声優・緒方恵美「人を生かす、光をつくりたい」 コロナショックにあえぐエンタメ業界で仕掛ける“無観客ライブ”に込める想いとは
新型コロナウイルスの影響で、あらゆるエンターテインメントのステージが軒並み延期・中止となっている。
そんな中、全世界無料配信の無観客ライブを行うためのクラウドファンディングを始めたのが、人気声優・歌手の緒方恵美さんだ。
アニメに詳しくない人でも、『幽☆遊☆白書』の蔵馬や『美少女戦士セーラームーン』の天王はるか(セーラーウラヌス)、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ、『カードキャプターさくら』の月城雪兎といったキャラクターはご存知だろう。緒方さんは、これらの人気キャラクターを演じた声優だ。

緒方恵美さん
アニメ『幽☆遊☆白書』蔵馬役で声優デビュー&ブレイク。少年・少女から大人の男女まで、シリアス・コミカルあらゆる役柄を自然体で演じる幅の広さを持つ。また艶のある低音〜高音まで3オクターヴ強の、パワフルでソウルフルなボーカルで、シンガーソングライターとしても活躍。近年では、聴く人の背中を優しく熱く押す「エール・ロック」楽曲を多数発表。声優としての代表アニメ出演作品の主題歌をカバーしたアルバム『アニメグ。』楽曲と合わせ、国内はもちろん、海外でも精力的にライブ活動を行なっている。最新オリジナルアルバム『real/dummy』は、ハイレゾ版・初週ウィークリー1位を獲得。続くアニソンカバーアルバム『アニメグ。25th』、初期楽曲のセルフカバーベストアルバム『EARLY OGATA BEST』も、同・初週ウィークリー1位を獲得し続けている Twitter:@Megumi_Ogata
今回緒方さんが行ったクラウドファンディングは、なんと開始46分で目標金額を達成。それだけの期待を寄せられている無観客ライブの開催には、いったいどんな想いが込められているのか。
苦難のエンタメ業界の真ん中にいる彼女がつくり出したい「光」について、聞いた。
「人間は光がなくなったら死ぬ」
今回の無観客ライブは、もともと私のバースデーライブとして開催を予定していたものです。
2月から予定していたライブツアーを中断し、スタジオからの生配信もできなくなり……。そんな中で、6月のライブをどうするのか、3月中旬からずっと考えていました。

緒方さん直筆の「無観客フルバンドライブ・無料配信」プロジェクト始動のおしらせ
当然、「こんなご時世なのにライブをやるのか」という意見もあります。大きな赤字を伴いますが、金銭的なことを度外視すれば、中止にすること自体は簡単です。
ただ、常日頃からバンドのように付き合っているサポートメンバーや懇意にしているスタッフ陣から、「仕事が全然ない。首をくくるしかない」という声を聞くようになって。
私のようなフロントの人間であれば「歌ってみた」的な動画を発信することもできます。でも、一緒に仕事をしているスタッフや演奏するミュージシャン、ライブハウスの方々はそういうわけにもいきません。
そうやっていろんなことを考えていく中で最終的に思ったのは、「人間は光がなくなったら死ぬ」ということ。
病気でも、経済でも、人は死に至ります。それと同じように、「この楽しみのために、そこまでは頑張ろう」という希望がなくなってしまうことで、心が折れてしまうこともあるのではないでしょうか。

ファンの皆さんが私に対してそう思ってくれているかはさておき、少なくとも私のようなミュージシャンや、それを支えるスタッフにとっては、やっぱりステージが光です。
「こういうご時世だから仕方がない」という言葉で片付けるのは簡単だけれど、本当にそれでいいのか?
そんな想いが勝ち、今回の無観客ライブの開催を決定しました。メンバーやスタッフも即答で「何でもやる」といってくれて、うれしかったですね。
新しい世界の光となるようなエンタメのあり方は、必ずある
今回のクラウドファンディングは「All In(目標額を達成しなくても、集まった分だけ支援金を受け取れる方式)」です。
たとえ目標額に届かなくても、不足分は私の貯金で賄って、ライブは絶対にやる。だから、それまでは元気に生きていこう。
そんなメッセージをみんなに伝えることで、どうにか頑張ってもらいたいと思いましたし、私自身も腹を決めようと考えました。
同時に、お客さんの中には大変な思いをしている方もたくさんいらっしゃるのに、「お金を出してくれないからやりません」というのはどうなんだろう、という気持ちもありました。
ところが蓋を開けてみれば、開始46分で目標額を達成。これだけ経済活動がストップしている中でお金を集めるのは並大抵のことではないと思っていましたから、こんな短期間で集まるとは露ほども思っていませんでした。本当に驚きましたね。
「私たちも光が欲しい」「楽しみが何もなくて、自粛生活すら苦しい。だからライブの日を楽しみに生きます」というメッセージをたくさんの方からいただいて。「ありがたい」の一言に尽きます。

