Matt「3年耐えたら世界が変わった」激しい誹謗中傷も“自分の人生”を生きられたワケ

Matt「3年耐えたら世界が変わった」激しい誹謗中傷も“自分の人生”を生きられたワケ

プロ野球界のレジェンド・桑田真澄氏を父に持つMattさんは、幼い頃から「トップアスリートの息子」というフィルターを通して見られ続けてきた。

多くの人たちから寄せられる期待や偏見、時に誹謗中傷と向き合いながらも、いつも“自分が納得できる道”を選んできたMattさん。

“こうあるべき”という周囲の声にさらされやすい環境の中で、Mattさんはなぜ自分の本心に従ったキャリア選択をしてこられたのか。

彼の歩みをたどると、レールにとらわれず、自分の本心に素直に従ってキャリアを選び取るための心構えのヒントが見えてきた。

Mattさん

Mattさん

1994年東京都生まれ。幼少期からピアノやサックスなど複数の楽器に親しみ、中学で吹奏楽部に入部。堀越高校には楽器推薦で進学し、アルト/ソプラノサックスを担当。3年時には部長を務め、吹奏楽コンクールで金賞を受賞。桜美林大学・音楽専修に進学後は、サックス・ピアノ・ドラム・作曲を学び、アメリカ留学も経験。大学在学中にブライダルモデルとして活動を始め、卒業後はタレントとしてテレビ出演を重ねる。音楽家としても活動し、2020年に「Unconditional Love」をリリース。現在は歌手、作詞作曲、タレント、モデル、レタッチャーメイクアップ、ブライダル衣装デザイナー、美容ブランド「EMROSÉ」プロデューサーなど、多彩な分野で活躍 ■Instagram

ファッションにおいても「自分で選ぶ」「挑戦する」ことを大切に

今や“自分らしさのアイコン”的存在として、美容やファッションのフィールドを中心に多くの支持を集めるMattさん。

彼が2025年11月に登壇したのは、オンラインストア『mix.tokyo』初のポップアップストアオープニングイベント。

『mix.tokyo』サイト

『mix.tokyo』は、「着たいがあつまる」をコンセプトに、“ファッションの力を信じる”約30ブランドが集まったセレクトショップだ

Mattさん

セレクトショップは大学生の頃から大好きでした。

多くのブランドが集まっているので、お店をはしごをする必要がなかったり、一目でトレンドが分かったりするのがいいですよね。

何よりものメリットは、ブランドの枠を超えて新しいアイテムにトライしやすい点。

一つのブランドに絞ると、自分の中でルールが固定されるので、そのブランドの色に染まっちゃいますよね。そうすると選択肢が減ってしまう。

Mattさん

セレクトショップは“挑戦”ができる場所であり、幅広い選択肢の中から新たな自分を見付けることができる場所。

そういう意味でもすてきな場所なので、僕は海外でもセレクトショップに行くことが多いです。

オンラインストア『mix.tokyo』初のポップアップストアオープニングイベントの様子

『mix.tokyo』初のポップアップストアオープニングイベントのワンシーン

「桑田の息子」と呼ばれても、心の真ん中は揺らがなかった

ファッションにおいて「自分で選ぶ」「挑戦する」ことを大切にしていると語るMattさんだが、キャリア選択においても“自分で選ぶ”姿勢を貫いている。

偉大な父親を持っているからこそ、自身の進む道に対して寄せられる周囲の声に迷わされてしまうこともありそうだが、彼が自分の気持ちを何よりも優先して来られたのはなぜなのか。

その理由は、Mattさんの家庭環境にあった。

Mattさん

僕は小さい頃から、自分の選択を尊重されてきたんです。

「なりたいもの」「欲しいもの」「やりたいこと」は迷わず口にしてきたし、行動に示してきました

Mattさん

小学生の頃は野球もやっていたけれど、やっぱり僕は絵や音楽など、美しいものが好きで。

中学生になる時に、「野球を辞めたい」ってパパに言ったら、「いいよ」って返事がきました。「やりたいことを頑張ってね」って。

自分の意思を尊重してくれるのは、すごく嬉しかった。

桑田真澄の息子でありながら、野球を辞める──。

世間からの期待やプレッシャーもあっただろう。しかし彼は、「どんな時も本人の意思を最優先してくれる両親の存在」を支えに、自分の気持ちを一番大切にしながら進む道を選び取ってきた。

