つっぱり棒博士「私は出産直前まで働きたい」 老舗企業を継いだ30代社長が考える“私らしい育休”のカタチ

【特集】
「私らしい育休」って何だろう?

出産後も働き続ける女性は増えたけれど、育休後のキャリアには何となく不安がつきまとうもの。「育休期間をどう過ごすべき?」「復職後もやりたい仕事を続けるにはどうしたら…?」 本特集ではそんな疑問に答えていきます。

突っ張り棒を主力とする家庭向け収納用品の開発メーカー、平安伸銅工業株式会社。

特別な道具や技術がなくても誰でも安全・簡単に利用できるDIYパーツブランド『LABRICO(ラブリコ)』など、女性人気の高い商品を数多く手掛けている。

同社で代表を務めるのは、“つっぱり棒博士”として各種メディアでも活躍中の竹内香予子さん(37)。あらゆるつっぱり棒を熟知し、新しい使い方を提案している。
 

竹内さん

【Profile】竹内香予子(たけうち・かよこ)さん
つっぱり棒博士。突っ張り棒の業界トップシェアの収納用品メーカー「平安伸銅工業」三代目社長。あらゆる突っ張り棒を熟知し、自宅では150本以上の突っ張り棒を活用し、新しい使い方を探求している。そんな自身のライフスタイルを、「つっぱり棒博士」として発信。突っ張り棒に関する著書『家中スッキリ片づく!「つっぱり棒」の便利ワザ』(青春出版社)をはじめ、『あさイチ』(NHK)、生活情報誌『ESSE』(扶桑社)などメディアにも多数出演している
■インスタグラム:takeuchi_sasai_kayoko

現在、竹内さんは妊娠7カ月(2020年3月現在)。経営者という立場上、かつては妊娠・出産に対して後ろ向きな時期もあったという。

妊娠によって自分がいなくなったら会社はどうなるのか。今は子どもより仕事を優先すべきなのではないか……。夫婦で考え抜いた末、一時は妊活を見送った。

それから数年。会社の業績が安定して経営基盤も整った2019年、妊活を開始。約半年間の治療を経て第一子を妊娠した。

だが、周囲を見渡しても、女性経営者が産休・育休を取った人はまだまだ少ない。産休・育休に入るための準備は、全てが手探り状態だ。

「社員に会社を任せる」

チームメンバーに仕事を委ねる決断をした竹内さんが考える、“私らしい育休”とは?

一度は見送った妊活。夫婦で何度も話し合いを重ねた

――ご自身は、妊娠が分かった時、どんなお気持ちでしたか?

ほっとしました。病院に通って妊活をしていたので、妊娠したこと自体に不安はなくて。

むしろ、妊娠後に経験した体調や気分の変化の方が動揺しました。日々変わっていく自分の状況と仕事と、バランスを取るのが難しかったので。

――経営者という立場上、「産休・育休で職場を離れられない」と感じていた時期もあったそうですね。

竹内さん

セミナーでつっぱり棒の正しい使い方を説明する竹内さん

そうなんです。2010年に結婚して家業を継ぎ、14年からは夫も会社の一員として加わって二人三脚で経営を続けてきました。

妊活について話し合うこともありましたが、当時は仕事が忙しく、「会社の業績をどう好転させるか」ということに、二人とも精一杯で。

特に私自身が、自分の時間を妊娠・出産に割くことに不安を感じていました。自分が今会社から離れてしまうのは、経営上のリスクだと考えていたからです。

会社を人に任せられると思えるまでは、仕事に集中したい。夫婦で話し合い、「妊活はまた後で」ということになりました。

――妊娠を先延ばしにすることについて、不安はありませんでしたか?

