんね。

治部さん

「SNSの企業アカウントの発信は企業価値につながる行為である」という緊張感に欠けているのではないでしょうか。

仮に大手企業であれば何百億円という時価総額なわけで、おもしろがって軽い気持ちで発信したことが何百億円の棄損につながる可能性もある。

「会社の名前を背負って発信すべきことなのか」はよく考えた方がいいと思います。

「万人から好まれる発信」は無理

編集部

ただ、実際に企業アカウントがバズったことで売上が伸びたり認知が取れたりした事例もありますよね。

同じことを狙うには、多少攻めた投稿をしないと目には止まらないと思うのですが……。

治部さん

まず「バズって売れる商材なのか」は考えた方がいいと思います。

SNSでバズって売れるのはBtoCの単価が低いものであることが多いため、たとえ発信がバズったとしても住宅や車のような高額商品を買う理由にはなりにくい。

もちろん商品を知るきっかけにはなりますが、SNSで注目を集めることがビジネスに与える影響を過度に高く見積もっているように感じることは多いです。

編集部

話題が移り変わるスピードがどんどん早くなって、たとえ一時的にバズっても、以前と比べて投稿の印象は残りにくくなっているように感じます。

そう考えると、バズる影響も弱まっているのかもしれないですね。

治部さん

それに、フォロワーが増えれば炎上リスクも増加します。

私から見ると何も気にならない広報さんの投稿が「キラキラした仕事の人がイキっている」などと叩かれることもある。

何を投稿しても批判される可能性があるわけで、今やXは恐ろしい世界だと思いますよ。

「男性広報による女性蔑視の炎上が多いのでは」と思う人もいると思いますが、女性のSNS担当者だからと言ってジェンダーや多様性、人権の知識が豊富というわけではありません。性別を問わず誰でも知らず知らずのうちに相手を傷つけてしまうこともある

SNS運用の難易度はますます上がってきていると思います。

編集部

そもそも全方面に好かれる発信はできないと思った方がよさそうですね……。

治部さん

そうですね。同時に「誰に向けて発信するか」を意識することが重要だと思います。

顧客になり得る人を重視し、絶対に顧客にならないであろう関係ない人からの言いがかりめいた反応は気にしない。そこの割り切りは必要だと思います。

編集部

しかるべき人たちにリーチするためだけでなく、「誰の反応はスルーしていいのか」を決めるためにもターゲット設定が重要になってきたわけですね。

リスクをおかしてバズるメリット、本当にある?

編集部

企業のSNS担当者はフォロワー数やリーチ数が指標として設定されることも多いと思います。

一方、注目を集めるような発信のリスクは高いわけで、どう折り合いをつけたらいいのでしょうか。

治部さん

大前提として、私は企業の公式アカウントは余計なことをすべきでないと考えています。

企業のブランドにとって炎上がプラスになることはありません。たとえフォロワー数やリーチが伸びたとしても、ブランドにとってはマイナスです。リスクをおかしてまでやることではないですよ。

治部さん

例えば食品メーカーであれば、商品を用いたレシピなどを投稿するのはブランディングの面でもいいと思います。

しかし、明らかにブランドにとってプラスになること以外は、「新商品が出ました」など、最低限伝えるべき情報を淡々と伝え、それ以外のことは何も言わない方が堅実です。

編集部

そもそもSNS担当者に与えられている指標が間違っている可能性があるわけですね。

治部さん

そうですね。まずはSNS運用のリスクを整理し、上司や経営に対して説明をする必要があると思います。

炎上してブランドが傷ついたしたケース、炎上してお客さまセンターに抗議の電話が殺到することによる影響、フォロワー数と売上の相関など、各社の事例を探してみましょう。

治部さん

SNS運用で何がしたいのか、目的を再確認するのもいいと思います。

仮にSNSのイベント告知に多くの反響があったとしても、実際の来場者数や満足度につながらなければ意味がありませんよね。

本来求める成果が何だったのか、忘れられてしまっていることも多いように感じます。

編集部

いつの間にか「バズる」「フォロワーを増やす」が指標にすり替わってしまっているケースは多そうですね。

保守的で淡々としたSNS運用をする意味

治部さん

あとはシンプルに、「あなたはSNSで面白いと思ったアカウントの商品を、実際に購入したことがありますか?」と聞いてみたらいいと思います。

もし自分が買っていないのに自社の製品を買ってもらえると期待しているのなら、ちょっと考えが甘いのではないでしょうか。

編集部

たしかに……。

治部さん

そもそもSNSの発信は無料だから喜ばれている面もありますよね。

SNSで人気の連載記事や漫画が書籍化された時に、SNSの反響ほど売れないという話も耳にします。

「SNSで無料で楽しむ」と「実際にお金を出す」の間には高いハードルがある。

要するに「バズっているから買う」を目指して攻めた投稿をするリスクと、バズって実際に得られる利益を考えた時、多くの場合はリスクの方が大きいのではないでしょうか。

編集部

SNSを取り巻く状況も変わりつつあるわけで、今や「バズる=メリット」とは言い切れなくなっている。

そういった変化を踏まえて、どういう運用をするか考える必要があるわけですね。

治部さん

ぜひ炎上した企業アカウントの発信について、「自分たちだったらどうするか」を話し合ってみてください。

それが分からないのであれば、公式情報らしい投稿を淡々とするにとどめた方がいいと思いますね。

編集部

それでもSNSを更新することに意味はあるのでしょうか?

治部さん

今の時代、 インターネット上で何も発信しないままでは会社の存在感が薄まってしまうので、最低限の運用は必要かなと思います。

SNSはプレスリリースやWebサイトに掲載した新着情報を企業がプッシュしたり、個人が検索したりするツール。 そう捉え、保守的な運用をすれば、目的は十分果たせるのではないでしょうか。

編集部

顧客となり得る人たちにリーチするというよりは、何か調べようと思った時に検索で引っかかる状態を用意しておく。

今の企業アカウントはそのくらいの気持ちで運用した方がいいということですね。

治部さん

そう思います。どうしてもSNS投稿を工夫してフォロワーを増やしたいのなら、「顧客は誰で、その顧客はこの投稿を見たらどう思うのか」を必ず見直した上で、無理に「中の人」の人格を出さず、顧客が本当に欲している情報を発信していけるといいですね。

編集部

企業・商品価値を高める発信ができるスキルを身につけるのは、広報・SNS担当に限らず女性が仕事をする上でも大事なスキルですよね。

「長く働く」力につながる重要な観点だなと感じました。治部さん、貴重なお話をありがとうございました。

取材・文/天野夏海 写真/治部れんげさんご提供 編集/光谷麻里(編集部)