経営コンサルタント・田中雅子の仕事人生の土台を築いた、「働く意味」について教えてくれた本【特集:秋の「必読」推薦図書】

経営コンサルタント・田中雅子
経営コンサルタント・田中雅子

田中総研 代表 経営戦略・経営企画コンサルタント 田中雅子さん

1968年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。イギリス留学を経て、同大学大学院などを修了。外資系企業の管理職を経て、大手製造小売企業に入社。同社でマネージャー職を経験するほか、「女性キャリア推進室」「ダイバーシティ推進室」の創設にも携わる。その後、一部上場企業の執行役員、同・子会社の社長を歴任。2010年に独立し、「田中総研」代表に。執筆やテレビコメンテーターなど幅広く活躍している。現在、介護と仕事の両立中

若くして企業で管理職を歴任し、30代後半で上場企業の執行役員や子会社の社長も務めた田中雅子さん。現在は独立し、経営コンサルタントとして活躍の幅を広げている。組織の中で順調にキャリアを積みつつも、仕事について、あるいは働き方について常に悩み続けてきたという田中さんが、人生の節目ごとに貴重な気付きを与えてくれた本について語る。

「何のために働くの?」
経営の神様が教えてくれた“仕事道”

経営コンサルタント・田中雅子

「忙し過ぎて、活字を見る気がしなかった時期に読んだ、『仕事で大切なこと』。薄くて、CD付きだったので気軽に手に取ることができたんですよ。松下幸之助さんの生声が聞けるので、直接諭されているような気分になれます」(田中さん)

仕事は好きだし、頑張りたい。でも、あまりに忙し過ぎて、「私って何のために働いているんだろう……」なんて、ふと思ってしまう瞬間、働く女性なら誰でもあると思います。

私の場合は、20代後半から30代中頃までがまさにそんな時期でしたね。外資系企業に就職したのは、家業が不振になり、家族を養うための選択でした。

完全成果主義の会社でしたから、とにかく成果を出さないことには、満足のいくお給料をいただけない。だから、がむしゃらに働きました。海外とのやりとりも多かったですから、深夜早朝の電話会議をこなし、明け方に帰宅して仮眠を取ってまた出勤……そんな毎日でした。

大手製造小売企業に転職し、管理職をしている時に出会ったのが松下幸之助さんの『仕事で大切なこと』という本です。

当時は、自分の部署以外にも複数の社内プロジェクトを担当していて、充実はしているのだけれど、多忙過ぎて、「仕事って何だろう」「私ってこのままでいいのかな」と、悩む日々でした。

松下幸之助さんは、松下電器を世界的大企業にまでした “経営の神様”ですが、その松下さんが語る仕事論がQ&A形式で分かりやすく解説されているんです。薄くてすぐに読めるので、繰り返し何度も目を通しました。

松下さんの肉声のCDも付いていて、山手線の中でCDを聞きながら、この本を読んでいたら、同世代の管理職風の女性何人かに、「その本、どこで買ったんですか?」と話しかけられましたよ。みんな悩んでいるんでしょうね。

特に印象的だったフレーズは、「失敗して成長する」という部分です。松下さんいわく、1度目は経験、2度目からが失敗になるんだと。深いですよね。

働いていれば、誰にだって失敗は付きものです。もちろん、とても申し訳なく思ったり、落ち込んだりするんだけれど、それをどう次につなげるかが大事なんだと、改めて気付かされました。

ほかにも、「仕事に面白味を感じよう」「ほんとうの成功とは」「素直な心を養う」といったテーマで松下さんの仕事論が語られ、支えにもなり、多くの気付きももらえた、忘れられない1冊です。「仕事って大変だけれど、意味があってやっているんだ」――そう思えました。

頑張り過ぎの自分に気付いた
結果のためには、ゆるむ時間も必要

経営コンサルタント・田中雅子

「田舎育ちのおおらかな性格だった私ですが、仕事に追われて肩に力が入り過ぎていたのでしょう。心配した母が贈ってくれた本『いいかげんが いい』に救われました」(田中さん)

