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NOV/2018

がむしゃらに働いた20代、働く意味を考えた30代―「職種に縛られない生き方」に私が辿り着くまで

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市場の常識を変える!挑戦ヒストリー
イノベーター列伝

市場の常識を変えるような華々しいプロダクトやサービスが日々メディアに取り上げられる今日。その裏では、無数の挑戦や試行錯誤があったはずです。「イノベーター列伝」では、既存市場の競争軸を変える挑戦、新しい習慣を根付かせるような試み、新たなカテゴリの創出に取り組む「イノベーター」のストーリーに迫ります

今回話を伺ったのは、ブランディングディレクターの行方ひさこ氏。さまざまな形のコミュニケーションを提案し、アパレル、美容、スポーツなど幅広いジャンルで活躍しています。特定の職種にしばられない、自由な発想で仕事に取り組む行方氏の半生から、時代の先を行く生き方へのヒントが見えてきました。

<strong>行方ひさこ</strong> 最も価値のある資産となる「ブランド」価値を高めるコンセプトメイクを行うブランディングディレクター。アパレルでのディレクターやデザイン、経営の経験を活かし、アパレル、スポーツ、フード、ビューティなど幅広い分野で活動中。ニュートラルなマインドで、ブランドの本質を明確にし、伝えるべきメッセージを創りターゲットに届けるコミュニケーションの仕組みをつくっている
行方ひさこ
最も価値のある資産となる「ブランド」価値を高めるコンセプトメイクを行うブランディングディレクター。アパレルでのディレクターやデザイン、経営の経験を活かし、アパレル、スポーツ、フード、ビューティなど幅広い分野で活動中。ニュートラルなマインドで、ブランドの本質を明確にし、伝えるべきメッセージを創りターゲットに届けるコミュニケーションの仕組みをつくっている

>>こちらの記事は『BRAND PRESS』より転載しています

がむしゃらに働きまくった20代

就職だけでなく就職活動すらしたことがないわたしは、かなりイレギュラーなキャリアの持ち主だと思っています。もともと学校を卒業してすぐに結婚をしたので、「働くなんて思ってもいなかった」というのが率直な感想です。さまざまなアルバイトはしてきましたが、一人暮らしをしたこともなければ、銀行のATMを触ったこともなく、「このまま世間をよく知らないまま過ごしていくのかな?」と考えていたぐらいです。

行方ひさこ

いくつか知人のビジネスの手伝いをさせてもらったあと、友人たちが立ち上げるアパレルブランドを軽い気持ちで手伝うことになりました。結果的に立ち上げから10年ほど参画していたのですが、ここでの経験がわたしの人生を変える大きな転機となりました。

創業メンバーは、わたし以外は別の仕事を本業としていて、会社にいるのは基本的にわたし一人でした。とにかく全員が多忙だったので、わたしはブランドを運営していくためのあらゆる仕事を自分で考えてこなしていました。FAXでの受発注処理、商品の発送、時には自分で店舗まで商品を配達することもありました。やがて、そのブランドの知名度が徐々に上がり、全国から問い合わせが来るようになると、実店舗の計画や運営などを中心に推進していきます。

世間知らずだったわたしですが、見よう見まねで仕事をするうちに、会社は年商20億円規模まで成長していきました。会社が大きくなるに連れて、PRやデザイン、生産業務のほかに、総務や経理、在庫管理システムの導入など、会社の規模に合わせて仕事もふくらみ、とにかく働きまくった時期でした。これがわたしの20代です。

学生時代の友人からは、わたしが「バリバリ働いているなんて想像もつかない!」と言われます。しかし、それまで会社勤めをしたことがなく、仕事とプライベートとの境界もなかったので、「これは仕事だ」という発想自体あまりしていませんでした。どうしたら良くなるかを考えて、そこに向かってただ楽しんでやる、その積み重ねでしかなかったのです。

30歳になり「井の中の蛙」状態だった自分に気づく

会社はどんどん大きくなり、次から次へと新たな仕事が降って湧く状態でした。完全にキャパオーバーで、日々の業務をこなすのに精一杯でした。そんな中、すれ違いにより離婚をすることに。これによって、生活も大きく変わりました。「働く」ことについて真剣に考えるようになり、そのころから独立することを考え始めます。直属の上司もおらず、自分なりに仕事を作りながら手探りで働いていたので、外の世界を見たいという欲求もありました。

30歳を迎える年に、独立に向けて勉強しようと思い、いくつかのビジネススクールに通い始めました。そこでSWOT分析などのフレームワークから学びました。それまでは「ビジネス関係の人って理屈っぽいことが好きだなぁ」と思っていたのですが、人に物事を伝えるためにはそうした思考方法が必要であることを初めて知りました。

デザインの世界は、ことばで説明しなくてもモノを見せれば伝わりますが、独立して自分でビジネスを進めていくには、それではダメだと気づきました。自分が何を作ろうとしているのか、ことばで説明できないと仕事になりません。これまでは、まさに井の中の蛙でしたね。そうやって学んでいく中で独立への思いが高まり、31歳で自分の会社を立ち上げることにしました。

