部下100名を抱える営業部長の立場で産休取得へ――管理職だからこそ広がる復職後の選択肢【「成功する復職」15のメソッド part2】

「出産しても働きたい!」そう思っていたけれど、実際その状況になってみると思いも寄らないところでぶつかる“ワーキングマザーデビュー”への壁。事前に知っておけば心の準備ができたり、対策が打てるものもあるはず。そこで、3人の先輩ワーキングマザーに復職のリアル・ストーリーをインタビュー。彼女たちから「成功する復職」のコツを学ぼう!

矢野 美紀子さん(38歳)

矢野 美紀子さん(38歳)

株式会社パソナ 第4営業部 特別法人チーム チーム長 1997年にパソナ入社。営業職として、4年目にチーム長となり、MVPを2度受賞。パソナの最年少役員として、2007年に32歳で執行役員に昇進。営業部の部長を兼任し、約100名の部下を持つ立場に。その後、出産、育児休暇を経て、2011年に復職。現在は執行役員の座を降り、ワーキングマザーで構成される営業チームのチーム長を務める
【Working mother’s data】
■妊娠時の年齢:36歳
■転職経験:なし。新卒入社14年目で産休を取得
■復職までの期間:1年3カ月

インタビュー2人目のワーキングマザーは、女性が活躍する会社として認知度の高いパソナグループで16年のキャリアを誇る矢野 美紀子さん。自ら「モーレツ社員だった」と言うほど自他共に認めるバリバリの女性営業マンだった。そうして自然と行き着いた執行役員兼営業部長の立場での産休取得には入念な準備が必要だった――。管理職として活躍し続けるための復職の秘訣を探る。

「成功する復職」15のメソッド

上司には昇進のタイミングごとに妊娠時期の相談

妊娠の報告は部下に心配させない時期を見計らって

復職後は、担当クライアントの選択まで細やかに工夫を

ワーキングマザー以外の社員にも業務効率アップの手助け

実績を残し、一定以上の地位を築くことで復職後も発言力を持つ

部下100人を抱えながら妊娠発覚
報告のタイミングは自分都合ではなく、部下の心情を最優先に

入社して4年目にチーム長となり、その後32歳にして最年少となる執行役員を任命されるなど、営業職の女性として輝かしい実績を持つ矢野さん。執行役員としての辞令が出たときには、「私に務まるのだろうか」という不安と同時に「将来的には子どもも産みたいし……」というライフプランとの間で気持ちが揺らいだ。

「上司には、そう遠くない将来に子どもを産みたいという気持ちを正直に話し、責任ある立場で仕事をしながら子どもを育てられるのかどうか、迷っていることも伝えました。それでも、上司に『そうなったらその時に両立できるやり方を一緒に作ろう。まずはやってみないか?』と言われ、思い切って昇進を受けることにしたんです」

それからは、部下が約100名という部長職も兼任し、毎日目が回るほどの忙しさだった。朝7時半から会議があったり、帰宅が終電近くになることもあったけれど、仕事に全力を尽くしている実感が持てる充実した毎日だったという。

そうして働くうちに妊娠が発覚。ほどなく妊娠初期の体調不良が起こり始めたこともあり、休暇を取った際に上司に電話で報告した。電話口で上司は飛び上がるほどに驚いたというが、それよりも頭を悩ませたのは部下たちにどのタイミングで伝えるかだった。

「パワフルに働いていただけに、部下に妊娠の話をしたら、『新しい部長は誰になるんだろう』という不安を与えてしまうかもしれないと考えました。また、『妊婦だから早く帰ってください』といったように気を遣わせてしまうのも上司としてはさせたくなかったんです。そこで、ちょうど期末直前であるゴールデンウィーク前の朝礼で伝えることにしました。部下たちが驚いても翌日から休みだから仕事には影響は少ないかと思って(笑)」

もちろん期末前に伝えたことには他にも意味がある。上司が変わるタイミングを通常の人事異動の時期に合わせ、部長のポジションを後任へ引き継ぐことで部下たちになるべく動揺を与えないようにした。産休に入るまでのしばらくの間は後任部長のサポートに回った。

育休中に社長からの特命任務!
「女性が復職しやすい環境を作れ」

「成功する復職」15のメソッド

無事に産休に入り、出産。そろそろ復職のことも考えねば・・・というときに社長から直々にミッションが下った。それは、より女性社員が活躍できる環境を作ること。当時からパソナグループでは、ほぼ100%の女性社員が育休から戻っていたが、クライアントとの折衝を担うような営業の最前線に復職を希望する女性は少なかった。それでは優秀な女性社員たちが活躍できる場が限られてしまうと考え、立ち上がったプロジェクトだったのだ。また同時に、社外に対しても、ワーキングマザーでも活躍できることを示すためのパイロットチームでもあった。