Mattさん

小さい頃から「桑田真澄の息子」と枕詞のように言われてきました。学校でもそうですね。「いいなぁ」とか「サインちょうだい」とか。

僕と会話してるのに、僕個人を見てもらえていない感覚は昔から味わってきました。

Mattさん

そういうのって、誰しも持ってるものだとは思うんですよね。肩書きとかバックグラウンドとかが邪魔をしてその人自身とまっすぐ向き合えないというか。

だから僕は、人と向き合うときはその人自身をまっすぐ見るように心掛けています。

その後、Mattさんは中学・高校で希望通り音楽に専念し、大学でも音楽を専攻。音楽活動と並行しながら23歳で芸能界へと足を踏み入れる。そこで彼は、人生でもう一段大きな「世間の目」に出会うことになる。

世間から批判の嵐。休んでも辞めなかったことで得たもの

芸能界でMattさんを待っていたのは、想像以上に辛辣な世間の声だった。

Mattさん

テレビに出るようになると、僕のメイクや容姿に対して激しい批判の声が届くようになりました。

「桑田の息子なのに」という視線もあったように思います。

SNSなど誰でも見られる場所で批判されると、家族の目にも触れてしまう。それがあまりにも悲しくて、半年ほど休業したんです。

心を守るために「一度休む」という選択をした彼だが、“やりたいこと”の火は消さなかった。Instagramの更新を止めず、発信をし続けた。

すると、少しずつ世間の空気が変わり始めたという。

Mattさん

少しずつですが、応援してくれる声や、好意的な声も増えるようになったんです。

その後またメディアにも復帰し、今はこうして個性を活かしながらやりたい活動をできるようになりました。

デビューからの3年間はつらい時期が続いたけれど、あの時世間の声につぶされて「やりたいことをやる」ことを諦めなくてよかった

Mattさん

「石の上にも3年」って、あながちうそじゃないなと思います。最初の3年間、しんどくても踏ん張ったからこそ今お仕事の幅も広がったなと感じていて。人間的にも強くなったように思います。

「これが最初で最後のチャンス」レールより本心に従うための指針

Mattさんのように芯の通った生き方はすてきだが、周囲の声と自分の素直な気持ちの狭間で揺れてしまうのは自然なことだ。

それでもMattさんがぶれなかったのは、巡ってくるチャンスを「最初で最後かもしれない」ととらえているからだ。

Mattさん

人生は一回しかないじゃないですか。だからやっぱり好きなことをやりたいんですよね。

結婚、就職、転職など人生には決断の瞬間がいくつもある。そのたび失敗する可能性もある。でも、それを怖れて保険を掛け続けていたら、何も変わらないまま人生が終わってしまうと思うんです。

Mattさん

チャンスが巡ってくるタイミングは人それぞれだけれど、そのチャンスが目の前に来るのは最初で最後かもしれない。それを掴むかどうかで人生が変わるなら、やっぱり掴むべきだと僕は思います。

周囲の価値観から外れたり、安定のレールから外れるのは怖い。

それでも、もし迷うのなら「これが“最初で最後のチャンス”だとしたら、私はどうするだろう?」と自分自身に問いかけてみると、他人の正解ではなく、自分の本心に目を向けるきっかけになるかもしれない。

そしてもし一歩踏み出せたなら、まずは3年続けてみる。うまくいかないなら、Mattさんのように一度休んでもいいし、道を変えてもいい。そう思えれば、自分の人生を選択する勇気が湧いてくるのではないだろうか。

>>『mix.tokyo』公式サイトはこちら

取材・文/光谷麻里(編集部) 

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