独立して5年目の事件

独立してすぐは、とてもたくさんの仕事に恵まれました。クライアントによって受ける仕事はそれぞれ異なり、広範な職種に携わりました。小さいけれどゼロから会社を大きくしていくという業務は、一般企業の役職の割り振りにはあまり当てはまらず、結局、「どの部署の仕事をお願いすればいいのかわからない」と言われてしまうことが何度もありました。多くの企業の組織は縦割り構造になっており、それぞれにひも付いた仕事を外部に依頼することが一般的です。組織を横断する役割を外部に委託するという考え方はなかったのでしょう。

それでも、いくつかの会社と長期的なスパンで商品開発やPR、マーケティング活動などにかかわるようになりました。とはいっても、外部の人間が組織を横断する役割を担うことは前例が少なかったので、衝突が起こりやすいことはいつも覚悟していました。まずは人間関係を構築するために、自分から率先してコミュニケーションを取りました。ショップに菓子折りを持ってあいさつ周りをするなど、とにかく少しでも時間を共有し、わたしの考えをわかってもらうための努力を欠かしませんでした。

行方ひさこ

独立して5年ほど経ったとき、また大きな転機が訪れます。そのころディレクションやデザイン業務とは別に、2人の女性といっしょにわたしの会社でブランドを運営していたのですが、コミュニケーション不足が原因で彼女たちに「会社を辞めたい」と言われてしまったのです。そのとき、わたしはとてもショックだったのですが、「ボスである自分が感情的になってはいけない」とドライに退職手続きを進めようとしました。20代のころ男性社会に浸かっていたので、女心がわからない性格になっていたのかもしれません。すると彼女たちが「どうして引き止めてくれないんですか」と口にしました。その一言でハッとしました。彼女たちを幸せにしたい一心で働いていたはずなのに、いつの間にか彼女たちの気持ちと自分との間に隙間ができていたんですね。それが非常にショックでした。

彼女たちが会社を去ったあと、自己嫌悪に陥り、自分は何のために働いているんだろう、人を幸せにできること・わたしのできることは何だろうと深く考えるようになりました。そんな思いを信頼できる人に相談したり、自分で紙に書き出したりして気持ちを整理しようとしました。

納得のいかない決まりごとにはとことん疑問を持つ

クライアントごとにさまざまな役割で仕事をさせていただくうちに、自分の中で「ブランディング」ということばを強く意識するようになりました。自分がこれまでやってきたこと、これからやっていきたいことはブランドを作ること、価値を高めていくことだったんだと。そして、「ブランディングディレクター」と名乗るようになったのです。

その肩書きを付けましたが、クライアントによって役割や業務が違うことには変わりありません。よく「コンサルタントなんですよね?」と言われますが、口を出すだけという仕事のスタンスは皆無です。さまざまな形のコミュニケーションを提案しているので、アウトプットのすべてにできるだけ最初から最後まで携わります。

複数の肩書きを使い分けようかと考えたこともありました。今でこそ、そういう考え方が広まり始めましたが、わたしが独立した10年ほど前は、そのような人はあまりいなかったように思います。

そもそも「1人の人間につき職種がひとつ」というのは難しいですよね。わたしは子どものころから、納得のいかない決まりごとに対しては、常に疑問を持つ性格でした。ランドセルも「なんで女の子は赤じゃないといけないの?」と言って親を困らせたこともあります。世の中で常識と言われていることでも、自分で納得がいかないと、常にそこを疑っていました。先ほど、多くの企業が縦割りになっているという話をしましたが、そのせいで仕事がうまく進まないことがこれまで何度もあって、もっとシンプルな方法があるに違いないと思ってしまいました。

最近は、新たな試みとして「ある企業の人事部と社内の働き方改革にかかわるプロジェクトを進めています。インナー&エンプロイヤーブランディングは新たな挑戦となるので、楽しくてワクワクしています。就職したことも、就職活動したこともないわたしですが、だからこそできることがあるのではと思います。固定観念がゼロですからね。常に新しいことをしているので、心がどんどん若返っていくように感じます。年齢を重ねるごとにそんな気持ちになれるのは、とても幸せなことですよね。

大切なのは人の心を知るための“教養”

仕事をするうえで大切にし続けていることがあります。それは、美しいものに触れることと、少しでも気になることはすぐにインプットし続けることです。週に5冊くらいのペースでの読書を独立前からずっと続けています。ジャンルは純文学から科学や脳に関するものまでさまざまです。人にお勧めされた本は、すぐに買うようにしています。知れば知るほど、知らないことって多いんですよね。勉強をして教養を身に付けることの究極の目的は、人の心をわかるようになることだと考えているからです。

積極的に新しい体験をすることも大切だと思っています。先日、初めて占いをやってみました。それまでは正直あまり信用していませんでしたが、占い師の言うことがそのとき読んでいたビジネスや脳科学の本と共通する部分が多く、驚きました。どんな道を歩んでいる人でも、人の動き、世の中の流れを注視している人は考えていることがいっしょなんだと感じました。

本を読むのも、いろいろな場所に行ってさまざまな人と話すのでもいい。そうやって触れる情報の一つひとつから、人の心、世の中の流れといったものを読み取っていくことが大切なんだと思います。これから先も常に“教養”を磨き続けながら、自分はもちろん、かかわるすべての人が幸せになるような生き方をしていきたいです。

>>こちらの記事は『BRAND PRESS』より転載しています

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