「当たり役」を生み出す天才・伊藤淳史が大切にする「主張し過ぎない自意識」とは【タレント猫・シナモンも登場】
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。
その誠実そうな空気感は、テレビやスクリーンで見るそれと何も変わらない。むしろこうして直接話をしてみると、一層真面目な気質が引き立つよう――。
持ち前の親しみやすさで世代を問わず愛される俳優・伊藤淳史さんの最新主演映画『ねこあつめの家』は、疲れた現代人の心をほぐす和み系ムービーだ。原作は大人気スマートフォン向けアプリ『ねこあつめ』。映画でもアプリ同様に、伊藤さん演じるスランプ中の小説家・佐久本の自宅に、いろいろな猫が集まってくる。

伊藤 淳史(いとう・あつし)
1983年11月25日生まれ。千葉県出身。子役時代からお茶の間で親しまれ、映画『鉄塔武蔵野線』で映画初主演。さらに主演映画『独立少年合唱団』がベルリン国際映画祭のアルフレート・バウアー賞を受賞、一躍若手実力派として脚光を浴びる。その後、テレビドラマ『電車男』『チーム・バチスタシリーズ』などヒットドラマに多数出演。映画『ボクたちの交換日記』『ビリギャル』『ボクは坊さん。』など主演・助演を問わず幅広い作品で活躍している
昔から「どんな名優も動物と子どもにはかなわない」と言われるが、はたして猫との共演は伊藤さんにとってどんな経験になったのだろうか。
自分の仕事に対する評価を気にするのは大切。でも、悩みはしない
「動物との共演って何が起こるか分からないので、この仕事を受けた時は『大変そうだな』って思いました。でも、今回出てきた猫はみんなびっくりするほど優秀で(笑)。予想外の動きもするんですけど、それが逆にプラスになるというか、台本に書かれたことや監督が思い描いていたものよりも、ずっといい画が撮れたということが何度もありました」
そんな予想外の猫の名演を振り返り、思わず頬を綻ばせる伊藤さん。特に印象的だったのは、一緒に写真に写っている、メイン猫・ちゃはちさん役のシナモンとの共演シーンだ。

「縁側からトボトボと歩いてきたシナモンが僕のパソコンに乗って、書いてる途中だった小説を全部消してしまうというシーンがあるんです。最初に台本を読んだ時は、こんなの絶対できないだろうなって思ったんですけど、まさかの一発オッケー。シナモンの優秀さに思わず感動してしまいました(笑)」
伊藤さんが演じた佐久本は、若くして新人賞を獲り脚光を浴びるも、現在は不調気味の冴えない小説家。つい周りの評価が気になってエゴサーチをしては落ち込む日々を送っている。
伊藤自身さんは「エゴサーチはしませんが」と笑いつつ、俳優と作家、同じ表現に携わる者として佐久本に共感も寄せる。
「ネットニュースを見るのが好きなので、待ち時間の間はつい『Yahoo!ニュース』もチェックしちゃいますし、映画やドラマに対するコメントを目にすることもあります。ただその時に意識しているのは、評価について気にはしても、悩みはしないということ。もし作品について『つまらない』と書かれていても、それを無視したり腹を立てるのではなく、見てもらえたんだという部分だけ抽出して受け止めればいい。どんな職業でも、仕事をしていれば『評価』はつきものですが、自分にプラスのものだけ取り入れて、ネガティブなものに振り回され過ぎないというのは大事だと思います」
キャリアを重ねるということは、過去の自分を更新し続けるということ
作家としての自信も、小説を書く楽しさも見失ってしまっている佐久本。伊藤さんは仕事で行きづまったら、どう対処するのだろう。

