「ご主人廃止」は言葉狩りではない! “面倒な女”になってでも主人・旦那・嫁を否定した方がいい理由/フローレンス・駒崎弘樹さん

子育てに関わるさまざまな社会問題の解決を目指す認定NPO法人フローレンス。病児保育をはじめとして、障害児保育や小規模保育など、ユニークな発想と革新的なビジネスモデルで新しい事業を立ち上げ、新しい「あたりまえ」を世の中に提案してきた。

そのフローレンスが、最近「ご主人さま」、「旦那さま」という呼称の廃止に踏み切った。「よくぞ決断した」という称賛や異論・反論さまざまある。そんな中、あえて廃止宣言を出した狙いと、普段使う「言葉」に対して女性たち自身が意識すべき点について、代表の駒崎弘樹さんに伺った。

フローレンス

認定NPO法人フローレンス 代表理事
駒崎弘樹さん

1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。2004年、NPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスを首都圏で開始。10年より、内閣府政策調査員、内閣府『新しい公共』専門調査会推進委員などを歴任。現在は厚生労働省『イクメンプロジェクト』推進委員会座長、内閣府『子ども・子育て会議』委員、東京都『子供・子育て会議』委員などを務める。著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(ちくま文庫)など

先進国の中でも最低ランク「男女不平等社会」日本
女性を下位に見る価値観は即座に撤廃したい

「ご主人さまはいらっしゃいますか?」
「旦那さんは今日もお仕事なの?」

夫を意味する言葉として「主人」や「旦那」という呼称は日常的によく使われている。フローレンスでは、2017年の3月から、これらの言葉を社内で使用することを禁止にした。その理由はいたってシンプルで、「差別的な表現だから」と駒崎さんは言う。

確かに「主人」という言葉は、男子である家長を中心とした日本の家制度を思い起こさせる。「旦那」という言葉も、もともとは「面倒を見る人」という意味で、使用人が雇用主を呼ぶときにも使われる表現だ。

フローレンス

「最新の男女平等ランキング(※)によると、日本は144か国中111位と先進諸国の中でも最低ランクです。これは本当に恥ずかしい結果で、女性を下位に見るような価値観は即座に撤廃すべきだと思いました。まずは自分たちが率先して行動を変えることで、少しずつでも世の中に広がっていけばと考えています」(※)世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2016」

現在、同社では「主人」や「旦那」の代わりに、「夫」や「パートナー」という言葉を使用している。「ご主人さま」廃止宣言に対して、社内はもちろん、世の中の反応はおおむね好評だった。

おそらく「主人」や「旦那」という言い方に、内心では違和感を持っていた人は少なからずいたのだろう。とはいえ、これに代わる“適切な表現”が見付からず、女性も男性も、何となくそのまま使い続けてきた人が多かったのかもしれない。

「自分の夫のことは『うちの夫』と言えばいい。誰かの夫なら、名前を知っていれば名前で『●●さん』と呼ぶ。もし分からないなら、『パートナーさん』とか『夫さん』でいいと思います。『パートナーさん』なら同性愛の方にも配慮できますしね。こうした言葉も使い慣れないうちは違和感があるかもしれませんが、それも最初のうちだけです。新しい言葉が一気に世の中に広まる現象があるように、皆が使うことで当たり前のものにしていけばいいんです」

「主人」や「旦那」、「嫁」に違和感を覚えないことこそが深刻な問題

しかし、一部では「ご主人禁止」に反対意見も上がったという。その1つが「言葉狩りではないか」という指摘だ。

もちろん今回の廃止宣言にあたっては、やみくもにNGワードを掲げたわけではなく、全て由来を調べて個別に判断した。今回は、たまたま社内で使っている人がいなかったため禁止まではしなかったが、「嫁」や「家内」も撤廃すべき表現だと駒崎さんは考えている。一方、「奥さま」という言葉は、「表(公の空間)」「中奥(執務室)」「大奥(プライベート空間)」という大名屋敷の構造に由来する言葉で、「奥」という言葉自体に差別的な意味合いはないことから、使用禁止とはしなかった。

そしてもう1つ、反対意見の中で目立ったのは、「差別的な意図でそういった言葉を使っているわけではない」というもの。女性の側からも、「別に『旦那さま』と敬っているわけではなく、カジュアルに『ダンナ』と呼んでいるだけ」といった声もあった。

フローレンス

「でも僕たちは、そこにこそ一石を投じたい。なぜなら、普段使っている言葉というのは個人や社会の価値観を表象しているものだからです。意識せずに差別的な言葉を使っているということは、すでにその悪しき構造に埋め込まれているということ。そこに無意識であること事態が問題なのです。女性側も男性側も、ナチュラルに差別構造を受け入れてしまうことのリスクを訴えていきたい」

例えば奴隷制度の時代、個別には「ご主人さま」ではなくファーストネームで呼ばせる心優しい主が中にはいたかもしれない。だからといって、奴隷制度という構造そのものが世の中にあることを許していいのだろうか。そうではないはずだ。

「女子力」の高さを競っている場合ではない

「身近な言葉にもっと敏感になってほしい」と駒崎さんは警鐘をならす。「主人」や「旦那」、「嫁」といった言葉に限らず、性別などの属性によって役割を押し付けるような言葉を“普通に”使ってはいないだろうか。

「僕がここ数年ずっと気になっているのは『女子力』という言葉。宴席でお酌をしたり、料理を取り分けたり、他人への配慮やサポートをすることが『女子』という言葉に紐付いていることがおかしい。抑圧の構造は変わらないので、『女子力』も断固撤廃したい言葉の1つです」

それほど言葉の持つ力は大きい。

例えば2010年に厚生労働省の「イクメン プロジェクト」が発足する以前には、「父親」という言葉に「家事・育児」のタグは付いていなかった。積極的に家事・育児を担う男性のイメージは、仕事を捨てて「専業主夫」になるような例外的なケースでしかなかったのだ。ところが「イクメン」という言葉が定着した今は、仕事も家事や子育ても楽しむ父親像が社会的に共有されつつある。

意識して言葉を使うことは、その奥にある構造に斬り込んでいくことでもある。一人一人の小さなアクションが、やがて大きなうねりとなって変革につながるはずだ。

「『ご主人は?』と言われたら、『うちに主人はいません』、『夫ですか?』と言い直していい。いちいち聞き返して面倒な奴と思われても、差別構造を簡単に受け入れるよりはましです。『女子力』云々でからかってくる男は相手にさえしなくていい。そんな男はあなたを幸せにはしないし、関わるだけ無駄ですから。“面倒な奴”になることに最初は抵抗があるかもしれませんが、勇気を持って行動を変えていけば、身近に賛同してくれる人は必ず見つかります。その数が一定数を超えれば、社会ががらりと変わっていきますよ」

取材・文/瀬戸友子 撮影/栗原千明(編集部)