【戦慄かなの】少年院上がりの異色アイドルが乗り越えた壮絶な過去 「私にはもう、無駄にしていい日なんて1日もない」
人生100年時代。長い長い人生は、楽しいことばかりではない。時には「もう無理」と嘆きたくなるような、つらい時期もあるかもしれない。でも、私たちは必ず、立ち直ることができる――。それを証明してくれる、女性たちの姿を紹介しよう
「自分を好きになろう」と言われたところで、そう簡単になれはしない。
「自分に自信を持つこと」が大事だと頭では分かっていても、実際に気持ちを切り替えるのは難しい――。
“ネガティブのスパイラル”に一度足を踏み入れてしまうと、そこから這い上がるのは至難の業だ。
だが、不遇な過去、自身のトラウマを乗り越え、暗闇から抜け出した女性がいる。“少年院上がり”の異色アイドル・戦慄かなのさんだ。
幼少期に親から虐待を受けて育った彼女は、中学2年生の時に自殺未遂、高校に進学するも中退して非行に走り、少年院に送還された。文章にすればたった一文かもしれないが、想像を絶する波乱万丈の人生だ。
出所して3年が経った今、彼女はアイドルとなり、自ら立ち上げたNPO法人『bae(ベイ)』で育児放棄や児童虐待を撲滅するための活動を続けている。彼女が自分の人生を投げ出さずに、まっすぐ未来に向かって進んでいけるようになった理由は何だろうか。離婚した両親の間で揺れ動く子どもの苦悩を描いた映画『ジュリアン』の公開記念イベントに登壇した、戦慄さんに聞いてみた。
「母親を最後まで信じたかった」
映画『ジュリアン』では、張り詰めた緊張が走る繊細な家族関係が描かれる。劇中では父親がジュリアンを威圧するシーンも出てくるが、戦慄さんはこの映画をどう見たのだろうか。
「私の場合は母親に暴力を振るわれていたのですが、自分から周囲の人にSOSを出すことはできなかった。ジュリアンも同じで、鳥肌が立ちましたね」
なぜ子どもはSOSを出せないのか。一番大きいのは「親を信じたいという気持ち」だと戦慄さんは話す。自身もかつては、「母親が暴力を振るう理由はお金がないからだ」と信じ込むようにしていた。「きっとお金に困っていなければ、お母さんは自分に優しくしてくれるはず」、そんな期待を込め、違法に稼いだお金をそっと母親の財布にしまっていたという。
「両親が喧嘩する理由はたいていお金。だから、子ども心にお金はすごく大事なものという感覚がありました。お母さんが私を殴るのも、お金があれば解決するはず。どんな方法でもいいから、とにかくお金を稼いでこの状況を抜け出したかったんです」
戦慄さんが初めて少年院に入ったのは、16歳の時だった。学校ではいじめられ、まともな教育も受けられず、助けの手を差し出してくれる大人はいなかった。
「少年院に入った当時の私には、社会常識というものがまるでありませんでした。お金が欲しくて法を犯してしまったけれど、それが違法なのかどうかすら分かっていなかった。一日、一日を生きることで精一杯だったんです」
少年院に入って気付いた、自分が置かれた状況の“異常さ”
何も考えられない。感じることもできない。将来の夢なんて持ったこともない。当時の自分は「空っぽだった」。そう話す彼女は、少年院で過ごした約2年間の中で、転機を迎えることとなった。
「普通の16歳って、学校に行ったりバイトしたり、恋愛したり、いろんなことをしている頃。それなのに自分はずっと、便器と机しかない部屋で壁を見てる。これって、何なんだろうと思うようになりました」
暇を持て余す毎日の中で、彼女の価値観を変えるきっかけとなったのは、読書だった。
「少年院にいる間に、5,000冊くらい本を読んだんです。本を通じて、これまで知らなかったたくさんの世界について知りました。特に加藤諦三さんが書いた『自分に気付く心理学』という本には影響を受けました。私と親との関係を、言語化してくれた印象的な本です」
読書を通じて視野が広がり、今まで自身が置かれていた状況の異常性が浮かび上がった。自分の家庭で当たり前のように起こっていたことが、他の家庭では非常識なことだったということに、この時ようやく気付くことができた。
また、少年院で出会った大人たちも、彼女を正しく導いてくれた。最後まで自分の気持ちに向き合ってくれる大人との出会いが、戦慄さんに希望をもたらしてくれたのだ。
「これまでは親も学校の先生も、私が悪いことをしたら殴るか、謹慎処分にして追い出すか、どっちかだった。でも、少年院で出会った大人たちは全然違って、私を受け入れて最後まで話を聞いてくれたんです。そんな彼らの支えもあって、これからはちゃんと生きようって思えるようになりました」
少年院を出たら何をしよう。どんな風に生きよう。将来についてあれこれ考える中で出てきたのが、「アイドルになって皆を元気にする」ということと、「自分と同じ境遇にいる子どもたちを救う」という二つの目標だった。出所して3年が経った今、彼女はその両方を実現している。
「自分で決められる」日々が最高。もう一日も無駄にしたくない
最近では、一風変わった人生経験と、高いトーク力を武器に、TVに出演する機会も増えている。一躍注目を浴びるきっかけとなったのは、『アウトデラックス』(フジテレビ)に出演したことだった。
「マツコさんと、アウトデラックスのスタッフさんに出会えたことは、私にとってすごく幸せな出来事でした。皆さん良い人ばかりで、プロデューサーの方なんて私の成人式に来て、晴れ着姿を見て泣いてくれたんです! 実のお母さんよりもお母さんみたいでしょ? マツコさんもいつも優しくしてくれるので、感謝しています」
TV出演後は、戦慄さんが立ち上げたNPO法人『bae(ベイ)』にも、好影響があった。クラウドファンディングの収益が、以前の4倍になったのだ。
「baeは、人生を懸けてやっていきたい事業。ゆくゆくは、子どもが気軽に相談できる場所、児童館、子ども食堂みたいなもの、何か施設を作りたいと思っています。そこでは虐待されている子どもたちの保護や支援だけではなく、少年院から出た子たちの就労支援もしたい。私と同じような経験をしてしまった子どもたちにとって、良いサイクルやロールモデルをつくっていければと思っています」
使命感に燃える彼女からは、ネガティブなオーラは一切感じられない。自分の過去を憂いたり、「私は幸せになれっこない」と自分を卑下していても、人生は何も変わらないと知ったからだ。
「食べたいものを食べるとか、行きたいところに行くとか、何もかも自分で選べる幸せを今は噛み締めています。それができない世界をよく知っているから、『自分で決められる』ってことがいかに大事なことか分かるんです。だから、せっかく何でもできるのに、クヨクヨしながら毎日を過ごすのはもったいない。やりたいことをやって、一日も無駄にせず人生を謳歌していきたいですね」
取材・文/大室倫子 栗原千明(いずれも編集部) 撮影/赤松洋太
映画情報
映画『ジュリアン』2019年1月25日(金)よりシネマカリテ・ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国公開中
監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン
製作:アレクサンドル・ガヴラス
撮影:ナタリー・デュラン
出演:レア・ドリュッケール ドゥニ・メノーシェ トーマス・ジオリア マティルド・オネヴ
配給:アンプラグド
©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
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