実際、そのことについてはよく考えました。

仕事を優先して妊娠を先延ばしにした結果、自分に子どもを産む能力がなくなってしまったらどうする?って。

他人からそう問われたこともあるし、夫婦間でもそれでいいのかは何度も話をしました。それでも、私たちが出した結論は「今は仕事を優先すべき」ということだったんです。

子どもがいない人生も、それはそれでいいと判断したんです。そこまで二人で意見をそろえられたからこそ、当時の決断に後悔はありません。

社長の妊活宣言で社内に起きた変化

――では、そんなお二人が「妊活を始めよう」と思えた転機は何だったのでしょう?

二人に妊活の意思が固まったのは、「会社が新しいフェーズに入った」と感じられた時でした。

17年に『LABRICO』、18年に『DRAW A LINE(ドローアライン)』というブランドを発表し、このラインがヒットして会社の売上が30億円に到達。売り上げも上向きになりました。

竹内さん

150本以上のつっぱり棒が使われているという竹内さんの自宅。『LABRICO』『DRAW A LINE』商品もふんだんに活用

さらに、18年末には会社の新しいビジョン、バリューも策定。次の主力商品は何か、次に“チーム平安”が向かうべきところはどこか、経営者として道筋を示すことに全力で取り組みました。

そこで、当社の経営もこれまでのようなトップダウン方式ではなく、社員一人一人が主体的に会社づくりに携わっていくようなやり方に変えたいと思ったんです。

そのためには、妊娠出産で私が現場を離れることが、結果的に現場への権限移譲や社員の自律につながる。そう考えて、「今がチャンス!」と、2019年6月に妊活を始める宣言を社内にしました。

――社長の妊活宣言は、なかなか珍しいですね。情報をオープンにして、よかったと感じることは?

皆さんにすごく助けていただけましたから、私には良いことだらけでしたよ。

妊活中は通院のために遅刻・早退することもよくありましたし、ホルモン剤の影響でしんどい時もありました。周囲の支えなくしてこの時期を乗り越えるのは難しかったと思います。

竹内さん

平安伸銅工業の皆さん。家族も一緒に

約半年の治療で無事に妊娠できて、その後はお腹の赤ちゃんの心拍が確認できた段階で全社に妊娠を発表しました。

――通常、安定期に入ってから報告する方が多いですよね。

そうですね。ただ、私の場合はやっぱり社員の協力なくして業務がこなせない状況だったので、早めに伝える方がよいと考えたんです。

――社員の皆さんの反応は?

祝福、応援のメッセージをたくさんもらいました。中には、「かよこさんが平安伸銅工業での育児出産でのロールモデルとなります。後に続くスタッフのためにも、無理はしないでください」という声もあって。

そう言っていただけたのは、すごくうれしかったですね。

――社内メールでご自身の体調等について定期的に発信しているそうですね。

はい。妊活に入った時から、“ウィークリーカヨコ”というメール配信を社内向けに開始しました。

私の妊娠を機にこれまでのようなトップダウン経営をやめ、社員みんなが自律的に働ける組織に会社を変えていくには、一人一人の意識改革が大切だと思ったことがきっかけです。

「ウィークリーカヨコ」には、私が経営者として大事にしていること、心を動かされたこと、日々感じていることなどを書いています。

自分の価値観を知ってもらうことで、会社の将来像を一緒に描いていってもらえたらという期待を込めていますね。

竹内さん

緑が豊かな平安伸銅工業のオフィス

「出産日の直前まで働きたい」

――では、出産前後の働き方について、今はどのように考えていますか?

昨年12月に安定期に入ったので、出産前後の計画を整理しました。そこにまとめた内容は、次のようなものです。

・自分は出産日の直前まで仕事がしたい。一方、不確実なことも多いので、体調管理には細心の注意を払う
・万が一の入院に備え、前倒しで仕事の引継ぎを済ませる
・出産予定日の一か月前からは、いつでも入院できるように予定を完全に空けておく
・予定が狂ったときは、仲間に仕事をお願いし、任せる。その代わり、復帰したら全力で恩返しする
・出産後のことは、子どもの個性や産褥期の回復にもよるので、とりあえず半年は仕事ができないことを前提に産休に入る準備をする
・出産までにシッターや保育制度のリサーチ、両親の協力などの体制を整え、できる準備は出産前に終わらせる

上記のことを社内のマネジャー会議でも発表し、不安がないかヒアリングしてから全社に共有しました。

――「出産直前まで働きたい」と経営者の立場で発信することに、迷いはありませんでしたか?

