「女はバカ」「産めない人は生産性がない」――おかしいことに、おかしいと言おう。それだけで世界は変わる
立派なキッチンを前に、「女性が喜びますね~!」とテレビ番組でタレントがコメントをする。なぜ、キッチンで料理をするのは女性だと決まっているのだろう。注意深く世の中を見渡すと、このような見えないステレオタイプがたくさんあることに驚く。そんな社会で暮らして、このような現状を当たり前のこととして受け入れてしまっているからこそ、普通に生活する中で差別や偏見に気づくのは困難だ。
でも、日常に潜む差別や偏見に目を向けなければ、今の状況はずっと変わらない。そこで、LGBTアクティビストの増原裕子さんを訪ねた。レズビアンであることから「幼い頃から『おかしい』と社会を疑う目を養ったと思う」と話す増原さん。私たちはどうやったら“当たり前とされている差別”に気付くことができるのだろう。

株式会社トロワ・クルール
代表取締役
増原裕子さん
1977年、神奈川県横浜市生まれ。慶應大学大学院修士課程、慶應大学文学部卒業。ジュネーブ公館、会計事務所、IT会社勤務を経て起業。ダイバーシティ経営におけるLGBT施策推進支援を手掛ける。経営層、管理職、人事担当者、営業職、労働組合員等を対象としたLGBT研修の実績多数。著書に『ダイバーシティ経営とLGBT対応』など5冊がある
LGBTへの「生産性がない」発言。
女性だって「おかしい」と声をあげていい
東京医科大が入試で女性や浪人生の点数を減点していたこと、杉田議員のLGBTに対する「生産性がない」発言。ここ最近、このような差別的な言動が目立ちます。特にレズビアンの私にとって、杉田議員の発言は見過ごせないものがありました。ただ、LGBTに限らず、子どもを産むことを人間の生産性とする見方に、怒りや悲しみを感じたり、違和感を持った女性は多かったのではないでしょうか?
この発言にはさまざまな問題がありますが、大きくは二つに分けられると思います。一つは子どもを産む・産まないの文脈で、人間に対して「生産性」という言葉を使ったこと。これはナチスの優生思想や、2016年に相模原の障害者施設で「障害者は生きている価値がない」という動機で起きた殺人事件にもつながる、非常に危険な考え方です。
いわゆる「ネトウヨ」と言われるような、排外的な思想を持つ人を中心に擁護の拡散をしていましたが、これは紛れもないヘイトスピーチ。国会議員がこのような発言をし、さらに謝罪もしないというのは大問題です。LGBTも女性も男性も、皆が「おかしい」と声をあげていいと思います。
もう一つは「LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか」という認識です。LGBTでいじめを経験した人の割合や自殺率は、それ以外の人と比べて何倍も高いなど、データとしても差別があるのは明らか。第一、LGBTの認知がこれだけ広まったのは、さまざまな活動団体やアクティビスト、そして多くの個人が声を上げ、取り組みを行ってきたから。それはそこに差別や偏見、生きづらさがあったからに他なりません。
憲法の中で「平等」が謳われ、差別をしないことが当たり前であるという前提の中で、マイノリティの課題に関心を持たないこと、差別の現状を無効化するような言説は、国会議員としてあるまじきことです。
女性への差別は日常に潜んでいる。
でも、それを認めるのはとてもつらい

女性の場合、社会的な立場としてマイノリティです。杉田議員の発言がくすぶっている時に東京医科大学の入試における点数操作の件が明るみになり、自分たちの周囲にある差別や偏見に気付いた人も少なくないと思います。女性への差別はまだまだ日常に潜んでいる。社会の課題として見た時に、明らかに差別はあります。
未だに「女性は男性よりも頭が悪い」と言われるような地域もあります。地方都市出身の私の友人は、小さいころから「あなたは(女で)バカなんだから」と言われ続けてきたそうです。それがいかにおかしいことなのか、彼女を説得するのには相当の時間がかかりました。小さいころから染み付いている呪詛を解くことは難しいし、そもそも気付くことができない。そして知らず知らずのうちに自分の可能性に蓋をしてしまうんです。
女性は表向きには平等だと言われていますから、自分が差別されていることを認めたくない人も少なくないと思います。特に頑張っている女性の中には、もしかしたら男性以上に頑張って、見えないハンデを乗り越えてきた人もいるかもしれない。苦しい道を歩んできた分、差別がある現状を認めるのは本当につらいこと。多くの人が目をつぶって、差別や偏見に我慢をしてしまっているのではないでしょうか。
差別や偏見に一度目を向けると、人生はつらくはなります。だから、当事者がその現状を直視できないのは仕方がないとも思います。だからこそ、当事者以外の人にも「一緒に差別や偏見をなくしていこうよ」と言ってほしい。東京医科大の件だって、男性が下駄を履かされていたことが明るみに出てきたわけですから、「バカにするな」って男性たちも怒っていいはずです。男女で対立していても、溝が深まるばかりで意味がありません。
差別や偏見をなくすために私たちができること

東京医科大の点数操作も杉田議員の発言も、本当にあり得ない、ひどいことです。でもこうした事象をなくすためには、まずは私たちが差別や偏見に気付くことが必要。そういう意味では、こういった状況が明るみに出たことは、社会にとって大きなチャンスとも言えます。
差別や偏見をなくすために大切なことは3つあると思っています。一つは、ニュースに関心を持つこと。一人一人が世の中で起きていることに関心を持たなければ、流されてしまう一方です。特に政治を避けてしまうと、今の社会で立場の強い人の都合が良いように国が動いていってしまう。マイノリティの声が届くことはなくなってしまいます。気付いたころには恐ろしい独裁国家になっていた、なんてことにもなりかねません。
二つ目は、日常生活の中で「何かおかしいかも」と思った違和感や、何だか直視したくないと感じる出来事を見逃さないこと。例え当たり前とされていることであっても疑ってみてください。私自身はレズビアンで、「嫌だな」「おかしいな」と感じることが若いころからたくさんありました。そうした経験を経て、社会で常識とされていることを疑う目を養ってきたと思います。
その上で、「なぜこういうことになっているのか」と、構造の部分に注目すること。例えば杉田議員の発言も、発言そのものだけに目を向けて「LGBTカップルが子どもを作らないのは事実だから、こういう意見があっても仕方がない」と思う人もいるかもしれない。でも、その発言の構造に目を向ければ、「子どもを産む・産まないで人の価値を決めるのは危険な思想だ」と考えられるはずです。
そして三つ目は、「何か変かも」と思った違和感について、発信すること。SNSでもいいし、仲のいい友達に話してみるだけでもいいと思います。口に出さないだけで、同じようなことを考えている人はきっといる。日本では「差別」や「人権」は強い言葉とされてしまいがちですが、そんな空気自体がおかしいと私は思います。繰り返しますが、「平等」は憲法の中で保障されていて、差別をしないことは本来当たり前の思想です。
主体的に社会と関わるには漫然と生きているだけでは難しいものです。でも、そうやって小さな行動を皆で重ねていけば、きっと何かが変わっていくんじゃないか。そう私は信じています。
取材・文/天野夏海 撮影/栗原千明(編集部)