俳優・伊藤健太郎「悔しさが、自分を強くした」――根性論がしっくりこない時代のキャリア論
今時、根性論なんて流行らない。それでも、人の成長スピードを一気に加速させるものがあるとすれば、それは悔しさなんだと思う。
俳優・伊藤健太郎さんも、「悔しさが、自分を強くした」と語る。名もない頃に味わった悔しい想い。そこから生まれた反骨心が、飛躍のバネになった。

伊藤健太郎(イトウ ケンタロウ)
俳優・モデル。 1997年6月30日生まれ、東京都出身。 モデルとしてデビューし、男性ファッション誌『MEN'S NON-NO』(集英社)、『FINEBOYS』(日之出出版)などで活躍。 フジテレビ系ドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』で俳優デビュー
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現在23歳。次々と話題作に出演する伊藤さんは、何を思いながら仕事に取り組んでいるのだろうか。
吹き替えに頼らない、生身の演技が生んだ熱
ユニフォーム越しでも分かる、パンパンに張った太腿。映画『弱虫ペダル』の見せ場であるレースシーンで目を引いたのが、総北高校自転車競技部1年・今泉俊輔役を演じる伊藤健太郎さんのよく鍛えられた太腿の筋肉だった。

撮影中、毎日のように自転車で坂を登って。気付いたらパンパンになっていました。
そう大きな瞳をくしゃっと細めて笑う伊藤さん。まさにそのアスリート並みの太腿こそが、今回の役づくりの過酷さを物語っている。
撮影に入る前から、共演者みんなで自転車の練習をさせてもらって。まずはクリート(足をペダルに固定するためのパーツ)の着脱からスタート。
それがある程度できるようになったら、実際に自転車に乗って、みんなで一緒に走ってみて。
ローテーション(走る位置を交替すること)だったり、ダンシング(立ち漕ぎのこと)だったり、本当に初歩の初歩から練習させてもらいました。
自転車の走行シーンは、一部を除いて、ほぼ俳優本人が自ら演じている。吹き替えや CGに頼らない生身の演技は、作品に熱とリアリティーをもたらした。
今までやってきたスポーツの中でもトップレベルにキツくて。カットがかかる度に、その場に倒れ込んで、すぐさま酸素ボンベを吸っていました。

学生時代はバスケットボールに打ち込んだ伊藤さん。そんなスポーツマンの伊藤さんですら音を上げそうになるほどハードな撮影だった。
本当にキツくて、心が折れそうになった瞬間も何回もあったんですけど、最後に監督が『自分たちでやるからこそ撮れる画があると信じていた』とおっしゃっていて。
確かに終わった後、カメラがまわっていないのに部員のみんなでハイタッチをしたり。
そういう“戦友感”みたいなものは、あのしんどい練習を一緒に乗り越えたから生まれたのかなって気がします。
出演シーンが全カット。その時に抱いた悔しさが本気に火をつけた
連続テレビ小説『スカーレット』で陶芸家を志す青年役に挑んだ際も、事前に陶芸を習いに行き、吹き替えなしで陶芸シーンを演じあげた。
自分でやれることは、自分でやる。“自前主義”こそが、伊藤さんの俳優のポリシーだ。
今回の映画でも、自ら汗を流しペダルを漕ぎ続けることで、敗北のトラウマに苦しむ今泉の気持ちに寄り添うことができたという。

悔しかった経験がある人って強い気がするんです。奥底に悔しさがあるからこそ、強くなれる部分って絶対にある。今泉が強いのも、負けた悔しさがあるからなんだろうなって。
僕自身は過去の失敗だったり、そういうのってすぐに忘れるタイプなんですけど、本当に悔しかった思い出はどれだけ時間が経っても残っている。
今泉を演じていて、ずっと胸にしまっていた悔しい経験を思い出しましたね。
そう言って記憶の引き出しを開けるように話しはじめたのは、まだ伊藤さんが俳優として本格的にデビューする前の話。
モデルをしながら少しずつ俳優業へと軸足を移しはじめていた伊藤さんは、1本の映画に出演することに。
撮影期間は1日だけ。通行人Aみたいな小さな役だったんですけど、ロケ地の富山まで狭い車に揺られて往復して。
でも、出来上がった映画を観てみたら、僕の出演シーンが全部カットされていたんです。当然、クレジットもなし。
僕はその作品に存在しないことになっていて。それはめちゃくちゃ悔しかったです。

