06
MAR/2019

「やりたいことがみつからない」焦り苦しんだ20~30代を抜けた40代女性が今思うこと【城みのり】

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「好き」や「得意」を仕事にしやすい世の中になった。SNSで発信しながら“自分ブランド”を確立し、必要があればお金はクラウドファンディングで集められる。

「好きなことを極めよう!」「やりたいことに挑戦しよう!」

そんなメッセージが溢れているけれど、じゃあ、それが分からない人はどうしたらいい? 自分の好きなものや、得意なことが分からない人にとって、今の社会は少し苦しい。「“何か”を見つけなければ!」と焦るような気持ちを抱いてしまう。

株式会社グローバル・カルテットの城みのりさんも、かつてはそんな女性の一人だった。今でこそリサーチ会社の代表取締役を務めているが、20~30代は「“何か”を見つけたいのに、どうしたらいいか分からない暗黒期だった」と振り返る。

城さんはどうやって、その“何か”を見つけたのだろう。

株式会社グローバル・カルテット 
代表取締役
城 みのりさん

学生時代よりスポーツ現場を中心にフリーランスアナウンサーとして活動。2002年、インターンシップで渡米した後に、米アパレルメーカーの国外ライセンス管理を行う事業会社を共同設立。08年に帰国に先立ち事業譲渡し、帰国後は事業会社でマーケティング部のアシスタント業務に就き、その後コンサルティングファームのバックオフィス業務、マーケティングリサーチ会社にてマーケティングリサーチャーとして勤務。出産、育休を経て職場復帰するも16年8月に退職し、フリーランスのリサーチャーに。18年3月、グローバルリサーチ&アウトプットのスペシャリスト集団、グローバル・カルテットを設立

大好きなスポーツのレポーターになったけど、やりたいことがなかった

私は43歳で独立したのですが、それ以前の10数年間はずっと、「何がしたいのか分からない」状態でした。

大学時代はスポーツ番組のアシスタントレポーターをやっていて、卒業後もフリーランスのアナウンサーとして、スポーツの現場で仕事を続けていました。元々スポーツ観戦が好きだったので、「夢を叶えた」という感覚もあったんですけど、今思えば、レポーターになることがゴールになってしまっていたんですよね。「この世界でこんなことがしたい」という目標がなかった。

仕事も順調とは言えず、「こんなに一生懸命やっているのに、どうして仕事がこないの?」と焦るような気持ちが常にありました。努力が足りていなかったことにも、そもそも努力の方向性が間違っていたことにも、気が付いたのは随分あとになってからです。

城みのり

例えば、私は毎日8~14時で二軍の練習に行って、14~23時まで一軍のナイターを見て……と、朝から晩まで球場に通い詰めていたんですね。でも、それだけ球場に通っているからといって、たくさんレポートするネタが得られるわけではないんです。だから「いつも球場にいるのに内容が薄い」という評価になってしまう。選手たちと信頼関係は築けたけれど、仲が良いだけで終わってしまっていたんですよね。

そんな感じで大した成果もなく、フリーだったから指導してくれる人もいなくて、手探りでやっていたらあっという間に6年が過ぎちゃった。同時に、当時の日本のスポーツレポーターには「30歳引退説」があって、30歳が近づくにつれて、なんだか居場所がなくなっていくような感覚もありました。

そうして29歳の時、逃げるように渡米して、現地でレポーターの仕事を始めました。環境が変われば状況も変わるんじゃないかと思ったけれど、当然、そんな甘いものではありません。今思えば、そもそもレポーターという仕事への情熱がなくなっていたんだと思います。

苦手意識に蓋をしていたから、得意なことにも気づけなかった

もう30歳なのに、私には何もない。そんな焦りを抱いていたある日、毎日行くスタバで顔見知りになったアメリカ人の女性から、「一緒に起業しない?」と声を掛けられました。とても怪しいですよね(笑)。でも、当時は本当に崖っぷちで、何より変化を求めていたんです。だから一緒に仕事をすることに決めました。

こうしてアパレルメーカーの国外ライセンス管理を行う会社を共同設立したものの、それでも事態は好転しませんでした。アシスタント業務ばかりで、一人で何かができる実力は全然身に付かなかったんです。「このままじゃダメだ」と言う気持ちが強くなって、結局4年半で帰国。

