【スープストックトーキョー×ブルーボトルコーヒージャパン対談】飲食業界の常識を覆す!? 両社が実践する社員が“長く働きたい”会社づくりとは
土日出勤に長時間労働、シフト勤務による働き方の制約――「飲食業界では長く働けない」というイメージを持っている人は多いかもしれない。だが、最近ではそんな業界の風習を変え、「働き方改革」を行う企業が増えてきた。特に注目したいのが、Woman type世代の女性たちにとっても親しみ深いブランドを展開する、スープストックトーキョーと、ブルーボトルコーヒージャパンの取り組みだ。
両社では、社員の長期就労のためにさまざまな施策を実施し、成果を上げている。「飲食業界で長く働く」を実現するために必要な企業の取り組みとは何か、そして、「好きな仕事」を続けるために働く人たち自身が意識し、行動すべきことは何か。株式会社スープストックトーキョー取締役・江澤身和さんと、ブルーボトルコーヒージャパン合同会社取締役・井川沙紀さんの2人にお話を伺った。
「店舗ビジネス」だからこそ実現できる両立生活もある
――まずは、それぞれの会社の概要を教えてください。
江澤さん(以下敬称略):スープストックトーキョーはブランドとしては約17年の歴史がありますが、2016年2月にスマイルズから分社化しました。現在は国内60店舗ほどの展開で、現場社員は150名。アルバイトのパートナーさんは1500人ほど。分社化をきっかけに改めてブランド理念の整理をして、今後の方向性を固めたところです。
井川さん(以下敬称略):ブルーボトルコーヒージャパンは、会社としては設立3年目になります。カフェは国内6店舗、社員は約40名、アルバイトを入れてトータル130名ですね。これからますます店舗展開と、社員の増員をしていく予定です。
――お二人は会社の成長を今後も率いていく立場にいらっしゃると思いますが、飲食業界ではなかなか人が長く働けず、人材育成をするのが難しいという課題がある印象です。ご自身は、そういった課題をどのように捉えていらっしゃいますか?
江澤:私自身は『Soup Stock Tokyo』にアルバイト入社して今は勤続12年目。今では会社の取締役として経営も任されるようになりましたが、今でも現場が大好きなので、個人的には「この業界で長く働くのは難しい」と感じたことがないんですよね。ただ、シフト勤務による時間的な制約や、体力的な課題を理由に、飲食の仕事が好きでも「長くは続けられないかも」と考えている人は少なからずいるとは思います。
井川:飲食業界に限らず、店舗ビジネスは週末や祝日に稼働するので、家庭と両立しづらいと思われるのでしょうね。なので、結婚や出産などのライフステージの変化をきっかけに、「仕事を諦めた方がいいのか」考える人も多い。でも、勤務体系のあり方については会社側ももう少し柔軟に対応できるはずですし、働く人の方も“店舗ビジネスならではの働き方”を活かして自分なりの両立方法を見付けられると思います。
江澤:確かに、「シフト勤務」を育児と仕事の両立に役立てている方は当社にもいます。シフト勤務だからこそ、お子さんの学校行事のときは必ずお休みが取れますし、前もって意思を示せば自分で出退勤時間のマネジメントができるので、むしろ「働きやすい」という声も聞こえてきます。実際、今年は育児休暇からのママ社員の復帰が3人、来年は9人が戻ってくる予定です。子どもの病気などによる突発的なお休みも現場のコミュニケーションで解決できますし、せっかく好きな仕事なのであれば、漠然とした不安を理由に諦めてしまう前に、周囲の人に相談してみることが大切ですね。
――社員の長期就労を実現するために、両社ではどんな取り組みをなさっているのでしょうか?