そうですね、少なからず社員に与える影響はあるのかなと思いつつ、これはあくまで「私の場合」だと伝えていくことが大事かなと思っています。

以前、SNSでも書いたのですが、医師に聞いたところ「経営者の産休・育休にルールはない」そうなんです。

>>女性経営者の育休って何?

・一般の会社員のように雇用されて働く人は、自分で働き方を決めることができないため、母体保護の観点などから休めるルールが定められている

・一方で経営者は、自分で働き方を決めらるので、自分がしんどければ休めばいいし、体調が良ければ自己判断で生まれるまで働いていい

ということだそうです。

――なるほど。その人の立場や価値観によって、産休・育休のあり方は違うということですね。

はい。体調の面でも、つわりがひどい人もいれば、軽い人もいる。無理をすると切迫流産や早産をしてしまう人もいる。「答えは一つじゃない」ということを、社会全体がもっと自覚する必要があると思います。

私の選択も、あくまで事例の一つ。皆がそうすべきということではないんです。

ただ、いろんな事例があることを知っておくのは大事ですよね。「産休育休ってこういうものなんだろうか……」ってモヤモヤしながらその期間を過ごしたくはないですから。

事例をたくさんインプットした上で、自分にフィットする方法を選んだり、組み合わせたりしていけばいいと思います。

――復職後の働き方も、また人それぞれですしね。

はい、育児も「十人十色」です。各家庭によって出産後の状況はかなり違いますし、画一的な対処法はありません。

ですから、復職後のことを考えていくら綿密な計画を事前に練っていても、あまり意味はないのかも、と最近は感じています(笑)

未来に何が起こるかは分からないので、結局、その場その場で対処していくしかない。家族と一緒に最適解を探っていけるといいなと思います。

竹内さん

「私らしい育休」過ごすために大事なのは自己開示

――経営者としては、社員の育休をどうとらえていますか?

私もかつては「自分が会社を離れたら迷惑をかけてしまう」と考えていた一人ですが、妊娠・出産を申し訳なく感じる必要はないし、せっかく機会に恵まれたなら、その期間を存分に自分と家族のために生かしてほしいと思っています。

そして、育休を経て会社に戻ったときに、できることから組織に貢献してくれたら、何の問題もありません。

一方、経営者の立場から見ると、誰かが育休に入ったり時短勤務を選択した場合、フルタイム勤務の他の誰かが仕事をカバーしなければいけないという事実は否定できません。だからこそ、自分の仕事をフォローしてくれる人に、感謝の気持ちは持っておきたいですね。

――ご自身の経験を踏まえ、「私らしい育休」を過ごすために、今大事だと思うことは?

先ほどお話したことと重なりますが、妊娠・出産・子育ては各家庭の状況や、人それぞれの考え方によって正解が異なります。

ですから、「自分はどうしたいのか」をはっきりさせることと、それを周りに知って理解してもらうことが大切なんじゃないかと思います。

竹内さん

妊娠期間中も、出産後も、周囲の人の助けが必要になるシーンはたくさんあります。だからこそ「言わなくても分かってほしい」で片付けず、自己開示していく必要があるんじゃないか、と。

・自分がやりたいと思っていること/実現したいこと
・自分にできること
・自分だけではできないこと

この3つが他の人から見ても明らかになると、協力も得やすくなるし、お互い気持ち良く働いていけるはずです。

だれかに助けてもらうことは、申し訳ないことではありません。今すぐじゃなくても、違う時に困っている人がいれば、自分から手を差し伸べてあげればいい。

そうやって助け合いが巡り巡って、皆さんが良い産休・育休期間を過ごせたら素敵ですね。

企画・取材・文/栗原千明(編集部) 画像提供/竹内香予子さん