「これからの時代、キャリアパスを悠長に考えている余裕はない」経団連初の女性役員・吉田晴乃さんのメッセージ
今年6月、日本経団連初の女性役員が誕生した。外資系通信会社BTジャパンの代表取締役社長を務める吉田晴乃さんだ。
30歳でカナダに渡って通信業界で働き始め、その後ニューヨークでもキャリアを積んだ。一方でプライベートでは離婚を経験し、娘を育て上げたシングルマザーでもある。
頼れる人がいない海外でハードな仕事と育児の狭間で企業の経営トップにまで駆け上がってきた吉田さんに、「女性はなぜ働くのか」という問いをぶつけてみた。
日本には300万人の“貧困層”の子どもがいる
今回のインタビューは「私たちはなぜ働くのか」がテーマだそうですが、本当は女性たちがそんなことを考えなくてもいい社会にする必要があるんじゃないでしょうか。
「仕事か、家庭か」ではなく、ごく当たり前に「仕事も、家庭も」選ぶことができる。それが今後の日本が目指すべき社会のあり方です。
少し前まで、日本の女性が自分を表現する方法は「専業主婦になって子どもを産み育てる」という非常に画一的なものに限られていました。
しかし本来、女性の生き方には他のオプションもあるはず。特に今の時代、女性が家に入って夫の稼ぎだけで食べていくというライフプランはほとんど崩壊しています。
離婚する夫婦も多いし、パートナーが病気や事故で働けなくなることもある。ダイナミックに経済が変化する中で、会社が倒産したり、社員がリストラされることも珍しくなくなりました。
その時、唯一の収入源を失った女性が、果たして家庭を維持できるのか。
現在の日本では、平均所得の半分に満たない世帯で暮らす17歳以下の子どもが300万人に達します。いわゆる“貧困層”に属する子がこれほどたくさんいる。そして、その大半はシングルマザーの家庭です。
だから私は、「結婚したら専業主婦になりたい」と話す若い女性を見ると、こう言いたくなります。「あなたはこの先どうやって生きていくつもりなの?」と。
「お金がない」から子どもの願いを聞けないのは、母親にとって死ぬほど苦しい
辛口なメッセージかもしれませんが、私自身がシングルマザーとして娘を育ててきたからこそ、若い女性たちには真剣にそのことを考えてほしいのです。私だって20代のころは、「自分は幸せな結婚をするのだ」と信じていました。
ところが現実には離婚を経験し、1人で娘を育てることになった。
いくら理想的なライフプランを描いたところで、結婚は相手があることですから、その通りにいくとは限りません。厳しい言い方をするならば、確実でないものをベースに将来設計をするのは愚かです。
一生養ってもらえる保障なんてどこにもない。若いからといって“夢見る夢子ちゃん”でいたら、後で痛い目を見るのは自分です。何しろ私がそうでしたから。
それに、子どもを育てるにはものすごくお金が掛かります。皆さんも母親になれば分かると思いますが、子どもに「これを買ってほしい」「あの習い事がしたい」と言われたら、全部かなえてあげたいのが親心。
金銭的な理由で「それはできないのよ」と言うのは、親にとって死ぬほど苦しいことなのです。
たとえ子どもを生み育てなくても、今や80歳や90歳まで生きる長寿社会。それまで自分をどうやって養っていくのか、皆さんは考えたことがあるでしょうか。そのためにお金がいくら必要になるか計算してみれば、現実が見えてきます。
今の時代は、「どんなキャリアパスを描こうかなあ」などとのん気に考えている余裕はありません。“Girls be ambitious!”なんて言っている場合じゃない。「生きるために自分が何をすべきか」を考える必要があるのです。
ロボットと同じ土俵で戦って、勝てなければ働く機会は得られない
とはいえ、今の時代には素晴らしい点もあります。社会全体が女性の活躍を推進し、生き方のオプションを増やそうという動きが盛り上がっている。
働き方についても、ひと昔前のように補助的な仕事で終わるのではなく、管理職になるチャンスもあれば、独立や起業を選ぶことも可能です。
ただし、こうしたオプションを掴み取るには、市場で求められるだけのスキルセットを備える必要があります。