江澤:スープストックトーキョーでは、介護や子育てに限定しない、独自の時短制度があります。働きながら社外で自分の能力を磨くために時短制度を活用している人もいます。仕事と家庭の両立が自然にできることはもちろん、ビジネスパーソンとしてスキルアップができる環境であれば優秀な人材が長く働いてくれると思うんですよね。時短制度だけでなく労働時間管理にも注力した結果、今年の2月の社員平均残業時間は8.4時間でした。
井川:ブルーボトルコーヒーの本社はアメリカですが、社員の「働き方」に関する施策は日本よりもアメリカの方が進んでいます。本社での取り組みを日本流にアレンジしながら整えているところで、制度的にはアメリカと合わせていく予定です。
江澤:アメリカでは男性の育児休暇なども活発だと伺っています。
井川:そうなんです。実はいま、米国ブルーボトルコーヒーの創業者であるジェームス・フリーマンが3カ月の育休を取得中でして、日本でも、女性社員よりも男性社員が先に育休を取得する予定になっているんですよ。こういう制度はトップダウンで上に立つ人がまずは見本を見せないと広がらないと感じますね。
江澤:飲食業界をはじめ、「お客さまを大切にしよう」とうたっている企業は世の中にたくさんあると思いますが、働く人が自分にとって一番身近な人である「家族」を大切にできないと本末転倒ですよね。
井川:ええ。そのために企業側は、仕事も家庭も大切にする人を会社として評価するという姿勢を見せていかないといけません。
江澤:そうですね。いくら「制度」をつくっても、社内で浸透しないと意味がありません。昨年の分社化以降、人材開発にまつわる制度をいろいろと整理したりつくったりしている最中なのですが、じゃあ「この制度は何のため、誰のためにつくるのか」、「組織にとってどうプラスになるのか」という点については、長い時間を割いて議論しています。どの業界においても「働き方改革」は今ある種のキーワードになっていますが、やることが目的なのではなく、「なぜやるのか」その目的と本質を忘れてはいけませんよね。
労働時間をただ削減すればいいわけではない!
向上心が満たされる職場こそ“長く働きたい”職場
――ライフイベントや勤務時間のサポートの他に、社員にとって「長く働きたい」と思える会社であり続けるために工夫されていることはありますか?
井川:やはり、自分が働いている環境に「誇り」を感じられるかどうか、自分の仕事にプライドを持てるかどうかではないでしょうか。
江澤:ブルーボトルさんは、そういう“ブランド愛”のようなものを社員の中で育てる工夫ってどうされているんですか?
井川:月に2~3回程度、『ブルーボトル大学』という研修を開催しています。例えば、コーヒーの農園の方をお呼びして当社のバリスタ職の者にブルーボトルコーヒーで使用するコーヒー豆のことをプレゼンしてもらったり、店舗のデザインを手掛けてくださっている、店舗デザイナーの方と創業者のジェームスとの対談を行ってデザイン秘話を聞ける機会を設けたり。また、日本の店舗から選出したメンバーをアメリカ本社の社員とともに産地に派遣して、約1週間にわたって農園を視察させる「ファームトリップ」を今年から始めました。自分が扱う商品への知識を向上させるだけでなく、世界のプロフェッショナルの中の一員として働いているという意識を持ってもらいたいという意図があります。
江澤:それは素晴らしいですね。海外のプロから学べるスキルもあるでしょうし。私自身もそうでしたが、飲食の現場で働く人にとっては、自分が扱う商品情報やブランド秘話など、ちょっとしたうんちくを“自分の言葉”でお客さまに伝えられる瞬間ってすごく嬉しいんですよね。そういう情報面での“武器”をしっかりと現場のパートナーにまで伝えていかなくてはと思っています。その他、当社では「Soup Stock Tokyoキャンパス」という研修を5月からスタートしますが、これは社員が講師になることで、教える側にも学びや発見があり、プロ意識の醸成や成長機会になると期待しています。
――「やりがい」や「自己成長」を感じられる職場かどうかということが重要ということですね。