「僕の場合は、お酒を飲むのが一番の気分転換! あとは、ちょっと時間ができたら温泉まで足を伸ばすことも。日々仕事をしていると、なかなか悩んでいる時間すらないというのが現実。だから、極力悩むことに時間をかけ過ぎず、仕事とはまったく関係のない時間に身を置いて忘れるようにしますね」
そうスランプ脱出法を教えてくれた伊藤さん。33歳にして芸歴は既に約30年。長いキャリアの中でどんな壁にぶつかってきたのかと聞くと、「1つ1つの作品に入る度に、大きな壁を感じる」と真摯な答えが返ってきた。
「この仕事って自分がやりたいからと言ってできるものではないし、すべてはオファーをいただいて成立するもの。だから、毎回新しい現場に入るたびに、僕のことを心にとめてくださった方からの期待という名の壁を感じます」
しかもその壁はキャリアを重ねるにつれ、どんどん高くなっていることを実感しているという。
「声を掛けてくださった方は、それまで僕のやってきた仕事を見てくださっているわけですから、その数が増えるということは、その分、今までの自分をさらに超えていかなければいけないということ。そういう自分へのハードルは常に感じていますね」
キャリアを重ねるということは、過去の自分を更新し続けるということ。常にパーソナルベストを目指す姿勢が、伊藤淳史さんのプロとしての挟持(きょうじ)だ。
自分の考えに固執しない。人のこだわりに身を委ねることで可能性が広がる
そんな高いプロ意識を裏付けるのが、伊藤さんの演技だ。作品ごとの世界観にすっと溶けこみながら、役者・伊藤淳史の焼き印をしっかり残す。代表作『電車男』、『チーム・バチスタシリーズ』を筆頭に、与えられた役柄を次々と「当たり役」にする伊藤さんは、どんな姿勢で作品に取り組んでいるのだろうか。

「もちろん台本をいただいた段階で、いろいろ演技プランは考えます。ただ現場に入った時にいつも心掛けていることは、自分の考えに固執し過ぎないということ。作品全体を見渡しているのは、監督です。だから監督がオッケーと言ってくれるなら、それがすべて。自分がいて作品があるわけじゃない。あくまで作品があって、その中に自分のキャラクターがいるんだということは忘れないようにしています」
チームで働いていると、それぞれ役割というものがある。もちろん言われたことをやるだけの指示待ち人間になってはいけないが、決して仕事は自分をアピールするための道具ではない。船頭となる人を信じ、チームにおける自分の役割をまっとうするということは、他者との協働を上手くいかせる上で重要な極意だろう。
「それに人に任せするところは任せると割り切ってしまった方が、自分が考えているよりずっと面白いものが生まれるケースも多いと思います。今回で言えば、僕の衣装や細かいキャラクター設定はすべて監督のアイデア。佐久本は水玉の衣装ばかり着ているんですが、それも監督のこだわりだし、部屋の隅や狭いところで原稿を書くというアイデアも監督のもの。そうやって人のこだわりに身を委ねることで、自分では考えもしなかった方に膨らんでいくことが、人と仕事をする楽しさでもあると思います」
内輪で盛り上がっているだけではダメ! 届けるべき人に、面白がってもらうことを意識する
33歳、同世代には魅力的な俳優が数々いるが、伊藤さんの立ち位置はどこか独特。カブりなしのポジショニングは、ビジネスという競争社会をサバイブしていく上でもぜひ見習っておきたいところ。

「確かに僕がやっているような役どころをやられる方というのは同世代だと少ないかもしれませんね(笑)。ただ僕自身としては、単純に楽しいのが好きだからやっているだけなんです。今回の映画もそうですが、台本を読んで笑えるやつとかついやりたくなっちゃう。もちろん重厚な作品も素敵だし、そういう作品に呼んでいただけるのも光栄ですが、みんなで楽しく和気あいあいとできるような芝居が好きだというのが関係しているのかもしれません」
私たちが伊藤淳史さんを見ると、つい明るい気持ちになれるのも、「楽しいのが好き」と衒(てら)いなく言える伊藤さんの爛漫さにあるのだろう。
「撮影でも、人が笑ってくれるような面白いシーンをやるのが好きです。ただそのときに気を付けているのは、必ず引いた目で見ること。その場のノリや勢いだけでやっちゃうと、意外と微妙で。現場のスタッフさんだけが笑っているみたいなものは、やっぱり良くないですよね。映画を観に来てくれたお客さんの目から見たときに面白いものになっていなかったら意味がありません。だから、実はみなさんが面白いと笑ってくださるシーンほど、僕は真剣に取り組んでいます」
人に楽しんでもらうのが好き。そんなサービス精神と、人を楽しませるための冷静な分析力が、伊藤さんのオリジナリティの根幹だ。誰にも似ていない唯一無二の個性と、どこまでも実直な真面目さで、これからも伊藤淳史にしかできない役を演じ続けていく。

【映画情報】
映画『ねこあつめの家』
2017年4月8日(土)から東京・新宿武蔵野館ほか全国で公開
http://nekoatsume-movie.com/
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/professional/をクリック