働く女性や外国人が増え、人材市場の競争が激しさを増す今、働く機会を得るには「私はこれで食べていけます!」と自信を持って断言できるスキルが不可欠なのです。
ちなみに弊社では最近、ロボットを雇いました。このロボットはバイリンガルだし、指示したことは文句を言わずにやるし、「モチベーションが上がらなくて……」なんて面倒なことも言わない(笑)。
しかも掛かるコストは電気代だけ。経営者から見て、こんなに優秀な人材はいません。
つまり我々は、男性や外国人、ロボットまで、あらゆる相手と同じ土俵で競争して勝てる人材にならないと、将来働く機会を得られないということ。その危機感を持つ必要があるのです。
働くとは、「自分のバリュー(価値)を売ること」です。その対価としてお給料をもらえる。バリューを生むには、他の人とは違うことをする必要があります。
同じ事務作業でも、「この人に頼むとすごく丁寧で見やすい資料が上がってくる」といった差別化ができれば、その人は重宝されるでしょう。
私もカナダやアメリカに渡ったときは、まったく実績のない土地で、「私が何者であるのか」という自分の価値を証明するために必死でした。
事実に色はない。「女性である」という事実の捉え方はあなた次第
ここまで話を聞いた皆さんは、私が働く理由は「生きるのに必要なお金を稼ぐため」だと思ったかもしれません。それは間違いではありませんが、ではお金を稼ぐには何が必要かというと、私は「好きなことをすること」だと考えています。
これって、一見するとものすごいパラドックスですよね。でも考えてみてください。嫌いなことのために工夫や努力なんてできないでしょう?
そうするとバリューが出せないので、お金も稼げない。でも好きなことなら、工夫や努力をするのも楽しいし、最高のバリューを追求し続けることができる。「好きなことをすること」とは本当の自分になることであり、その時に一番良い力が出ます。
そうすれば必ず「ロボットなんかより、君にお金を払いたい」と言ってくれる人が現れるはず。お金はあなたのバリューを示す指針なのです。
私がここまで来られたのも、好きなことに出会えたから。とにかく営業の仕事が楽しくて仕方なかったのです。
たくさんの人に会い、目には見えない通信という商品を、まるでそこにあるかのごとく説明し、相手が前のめりになって私の話を聞いてくれて、最終的に契約に至る。
サービス提供を通して人とのつながりをグローバルで持てることは、最高にワクワクしました。次から次へとアイデアも出てきました。
よく言うんです。「私は世界中の男性社会に助けられてここまで来たのよ」って。
上司や同僚から顧客の方たちまで、欧米でも日本でも、たくさんの男性たちが私の敵になるどころか大きな支えになってくれました。
だから私は最近まで“glass ceiling(ガラスの天井)”という言葉を知らなかった。自分が女性であることを意識する暇がないぐらい、夢中でやってきたせいかもしれませんが。
そもそもファクト(事実)には、何も色が付いていません。どんな色に染めるかは、自分次第。
例えば私は大学時代、雨が降ると幸せだったんです。なぜって、所属していたテニス部の練習が休みになるから(笑)
普通は「今日は雨だ」と聞けば、憂鬱な気分になりますよね。ところが私は「どこへ遊びに行こうかな」とウキウキしていた。
事実なんてこんなものです。自分が女性であるという事実も同じこと。女性という個性をいかに明るく前向きな色に染めるかが生きる知恵です。
だから皆さんには、物事を画一的に見るのではなく、その本質を見抜くインテリジェンスを身に付けてほしい。そして人と違うことを恐れず、どんなしがらみにも捕われず、本当の自分を見つけて、バリューを発揮できる道を探してほしい。
「周りと同じ」に安心しているのは怠惰でしかありません。好きなことややりたいこと、自分の欲求に素直になり、考えて考えて、とにかく考えて、他の誰でもない“自分自身”で答えを見つける。
その先には、覚悟を持って「自分を生きること」を選んだ人だけが出会える、素晴らしい人生が待っているはずです。
取材・文/塚田有香 撮影/竹井俊晴