【ほどなく、お別れです 原作者・長月天音】夫の闘病でパートに転身、死別──キャリアを手放した彼女が41歳で作家になるまで
人生100年時代。年齢や常識に縛られず、チャレンジを続ける先輩女性たちの姿から、自分らしく働き続ける秘訣を学ぼう
浜辺美波さん、目黒蓮さんが葬祭プランナーを演じることで話題を呼んでいる、映画『ほどなく、お別れです』。
原作者は、小説家の長月天音さん。彼女が本作で作家デビューしたのは41歳のとき。当時は最愛の夫と死別し、まだ悲しみも癒えない中だった。
正社員からパートへと働き方を変え、夫の闘病を支えてきた長月さん。一度キャリアを諦め、30代後半まで看病と介護に全力を注いできた彼女は、なぜ夫を亡くした痛みを抱えながらも、新たな人生の一歩を踏み出せたのか。
「小説の書き方なんて全然分からなかった」と話す彼女の挑戦の裏側にあったのは、夫の闘病を通して身に付けた「先のことなんて分からない」という人生哲学だった。
長月天音(ながつき・あまね)
1977年生まれ。新潟県出身。大正大学文学部卒業。2018年、『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。同作は計4巻に及ぶ人気シリーズに。その他の作品に、『キッチン常夜灯』シリーズ、『神楽坂スパイス・ボックス』シリーズ、『信州善光寺門前 おやすみ処にしさわ商店』、『私が愛した余命探偵』、『ただいま、お酒は出せません!』、『明日の私の見つけ方』など
結婚3ヶ月で夫が病気に
私の初めての職場は、銀座にある老舗のレストラン。
父が接客の仕事をしていたこともあり、子どもの頃から親しみがあったんですね。お客さまにサービスを提供し、それによって対価を得る。幼少期からそんな接客の仕事の楽しさに触れていたこともあって選んだ職場でした。
その後、個人経営の飲食店に転職してからは、自分の店を持つ夢を抱くように。いつか独立できるよう、経営の勉強も兼ねて、朝も夜もなく働く日々が続きました。
そんな中、料理人だった夫と結婚。ささやかながらもこれからの人生に期待を抱いていた中で、夫に病気が見つかりました。結婚して、わずか3カ月後のことでした。
私は仕事をしながら、夫の闘病生活をサポートするようになったのですが、当時はまだ手術をすれば病気も治ってじきに社会復帰できると信じていたんですよね。
まさか夢を追うどころか、未来が全く見えなくなるなんて、この時は思ってもいませんでした。
2カ月先のことも分からない日々
闘病生活が長くなるにつれ、どうやらそんな簡単な道のりではないということが分かってきました。
夫の闘病生活は、手術と再発の繰り返し。勤め先は個人店だったので、比較的時間の融通はしてもらいやすかったのですが、それでも夫の病状に合わせて急に仕事を休まざるを得ないことも増えて。そのたびに周りに迷惑をかけてしまっていることを心苦しく感じるようになりました。
何より、病気と闘う夫のそばにもっと付いていてあげたかった。今は仕事よりも、夫婦で一緒にいる時間のほうが大切だと思ったんです。
そこで、私は正社員の仕事を辞め、パートとして働くことに。もちろん自分でよく考えた上での決断ではありましたが、これまで自分なりに積み上げてきたものが、自分ではどうしようもない事情によって、ガラリと変わってしまうことのショックは大きかったです。
ただ、これは自分がその立場に立って初めて実感したことですが、結局、長期的なキャリアプランなんて、自分も家族も健康で、生活に何の問題もないから考えられること。
年齢を重ねると、いろんな不測の事態が起きてくるから、とてもじゃないですけど、長い目で将来の見通しなんて立てられなくなるんですね。
私の場合、夫は2カ月に一度、検査を受けていたので、そこで再発が見つかればまた入院。たった2カ月先のことがどうなるかさえ分からないわけです。
入院となれば、一気に生活も働き方も変わる。これから入院生活がいつまで続くのか。お金がどれくらい必要なのか。分からないことだらけで、考えれば考えるほど不安になるだけ。