城みのり

「アメリカで現地女性と起業した」って聞くとすごいと思うかもしれませんが、当時私は35歳です。同世代女性の多くは、13年間しっかり専門性を身に付けて、マネジャーになっている。自分をアピールできるものが何もなくて、就職活動は思った以上に苦戦しましたし、実際に働き始めてからも、自分のレベルの低さを痛感する毎日でした。周りには自分よりできる人ばかりで、もともと低かった自己肯定感がさらに低くなっていく。

結局、43歳で独立するまでに3社でアシスタント系の業務を経験しましたけど、「自分に向いてる仕事」や「やりたいこと」を求めて、30代後半はずっと焦っていたような気がします。何かを探したいのに、何をしたらいいのか分からない。とにかくがむしゃらに目の前のタスクを一つ一つやっていく日々は、暗黒期だったなぁと思います。

そんな私が“何か”を見つけたのは、40歳を過ぎてから。

当時はマーケティングリサーチャーとしてリサーチ会社で働いていたのですが、ある時、「あなたの資料は見やすい」と社内の人から言われたんです。「つまりそれ以外の仕事はダメってことか……」と思ってしまうくらい自己肯定感が低いタイプなのですが、クライアントからも「あなたに今後も資料を作ってほしい」と言っていただいたんですね。

私は数字が羅列されている資料をパッと見て理解をするのが苦手で、その分、ビジュアルでわかりやすく可視化するのは上手だったんです。ただ、当時はそのことを自覚していなかったんですよ。40歳にもなって不得意なことがあるのを認めたくなくて、苦手意識に蓋をしていたから、得意なことにも気づけなかった。

城みのり

でも、周りの人に評価されたことで資料作成の業務が増えていったら、どんどんその仕事が好きになって、同時に苦手だった業務を手掛ける機会が減って、いずれ苦手なことがあるのを忘れました(笑)

そうやって自分に向いている業務が分かったら、進むべき方向は自然と見えてきましたし、苦手な仕事は他に人に潔く任せられるようになった。仕事はすごく楽しくなりましたね。今では「得意で好き」なことだけをやっているから、ものすごく自信が持てるようになりました。

「何でも自分でやらなければ!」と、ずっと肩に力が入っていたけれど、多分、もっと早くに負の感情を出せばよかったんですよね。できないことや苦手なことをひた隠しにする必要はなかったし、助けてもらえるところは助けてもらえばよかった。そんなことに、40代になってようやく気付きました。

「劣等感を克服しよう」と一生懸命にならなくていい

今は特に「好きなものを見つけよう」「強みを生かそう」というメッセージがあふれていますから、それが分からない20~30代女性の焦りは相当なものだと思います。

そんな人は、仕事や趣味で自分がやっていることを書き出して、「得意・不得意/好き・嫌い」でマトリックスを作って、マッピングしてみるといいですよ。20代後半にもなると、それなりにやれることは溜まっていると思うんです。女性はどうしても過小評価しがちですから、3割増しくらいで評価するとちょうどいいんじゃないかな。

城みのり

そうするとできることが可視化できるし、「得意×好き」に分類されたものを掛け合わせれば、自分のポテンシャルに気付けるかもしれない。作ったマップを上司や先輩に見てもらえると、より良いですよね。過大評価は修正すればいいし、「これは得意なんじゃない?」と言ってもらえれば自信になる。

私がそうだったように、自分の強みに自覚がないこともあるものです。今思えば、私は腰が重くて、人から「向いていそうだからやってみたら?」と乗せられて、初めて行動するタイプ。それなのに20~30代の頃は、そういうのは流されているような気がして嫌だったんです。「何事も自分で見つけることに価値がある」っていう、変な思い込みがあったような気がします。

でも本当は、流されたっていいんですよ。流される先が楽しそうなら、身を任せてみたっていい。流されるかどうかを決めるのは自分なんですから。

それに「自力で頑張らなければいけない」「会社員だから我慢すべき」みたいな“あるべき論”は、自分を苦しめるだけです。「こうあるべき」を取り払って、「楽しそう」や「快適そう」といった直感を大切にするのは、全然悪いことじゃない。むしろ自分の「好き」や得意を見つける上で、とても大切なことです。

そしてもう一つ今思うのは、劣等感を克服しようと一生懸命にならなくていいっていうこと。「同年代の人たちはあんなにできるのに、私にはできないことがいっぱいある」って落ち込むこともあるけれど、劣等感を抱くこと自体は、けして悪いことじゃない。20〜30代の女性たちにも、そして当時の自分にも、「ほどほどでいいんだよ」っていうのは言ってあげたいですね。

取材・文・構成・撮影/天野夏海 

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