江澤:そう思います。また、飲食の仕事をしていると、店舗と本社で距離があって、店舗で働いている人は「小さい世界で仕事をしている」と感じてしまいがちです。でも、当社ではそれを防ぐための取組みの一つとして、『Smash』というSNS機能の付いた社内報を活用しています。例えば、新しい取り組みを会社として実施する場合は、この『Smash』上でアルバイトを含む全スタッフ向けに情報発信しますし、逆に店舗メンバーから経営層に向けたアイデアの提案や意見もアップされ、それに対して社長が直接コメントをしています。
井川:意見交換ができる仕組みは本当に素敵ですよね。店舗を越えて交流ができるようになるとスキルアップの機会も増えますし、お互いの店舗での取り組みや成功体験を交換できるようになりますね。メンバーから自発的に「会社を良くしよう」、「ブランドを良くしよう」という動きが出るのは非常に有意義なことだと思います。
江澤:「意見をどんどん伝えてほしい」と言う場を設けたからには、こちらもちゃんと対応しなければいけないなと、身が引き締まりますよ(笑)
井川:確かに!「あれやれこれやれと言う割に、上の人は何もしてくれない」みたいなシラケが起こっちゃうとそういう良いツールも台無しになってしまう。「マネジャー陣はちゃんと見守っているよ」、「一人一人のチャレンジを応援するよ」という姿勢をちゃんと伝えられるかどうかで、いいサイクルが生まれるかどうかは変わってきますね。
江澤:毎年大学卒業とともにアルバイトを卒業するパートナーが多くいますが、こういった社内コミュニケーションを強化することで、長く『Soup Stock Tokyo』と繋がり続けたいと思ってくれる方も増えてきており、この春から「バーチャル社員証」の発行を開始したんです。これは、別の会社で働いていても仕事を離れてもゆるく『Soup Stock Tokyo』と繋がり続けることができ、さまざまな特典も得られるというものです。社会に出てから、本人のライフステージが変わったり、また『Soup Stock Tokyo』で働きたいと思った時にいつでも戻ってきてくれればと思っています。
世の中の会社は「未完成」であることが前提
“自分が主役”という意識を持ち、一人一人が会社を変えていくこと
――スープストックさんやブルーボトルコーヒーさんのような企業がますます増えるといいなと思う一方で、「飲食業界では長く働けない」という課題に今まさに直面している人にとっては、企業側の変化を待っている余裕はありません。即効性のあるアクションとして、働く人たち一人一人の意識や行動面で意識すべきことや変えるべきだと思われることはありますか?
江澤:飲食の仕事が好きで、「続けたいな」と心の中では思っているのに、何となく先が見えないからと諦めてしまうのはやっぱり勿体無いですよね。「もっと会社がこうなってほしい」、「こうだったらいいな」と思うことがあれば、自ら「環境を変える」努力をしてみてもいいと思います。社員に長く働いてほしくない会社なんてきっとありませんから、「なぜ長く働けない」と思うのか上司に伝えてみて、相談してみてほしいです。私たちの会社もそうですが、完成している会社なんて世の中にほとんどありませんし、時代に合わせて常に変わっていかなければいけないのが会社ですから、どんどん変えていいんです。「会社は何もしてくれない」と自分が置かれた環境を嘆く前に、自分が好きな仕事をどうすれば続けられるのか、一歩踏み込んで考えてみるといいですね。
井川:当社はアメリカの会社だからかもしれませんが、「自分が会社の中の主役と考え、自分のやりたいことをすればいいんだよ」と言ってくれる人が多い環境です。私は転職で今の会社に入っているので、最初はその考え方にすごくびっくりしたのですが、今では「まさにその通り」だと思っています。自分が会社の主役で、やりたいことをやるという意識で普段の仕事を見つめ直してみると、きっと受け身でいるだけにはならないはず。自分のために「何がしたいか」を明確にすると、次に取るべきアクションが見えてきます。不満を言うだけの人に、チャンスや機会は与えられません。逆に、意思のある人のところには、「応援したい」という人が集まってくるはずですよ。
取材・文/朝倉真弓 撮影/吉永和志