自分の仕事が、なかったことになる。その悔しさは、どんな業種や職種でも同じ。だけどそこで大切なのは、そのまま腐るか、悔しさを前に進むためのガソリンに代えられるかだ。
作品に出させてもらえる限り、絶対に何か爪痕を残そう、クレジットに名前を載せたいと本気で思えたのは、あの時の悔しさがあったから。
しばらくして、その時の監督とまた別の作品でご一緒して。今度は舞台挨拶で監督の隣に立つことができたんです。
もちろんそこがゴールじゃないけど、あの時は何か一段くらいは登れたのかなという達成感がありましたね。
落ち込んだ時こそ、この仕事を一生続けようと決めた時のことを思い出す。そこからも、伊藤さんは常に悔しさと戦い続けてきた。
『ミュージアム』という映画に出させていただいた時も、悔しい想いをいっぱいしました。まだ役者経験もほとんどなかったから、思った通りの芝居が全然できなくて。
それまではお芝居がそこまで好きってわけでもなかったし、なんなら他に楽しいことが見つかったらすぐに辞めようぐらいのモチベーションだったんです。
でも、『ミュージアム』で味わった悔しさが、これは本気でやらなきゃまずいなって気持ちを入れ直すきっかけになりました。

そもそも俳優業へのチャレンジも、「お芝居のオーディションを受けてみたら」と誘われたことが出発点。
軽い気持ちで踏み出した伊藤さんが、俳優を一生の仕事にしたいと考えるようになったのは、2017年に公開された映画『デメキン』からだった。
すごく楽しかったんです、『デメキン』の現場が。スタッフ含め、仲間と呼べる方たちとつくったあの世界がすごく好きで。
初主演というのももちろんあるのですが、あの作品をやれた時に、『俺、この仕事をずっとやっていきたいな』って初めて思ったんです。
あれから約3年の時が流れた。『今日から俺は!!』の大ヒットで一気にその名を全国区に広め、「2020年テレビCM急上昇ランキング」(エム・データ社調べ)では1位を獲得。
伊藤健太郎という名前は、並み居る若手俳優の中でも着々と特別なものになりつつある。
オーディションに落ちたりとか、今でも悔しい想いをすることはたくさんあります。その度にくじけたり、ダメージを喰らったり、その繰り返しですね、ずっと。
その度に力をくれるのが、この仕事を一生続けようと決めた思い出の作品だ。
ヘコんだときは、よく『デメキン』を観てます。
今観ると、自分の芝居に対して『これじゃねえな』と思うことも多いんですけど、なんか楽しそうなんですよ、自分も、周りにいてくれる人たちも。
みんなすごく楽しそうで、その顔を観てると、これでいいんじゃないかって思えるんですよね。

初めてもらった契約書。初めて作ったアプリ。初めて手掛けたイベントやキャンペーン。キャリアを積んだ今見たら至らないところばかり目につくけど、そこにはキャリアを積んだ今の自分にはもう出せない一生懸命さがある。
そんな未熟でがむしゃらな過去の自分が、背負うものばかり増えた今の自分の背中を押してくれるのだ。私たちは悩んだり落ち込んだりする日々を、そうやってどうにか乗り越えていく。
だから、一番大事なことは楽しむことだなって。楽しいことが好きなんです、僕。楽しくないと何もできない。楽しくないと、仕事だって何だって続けられないと思います。
そう23歳らしいストレートな言葉で締めくくった伊藤さん。天真爛漫な表情が、自ら語ったその言葉が嘘でないことを証明している。

衣装クレジット/MIAMIチェックシャツ ¥20000(税抜)D/HILL(ディーヒル)
楽しくないと何もできない。そうおまじないのようにつぶやいてみたら、確かにお腹の底から何だか力が湧いてくる気がした。どれだけ悔しい想いを味わっても、最後は楽しもう。その前向きな姿勢こそが、成長し続ける人たちの共通のルールだ。
取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)ヘアメイク/伊藤ハジメ スタイリスト/前田勇弥
作品情報
映画『弱虫ペダル』
■主演:永瀬廉(King & Prince)
■出演:伊藤健太郎、橋本環奈、坂東龍汰、栁俊太郎、菅原健、井上瑞稀(HiHi Jets/ジャニーズJr.)・竜星涼 / 皆川猿時
■原作:渡辺航『弱虫ペダル』(秋田書店「週刊少年チャンピオン」連載)
■監督:三木康一郎
■脚本:板谷里乃・三木康一郎
■主題歌:King & Prince「Key of Heart」(Johnnys’ Universe)
■制作プロダクション:デジタル・フロンティア
■協力:ワイズロード
■製作:「弱虫ペダル」製作委員会
■配給:松竹株式会社
>>公式サイト