デンマークに根付く「8:8:8」のワークライフバランスとは? 現地で働く起業家・岡村彩さんに聞く幸せに働くためのヒント
この連載では、デンマーク在住ライター小林香織が海外で自分らしく働く女性たちのライフストーリーを紹介。女性たちが幸せに働き、自由に生きていくためのヒントを発信します!

純日本人でありながら、生まれも育ちもデンマーク。そんな岡村彩さんは、デンマークと日本、2カ国のアイデンティティーを併せ持つ自分自身の強みを生かして、大学院卒業後、一度も就職せずにデンマーク・コペンハーゲンで起業しました。
「日本×デンマーク」「デザイン×ビジネス」という視点から、主にデンマークのデザイン企業の日本進出や日本企業の海外進出を支援しています。
デンマークを含めた北欧は、世界の幸福度ランキングで常に上位にランクインし、女性活躍の先進国としても有名です。
岡村さんによれば、「デンマークには、8:8:8のワークライフバランスが根付いている」とのこと。
デンマークの女性は、どのようにして自分らしい働き方を叶えているのでしょうか? 10年以上にわたり現地で働く岡村さんに「女性が幸せに働くヒント」を伺いました。

岡村 彩(おかむら あや)さん
ayanomimi代表。デンマーク、コペンハーゲン生まれ・在住。日本人の両親のもと、デンマークの教育を受けて育つ。コペンハーゲン商科大学大学院(慶應義塾大学商学研究科)で経営学を専攻。2009 年にインキュベーションオフィスCopenhagen School of Entreprenuershipの一期生となり、ビジネスコンサルティング企業ayanomimi を設立。日本語、デンマーク語、英語でビジネスがスムーズに進むためのコミュニケーション、イベントプロデュース、ブランディング、ビジネスのコーディネート、企業戦略のアドバイスなど幅広く行う
https://ayanomimi.com/ja/
一度も就職せず、大学院卒業後にデンマークで起業

デンマークの北に位置する静かな街「Helsingør(ヘルシンオア)」の風景
——岡村さんは日本人でありながら、デンマークで生まれ育ったそうですね。まずは、バックグラウンドについて伺えますか?
私の父は、1970年代の初めにデンマークにデザイン留学した後、現地でデザイン事務所を立ち上げました。
私は幼稚園からずっとローカルの教育を受けて育ち、外ではデンマーク語、家では日本語を話すような生活をしていました。
生活拠点はコペンハーゲンでしたが、父の仕事の関係で多くの日本人の方とお会いする機会があり、幼い頃から何度も日本を訪れていましたし、日本とのつながりも濃いんです。
デンマークの文化的背景を持ちながらも、協調性が高い、人とのつながりを大切にするといった日本ならではの良さは両親やこれまで出会った日本人の方から受け継いでいるし、“日本に帰る”という感覚もあります。
デンマークも日本もどちらもホームで、どちらも大好きです。
——ホームだと思える国が2つもあるのは、なんだかうらやましいです。岡村さんは2009 年にデンマークで起業されたとのことで、現在の仕事内容を伺えますか?
デンマークの中学、高校、大学、大学院と進学し、一度も就職することなく、デンマーク・日本間のコンサルティングと企画プロデュースを手掛ける「ayanomimi」を創業しました。

主にクリエーティブ業界のプロジェクトマネジメントやビジネスサポートを担当しているのですが、最近はテクノロジー分野のお仕事も増えてきましたね。
——一度も就職せずに起業する道を選んだのは、なぜでしょう?
デザイン事務所を経営している父の影響で、自分でビジネスをするイメージが湧いていたことと、高校生ぐらいから「デンマークと日本をつなげるビジネスをしたい」という起業家マインドがぼんやりとあったから、でしょうか。
私はコペンハーゲン商科大学院の経営学部を卒業したのですが、在学中に学生や卒業生が無料で使えるインキュベーションオフィスがキャンパス内に立ち上がったんです。
インキュベーションオフィスとは起業家がサポートを受けられる施設で、働くための場所を提供してもらえたり、自分のビジネスに対してアドバイスをもらえたりする施設で、当時はまだデンマーク内でもめずらしい存在だったと思います。
私の大学のインキュベーションオフィスにもメンターが在籍していて、ビジネスに関するフィードバックをもらえる好条件の環境があったので、この場所を利用してリスクなく起業することができました。
ここは大学の費用と国の税金で運営されていて、現在はデンマーク内の他大学にも存在します。
——教育費が無料で、大学在学中に生活支援金まで支給されるデンマークの法律はすごいと感じていましたが、2009年時点でインキュベーションオフィスが誕生したのも先進的ですよね。
国民の高負担によってまかなわれているものではありますが、日本に比べると教育に注力していますよね。大学や大学院を卒業してすぐの起業は、こちらでもメジャーではありませんが、「まずはやってみよう。もし事業が続けられなくなったら、自分次第でキャリアを変えられる」と思えたんです。
時間をかけて探りながら、自分の道をつくってきた
——オリジナルのビジネスをご自身の手でつくるのは簡単ではないと予想します。特に困難だったことは何ですか?
自分が「やりたい」と思う事業を選んだので、「大変だった」と感じたことはないのですが、葛藤を感じた時期はありました。
というのも、デンマークと日本をつなげるといっても同時に2つの国に滞在することはできないので、拠点をどこに置くべきか悩んでしまって……。
テーマに沿うコワーキングスペースを東京で立ち上げようかと考えて、実際に物件を探した時期もありましたが、結果的にコペンハーゲンを拠点にしようと決めました。
いる場所にこだわるよりは、両国に信頼できる仲間を増やすことに専念して、彼らとの連携を強化することで、私がその場所にいなくてもクライアントに価値を届けられるなと思ったから。
この「拠点をどこに置くか」という課題が完全に解決したわけではないのですが、試行錯誤する中で見えてきたayanomimiの在り方は、仲間を増やしていくことでした。プロジェクトごとにチームを作って、柔軟な体制で取り組んでいます。

