派遣社員で受付業務11年→起業直後に妊娠発覚。それでも私が「結果オーライ」と笑える理由【RECEPTIONIST 橋本真里子】
自分のキャリアは大切にしたい、でもいつかは子どもも欲しい。出産のタイムリミットとキャリア形成の狭間で、いつ、何を選べば後悔しないのか。自分らしい仕事人生を送るための“産みどき”のヒントを、さまざまな角度から考えていきます。
「産むも休むも、自分で決められる。起業していたからこそ、その選択肢を持てたのは良かったと思います」
そう語るのは、日本全国で年間500万人が利用するクラウド受付システム『RECEPTIONIST』を提供する株式会社RECEPTIONIST代表の橋本真里子さん。
11年間、派遣社員で受付として働き、のべ120万人以上の来客対応を経験した橋本さんは、現場で感じた非効率を変えたいと2016年に起業。しかし、サービスをリリースした直後の「一番の勝負時」に、妊娠が判明した。
キャリアを加速させたい時期に訪れた、予期せぬライフイベント。それでもなぜ彼女は、前向きに人生を切り拓いてこられたのか。
起業と出産、二つの挑戦を同時に経験した橋本さんに、“私らしい産みどき”を考えるヒントを聞いた。
株式会社RECEPTIONIST 代表取締役兼代表執行役員CEO 橋本真里子さん
1981年三重県生まれ。トランスコスモス、USEN、ミクシィ、GMOインターネットなど、複数の上場企業にて受付として勤務。11年間で、のべ120万人以上の来訪者対応を経験する中で、現場の非効率に課題を感じ、2016年にディライテッド株式会社(現・株式会社RECEPTIONIST)を設立。書籍『感情の作法』(サンマーク出版) X、Instagram
「ここからが勝負」の矢先で分かった妊娠
企業の“顔”として受付業務を11年。橋本さんが起業を決意したきっかけは、現場で感じていた「受付業務の多くが長年変わらないまま残っている違和感」だったという。
受付って、手書きの来客票を書いてもらって、内線で担当者を呼び出して……というアナログなやり方がずっと続いていたんです。現場では当たり前でしたが、「もっと効率化できるはずなのに」と感じることが多くて。
その課題意識から、2016年にディライテッド株式会社(現・株式会社RECEPTIONIST)を創業。
翌2017年1月、受付業務をデジタル化するクラウド受付システム『RECEPTIONIST』をリリースした。
やっとサービスを出せたので、「今年はここから事業を伸ばすぞ」と、まさに気合いが入っていた時期でした。
しかし「今年は働くぞ!」と意気込み、寝ても覚めても仕事のことばかり考えていた頃に、まさかの妊娠が判明する。
最初は全く想定していなかったので、「嬉しい」よりも「どうしよう……!」という驚きが先行したというのは、今でもよく覚えています。でも、半分冷静な自分もいて。
当時私は35歳。この機会を逃したら授かれないかもしれないと考えたら、「産まない」という選択肢はありませんでした。
とはいえ、会社のトップである橋本さんにとって出産は、個人の問題にとどまらない。
当時の社員はまだ10名ほど。起業したばかりのこのタイミングで打ち明けたら、どう思われるだろうか。不安を抱えながら、まずは同社COO(当時)の真弓貴博さんに相談した。
打ち明けた時の真弓の第一声は、「絶対に産んだほうがいいよ!」でした。「みんなで抱っこして育てればいいよ」って。
関係者や投資家の方も含め、誰一人として私の妊娠にネガティブな意見をぶつける人はいませんでした。
COO(当時)の真弓さんとピッチ資料作りに勤しんでいる橋本さん
周囲の温かい言葉に背中を押された橋本さん。そして同時に、一つの覚悟を決めた。
絶対に仕事を休まない、辞めない、諦めない。そして言い訳にしない。
私が妊娠したとき、「会社はどうなるの?」と不安に思う人もいるはずです。だからこそ、自分の言葉で「私は産んでも休まない」という意思を皆に伝えました。
もし以前のように受付の派遣社員として働いていたら、辞めざるを得なかったかもしれない。起業していたからこそ「休むも休まないも自分で決められる」という選択肢を持てた。
橋本さんは、この予期せぬタイミングでの妊娠を、むしろ「良い機会だった」と振り返る。
産後1週間でプレゼンへ。「自分にしかできない仕事」に集中する
クラウド受付システムRECEPTIONIST、リリースの瞬間
当時はまだコロナ禍前で、オンライン会議も一般的ではない時代。「休まない」と決めた橋本さんは、大きなお腹を抱えながら働き、臨月に入っても商談に出向いていた。
もし体調や赤ちゃんのことで大事を取る必要があれば、その時は休むつもりでした。
でも、まだ起きていないことを心配し続けても仕方がない。だから「今できること、やるべきこと」に集中しようと思っていました。
出産のタイミングにも、偶然の助けがあった。子どもが生まれたのは年始の祝日が続く時期で、仕事への影響は最小限に抑えられたという。
