薬剤師から恋愛相談のプロへ。ものすごい愛が語る“生活ファースト”の仕事観。「自己実現なんてしなくていい」

Twitterのフォロワーは10万人以上。複数の媒体で連載コラムを持ち、書籍も出版している人気エッセイストのものすごい愛さんを、「夢を叶えた人」だと思う人は多いかもしれない。

愛さんのもともとの職業は薬剤師。きっと、やりたいことを叶えるために、大胆なキャリアチェンジを決意したのだろうーー。そう思って話を聞くと、全然違っていた。

仕事は生活のためにするもの。穏やかな暮らしが一番。「仕事で自己実現なんて目指さなくていい」と飄々と語る。

そんな彼女はなぜ、人気エッセイストになれたのか? これまでの歩みとともに、ものすごい愛さんの仕事観を尋ねた。

ものすごい愛

ものすごい愛さん
エッセイスト、薬剤師。心身ともにド健康で毎日楽しく暮らしている。最愛の夫との仲良し生活を綴ったツイートで人気を博す。AM『命に過ぎたる愛なし』、大和書房WEB『今日もふたり、スキップで』にて連載中。その他、様々なメディアにエッセイを寄稿。著書に『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)、『命に過ぎたる愛なし ~女の子もための恋愛相談』(内外出版社)がある◆オフィシャルサイト ◆Twitter:@mnsgi_ai

普通にご飯を食べられる「穏やかな暮らしがしたい」

ーー愛さんはエッセイストになる前、なぜ薬剤師になろうと思ったのですか?

ものすごい愛

もともと、やりたいことなんて何にもなくて。親に「とりあえず大学に行って、資格を取りなさい」と言われたんです。そうすれば好きなところに住めるし、仕事が辛くなったときに転職もしやすいからと。

それで浮かんできたのが薬剤師。手に職で、安定して働けそうだったから。

ーー薬剤師という職業へのこだわりはなかったんですね。

ものすごい愛

「仕事に人生を懸けたい」みたいな思いが、当時からあんまりなかったんですよね。好きなものはありましたけど、それを仕事にするために努力するほどのエネルギーがあったわけでもなかったので、趣味として楽しもうと。

普通にご飯を食べられて、給料日に欲しかった服を買えて、週末は友達と飲みに行けて……という穏やかな暮らしがしたいと思っていたので、仕事は何でもよかったのかもしれません。

ーーなるほど。でも薬剤師の資格を取るのって大変ですよね?

ものすごい愛

留年も国試浪人もしたので、薬剤師になるまで8年かかりましたから、最後の方は吐きそうでしたね(笑)。ここまできたらもう後戻りできないし、「国家試験にさえ受かれば自由だ!」と自分に言い聞かせて乗り越えましたが、もう二度と勉強はしたくないです(泣)

ーー実際に薬剤師として働いてみて、どうでしたか?

ものすごい愛

就職後は、ドラッグストアで働いていたんですが、忙しかった記憶しかないです。めちゃくちゃ激務。でも人と喋るのは好きでしたし、体力もあったので、楽しかったですね。人間関係には恵まれていたので、メンタルを病むようなこともありませんでした。

ーー激務であることを除けば、当時の職場に不満はなかったのですね。では、なぜその後エッセイストに?

ものすごい愛

意味分かんないですよね?(笑)

きっかけは夫の一言でした。当時は休日もどこにも行けないくらい疲れていて。泥のように眠って、体力を回復して、朝から晩まで働く、の繰り返しだったんです。

当時わたしは「働くってこういうもんでしょ」と疑問は抱いていなかったんですが、そんな状態の私を見た夫が「仕事辞めれば? なんでもいいから好きなことをして過ごしなよ」と言ってくれて。

ーー自分の状況って、人から言われないと気付けなかったりしますよね。

ものすごい愛

そうなんです。普段は私のやっていることに何も言わない穏やかな人なんですが、そんな夫が口を出してくるなんて、よっぽどなんだなと。

で、辞めました。もともと共働きだったし、夫がわたしが好きなことをして過ごすために生活費を負担すると言ってくれたので、それに甘えさせてもらいました。

ものすごい愛

それで次に何しようかなと思っていた時に、私のTwitterやブログを見たKADOKAWAの編集さんが「本を出しませんか?」と連絡をくれたんです。

立て続けに、『AM』の編集さんも「連載でコラムを書きませんか?」と声を掛けてくれました。

その時は、「やったことないから、試しにやってみようかな?」ぐらいの気持ちで始めましたね。

ーーものすごい愛さんはエッセイストを「目指してなった」というよりは、「気付いたらそこにいた」という感じなんですね。

ものすごい愛

そんな感じです。経歴だけ見れば大胆なキャリアチェンジをしたように思われますが、実際は何も考えていなかったというか、深く捉えていなかったというか……。

「気になったらやってみる」を繰り返しているうちに、あれよあれよと、思いもよらないところに来たのかなと思います。運が良かったし、縁もありましたね。

仕事のやりがいなんて、考えたこともない

ーー8年もかけて取得した薬剤師の資格。「使わないのはもったいない」という気持ちになることはありませんか?

