LGBTの課題に“誰もが働きやすい環境”へのカギがある? 性的マイノリティの現状から考える、真のダイバーシティ
「LGBT」という言葉をご存知だろうか。「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー」の頭文字をつなげたもので、性的マイノリティの総称として使われる。国による統計はないが、電通ダイバーシティ・ラボによる2015年の最新調査では、LGBTの比率は人口の7.6%。前回2012年の調査で出た5.2%という数字と合わせて考えても、20人に1人はいる計算になる。つまり数十人以上の職場であれば、あなたのそばにもLGBTはいるということだ。だが日本の企業では、まだまだ理解や支援が進んでいるとは言えない。
「実はLGBTが職場で感じる働きにくさは、女性が感じる働きにくさと重なる部分が多いんですよ」
そう話すのは、企業や自治体に向けてLBGTに関するコンサルティングや講演を行っている特定非営利活動法人 虹色ダイバーシティの代表であり、自身もLBGT当事者である村木真紀さん。LGBTを取り巻く現状を伺いながら、誰にとっても働きやすい真のダイバーシティとはどんなものかを探ってみたい。
LGBTへの差別的言動は
女性へのセクハラと重なる
「私たちは3年ほど前から企業や自治体に向けて活動を始めましたが、最初はほとんどの人事部から『うちにLGBTはいません』という反応が返ってきました。でも、何万人もの従業員を抱える大企業なら、統計的にみて1人もいないなんてあり得ない。なのに人事が存在を認識していないのは、当事者がカミングアウトをしていないということ。それは本人が言わないだけではなく、『言いたくても言えない』ような状況なのではないかと思います」
その理由は、多くの職場においてLGBTへの差別的言動が存在するから。2014年に村木さんたちが実施したアンケートでは、「職場でLGBTに関する差別的な言動がある」と回答したLGBT当事者は70%に上った。周囲がLGBTに偏見があると感じれば、「実は自分がそうです」とは言えなくて当然だろう。
「上司がテレビに出ているオネエ系のタレントを見て、『気持ち悪いよな』などと話すのは代表的な事例。未婚の男性が、『いい歳して独身なんて、コッチ系じゃないの?』と噂されるケースも多いですね。ただ、LGBTが差別的だ、嫌だと感じるのは、従来からセクハラとされてきたものも非常に多いんです。『なんで彼氏を作らないの?』『子どもを産んで育てないと一人前じゃないよね』といった会話は、相手がLGBTに限らずセクハラになりますよね。私がLGBTと女性が感じる働きにくさに共通点が多いと言ったのは、こうした理由からです」
さらに人事制度上の問題も存在する。家族手当や家族休暇があっても、同性パートナーに対しては使えない。最近は子どもを持つ女性同士のカップルも多いが、出産した本人は育休を取れても、パートナーは取れない。異性愛カップルであれば利用できる制度がLGBTは使えないという格差がそこには存在する。よって本来なら企業側の配慮が必要なのだが、現状では「セクシュアリティーは個人的な話で、仕事や職場とは関係ない」と考える企業が少なくない。だが村木さんは、それは大きな誤解だと話す。
「差別的な言動をしていることに気付かず、無意識に傷つけてしまっているケースは多い。そういう上司や同僚が多い職場では、LGBTが周囲の人を信頼できず、コミュニケーションを避けるようになります。すると『チームワークに向いていない』などと判断され、昇進差別やいじめの対象になりやすい。また、LGBTであることを隠さなくてはいけない緊張や不安から、うつ病などメンタルヘルスの問題を抱える人も多くいます。こうした原因で本人の生産性が低下したり、離職する人が増えれば、会社全体に関わる問題になる。つまり、LGBTの状況を把握できずにいることは、経営上の重要な課題の一つなのです。そしてこうした問題は、LGBTに限らず『個人的な話だから関係がない』とされてしまっている他の少数派の場合にも起こりえることです」
男女ではなく“個”に着目することが
「誰もが働きやすい会社」への近道になる
十分な理解や支援を受けられない現在のLGBTの立場は、少し前まで女性たちが置かれていた立場と重なる。出産後のサポートを会社に望んでも、「育児はプライベートの問題でしょ?」「あなたが好きで子どもを産んだのに、なぜ周囲が助けなくてはいけないの?」と思われてしまうことも少なくなかったのが、ひと昔前の日本企業の状況だった。だが働く女性が増えたことで理解は進み、今では多くの企業がダイバーシティを推進している。そして各種調査で「女性が働きやすい会社ランキング」の上位に入っている企業は、LGBTに関する取り組みにも積極的なケースが目立つという。
「こうした企業にはダイバーシティの専任部署があるので、LGBTの課題にも着手しやすいようです。ある企業の担当者は、こうおっしゃっていました。『男女に関する施策を考える時、今までは男性とはこういうもの、女性とはこういうものと定義して、だからお互いに理解し合おうというメッセージを発信してきた。でもLGBTに対する取り組みを始めたことで、男性にも女性にもさまざまな価値観を持つ人がいるのだから、もっと“個”に焦点を当てたダイバーシティを推進していくべきだと考えるようになった』と。それは私も同感です。従来の“女性活用”と呼ばれる施策に違和感を覚えている女性たちは少なくないはず。LGBTの課題に取り組むことが、企業側が女性への施策を見直すきっかけになることも少なくないのです」
女性がLGBTの理解者になれば
職場のダイバーシティはさらに進む
こうして少しずつだが、日本の企業も変わりつつあることを村木さんも実感している。活動を始めてしばらくは、コンサルティングや講演の依頼を受けるのは外資系企業やグローバルで事業を展開する日本の大手企業がほとんどだった。すでに世界21カ国(2015年現在)で同性婚が認められる中、海外ではダイバーシティの対象に性的指向や性自認の多様性も含むのが当たり前となっており、海外との関わりが強い企業ほど意識は高い。さらに最近では生産年齢人口の減少を背景に、人材確保の観点から、ガス・電力会社や地方自治体など、国内型の企業や団体からも依頼が急増しているという。
「とはいえ、LGBTの課題に取り組んでいる企業は一部ですし、カミングアウトできずにいる人も大勢います。こうした現状を変えるためには、社内にLGBTへの理解者がいることが重要です。例えば、ある企業の人事担当者が『LGBTの研修を受けました』と社内メールを発信したら、その方にカミングアウトする社員が複数現れたそう。やはり近くに理解者がいると、当事者も声を上げやすいのです」
周囲が理解してくれるからこそ相談がしやすいのは、LGBTに限らず、全ての人に通じること。誰もが働きやすい環境を実現するためには、こうした声を上げやすい環境を整えることが不可欠だ。例えば、働く女性たちがLGBTの理解者となるためには、どのようなことができるのだろうか?
「『アップルのCEOがカミングアウトしたね』『渋谷区で同性パートナーシップに関する条例ができたんだって』といったLGBTに関する話題を、ポジティブに職場で語ってください。その言動が身近にいるLGBTの助けになるし、皆さんにカミングアウトする人も出てくるかもしれない。働く女性たちにLGBTの支援者、“アライ(ally)”になってもらえたらうれしいですね」
男性も女性もLGBTも、そして他のどんな属性を持つ人でも働き続けることができ、分類や区別をするのではなく、“個”を尊重する。それこそが本当のダイバーシティのあり方なのだということを、私たちも改めて理解すべきだろう。
取材・文/塚田有香 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)