岡村さんが利用しているコペンハーゲンのコワーキングスペースにて
——今は「1社に長く務めること」がスタンダードではなくなってきましたし、会社員とかフリーランス・起業家などの立場にかかわらず、「安定して仕事を続ける」のは、大きな課題だと感じています。岡村さんの場合は、事業を安定させるためにどんな努力をされていますか?
私は大学と大学院で経営学を学び、大学院時代に起業準備として「日本とデンマークのビジネスの状況」をテーマに卒論を書き、当時からクライアントになりそうな企業に名刺を配っていたんです。
特にデンマークのクリエイティブ業界に関して言うと、日本を輸出先として狙っている企業が多いので、営業はしやすいと感じました。こうやって存在をアピールしていたことで、スタート時から事業を軌道に乗せることができたのかなと思います。
——深い思いがベースにありつつも冷静な視点も併せ持ち、戦略的に進められた部分もあるのですね。
加えて、セオリーだけでなく私自身のバックグラウンドを生かした、私ならではの価値を提供することを大事にしています。
例えばデンマークと日本間のミーティングでは、英語では伝わらない微妙なニュアンスや文化的背景からくるビジネスの慣習の違いをそれぞれの母国語で説明するなど、通訳プラスαで役立てるように心がけていますね。これは、多くのお客さんとやり取りを重ねる中で見えてきた「私だからできること」だと思っています。
デンマークと日本の国交150周年にオリジナルプロジェクトを発足
——これまで手掛けたプロジェクトで、特に印象的だったエピソードを伺えますか?
日本とデンマークの国交150周年を記念して、2017年に発足させた自社プロジェクトですね。普段は目に見えないプロデュース業に専念していますが、形に残るものを作りたいという思いがあり、オリジナルデザインのバースツール(背の高いイスの一種)を製作しました。
家具を一からデザインして、デンマークで生産・販売し、さらに日本に輸出するところまでを自社で手掛けたのですが、すべてのストーリーに必要な仲間を集めて、最終的に形になった時は本当に感慨深かったです。
イスのデザインは父の事務所に依頼したので、初めての親子コラボも叶いました。現在、私が利用しているコペンハーゲンのシェアオフィスでも使ってもらっています。

ayanomimiでプロデュースしたオリジナルのバースツール「Olive Barstool」
——それは達成感がありそうですね!
忘れられない仕事ですね。最初のアイデアから2年が経った今も、この商品をキッカケにたくさんの出会いが生まれていて、新たな扉を開いてくれたプロジェクトでもありました。
——アグレッシブにご自身のやりたいことを叶えられている岡村さんが感じる「仕事のやりがい」とは?
今お伝えした自社発の家具製作のように、頭に描いていたアイデアを実現させたり、新たな視点で提案した企画が採用されたり、日本とデンマークをつなげるにあたって「新しいつながり方を開拓できた」と思えた瞬間は、すごく楽しいしやりがいを感じています。
デンマークに根付く「8:8:8」の理想的なワークスタイルを実践
——デンマークは世界的に見てもワークライフバランスが突出している国で、17時を過ぎた頃から多くの人が帰宅の途に着くのが印象的です。岡村さん自身は、ワークライフバランスを保つために、どんなことを意識していますか?
デンマークでは、「8:8:8」が理想的なワークライフバランスと言われていて、これは「仕事・自分の時間・睡眠時間」にそれぞれ8時間ずつ使うことを意味します。
100年以上前から労働組合が推進している方針なのですが、私もこのワークライフバランスを保つように心掛けています。私の場合は2つのシェアオフィスと自宅の作業スペースを仕事場にしていて、その日の仕事内容やプライベートの予定、体調などに応じて使い分けていますね。
おっしゃるとおり17時を過ぎると一気にオフィスから人がいなくなるし、夕食は自宅で食べるのが一般的です。
——日本では「締め切りに間に合わせるため」とか、「仕事にこだわるあまり時間を要してしまう」などの理由で残業する人が多い気がしますが、こちらでは仕事が残っていても切り上げて帰るというマインドなんでしょうか?
というよりは、決められた時間内に終えられるように「ムダなことはやらない」という意識が強いと思います。極力オンラインミーティングや電話で打ち合わせを済ませたり、情報共有のためのインフラを整えたり、部分的にアウトソーシングを活用したり。
あとは、「自分の担当業務以外は関与しない」という割り切った考えもあるかなって。昼休憩もダラダラせず短時間で終えますし、とにかく合理的に働く人が多いですね。