ものすごい愛

あんまり「もったいない」とは思わないですね。生きていたら、考え方って変わっていくものじゃないですか。いろんな人と会って、経験を積む中で、環境も状況も変化していくのが当たり前だと思っています。

ーー頑張ってやってきたことほど、手放せなくなる人も多いと思います。ものすごい愛さんは過去にとらわれないタイプなのですね。

ものすごい愛

そうですね。嫌なことをやり続けるよりは、穏やかに暮らしたい気持ちが強くて。「ずっと薬剤師やらなきゃ」と自分を追い詰めるより、逃げ道があった方が楽じゃないですか? だから、過去にはあんまり固執しないです。

ーーエッセイストになられてから、どんなところに仕事のやりがいを感じていますか?

ものすごい愛

読者の方から「気持ちが楽になりました」って言われるのはもちろん嬉しいですし、一緒に仕事をしている編集さんのことが大好きなので、編集さんに喜んでもらいたい気持ちは大きいですね。

でも、「仕事のやりがい」って難しいですね……。やりがいって何ですかね? 考えたこともないです。

ーーやりがいについて、考えたこともない?

ものすごい愛

はい。そもそも仕事で何かを実現したいとか、私は思わないですね。

私、お笑い芸人のハライチ・岩井さんが大好きなんですけど、あるインタビューで自身の結婚願望について聞かれたとき、こんなことを言っていました。「何でも欲しがる人って少し怖い。『車も女も金も全部欲しい!』って言ってる男の人って怖いし、それと一緒で『仕事も結婚も子どもも絶対!』って言う女の人は、欲深過ぎる」と。


その話を聞いて、すごく共感したんですよね。みんな平等に1日24時間しか与えられていないのに、バリバリ仕事して出世して給料も上がって、でも結婚もして出産もして家のことも完璧に……なんて無理。もちろん、それができる人もいるかもしれませんけど、「私にはそんな器用なことできないな」と思っていたので。

ものすごい愛

生活と仕事を天秤にかけたときに、私は生活の方が楽しめるなと感じていて。だから、仕事に対する欲はそんなにないですね。生きていければいいや、ぐらいです。

ーー仕事は生活のための手段、と割り切ってらっしゃるのですね。

ものすごい愛

そうですね。今も「ベストセラー作家になりたい」とか、物書きとしてどうなりたいというのもないですし。

もちろん、文章を書くのは楽しいですし、いただいたお仕事は誠意を持って取り組んでいます。でも、万が一、夫が大病を患ってお金が必要になるようなことがあれば、今の仕事は辞めて、会社に勤めて働くと思います。

薬剤師の仕事をまた始めるかもしれませんし、それ以外の仕事をするかもしれない。夫婦で生活していくために働きます。

もともと“恋愛相談のプロ”ではなかった

ーー文筆業で食べていこうと思っていたわけではないとのことですが、Twitterやブログはいつから始めていたのですか?

ものすごい愛

Twitterは、もう10年ぐらいやっていますね。ブログは地元を離れて一人暮らしを始めた時に、周囲に話を聞いてくれる友達が少なかったので、ストレス発散や心の整理のためにやっていました。

ーー当時から恋愛相談をテーマに書かれていたのですか?

ものすごい愛

いえ、ただの日記でした。銭湯に行った話とか、ポールダンスを見に行った話とか、そういうのしか書いていなかったです(笑)

ーーそうなんですね(笑)。昔から友人に相談されるタイプだったりしたのでしょうか?

ものすごい愛

そんなことないですよ! 私の友達は自立したタイプが多いので、「こういうことがあったから、わたしはこうするって決めた」という事後報告はありますが、「私、どうしたらいい?」みたいな相談はあんまりなかったですね。だから、「恋愛相談のプロ!」と紹介されると、こんな私がすみません……って申し訳なく思います(笑)

ーー文章を書くのが苦手だったと。エッセイストとして活動する上でネックにはならなかったのでしょうか?