「パーマネントなメンバーと共に、一体感ある熱いバンドサウンドで、日本の皆さんに元気を届けたい」と緒方さん
ライブが延期や中止になってしまっている現状は、もちろん仕方がないこと。皆さんの命が最優先ですから、そこに異論はありません。
その前提で率直な思いをお話するのであれば、芝居にしても歌にしても、やっぱり生のステージで「目の前のお客さんに伝える」ことが原点です。目の前のお客さんと呼応しながら、どう楽しんでもらうかを考えることが、私たちの仕事の根幹ですから。
もしこの先、リモートを中心としたオンラインの仕事が増えていくと、「目の前のお客さんのために」という、私たちにとって最も大切な魂のようなものが失われていく可能性が高い。
そのことを非常に危惧していますし、寂しく感じています。つらいですね。
業界としても、DVDやCDがどんどん売れなくなっている中、ライブやフェスといった三次元の収入で補填をして生計を立てていました。この先をどうするかはまだ悩んでいる最中です。
きっと6月の無観客ライブをやってみて方向性が見えてくるところもあるでしょうから、個々の安全を保ちながら、実験的にいろいろなことを試していきたいですね。
今回のコロナショックによって働き方改革が一気に進んだわけで、例えばこれまでなかなか成立しなかった有料配信での新しい体験のあり方を探ることもできるかもしれません。今後の可能性はライブ後に、チームみんなで探っていきたいと思います。
同時に私自身は、音楽を作ることを丁寧にやっていきたいと思っています。今は余裕があり過ぎるほどの時間があるので、気持ちを丁寧に拾って、これからの世界の中で響く言葉や音の選び方を考えていきたいですね。
まだ私は見つけられていませんが、新しい世界の光となるようなエンタメのあり方は、必ずあると信じています。
無様な姿や失敗が、背中を押す手助けになったられたら

ピンチはチャンスとよく言いますが、ピンチの中から見つけたものは、その先につながっていくんだと思うんです。
3.11の時も、6月のバースデーライブで抑えていた日程の1日を、チャリティーイベントに変えました。仲間のシンガーや声優に声をかけて、子ども向けに絵本のリーディングイベントと、アニソンシンガーの皆さんが出演するチャリティーライブをやって、200万円弱の支援金を送ることができました。
震災があったからチャリティーイベントをやってみようと思って、そのために全く興味がなかったTwitterを宣伝のために始めて。結果として付加的に良いことが必ずありました。
今回の無観客ライブも、もしかしたらトラブルが起こるかもしれません。でも、そういうトライ&エラー自体をエンターテインメントとしてお届けできたらいいと思っているんです。
そういう姿を見せながら、共感してもらったりお客さんに助けていただいたりしながらやっていかなければ、エンターテインメントは成り立ちませんから。
多分、私にもアニメのキャラクターみたいなところがあるんでしょうね。未だに図々しく14歳のキャラクターの声をやっていますけど、中二病の役を多くやっているイメージから、こういう発言をしても許していただけているような気もするのですが(笑)
というか……むしろ、そのためにそういう役を与えてもらっているのかもしれないと思っているところもあります。まだやれることをやれよと、見えない何かに生かされているのではと。
とはいえ何か凄い力が備わっている訳ではないので、とりあえずぶつかってやってみて、ダメなら「中二なので失敗するんだよ」っていう言い訳を生かしつついければ、と(笑)
無様な姿や失敗もお見せすることで、動き出したい方の背中をおす手助けになれたらいいなと思います。
飽きるまで落ち込むのも悪くない

このご時世なので皆さんの立場はそれぞれ違いますし、立場が変われば意見も変わってくると思います。意見がぶつかって心を痛めるときもあるかもしれません。
でも同時に、みんながそれぞれの立場でそれぞれのことを頑張ろうっていう教訓も得られたように思います。
頑張るターン、休むターン、溜めたものを出すターンなど、それぞれのタイミングがきっとある。今お仕事を頑張ってくれている方々は、いずれお休みのターンが来ますから、その時に存分に休んでほしいと願っています。
そして今が休むターンの人は、なんとか生き抜いていただいて、英気を養って、動くターンが来た時に頑張ればいい。家にいなければいけないのも大変ですけど、立ち上がろうと自分が思うところまで、飽きるまで落ち込むのも悪くないと思います。
なぜなら、どんな時でも人間は、働きたいと思うものだから。誰もが「誰かのためになりたい」という気持ちを持っていて、今は思うように働けない人も、いずれはそういう何かを探り出すんじゃないでしょうか。
私は「お客さんを応援する」というテーマを胸に、これまでの全ての仕事をやってきました。だから今、こうやって動くことができています。
私の仕事は誰かにとっての「光」をつくること。世の中や働き方が変わっても、そこがブレることはありません。私は私の仲間と共に、これから先の「光」を探していきたいと思っています。
取材・文/天野夏海 企画・編集/栗原千明(編集部) 写真提供/緒方恵美さん