とはいえ、出産後の生活は決して楽ではない。体はまだ回復途中で、慣れない育児も始まる。そんな中でも橋本さんは、出産からわずか1週間後、ベンチャーキャピタルの投資委員会に出席するため外出した。
体のいろいろなところがまだ痛い状態でしたが、そのプレゼンは、社長である私にしかできない仕事だったんです。
先方の担当者に「いつご出産予定なんですか?」と聞かれて、「実は1週間前に産みました」と答えたら、とても驚かれました(笑)
ただし、と橋本さんは語気を強める。
誤解してほしくないのですが、女性経営者は無理をしてでも働くべきだとは全く思っていません。私はたまたま母子ともに健康だったからできたことです。
この経験で私がお伝えしたいのは、どんな状況でも「自分にしかできないこと」を考え、行動していくことの大切さです。社長にしかできない仕事は自分がやる。でも、それ以外は人に任せる。その判断が、この頃からできるようになりました。
当時のオフィスにはベビーベッドがあり、代表や社員の子どもが遊びに来た際に使用していた。
産後すぐに仕事へ復帰したことで、周囲からさまざまな価値観に触れることもあった。「母乳じゃないとかわいそう」「そんなに早く保育園に入れるなんて」。そんな言葉に、戸惑うこともあったという。
「かわいそう」と言われても、自分たちが何かを我慢したり、無理をしてまで保育園に入れることが悪いとは思いませんでした。私たちが選べる環境の中で、最善を目指していけばいいと考えていたんです。
結果として、子どもは保育園で楽しそうに過ごし、親だけでは経験させてあげられないことも学んでいる。今振り返ると、結果オーライだったなと思います。
周囲の「一般論」に振り回されず、自分が選んだ道を正解にしていく。そのスタンスが、仕事と育児の両立を支えていた。
キャリアは分断ではなく、連続するもの
出産や育児などのライフイベントは、女性のキャリアを「止めてしまうもの」と捉えられることも多い。特に一般職や事務職で働く女性の中には、「今の席を離れたら戻る場所がないのでは」と不安を感じる人も少なくないだろう。
しかし橋本さんは、「キャリアは分断ではなく連続だと考えてほしい」と話す。
受付の仕事って“若い女性の仕事”というイメージが強いので、私自身も「この仕事はずっと続けられるものではないかもしれない」とどこかで思っていました。
だからこそ、「今の仕事がなくなったらどうしよう」と不安にとらわれるよりも、日々の仕事を積み重ねることを大切にしてきた。
例えばプロのスポーツ選手は、デビューした瞬間からいつか引退することを分かっていますよね。でも、その間の時間を一生懸命積み重ねるからこそ、次のキャリアにもつながる。
仕事も同じですよ。日々の積み重ねが自分のキャリアになり、スキルになって、次の道や選択肢を作ってくれるものになるのだと思います。
ライフイベントによって働き方が変わることがあったとしても、それまでの経験が消えてしまうわけではない。むしろ、その積み重ねが新しい可能性を連れてくることもあるのだ。
ではキャリアと出産の狭間で揺れる女性には、どんな言葉をかけるのだろうか。橋本さんは、「いつ産むべきか」という問いそのものに、明確な正解はないと話す。
どのタイミングで出産しても、メリットとデメリットはある。だからこそ「このタイミングが正解」というものはありません。
一般論は参考にはなるけれど、それがそのまま自分に当てはまるとも限りません。だからこそ、人生の大きな選択ほど「自分の意思で決める」こと、それに責任を持つことが大切だと思います。
実際、橋本さん自身も、起業直後に出産を経験したことに「あのタイミングがベストだったのか」と聞かれることもあるという。
しかし、その問いに対する答えはいつも同じだ。
正直、ベストだったかどうかは今でも分からないんです。でも、起きた出来事をベストにしていくことはできると思っています。
例えば今でも、「子どもがいなかったらもっと出張できるな」とか思うことはありますよ。でも、それが後悔かというとそうではない。子どもが大きくなったら、またできることも増えると思いますしね。
そしてもう一つ、橋本さんが強調するのは「人生を短期ではなく長期で見ること」だ。
出産が「犠牲」だったのか、「納得」できる選択だったのか。それは事前に決められるものではありません。だったら短期的に「キャリアの犠牲になる」と考えるのではなく、もう少し長い時間軸で見てほしいですね。
人生って、最後に「いい人生だったな」と思えるかだと思うので、あまり今のキャリアや年齢に縛られすぎず、少し俯瞰して自分の人生を見てみるといいのかもしれません。
大切なのは、キャリアか出産か、「正しいタイミング」を探すことではない。自分で選び、その選択を積み重ねていくこと。その先に、きっと「結果オーライ」と笑える未来があるのだろう。
取材・文/大室倫子(編集部) 画像/先方提供
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