是枝裕和監督×樹木希林さんスペシャル対談! 2人の偉才が語る“一流の仕事”とは
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。
前作『海街diary』で日本アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞など4部門を獲得した是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』が2016年5月21日より公開される。
台風で足止めをくらい、思いがけず一晩を共に過ごすことになった“元家族”の夜を描いた本作は、劇中、決して何か大きな事件があるわけではない。しかし観終わった後には、台風一過の翌朝、濡れた舗道が朝日を弾いてキラキラと輝くような余韻が残る。何でもない日常から人間の機微を描く手腕に定評のある是枝監督らしい一作だ。
「今回の作品に登場する人たちも、撮影現場となった団地も、皆が『こんなはずじゃなかった』という現実を生きています。どうしようもない現実を抱えながらも、夢を諦めることも出来ず、だからこそ幸せを手に出来ない。そんな、様子を描いていきました。等身大の人々が過ごす“当たり前の日常”を、もう一度立ち止まって見つめ直していく。この作業が、僕にとっては一番大切なことなんです」(是枝監督)
そう自らの映画作りの基本姿勢を明かす是枝監督が「出演をOKしてくれなければ、この作品は撮らないつもりでした」と断言するほど全幅の信頼を寄せている役者がいる。それが女優の樹木希林さんだ。本作では、主人公(阿部寛さん)の母・淑子を演じている。
国内外から絶大な支持を集める2人の偉才。彼らの“一流の仕事”はどのようなこだわりによって生み出されているのだろうか。仕事人としてのお互いについて、語ってもらった。
長年のキャリアに裏打ちされた絶妙な身体感覚が“一味違う”仕事をつくる
――見る者の心を掴んで離さない樹木さんの演技ですが、役作りでいつも大切にされていることはあるのでしょうか?
樹木さん(以下、樹木):いつも演技プランは何も考えないの。今回もそう。台本は読むし台詞も覚えるけれど、演じながら登場人物の“自然な形”を探していくの。
是枝監督(以下、是枝):今回、撮影現場である台所に入って樹木さんが最初にしたことは、ポットやラジオの位置を確認することでした。もちろんポットもラジオもこちらで用意したものです。でも、自分が何十年もいたときに本当にここにあるのか、樹木さんは自分の体と空間で修正される。それだけで映像としての説得力が全然違ってくるんですよね。
樹木:そう言えばそうね。主婦っていうのは、どこに何が置いてあるか、取りやすいものも取りにくいものも全部体に染み付いているでしょ? それこそ、何も見ないで皿を片付けられるくらいにね。だから、そうやって自分の体に物の配置を合わせることで、昨日今日引っ越してきたわけじゃないんだって、もう何十年もここに住んでるんだってことを表そうとしたの。
――淑子に母としての絶妙なリアリティーが出るのは、樹木さんご自身の繊細な身体感覚があるからなんですね。
是枝:樹木さんを撮っていて“さすが”と唸らされるのは、こちらが意図する見せ場じゃないところ。例えば、本作では樹木さん演じる淑子と小林聡美さん演じる千奈津が団地の部屋で麦茶を飲みながら話すシーンがあるんですけど、僕の予定では最後にコップにちょっと麦茶が残っているのに樹木さんが気付き飲み干してから、台詞を言いながら冷蔵庫を開けてお代わりを注ぐっていうものでした。
でも、リハの途中で樹木さんが残りを全部飲んじゃって。「あれ?」と思って見ていたら、空のコップを飲もうとして、「あ、ない」って気づいてからコップを置いて冷蔵庫に取りに行く芝居に変えられたんです。
これって日常ではよくあること。でも芝居ではなかなか見ない仕草です。それを樹木さんはさらっとやってしまうんですよね。
――樹木さんの演技に監督も気付かされることが多いわけですね。
是枝:はい。樹木さんの芝居はいつも発見があるし、学ぶことも多いです。
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