池松壮亮「世間の評価は気にしない」いい仕事をするために唯一意識していること

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。
子役時代から20年以上にわたり、多彩な作品にチャレンジしてきた俳優・池松壮亮さん。
ハリウッド作品『ラスト サムライ』でスクリーンデビューを果たした彼は、その後もさまざまな出演作において、国内のみならず海外でも高い評価を受けている。
人生の半分以上を俳優として生きてきましたが、自分が世間からどんな風に見られるのか、自分に対してどんな声が上がるのかについて、無頓着なままこられた方だと思います。
自分に向けられる視線は時に、チャレンジをする上で障壁になる。彼がそれにとらわれずにチャレンジを積み重ねてこられたのはなぜなのか。
国境を越えて存在感を示す俳優・池松壮亮のプロフェッショナリズムをひも解いていく。
日本映画のタブーに挑んだ『フロントライン』
池松さんが今回挑んだのは、2025年6月公開の映画『フロントライン』だ。
本作の舞台は、日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船『ダイヤモンド・プリンセス号』。
乗客乗員3711人の命を救うために、未知のウイルスに立ち向かった災害医療専門の医療ボランティア的組織「DMAT(ディーマット)」たちの奮闘を描く、実話をもとにした物語だ。
本作において池松さんは、船に乗り込む医師・真田春人役を演じている。
DMATは、いわばほぼボランティア団体です。リスクを負いながら、差別や偏見にさらされながら、前例がない事態に挑んでいく。
その原動力は「善意」なんです。目の前にある命と向き合っていく中に、利益や見返りは一切介入していないように感じました。
それが当然であるかのように諦めない「名もなき勇者たち」の奮闘に胸が熱くなりましたし、演じることで彼らの「世界への献身」に敬意を表したいと思いました。

前例のないことに立ち向かっていくDMAT同様、『フロントライン』という作品自体も、日本映画界においてはタブーとされてきたことに真正面から挑んだ意欲作だと、池松さんは続ける。
利益を最重視することが正義とされがちな日本では、クリエーティブや社会的な表現は敬遠され、「過去のネガティブなことは振り返らずに前を向こう」とされてしまいます。
ですがこの映画は、コロナショックという出来事を描き、パンデミックの中で浮き彫りになったさまざまな人間性を映し出している。
また映画の中では、DMATの隊員だけでなく、その家族、官僚、船内のクルー、乗客、マスコミ、さまざまな立場や視点が描かれています。
社会性とエンターテインメント性とが繋がった現代的ですばらしい映画に仕上がったと感じています。
本作で初めて医師の役を演じた池松さん。現場では、実際に『ダイヤモンド・プリンセス号』に乗り込んだDMATの隊員たちの監修のもと、技術面はもちろん当時の心境なども詳しくヒアリングしながら真田という役に挑んだ。
コロナは人間の露悪的な部分や歪んだ社会システムを浮き彫りにした一方で、思いやりや善意といった「希望」にも、私たちの目を向けさせてくれたと思っています。
そして今回、見返りを求めずに目の前の命と向き合うDMATの皆さんの仕事のすさまじさを知ることができました。
俳優としてDMATの皆さんの原動力や、人間の「善意」のようなものを探求させてもらえる撮影期間は、学びが多く、チャレンジングな経験になりました。

「余計なことは何も考えない」割り切り力
前例がないことに取り組んでいると、不測の事態に直面することもある。そんな時、ついリスクを恐れて責任を回避しようとしてしまうのが人間の性とも言える。
しかし、真田医師をはじめとしたDMATの隊員たちは、周囲から何を言われても「自分の仕事をする」「自分が正しいと思ったことをやる」ことを貫き、乗客乗員3711名全員を下船へと導く。
当時のDMAT隊員の皆さんに聞くと、口をそろえて言うんです。「何も考えてなかった」って。目の前に困っている人がいて、助けていただけだと。
先のことや、自分たちに向けられる目のことなどを考えていたら、人の命と向き合うことなんてできないのだと思います。
でも彼らには愛する人や家族がいて、その大切な人たちが偏見や差別にさらされるかもしれない。
それでも、目の前の仕事と向き合うしかないんですよね。目の前の命に代わるものはないのだと思いました。
彼らの勇気と献身、姿勢に心を動かされますし、立場は違えど、自分も信念の部分でそうありたいと思いました。

