王子さまを探すより、「辞めたくない」仕事を見つけなさい――OECD東京センター長に聞く、人生100年時代の幸福論/村上由美子さん

前編では「働き方改革」「ワークライフバランス」について爽快な答えを提示してくれた経済協力開発機構(OECD)東京センター長の村上由美子さん。後編では、この現代を生きる働く女性たちが抱える将来への漠然とした不安を村上さんにぶつけてみた。

村上由美子さん

経済協力開発機構(OECD)東京センター長
村上由美子(むらかみ・ゆみこ)さん

上智大学外国語学部スタンフォード大学大学院で国際関係学修士課程を修了した後、国際連合に就職。バルバトス、ニューヨーク、カンボジアで勤務した後ハーバード大学大学院でMBAを取得その後、ゴールドマン・サックス証券に入社し、ニューヨーク、ロンドン,東京で、マネージング・ディレクターとして活躍。13年9月から現職

昔と比べて、ずっと選択肢が増えた今の私たち。自分の生き方を選ぶ自由が、今の私たちには許されている。それが多くの先輩女性たちの努力によって掴み取ったものであることを承知した上で、それでも言いたい。自由ゆえの苦しさもある、と。

結婚、出産、育児、介護。私たちのキャリアは、いつもこれらと隣り合わせだ。いつ結婚するか分からない、いつ母親になるか分からない。あるいは、生涯結婚しないかもしれないし母親になることもないかもしれない。不確かな未来に不安を感じる女性たちに向けて、村上さんはこんな言葉を贈ってくれた。まずはキャリアに情熱を注ぎましょう、と――。

他者の人生が絡むものはコントロールできません

正直に申し上げまして、結婚とか出会いって、誰にも予測不可の話。いくら何歳までに結婚してお母さんになってと計画しても、その通りにいくかは誰にも分からない。白馬の王子さまが目の前に現れる可能性はありますが、もしかしたらそれが「50歳のときだった」なんてこともあるかもしれません。あるいは白馬の王子さまだと思って喜び勇んで結婚しても、王子さまのタイツを脱いだら、実はとんでもないオッサンで、こんな人と一生ついていけないわって離婚するかもしれない。本当に分からないんですよ。

要は、結婚や出会いは、どんなに頑張っても自分でコントロールできないもの。予測不可のものに対して、起きる前から気を揉んでも仕方ない話。直面してから、本腰入れて考えればいいと思います。それに対して、一人前の仕事人になる為の準備はある一定までは自分でコントロールできるもの。だから、この先どうすればいいのかと悩む未婚女性に言いたいことは、一つ。まずはキャリアに全力で情熱を注ぎましょう。

私も20代の頃から何となくいずれ結婚するだろうなとは思っていたんですよ。けれど、待てど暮らせど白馬の王子さまが現れなかった(笑)。結局、結婚をしたのは37歳のとき。超晩婚です。でもそれは37で結婚しようと綿密に設計していたわけではもちろんなくて、単にそれまでできなかっただけ。それくらい、結婚というものは自分の手には負えないんです。自分とは全く違う他者の人生が絡むわけですから。

自分にとって“くだらない仕事”のために、大事な子どもと過ごす時間を犠牲にしないで

一方で、私がラッキーだったのは、結婚するまでの間にキャリアに関しては自分の望む方向性に向かって一定の経験と収穫を積めていたこと。結婚したのは37歳、一人目を産んだのは38歳のときです。そして今では3人の子どもがいます。みんな可愛いし、子育てはすごく面白いですよ。

村上由美子さん

だけど、私は一人目を産んだときから、すぐに仕事に復帰しました。それはなぜかと言うと、仕事の醍醐味というものも十分に味わい尽くしていたから。仕事を通して得られる充実感だったり、社会にインパクトを与えている喜びだったり、子育てとはまた違う面白さが仕事にはあって。それを体が覚えているから復帰しない理由がなかったんです。