だから、途中からはもう先のことはあまり考えないようにしました。
それよりも、今目の前のことに精一杯。いつか夫が元気になったら、二人で店を出そう。その夢を支えになんとか気持ちを奮い立たせて、病気とも、仕事とも向き合っていました。
小説は「夫のそばにいながら稼げる手段」
そんな私が小説を書きはじめるようになったのは、夫の闘病生活が終盤に差しかかった頃。もうすでにその頃には、退院しても外で働ける体力はなく、夫は家で家事を、私がパートに出て生計を立てるという状況でした。
ただ、私としても夫を家に残すのが不安でしたし、何よりもっと夫のそばにいたかった。どうすれば夫との時間を増やせるだろうと考えたときに、小説家なら家で仕事ができるんじゃないかと思ったんです。
昔から本を読むのが好きな子どもで、好きが高じて自分で書いたりもしていましたけど、あくまで趣味程度。自分が小説家になるなんて夢にも思っていませんでしたが、この時は「家で出来ることで収入を得なきゃ」って必死で。
今書いているものを完成させなきゃ。絶対にこれを仕事にするんだと言い聞かせながら、がむしゃらに書いていました。
だから、夢とか、そんなキラキラしたものではなくて。自分の望む生活スタイルを実現する上で最適な手段が、書くことだったと言ったほうが近いかもしれません。
とはいえ、小説を書くのなんて大学生のとき以来。なんだったら当時もちゃんと作品を完成させたことなんてなかったから、もう素人もいいところです。
いくつかコンクールに応募してみましたが、当然箸にも棒にもかからない。さらに、夫の病気がどんどん悪化し、結局途中からは小説を書くどころではなくなっていました。
介護に代わる打ち込めるものが欲しかった
夫が6年の闘病生活を終え、亡くなったのは、2016年の9月。それからは胸にぽっかりと穴が開いたような日々が何カ月も続きました。
朝起きて、パートに出る。夕方には仕事も終わりますが、夫のいない家に帰るのが寂しくて、近くの喫茶店に寄って本を読むのが日課になりました。
夫がいなくなった悲しみや寂しさを分かち合える相手もいなくて、当時は家族を亡くした方たちの体験談を読んだりして、なんとか自分の心を慰めようとしていました。
こんな苦しい思いを抱えているのは自分だけじゃないと思えるだけで、ほんの少し救われるんですね。そうやって読書を通じて悲しみを癒していくうちに、私も書くことで、同じような境遇にいる人の心を立て直すお手伝いができたらいいなと考えるようになりました。
何より6年間、夫の介護をしてきて、私にとって介護は仕事みたいなものだったんです。だからこそ、介護に代わる、何か打ち込めるものがほしかった。それが、小説を書くことでした。
夫の闘病中に小説を書いていた時のように「稼がなきゃ」という切羽詰まった思いはありませんでした。それよりも、夫を失った悲しみを少しでもまぎらわせたくて、また小説を書き始めたんです。
「夫ともっとこんなことをしておけば良かった」「こんな話をしておけばよかった」そんな後悔を昇華させるために書き始めたのが、葬儀会社をテーマにした小説。『ほどなく、お別れです』(応募時のタイトルは『セレモニー』)でした。
この作品が小学館文庫小説賞の大賞を受賞。私の小説家人生の始まりとなりました。
未来がどうなるかなんて分からないから、流動的に考えればいい
パートをしながら夫の介護をしていた私が、40歳を目前に控えたタイミングで新たな仕事人生を踏み出せたのは、小説家という仕事に「キラキラした夢」を抱いていなかったからかもしれません。
というのも、夫の闘病生活を経て「正常性バイアスは覆される」という経験を繰り返してきたため、常に最悪の事態を想定しておいた方が傷は少なくてすむという考えがもう染みついちゃってるんですよね。
検査のたびに、つい奇跡を夢見てしまったけれど、やっぱり現実は厳しかった。
