20代で始めた不妊治療、キャリアプラン崩壊を機に「偶然」つながった異業種転職・起業への道【妊活キャリア:田所ゆかりさん】

不妊治療をしながら転職、起業

不妊に直面して、理想のキャリアプランが崩壊したんです

そう打ち明けてくれたのは、妊活・不妊治療に取り組む女性のキャリア形成をサポートする『妊活キャリア』代表の田所ゆかりさん。

会社員時代に二度の不妊治療を経験。20代後半~30代にかけて長く不妊治療に取り組む傍ら、キャリアコンサルタントの資格を取得し、転職・起業を経験している。

「過去の私がそうだったように、不妊治療を始めると『キャリアアップは諦めなければいけないのか』と悩む女性が多く、仕事を辞めてしまう人も少なくありません」

悩みの時期を抜け、「過去の自分」と同じ境遇にある女性たちのキャリア支援を始めた田所さんに、起業までの歩みとあわせて、女性たちが不妊治療と仕事を両立しながら「自分らしい働き方」をかなえるために大切なことを聞いた。

田所ゆかりさん

【Profile】
ルポンコンサルティング代表/国家資格キャリアコンサルタント
田所ゆかり

日産自動車にて電気自動車の開発やベンチャー事業の立ち上げ等に従事した後、デロイト トーマツ コンサルティングに転職。その後、キャリアコンサルティング事業、企業の新規事業化支援などを手掛けるルポンコンサルティングを起業。会社員時代に不妊治療を経験して誰にも相談できず悩んだ経験から、キャリア形成支援の必要性を痛感し「妊活キャリア」事業を立ち上げる。不妊治療中に転職、起業を実現した経験から、不妊治療を言い訳にしない攻めのキャリア構築を得意としている

不妊治療でキャリアプランが崩壊

私が最初に妊活を始めたのは、20代後半の頃。当時は不妊に関する情報がいまほど出回っておらず、不妊治療は「特別なこと」というイメージがありました。

妊活すればすぐに妊娠するだろうと考えていたのですが、何の成果も得られないまま気付けば2年半が経過。

病院に行って「あなたは不妊です」と事実を突きつけられることが怖くて、なかなか不妊治療に踏み出せずにいました。

不妊に悩む女性

ただ、ここまで頑張ってきて無理なんだから、さすがにこの先も難しいだろう……。そんな思いが強くなり、30代になってようやく不妊治療クリニックを訪れたのです。

手始めに不妊の原因を探る検査を受けましたが、致命的な原因は見つからず。人工授精を5回くらい試したところで、無事に第一子を妊娠することができました。

自然妊娠を試みた期間が長かったので「もっと早くクリニックに行っていれば」と後悔もしましたが、その後、第二子を希望して不妊治療を再開した時に状況は一変。人工授精ではうまくいかず、体外受精へステップアップすることになったのです。

体外受精を始めてからは、さらに困難が続きました。受精卵が着床するところまで進むことはあるものの、流産を繰り返してしまって出産にはいたらなかったのです。

4年ほど治療を続けた時に「もう十分やり切った」と思えたので、第二子はあきらめることを決めました。

不妊に悩む女性

「20代で第一子、3年後くらいに第二子も産んで、子育てが落ち着く30代半ばで海外赴任も経験してみたい」

20代の頃の私はエンジニアとして自動車メーカーで働いていて、そんな理想のキャリアプランをぼんやりと思い描いていました。

でも、不妊という事実に直面した瞬間、理想のプランは「絶対にかなわないもの」となってガラガラと音を立てて崩壊。努力しても越えられない壁にぶつかり、途方に暮れてしまいました。

不妊治療を経験したから起業できた

思うように妊娠もできないし、治療と仕事をギリギリ両立している中で部署異動や転職をするのも不安……。そんなモヤモヤを抱える中で偶然見つけたのが、キャリアコンサルタントという国家資格の存在でした。

理想のキャリアプランが崩壊してどうやって再構築すればいいか悩んでいた時だったので、何とか答えを探したいと思いキャリアについて学んでみることにしたのです。

勉強する女性

すると、自分が置かれている状況を客観的に把握できるようになり、「偶然の変化」こそがキャリア構築の重要なファクターであることを知って不安が和らいでいきました。

また、学習を進める中で「起業してみたい」という将来の目標や、今やるべきことも段々と見えてきて未来に希望が持てるようにもなったのです。

結果として、二度目の不妊治療に取り組んでいた時期に、異業種への転職を実現。それと同時に、キャリアコンサルタントの資格も取得しました。

キャリアについて学ぶ前の私は、「不妊治療中に転職なんてできない」と思い込んでいたのですが、その考えも一変しました。

最初に不妊治療をしていた時は、いつまで続くか分からない不妊治療中に部署異動や転職をして環境を変えたりして「治療と両立できなくなったらどうするんだ」と思って身動きが取れずにいたんです。