中には可愛い子どもを預けて仕事をすることに抵抗を感じる人も少なくないでしょうね。私もその気持ちは分かります。けれど、今は人生100年時代。子どもがいる女性でも一生働き続けることが当たり前になっていく。だったら、可愛い子どもを置いてでもやりたいと思える仕事を見つけなくちゃ。くだらないと感じる仕事のために子どもとの時間を犠牲にするなんて、それこそバカバカしいでしょう。自分が母親になったとき、それでも働き続けたいと思える状況をつくっておくためにも、それまでの間に充実感を感じられる、キャリアを築いておくことは、とても重要なことです。

自分の意思でコントロールできるのはキャリアだけ

そもそもコントロール不可なことは、結婚だけに限ったことじゃない。たとえば親の介護もそう。自分自身の健康だって同じです。いつどうなるか分からない。そう思えば、私たちの身に起こる大抵のことは、自分ではコントールできないものなのかもしれません。

その中で、キャリアは人生の軸になってくれるもの。もちろん仕事の何もかもが思い通りにいくなんて甘いことを申し上げるつもりはありませんが、それでもなりたい自分の理想像に向かって資格を取ったり大学で勉強をしたり、何かしら訓練を積むことで、一定の範囲内はコントロールできる。

どんなに人生がしんどくても、生きる以上、仕事はしなくちゃいけない。ただでさえ苦しい状況なのに、生活のために嫌いな仕事をいやいや続けるなんて、それこそ地獄でしょう。

自分ではコントロールしきれない人生の苦難に直面したとき、自分の仕事に対する一定の充実感を持っていれば、たとえ苦しい局面でも乗り越えようというファイトが沸いてくる。まるでコントロールできない自分の人生の中で、せめて少しでも充実感を持って生きるためにも、やっぱりキャリアを磨くことは大切です。

人生最後の日に「昇進できてよかった」と思う人はいない

いろいろ話しましたが、最後に一つ、私がまだ皆さんと同じくらいの年頃のときに、当時通っていたビジネススクールの教授から聞いた、忘れられない話をさせてください。

村上由美子さん

それは会計の授業で、会計にまるで興味の持てなかった私は、毎回教授の授業が退屈で仕方なかった(笑)。でも最後の授業で教授はこう言ったんです。「今まで会計について皆さんにお話ししてきましたが、今日は会計の話はしません」と。代わりに、教授が教えてくれた話は、こうでした。

「皆さんはこれからビジネス界に羽ばたいていくことでしょう。ただし、どれだけビジネス界で成功をおさめても、人生最後の日に、『金儲けできて良かった』、『昇進できて良かった』と思い返す人はいません。大事なのは、地位や富じゃない。最後にこの人生で良かったと思えるのは、どれだけ自分が他人にLOVEを与えられたか。そして自分がLOVEを受け取ったか、です」

もう20年近く前の話になりますし、会計のことは一つも思い出せないけれど(笑)、今でもこの言葉だけは鮮明に覚えているんです。

私たちの人生は1回しかない。しかもその終わりがいつ来るかは誰にも分からない。明日かもしれないし50年後かもしれない。人生の最後ほど、誰にもコントロールできないものはないんです。そしていつか訪れる最後に、あなたを幸せにしてくれるのは、恐らく地位や収入ではない。

大事なのは、あなたがどれだけ多くの人に愛を与えられたかです。その対象はもちろん結婚相手や子どもだけとは限らない。友人ということもあるし、仕事を通じて知り合った人かもしれない。さらにいえば、あなたの仕事を通じてもっともっと広い世界の人間たちがLOVEを受け取っているかもしれない。いずれにせよ、どれだけ昇進したとかどれだけ給料をもらったとか、そんなことは大したことじゃないんですよ。

これだけは覚えておいてほしいので、改めて言います。幸福なキャリアとは、ポストや報酬のことではない。あなたが仕事で得た喜びを通じて、どれだけ周りの人を幸せにできたかです。どうか皆さんには、仕事の醍醐味を知り、幸福なキャリアを築いていってほしい。そう願っています。

取材・文/横川良明 撮影/栗原千明(編集部)