ものすごい愛

言葉は調べながら書いていますし、誤解を招く表現をしていないかは、すごく気を付けています。でも、エッセイは自分の中の引き出しを開けて掘り起こす作業だと思っているので。自分の考えや経験から学んだことを、そのまま、嘘をつかずに出すようにしています。

ーー恋愛相談の回答を書くときには、どんなことを意識していますか?

ものすごい愛

恋愛相談や人生相談って、バッサリ切ってしまった方が、見ている方にとっては面白いと思うんです。

でも、むやみに人を傷つけたくないんですよね。だから、どんな内容でも相談者の方を否定しないようにしていますし、解決策をズバッと言うよりも、「こんな考え方もあるよ」という選択肢の提示にとどめています。

読者の方は、スカッとしないかもしれないですけどね(笑)

みんなが「自己実現」を目指す必要はない

ーー仕事で自己実現したいと考える人が多い世の中ですが、ものすごい愛さんはまるで対局にいらっしゃるようです。

ものすごい愛

自己実現なんて、無理にしなくていいと思うんですよね。大変じゃないですか。もちろん実際に実現させた人は立派だとは思いますし、それを目指している人を否定するわけではないんですけど、全員がそうである必要はないんじゃないかなって。

私の夫も、全く出世欲がない人なんです。「ガンガン働いてステップアップする!」というより、「定時に帰ってのんびりしたい」と。

考え方は人それぞれですからね。夫がそうしたいならそうすればいいと思いますし、わたしもそっちの方が夫の性格に合っていると思いますから。

ーー仕事も「やりたいこと」である必要はない、というお考えなんですか?

ものすごい愛

はい。やりたいことを仕事にしてない人なんて、実際はいっぱいいますよね? 私も、夢があって薬剤師を目指していたわけではないけれど、やってみたら楽しいことだっていっぱいあった。それに、ただ生活のために働くというのも、悪いことじゃないと思います。

少なくともコロナショックの今は、普通に暮らしているだけでめっちゃ偉いと思います。とりあえず現時点では、自己実現がどうのって気にし過ぎない方がいいのではないでしょうか。

ーー在宅時間が増えて、自分のキャリアに迷いが出ている人も今は多いといいます。

ものすごい愛

そうなんですね。悩んで結論が出ないことは、いま悩むべきことではないんじゃないでしょうか? 悩みを解決するための判断材料がまだ足りていないから、答えがすぐに出ないんだと思います。

要は、それっていま悩むべきことじゃないのかと。自分にそう言い聞かせて一旦見て見ぬ振りをするのは、今を健やかに生きるための一つの手ですね。

ーーSNSを見ていると、自粛期間も「スキルアップ」や「自己実現」について語っている人たちの声が目立って、「何もしてない自分はダメなのかな」という気持ちになったりします。

ものすごい愛

全然ダメじゃないですよ。そういうことができる人はやればいいし、やりたいなら頑張って欲しいとは思いますが、自分も絶対にやらなきゃいけないわけではないと思います。人は人、自分は自分です。

心をざわつかせるアカウントは、ミュートしちゃいましょう。その人たちに影響されてしんどくなるくらいだったら、聞かない、見ないが一番ですね。特に今は、情報の取捨選択をすること、時には距離をとることも大事かと。

ものすごい愛

ちなみに私は、この期間にジャッキー・チェンの映画を見まくっています。強くなろうと思って(笑)

取材・文/一本麻衣 企画・編集/栗原千明(編集部)

書籍紹介

ものすごい愛

『命に過ぎたる愛なし 女の子のための恋愛相談』(内外出版社)
ものすごい愛/1,400円+税

ものすごい愛が、20~40代女性の恋愛相談に、大切な女友達に対するのと同様に愛を込めて回答!恋以前でも、片思い中でも失恋したばかりでも、道ならぬ恋に迷い込んでいても、恋人との関係に悩んでいても、婚活中でも、すでに結婚していても、必ず役立つアドバイスが見つかるはず!「命さえあれば、恋愛だってどうにかなる!!!」と、背中を強めにバシバシ叩いてくれる痛快で為になるエッセイ。

ものすごい愛

『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』(KADOKAWA)
ものすごい愛/1,200円+税

「コンプレックスもあるし、過去にどうしようもない失敗だってある。人を憎んだこと、憎まれたことだって当然ある。それでもわたしが幸せだと胸を張って言えるのは、人を愛し、人に愛されるために、自分が生きやすいように環境を整え、自分の気持ちが楽になるよう工夫してきたから」。愛する人たちに愛されるために、自分と愛する人を肯定すれば人生はもっと幸せになる!