だから小説で賞を獲れたからといって、これで生活できるとは思っていなくて。一年に一冊くらいのペースで小説を書きながら、飲食店のパートも続けて、それぞれ好きなことができたらいいかな、くらいの気持ちでスタートを切りました。
先のことは分からないから、考えすぎてもしょうがないんだと思います。今できることをやるだけ。人生はその積み重ねで道ができていく。
それこそ自分の書いた小説が映画になるなんて、まったく予想もしていなかったですから。
お話をいただいたときも、まるで信じられなくて。何も分からずに、ただ打ち込めるものを求めて書き上げたデビュー作が、こんなに素晴らしいキャストの方々や、監督をはじめスタッフのみなさんの力で映画になる。本当にありがたいことですし、こんな人生まったく思い描いていませんでした。
今は作家の仕事が忙しくなったので、昨年から専業でやらせてもらっていますが、だからと言って小説家を生涯の仕事だとは思っていません。
なんだったら、どこかのタイミングでまた自分で店を出してみるのもいいなと考えてみたり。「私の道はこれだ」と決めてしまうと、逆に身動きがとれなくなる。不退転の覚悟なんて重荷になるだけです。
こういう未来も面白いかも、くらいの自由度があった方が、何でも飛び込みやすくなる。私だったら、そば屋のおばあちゃんをやるとかね。飲食の仕事も大好きだから、そんな未来もいいなって。
それくらい流動的に考えてみた方が、自分でも思ってもみなかった場所に辿り着けるんじゃないかなって、昔思い描いていた未来とはまったく違う現在地にいる私は思ったりします。
取材・文/横川良明 撮影/笹井タカマサ 編集/光谷麻里(編集部)
作品情報
映画『ほどなく、お別れです』2026年2月6日(金)公開
たった一言でも想いを伝えられるとしたら…
就職活動で連戦連敗を重ね、自身の居場所を見つけられずにいる清水美空(浜辺美波)。彼女には、《亡くなった人の声を聴くことができる》という誰にも打ち明けられない力があった。そんな美空に、運命を変える出会いが訪れる。彼女の秘密に気付いた葬祭プランナーの漆原礼二(目黒蓮)に、「その能力を活かすべきだ」と、葬祭プランナーの道へと誘われたのだった。
導かれるように葬儀会社「坂東会館」のインターンとして漆原とタッグを組むことになった美空は、一片の隙もなく冷酷とさえ思える彼の厳しい指導に心折れそうになる。しかし同時に、誰よりも真摯に故人と遺族に寄り添う漆原の姿勢に気付き、出棺の際に優しく「ほどなく、お別れです」と告げる姿に憧れを抱いていく。
やがて二人は、様々な家族の葬儀に直面する。妊婦の妻を亡くした夫、幼い娘を失った夫婦、離れて暮らす最愛のひとを看取れなかった男——。それぞれが抱える深い喪失に触れる中で、美空は漆原とともに「残された遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀とは何か?」という問いに向き合い続ける。そして彼の背中を追いかけるように、自身も葬祭プランナーを志すことを決心する。漆原もまた、そんな美空の姿に徐々に信頼感を覚え、二人は、遺された人と旅立つ人、それぞれの想いを繋ぐ「最高のお見送り」を目指していく。
「ほどなく、お別れです」に込められた、本当の意味とは―?
そして、二人が届ける最期の《奇跡》とは―――
■原作: 長月天音「ほどなく、お別れです」シリーズ(小学館文庫刊)
■配給: 東宝
■監督: 三木孝浩
■脚本監修: 岡田惠和
■脚本: 本田隆朗
■音楽: 亀田誠治
■主題歌: 手嶌葵「アメイジング・グレイス」(ビクターエンタテインメント)
■キャスト: 浜辺美波 目黒蓮
森田望智 / 古川琴音 北村匠海 志田未来 渡邊圭祐
野波麻帆 西垣匠 久保史緒里 / 原田泰造
光石研 鈴木浩介 永作博美
夏木マリ
公式サイト / 公式X / 公式Instagram
ⓒ2026「ほどなく、お別れです」製作委員会 ⓒ長月天音/小学館
『教えて、先輩!』の過去記事一覧はこちら
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