従業員数260人のIT企業が“子育て中女性”の採用に力を入れる理由って? 男性経営者が語る「生き残る会社」の条件
女性活躍推進法が施行されて1年になろうとするが、「それほど変わらない」という声も少なくない。特に従業員300人以下の中小企業では、努力義務とされていることもあり、女性活用の取り組みが積極的に推進されているとは言いにくいのが現状だ。
そんな中で、出産・育児と仕事との両立支援を強化しているIT企業がある。約260名の従業員を擁し、ソフトウェア開発を手掛けるヴァイタル・インフォメーションでは、子育て中の従業員に対して個々の事情に応じた働き方を実現。即戦力としてワーキングマザーの採用にも力を入れている。
「経営面でもメリットが大きい」と語る代表取締役社長の淺田孝浩さんに、ワーキングマザーを積極活用する狙いと効果について伺った。
優秀な社員の流出は会社にとって大きな損害
個別の事例にきめ細かく対応する
同社がワーキングマザーへのサポートを本格化したのは2~3年ほど前のこと。淺田さんによると、その理由は「必要とする社員がいたから」と極めてシンプルなものだという。エンジニアとして活躍していた女性社員が妊娠したため、産休から復帰後、在宅勤務を導入したのがきっかけだった。
東京・大阪を含め現在、約260名の従業員のうち女性は44名。比率でいうと2割弱に過ぎない。それ以前にも産休や育休など基本的な制度は整っていたが、女性社員の人数が少ないこともあり、いつの間にか辞めていってしまうケースも多かった。
「もはや、中小企業であっても『うちのやり方に合わない社員は去っていけばいい』なんてのん気なことを言っている時代ではありません。優秀な社員の流出は会社にとって大きな損害。せっかく仕事ができるようになった人には、うちで長く働き続けてほしい。だからこそ、本人の要望を聞きながら、現場のマネジャーや人事・総務などが集まって、時短勤務やリモートワークといった最適な方法を考えるようになりました。例えば、1日6時間の時短勤務をやってみて、本人の体調が戻らないようなら1日5時間に短縮したり、仕事の事情に応じて時間帯をずらしてみたり、相談しながら進めています。そこで必要とあれば、新たな規則や制度もどんどん作ってしまいます」
個別の事情に応じたきめ細やかな対応で、仕事と子育てを両立する女性社員が少しずつ増えてきた。こうして生まれた実例は、多くのワーキングマザーの関心を集め、また新たな優秀な人材の採用へとつながっている。
無茶な納期の仕事、無茶な金額の仕事は受けない
一番大事なのは社員を守ること
現状、日本国内でワーキングマザーの採用に積極的な企業が増えない理由はさまざまだろう。
例えば、時短勤務によって生産性が損なうのではないか、リモートワークを導入するとコミュニケーションに問題が生じるのではないか、子供の急な発熱など予定が立たないことで、他のメンバーの負担が増すのではないかなど、さまざまな不安が背景にあるはずだ。
だが、淺田さんは「それは単なる思い込みです」とそういった意見を一掃する。
24時間・365日止まることのないシステムを扱う仕事だけあって、ただでさえソフトウェア開発の現場は慌しいはず。同社においても、育児中女性の採用は抵抗も大きかったと思われるが、実際は「職場の抵抗のようなものはあまりなくて、むしろ皆が温かく迎え入れてくれました」と淺田さん。このような会社風土はいかにしてつくられているのだろうか。
同社では、プロジェクトベースの仕事が多いため、納期の直前などは仕事に追われることもあるが、同社の平均残業時間は月25時間程度。過労死ラインと言われる月100時間と比べても、比較的ゆとりのある働き方ができていると言えそうだ。それが実現できるのは、「無理な仕事を受けない」という淺田さんの確固たる経営方針があるからだ。
「当社では、無茶な納期の仕事や、無茶な金額の仕事は営業段階で受けないようにしています。無茶を要求するお客さまはきっぱりとお断りしているんです。つまり、仕事とお客さまを選んでいるということ。昔のように『お客さまは神さまです』とどんな要求に応えても、そのために自社の社員がつぶれてしまっては元も子もありませんから。私にとって一番大事なことは、うちの社員を守ることです」
こういった考え方は、同社のコーポレート理念「PCよりも人が好き」という言葉にも表れている。
淺田さん自身、このポリシーを常に重視し続けてきた。性別や年齢、属性に関わりなく、ともに働く一人一人を大切にする土壌があってこそ、ワーキングマザーの採用への理解浸透も早かったのだ。
多様な働き方ができる会社には優秀な人材が集まる
忘れてはならないのは、人を大切にすることが、経営面でもメリットがあるという点だ。子育て中の社員のサポートに同社が力を入れるのは、それが会社としてあるべき姿であると同時に、優秀な人材を確保する有効な手段だからだ。
受託開発の仕事では、客先の要望を聞いて仕様を決め、設計、開発、導入までを担う。そこでは多くの女性エンジニアが、細やかな心配りでお客さまやパートナーと相互コミュニケーションを深めていく。使いやすいインターフェイスやセンスの良いデザインを作るという点でも、バグの少ない精度の高いプログラムを組むという点でも、女性エンジニアには極めて優秀な人材が多いという。
企業理念に共感する人材、能力の高い人材を採用し、一人前に育てあげるまでの時間とコストを考えると、一時期のライフイベントのためにやむなく退職されてしまうよりも、より働きやすい環境を整え、長く働いてもらったほうが会社としてもメリットが大きいことは明白。しかも、こうした多様な働き方を認め合える職場は、出産・育児だけではなく、介護との両立が必要になったり、病気や障害を抱えるなど、さまざまな社員の、さまざまな人生のリスクに対応できる職場でもある。多様な働き方ができるということは、意欲と能力のある人材を惹き付ける大きな魅力になり得るのだ。
人的余裕のない中小企業にはハードルが高いと思うかもしれないが、淺田さんは「中小企業こそ力を入れるべき」と強調する。
「中途採用面接では、制度は整っているけれど復職しにくい雰囲気があって大手企業を退職してきたという話をよく耳にします。中小企業は組織がコンパクトだからこそ、機動力を持って柔軟な対応ができる。それによって採用市場でも大手と渡り合うことができるのです」
同社にとっても女性活躍推進の取り組みは、まだ始まったばかりだ。今後は幅広い客先への啓蒙活動を加速し、社会の理解を広めていくとともに、2020年までに女性社員比率を30%に引き上げることを目指している。
大切なのは、「難しく考えずにとにかくやってみること」だと淺田さんは言う。その小さな挑戦が、一会社組織だけではない、社会を変える一歩になるのだ。
取材・文/瀬戸友子 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)