——「何のためにやるのか」を常に意識して、作業効率を上げるのは重要ですよね。デンマーク人はビジネスにおいて、「これはできない」「やりたくない」と自分の意見をハッキリ主張すると感じますが、これも労働時間を短縮することにつながっているのでしょうか?
そうだと思います。あと、社員の裁量が大きくて、そもそも「やらない」という判断を担当者レベルでできる場合が多く、そのあたりのマインドセットは日本とデンマークの大きな違いかもしれません。
私も自分で仕事量をコントロールできますが、一時的には長時間労働ができても長期的にはキツいので、自分のキャパを超えそうな場合はアウトソーシングするなど、うまく調整しています。
——日本では裁量の大きさはそれぞれの企業に委ねられていて、一会社員ではコントロールが難しいところはあると思いますが、一つ一つの仕事の「目的」を明確にして最適な方法を見つける努力をすることは大事かもしれませんね。
私が実践していることで言うと、スケジュールを組む段階で残業や休日出勤を想定せず、多少の余白をもたせておくこと。それに加えて、プロジェクトメンバーなどサポートしてもらいたい人たちとのコミュニケーションを意識的に多く取るようにしています。情報共有はもちろん、ちょっとした雑談なんかも。
そうすることで、常に顔を合わせていなくても、いざサポートが必要になったときに自分を理解してもらいやすい状態が自然とできているので。なるべく間を空けずに、少しずつコミュニケーションを取るようにしています。
——岡村さんの将来的なゴールや、やりたいことを聞かせてください。
今の事業をライフワークとして継続していきたいという思いはベースにあります。
その上で、2009年から10年以上に渡ってデンマークと日本に携わる中で得てきた知識を、もっと多くの人にシェアしたいという思いが芽生えてきていて、今年からポッドキャストを始めてみようかなって。
グローバルなビジネスに興味を持つ日本の方たちに、少しでも役に立つ情報を届けられたらと思っています。
——ご自身の体験から、「自分らしい働き方」を実現するためには、何が必要だと思いますか?
未完成な考えでもいいから、自ら発信する勇気を持つこと。少しでもやってみたいことがあったら、完璧な計画がなくても、スキルが足りなくても発信する。未完成、かつ迷っている人には手を差し伸べてくれる人が現れるもので、まさに起業前の私がそうでした。
大学院時代、完璧な起業プランはなくても「デンマークと日本をつなげたい」という自分の思いを多くの人に伝えたことで、フィードバックがもらえたり、素敵な人を紹介してもらえたり、情報も人も自然と集まってくるようになりました。
自分らしく働ける居場所を見つけるには、キッカケが訪れるのを待つより自分から気持ちを発信することが早道かなって。これからも、ためらわずに好きなこと、興味があることをどんどん伝えていきたいと思っています。

フリーライター/広報PR 小林香織
1981年、埼玉県生まれ。高校を卒業後、エンタメ業界に就職し、約10年制作進行を務める。その後、「編集・ライター養成講座」に通い、33歳でライターデビュー。2016年にフリーランスライターへ転身、「働き方・旅・ライフスタイル・IT」などの分野で800以上の記事を執筆。2017年から「旅と仕事を両立するライフスタイル」を開始、これまでに14カ国を訪問。東南アジアでの短期移住を経て、2020年からデンマークに本格移住。海外フルリモートワーカーとして現地取材を含めた執筆や企業のPRサポートを担当。「カフェ」「旅」「テクノロジー」が好き
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文/小林香織
『「自分らしく働く」世界の女性たち』の過去記事一覧はこちら
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