2トントラックを乗り回す“佐川女子”が「宅配業は自分らしさを活かせる仕事」と話す理由

男職場で活躍する女性たちにフォーカス!
紅一点女子のシゴト流儀

日本の職場の多くは未だに“男性社会”だと言われている。そんな中、職場にどう馴染めばいいのか悩んだり、働きにくさを感じている女性も少なくないのでは? そこでこの連載では、圧倒的に男性が多い職場でいきいきと働いている女性たちにフォーカス。彼女たちの仕事観や仕事への取り組み方をヒントに、自分自身の働き方を見つめ直すきっかけにしてみよう!

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佐川急便株式会社 セールスドライバー 開米美夏さん
2005年、佐川急便株式会社にてカスタマーサービス担当として勤務スタート。10年より軽トラックのドライバーに転身し、14年より2トントラックのセールスドライバーに。現在は大手百貨店内に設けられた宅配部隊のリーダーも担当している

カスタマーサービスから宅配便のドライバーに転身

「男性でも女性でも、あらゆる場所で活躍できる可能性を持っていると思います。違いが生まれるとしたら、向上心を持って仕事に向き合うかどうか。きちんとあいさつをするとか、教えられたことを素直に実践するとか、目の前の課題を1つずつクリアしていくとか。性別の違いより、そういうことをやるかやらないかだと思うんです」

そう話す開米美夏さんは、宅配便のセールスドライバー。小回りのきく軽トラックドライバーから、昨年、より多くの荷物を運搬できる2トントラックでの配送を任されるようになり、派遣社員から正社員へのキャリアアップも果たした。

今でこそ、女性の姿も目にするようになったが、もともと運送業は“男業界”。佐川急便の男性社員の写真集『佐川男子』が話題をさらったのも、わずか3年前のこと。つまり、プチマッチョなお兄さんが重い荷物を軽々と担いでくれるといったイメージが未だ根強い。まして、開米さんがこの業界に入った10年前、所属する世田谷営業所はカスタマーサービスの担当者でさえ、7割近くが男性だった。 上司から「カスタマーサービスから、ドライバーに転身してみないか?」と持ち掛けられたときに不安を抱いたのも想像に難くない。

本当に、自分が男性と同じように働けるのだろうか?——。そう感じながらも、開米さんがドライバーへの転身を決心できたのは、持ち前の仕事に対する向上心から。

「気さくで明るい雰囲気が好きで、この職場でずっと働けたらいいなと思っていました。そのためには、私自身もステップアップしなければいけない。不安だけれど、女性だからこそできることがあるかもしれないと考えて、自分を奮い立たせました」

負けず嫌いだからこそ、できないことをはっきりさせた

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実際にドライバーの仕事を始めると、荷物の重さで苦労することは思いのほか少なかった。

「持ち方を工夫すれば大抵何とかなりましたし、続けていくうちに体力もついてきて、できることが増えていきました。さすがに、大雪の中で車が動かなくなったときは、チェーンは切れるし、手は凍えるし、泣きそうになりましたけど(笑)」

だが、彼女の本当の苦労は意外なところにあった。

「私が不安だったのと同じように、同僚の男性たちも『本当に女性に任せて、大丈夫?』と思っていたみたいで、最初のころはやたらと気を遣われました。でも、それでは私がドライバーをしている意味がないし、気を遣わせてしまう自分も悔しいし、どうしたらいいんだろうと悩みました」

「男性の力を借りたくない」と意地を張って、大切な荷物を傷つけるようなことがあれば本末転倒。考えた末、開米さんは「負けず嫌いだからこそ、できないことはできないとはっきり伝えよう」と決めた。「力では及ばなくても、大抵のことはできるから大丈夫。そのかわり、本当にできないことがあれば助けを求めるので、その時は手伝ってほしい」というメッセージを発信し続けることにしたのだ。

「次第に雰囲気が変わってきました。『あいつは、ここまでならできる。あとは余計な気を遣わずに、普通に仲間として受け入れよう』と。それに、助けられっぱなしなわけではなく、私が助ける側になれる場面があることも分かってきました。気難しいお客さまに、私がふんわりと笑顔で説得すると話がまとまりやすいとか(笑)。持ちつ持たれつなんですよね。男性とか女性とかじゃなく、それぞれができることで協力し合えばいいんだなと」

一つ一つは些細な仕事。荷物を届けて相手からサインをもらうまで、1分にも満たないコミュニケーションだ。けれど、「重い物を運んでくれるから助かるわ」と感謝してくれるお年寄りの方、真夏の配送で冷たい麦茶をご馳走してくれた町工場の社長、「女性が来てくれると安心」とホッとした様子の一人暮らしの女性など、たくさんの笑顔と「ありがとう」の積み重ねの全てが、開米さんのモチベーションになっている。

「お届け先や荷物の内容によっては、『女性ドライバーを』とお願いされるケースも増えてきて、以前より一層、女性がこの仕事をする意味を感じる機会も増えました。女性ドライバーが増えたことで、業界に対するクレームが減ったなんてデータもあるようです」

10トントラックに営業所長……キャリアアップの道はさまざま

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気が付けば入社して10年が経ち、職場では中堅どころ。正社員になったのを機に、これまでの宅配業務に加えて、大手百貨店内に設けられた宅配部隊のリーダーとしての役割も任せられるようになった。

「どんなに忙しくても、いかに楽しく仕事をするかを考えてこの10年を過ごしてきました。それは上司の教えでもあったし、実際にそう工夫してきて、私は本当に楽しかった。今、その大切さを伝えられる後輩ができて、伝えられる経験があることがうれしいんです。私、実は結構口うるさい先輩なんですが(笑)、私が言ったことにちゃんと応えてくれる後輩たちを見ていると、頑張ってきてよかったなと思えます」

伝えられる経験を、もっと増やしたい。そんな思いから、次なるステップアップの道を模索中だという開米さん。その選択肢は、私たちがイメージする以上に多彩なようだ。

「2トンまで乗れているのだから、次は4トン、10トンとトラックの大きさを目標にしてもいいでしょうし、所長を目指すことだってできる。多くの男性たちの中でリーダーシップを発揮する女性管理職たちの活躍を耳にすると『女性もこの業界でそこまでできるんだ』と励みになるし、ママドライバーが4トンに乗っている、なんて話を聞くと『私ももっと頑張ろう』と思います。私は結婚も出産もこれからですが、ここ数年で職場のワーキングマザーはとても増えている。つまり、私自身の可能性もまだまだたくさんあるということ。現状に満足しないで、貪欲に吸収、成長していきたいですね」

毎日乗っているにもかかわらず、トラックの運転席にスタンバイすると、途端に表情が輝き出す。

「お客さまに、いかに満足して荷物を受け取っていただくか。私たちの仕事は、その一点の追求に尽きます。でも、顧客満足の形は人の数だけある。そう考えると、男性らしさ、女性らしさというより、“自分らしさ”が活かせる仕事だと思うんです」

性差でモノを考えれば、できない理由はいくらでも見つけられる。けれど、開米さんは、「自分に何ができるのか」を考えることで、性別のハードルをどんどん下げていった。

“自分ごと”として仕事に向き合うこと。それが、男性社会で女性が活躍するためのキーワードとなりそうだ。

取材・文/阿部志穂 撮影/柴田ひろあき