10歳でミュージカル『ライオンキング』のヤングシンバ役でデビューし、13歳の時に映画『ラスト サムライ』でハリウッドデビューも果たすなど、子役時代から俳優として注目を集めてきた池松さん。
常に人の目に触れる場所に立ち続けてきたからこそ、「周囲から向けられる目」に惑わされることもあっただろうと予想できるが、池松さんはこれをきっぱりと否定する。
自分に対する世間の評価に割と無頓着なんだと思います。それよりも自分がやりたいことや取り組むべきことにのめり込むタイプなので、さほど気にせずに済んできたのかもしれません。
「自分が人気者になりたい」「こう見られたい」などといったことよりも、「こういう表現や作品を目指したい」という思いや、それによって観客の皆さまに面白がってもらえるか、期待に応える作品を届けられているかということが全てでした。
それが常に原動力としてあったので、それ以外のことを考える余裕がなかったのかもしれません。
余計なことを考えずに、目の前のお客さまのことだけに集中するスタンスは、目の前の命と向き合うことだけに集中していたDMATに通ずる「献身性」を感じさせる。
与えられたフィールドで最大のパフォーマンスを発揮すること以外は、何も考えない。この「割り切り力」が、池松さんの新たなチャレンジへのハードルを下げ、20年以上にわたりプロフェッショナルとして、世界を舞台に活躍の幅を広げ続けられる秘訣なのだろう。

「世界共通」で楽しめる映画を届けることが使命
「海外の作品にチャレンジしたいですか?」とよく聞かれることがありますが、もちろんその思いは常にあります。これまでもすばらしい作品や人との出会いがありました。
ですが今後は、日本映画とかアメリカ映画とか、そういう境界を飛び越えられるものに挑戦したいという気持ちが強くあります。カテゴライズではなく、世界共通言語としての映画や芸術を追い求めています。
俳優としてのこれからについて、そう力強く話す池松さん。
置かれている環境によって、芸術の見え方は変わる。どこに行っても人の心に届くものとは何か。最近はそんなことをずっと考えているという。
例えば、いま現在紛争が起きている地域の避難所に持っていって観せられる日本映画はどのくらいあるのかなと。
ずっと日本にいて、平和ボケしているような感覚で、そうでない環境や立場にいる人たちの心に届く作品を生むことはできるのだろうかとよく考えます。
住んでいる国や言語、文化、立場や環境、格差による境界線のない、それらの境界をなくすのではなく全てを内包したような“世界共通”の感覚を掴みたい。せっかく映画や芸術、エンターテインメントをやっているのだから。
それはおそらく一生答えの出ないものですが、そんなものづくりを目標に掲げ、考え続けていたいです。
映画を通して、世界中の人に喜んでもらいたい。その思いに、自意識や利益への執着は一切感じられない。
目の前のお客さまに献身する、プロフェッショナルの表現者としての姿がそこにあった。

池松壮亮さん
俳優。1990年7月9日生まれ。2003年、『ラストサムライ』で映画デビューを果たし注目を集め、その後数々の映画やドラマに出演し、これまで多くの映画賞を受賞している。近年の主な出演作に、映画『ちょっと思い出しただけ』(22)、『せかいのおきく』(23)、『白鍵と黒鍵の間に』(23)、『ぼくのお日さま』(24年)、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(24)、『本心』(24年)などがある。今後の出演作として8月にNHKで放送される『終戦80年ドラマ シミュレーション 昭和16年夏の敗戦』が控えており、また2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、豊臣秀吉役を演じることが発表されている
取材・文/光谷麻里(編集部) 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)
作品情報
映画『フロントライン』2025年6月13 日(金)全国ロードショー

<あらすじ>
2020年2月、乗客乗員3,711 名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。
香港で下船した乗客1人に新型コロナウイルスの感染が確認されていたこの船内では、すでに感染が拡大し100人を超える乗客が症状を訴えていた。
出動要請を受けたのは 災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応 できる経験や訓練はされていない医療チームだった。
対策本部で指揮を執るのはDMATを統括する結城英晴(小栗旬)と 厚労省の立松信貴(松坂桃李)。船内で対応に当たることになったのは結城とは旧知の医師・仙道行義(窪塚洋介)と、愛する家族を残し、船に乗り込むことを決めたDMAT隊員・真田春人(池松壮亮)たち。
彼らはこれまでメディアでは一切報じられることのなかった<最前線>にいた人々であり、治療法不明の未知のウイルス相手に自らの命を危険に晒しながらも乗客全員を下船させるまで誰1人諦めずに戦い続けた。
全世界が経験したパンデミックの<最前線>にあった事実に基づく物語―。
■出演者:
小栗旬
松坂桃李 池松壮亮
森七菜 桜井ユキ
美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一
窪塚洋介
■企画・脚本・プロデュース:増本淳
■監督:関根光才
■製作:「フロントライン」製作委員会
■制作プロダクション:リオネス
■配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2025「フロントライン」製作委員会
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/professional/をクリック