その後、30代後半で、上場企業の執行役員や子会社の社長を務めていた頃に母がプレゼントしてくれたのが、鎌田 實さんの『いいかげんがいい』です。

当時は仕事に疲れていたというよりも、年齢を重ねるにつれ人生そのものに疲れてしまったというか(笑)。

経営に携わるようになり、仕事の責任もどんどん重くなっていって……女性で同じようにバリバリ働いている人が少ない世代なので、気軽に相談できる人もいなくて。

自分ではそこまで意識していませんでしたが、仕事に対しても、自分に対しても、周囲の人に対しても、ストイックになり過ぎていたと思います。母はそんな私のことを、心配してくれたのでしょう。

鎌田さんの本を読んで、自分の視野が狭くなっていたことに気付きました。当時の私は24時間365日、家でも仕事のことを考えてばかり。でも、それではダメだと。

ビジネスは結果を出さないと意味がない厳しい世界です。けれども、24時間戦ってばかりでは、自分自身がすり減ってしまうし、ここぞという勝負の時に本来の力が発揮できない。時にはゆるむ時間も必要なんですよね。

また、結果を出すことにこだわるのであれば、プロセスですり減っていたら意味がない。今の若い世代の女性を見ていても、“頑張りどころ”を間違えている人が少なくないと感じます。少し、自分を客観的に見て、企業やお客様のペースに合わせて、メリハリを付けつつ、力を入れるべきところで入れていけたらいいんですけどね。

20代、30代はとことん悩んだらいい
でも、決して歩みは止めないで

経営コンサルタント・田中雅子

「『社長室はいりません』は独立した後に、やずやの会長、矢頭さんの講演を聞く機会があり、出会った本です。夫を亡くした後に、女性ならではの視点を生かして試行錯誤しつつ売上を倍増させていった歩みに勇気をもらいました。私も私なりの視点を大切していこうと思えたんです」(田中さん)

私たちが30歳前後の頃って、「仕事か家庭か」女性には二者択一しかなかったんですよ。だから、覚悟を決めるしかなかった。でも今は、昔に比べたら働き方の選択肢がずいぶん増えました。それゆえに、働く女性の迷いや悩みも大きくなっているように見えます。欲張ろうと思えば、いくらでも欲張れちゃう。

だけど悩み過ぎて行動が伴っていない人が多いような気がします。悩むこと自体は、決して悪いことじゃないです。逆にその時に悩まないと、後から後悔すると思います。20代、30代って、ぼーっとしているとあっという間に時間が経ってしまう。
この世代って、女性としても脂が乗ってくるし、仕事も面白い時期。だから仕事でもプライベートでも自分がやりたいことを、とことん追求してほしいですね。深掘りしながら進まないと、自分の中に何も残らないし、次にもつながらないですから。

私自身、20代から30代にかけてとことん仕事をやり切ったからこそ、今の自分があると思っています。その時は、正解なんて全然分からなかったですよ。でも、正解が分からないまま、目の前のことにただひたすら無我夢中に取り組んできました。
皆さんも、迷ったり、悩んだりしながらも、がむしゃらに目の前の仕事をやり切ってほしいですね。悩みながらも、進んでいる人には、次がある。ぜひ、歩みを止めず挑戦し続けてください。

経営コンサルタント・田中雅子

(写真右)『仕事で大切なこと』 松下幸之助/著 (PHP研究所)
松下電器を創業し、1代で世界的な企業に育て上げた“経営の神様”松下幸之助が、仕事をしていく上で心掛けたい10の事柄を直接語り掛けた談話集。各講話の後にはQ&Aが付いており、誰もが抱く仕事上の悩みに対して松下自身がどのように考え、行動したかというエピソードが紹介されている。直話CD付き。

(写真中央)『いいかげんが いい』  鎌田 實/著 (集英社)
著書『がんばらない』がベストセラーとなった医師によるエッセイ。不自由な身体でも旅に挑戦する人、70代で車椅子の女性を妻に迎える人……著者が描くのは、考え過ぎて立ち止まったりしない人々。幸せに生きるためには、人との関係を大切しつつ、今を楽しみながら生きていく「いいかげんさ」が必要だと説く。

(写真左)『社長室はいりません』 矢頭美世子/著 (あさ出版)
夫婦二人三脚の経営で自然食品の通信販売業として大きく成長した「やずや」。創業者である社長の急逝後、受け継いだ売上300億円超の優良企業「やずや」の会長の、女性経営者としての魅力や同企業の強さの秘密を記した1冊。

取材・文/田中美和 撮影/竹井俊晴