矢野さんは早速、同じく育児休暇中の同僚や、復職した女性社員を7~8名集め、ミーティングを行うことに。もちろん休暇中のことである。

「パソナグループには、オフィス内に社員と派遣社員のための事業所内保育所「パソナファミリー保育園」があるので、そこに子どもを一時保育で預けながらみんなで話し合いをしました。女性が復職するにはどんなことが障害なのか、何が不安なのか、それはどうやったら解消できるのか、詳細に内容を詰めていきました。みんなで考えた『これならママも活躍できる!』という報告書を社長に提出し、復職した女性社員だけで構成する営業チームが発足することになったんです」

結果、矢野さんはその新しく設置された営業部門のチーム長として復職する。そのチームの特徴は、外資系企業のクライアントを中心に担当するということ。残業カルチャーがない企業が多く、ワーキングマザーの活躍にも理解があるので、労働時間が限られる場合が多いワーキングマザーたちでも日中集中型で無理なく力を発揮することができる。

働き方をいかに調整するかは、つい社内だけに目が行きがちだが、取引先も計算に入れるあたりは、さすが、のひとこと。クライアントも、日中の早いレスポンスを喜んでくれているという。

今は全員がワーキングマザーの営業チームだが、最初は独身の女性や子どもを持たない社員も数名在籍していた。そこで矢野さんがしたのは、ワーキングマザー以外のチーム員への配慮だ。

「ママではないチーム員に『自分は子どもがいない分、仕事の負担を強いられている』と思わせてしまうのは両者にとって良くない。ワーキングマザー以外のメンバーに対しては、このチームが社内外に与える影響や、今後のビジョンなどをしっかり伝えることはもちろん、逆にワーキングマザーの先輩たちが彼らの仕事を手助けするなどして、お互いに協力し合ってきました。その結果、チームの結束力が更に強まりましたね」

ワーキングマザーは子どものお迎えなどのため、働く時間に制限があるものの、多くが仕事で経験を積んできたベテラン社員たち。むしろ、限られた時間の中で高いパフォーマンスを上げようという意識は産休前よりも強い。そのため、他のメンバーの仕事を日中に効率よく手助けできるなど良い効果が生まれた。その甲斐あってか、相互に協力する体制を築くことができたという。

出産は仕事をリセットする良い機会
地位を築いていたからこそ満足のいく復職ができた

「成功する復職」15のメソッド

仕事と子育ての両立は、「想像していたほど大変ではない気がします」という矢野さん。ポイントの一つは夫の協力なのだそう。

「復職するときに、きっちりと家事の担当表を作ろうとも考えましたが、結局作らなくてもうまくいっています。いつの間にか、洗濯機を回すのは私、干すのは夫、というように“できる人がやる”習慣が付きました。夫は、わたしが子育てに仕事にと忙しくしている姿を見て、積極的に協力してくれているので本当に助かります。よく言われていることではありますが、夫にはこまめにお礼を言ったり、褒めることはとても大事ですね」

妊娠する前までの仕事への取り組み方を尋ねると、「150%全力を注いでいた」と矢野さんは表現した。育児が始まってからはさすがにそうはいかないはずだが・・・。

「今は仕事に120%、育児も120%という気持ちです。仕事があるから育児がままならない、とは言いたくない。仕事が何点、育児が何点と『できたこと』に点数を付けるのではなく、仕事も育児も『自分にしかできないこと、自分ができる最高のことをしよう』という意味で“どちらも120%”を心掛けています。普段育児はまだまだ完璧には程遠いですが、誕生日やひな祭りなどの行事には相当力を入れているんです(笑)」

仕事でも『自分にしかできないこと』に取り組んでいる。その一つとして、社内のワーキングマザーと後輩たちを集め、座談会を開催し、集まった意見を社長や営業部のトップに進言する機会を設けた。そうした発言力を発揮できるのも、現在16年目となる営業のキャリアがあってこそだ。

「育児に必要な体力などを考えたら、やはり早い段階で出産するのも良いと思います。でも今こうして営業の最前線で再び仕事ができているのは、これまで仕事をしてきて、周りとの信頼関係やある程度の地位を確立してから復職したからということもあります。バリバリ仕事をしている方は、出産でキャリアがストップしてしまうと考えがちですが、そうではありません。わたしは、産休を取ることで、いい意味でリセットできました。がむしゃらな時期を“卒業”して、新しく、自分らしい働き方を作り出す良いきっかけだったんだと思います」

取材・文/栃尾江美(アバンギャルド) 撮影/柴田ひろあき