でも、妊娠はコントロールできないけれど、キャリアはある程度コントロールできる。そして、キャリアは「偶然」起きたことの積み重ねでつくられていくーー。

であれば、いつできるか分からない妊娠にあわせてキャリアの決断を先延ばしにするよりも、まずは自分の意思で変化を起こせるキャリアの方を優先して行動したい。

そう考えられるようになったからこそ、不妊治療と両立しながら転職、起業とキャリアの面で前進することができました。

「不妊治療=キャリアを諦める」必要はない

面接する女性

私が転職先として選んだのは、コンサルティングファーム。

経営コンサルタントは多忙な職種だとよく言われますが、社員一人一人の「働き方の裁量」が大きく成果主義の社風だったので、通院に必要な時間を確保しやすく不妊治療との両立はしやすかったです。

起業したのは転職してから丸2年がたった後。会社員として働きながら、起業準備も進めていました。

そして、過去の自分がそうだったように不妊治療と仕事の両立に悩んでいる人のためのサービスをつくりたいと思って立ち上げたのが『妊活キャリア』です。

『妊活キャリア』では、妊活・不妊治療を 「自分らしいキャリアを歩むための転換点」としてとらえ、国家資格キャリアコンサルタントが相談者さんが新しい一歩を踏み出すためのサポートをしています。

まだ立ち上げから2年半ですが、SNSやネット検索で私たちのことを知り、相談に訪れてくれた人はすでに100名近くになりました。

『妊活キャリア』に訪れる皆さんのお話を聞いて痛感するのが、「仕事を辞めなければいけない」と思い込んでしまう女性が少なくないということです。

以前、不妊治療のスケジュールを優先するために仕事を辞めてしまった方が相談にいらっしゃいました。

その方は、治療の時間はできたけれど、仕事を辞めたからこそ「仕事が好きだった」ことや「もっと働きたい」という気持ちに気づいていまは後悔しているとおっしゃっていたんです。

あるいは、正社員だった方が不妊治療を始めるにあたって同じ会社で契約社員に切り替えたりするケースもあります。

働く時間が短くなって通院しやすくなるからと思ってのご決断でしたが、契約社員になったことで仕事の責任範囲も制限され、やりたいことができなくなってしまったと悔やむ人も。

さらに、仕事を辞めれば収入はなくなりますし、正社員から契約社員に雇用形態を変えたりするとお給料も減ってしまい、いつまで続くか分からない不妊治療の経済的負担も重くのしかかります。

ですから、私たちが多くの人に伝えていきたいのは、不妊治療に直面しても思い込みや決めつけでキャリアを諦めないでほしいということ。

悩んだときは一度、客観的な視点を取り入れてみると、不妊治療と両立しながら自分らしい働き方をかなえる道が見えてくると思います。

不妊治療と両立しやすい仕事・職場の見極め方

仕事する女性

不妊治療中のキャリア形成は、今後ますます社会問題化していくと思います。

企業側は人手不足ですから女性に長く働いてほしい。女性側も積極的にキャリアを築いていきたいと思っている。

けれど、不妊治療とキャリアの継続に関する知識が企業側・女性たち側の双方でまだまだ足りていないのが現状です。

そこで『妊活キャリア』では今後、個人だけでなく企業側への支援にも力をいれながら、この問題の解決に取り組んでいけたらと思っています。

そして、今まさに妊活・不妊治療と仕事の両立に悩む女性たちには、「労働時間を短くする」「責任を軽くする」ことだけが解決策ではないということを改めてお伝えしておきたいです。

どう頑張ったとしても、妊娠だけは誰にも結果をコントロールすることはできません。仕事を辞めても子どもができる保証はどこにもなく、より深い悩みを抱える場合もあります。

ですから、もしも今の職場で不妊治療と仕事の両立がしづらいと感じるなら、治療と両立しながら今の職場で仕事を続けていくための方法を上司や人事に相談してみたり、柔軟な働き方ができる職場に転職したりするのも一つの手。

転職先を選ぶときは、時間管理ではなく、成果で評価をしてくれるような、働き方の裁量を持てる職種・職場を選ぶことをおすすめします。

一般的に「忙しい」と言われる職種であっても、裁量を持って働けさえすれば、実はライフイベントに柔軟に対応しやすいことも十分ありますから。

悲しむ夫婦

「できることなら不妊治療なんて経験したくなかった」と思う人はもちろん多いでしょう。

でも、私自身は不妊治療をしたからこそ、一度立ち止まって自分のキャリアを見つめ直す転機になりました。そして、思いもよらぬかたちでキャリアコンサルタントになり、起業にまでつながっています。

不妊治療自体はつらいことも多いですが、きっとあなたらしい働き方を見つめ直すきっかけになるはず。「こうしなきゃいけない」という思い込みを一度捨てて、「どうしたいか」からぜひ考えてみてくださいね。

妊活キャリア

情報提供:『妊活キャリア』

妊活キャリアは、妊活・不妊治療当事者のキャリア形成を支援します。国家資格キャリアコンサルタントによるキャリア相談、e-learning講座、法人向けサービスなどを提供中
公式サイト

書籍紹介

不妊治療でキャリア迷子
『不妊治療でキャリア迷子』(田所ゆかり著)
本書は、不妊治療と仕事に悩む女性が新しい自分を見つけるまでの物語を、キャリアコンサルタントとの対話形式で描いた一冊。サキ子と佐々木の軽快な掛け合いを通じて、キャリア形成の基礎や仕事とライフイベントのバランスの取り方、自分らしい人生を築くための考え方を、物語の一員になった感覚で学ぶことができる。
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取材・文/栗原千明(編集部)