【上野千鶴子】現代女性の貧困は「30年かけてつくられた人災」非正規6割が示す“女性不況”の真実
日本のジェンダーギャップ指数が過去最低を更新した「121ショック」から1年。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗氏による女性蔑視発言をきっかけに、日本のジェンダ―平等の行く末に、世界中から注目が集まっている。
SNSでは、「#わきまえない女」「#DontBeSilent(沈黙しないで)」「#GenderEquality(男女平等)」などのハッシュタグを使い、ジェンダー平等を訴える人たちが国際的に連帯した。
日本の性差別社会に風穴を開ける動きが活発化する一方、こうした発言が出てしまう日本社会に絶望感を抱いている人も多いかもしれない。
この状況を、日本を代表するジェンダー研究者・上野千鶴子さん(@ueno_wan)はどう見たのだろうか?
立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんとの共著『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)を上梓したばかりの上野さんに、今こそ直視するべきジェンダーをめぐる課題、そして、アフターコロナの時代に女性たちが幸せに生きていくために備えたい知恵について聞いた。
不平等に対する不寛容「ゼロトレランス」の世論は衰えない
森喜朗さんの発言が大きな問題になりましたね。
最初、女性たちの間にあったのは「無力感」でした。だって、今さらびっくりしないですよね? 「やっぱり」とか「またか」とか、そういう感情が先立ったのではないでしょうか。
おそらくご本人や周囲も、簡単に幕引きできると見ていたと思います。謝れば済むだろう、と。
しかし、今回はそうはいかなかった。「#わきまえない女」のハッシュタグが広がり、再発防止策を求めるChange.orgの署名キャンペーンには15万人超の賛同が集まりました。
「決して見過ごさない」という女性たちの声、そして国内外の世論に追い詰められた結果、退任を余儀なくされたのでしょう。
こうした動きは、突発的に生じるものではありません。女性たちが#MeToo前後から声を上げ、活動を続けてきたからこそ、追い詰める力があったのです。
署名キャンペーンでは、差別発言に対するゼロトレランスポリシー(一切寛容しないこと)に基づく再発防止策が求められていました。不平等に対する不寛容、ですね。
ネット上の声を見ていても、単に「女性蔑視発言を見逃さない」というだけでなく、「差別発言が出てくる土壌自体を変えなければならない」という議論へと発展しました。今後もこうした勢いが衰えることはないと思います。
日本のジェンダーギャップはさらに悪化する?
日本のジェンダーギャップ指数が過去最低となった「121ショック」を実感せざるを得ない出来事が続いています。報道を目にする度、絶望感を覚えている人は多いかもしれませんね。
追い討ちをかけるようですが、今年のジェンダーギャップ指数はさらに悪くなると私は見ています。
政府が組成した「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」の報告では、女性の失業者増や収入減がくっきりと表れている。同研究会は今回の不況を、「女性不況」と名付けていました。
特に大きなしわ寄せを受けたのは、もともと社会的に弱い立場にいた、非正規雇用の女性たちです。
ここで、一つデータを見ていただきましょう。
驚かれるかもしれませんが、実は、日本の女性の就労率(=働いている女性の割合)は、アメリカやEUを追い抜きました。
今度はこちらのデータを見てください。女性の非正規雇用率は男性を大きく上回り、6割に達しようとしています。
つまり、7割の女性が働いているといっても、そのうちの約6割は、非正規雇用なのです。
しかも、正規雇用と非正規雇用の賃金格差はなかなか縮小しません。その結果、女性の所得は低いままです。その現実を、まず知っておかなくてはなりません。
非常時に浮上する問題は、何の前触れもなく発生するのではありません。すでに目の前に存在していた問題が増幅した結果、顕在化するのです。
コロナ禍による「女性不況」も突然生じたものではなく、こうした社会構造が背景にあります。
さて、こんな社会になってしまったのは、なぜなのか。発端は、男女雇用機会均等法と労働者派遣事業法が同時に成立した1985年にさかのぼります。
それから規制緩和に次ぐ規制緩和で、非正規雇用の割合は増え続け、ついに女性労働者の約6割が非正規雇用になりました。
現在の状況は、政治が30年かけてつくり出した「人災」です。私たちが、この社会をつくり上げてきたのです。
正規と非正規の賃金格差を是正するためには、「同一労働同一賃金」を適用すればいいのですが、試算の結果、それほどの賃金上昇が望めないということが分かっています。
非正規雇用の女性がまともに食べていけるようにするためには、最低賃金を1500円に引き上げればよい、そうすれば年間2000時間働けば年収300万になります。
ですが、政府はそれをやろうとはしません。経営者団体が猛反対するからです。対談した出口さんは、それで経営の成り立たない事業者は、淘汰されるべきだと唱えておられます。
女性たちはもう十分頑張った。次はトップダウンの時代へ
このような厳しい状況の中で、さぁ次はどうするか、ということですよね。
女性の状況を改善するためには、今までは「女性の意識改革が必要」とか、「女性の努力が必要」だと散々言われてきたんです。
でも、女性の意識はもうとっくに変わりました。努力も十分してきた。一人一人の能力も高いです。
それを踏まえると、次の一手はボトムアップではありません。これからは、トップダウンの時代。トップが変われば、組織は変わります。
昔は、団塊の世代の男性がいなくなれば、会社組織の風通しは良くなるだろうと言われていました。しかし、彼らが社内から消えても、日本の会社は変わらなかった。
性差別的なアンコンシャスバイアスに縛られた人たちは、団塊の世代に限らず、その下の世代にも再生産されました。そして、そういう人たちが会社の中で管理職として意思決定権を持っている組織は、まだまだたくさんあります。
では、何が起きたら会社は変わるのか。人や組織が変わるのは、「危機」が訪れたときです。当事者に「変わらなければならない」という動機付けが生じない限り、大きな変化は起きにくいものです。
そういう意味ではすでに、企業が変わらざるを得ない状況が着実に訪れていると思います。ジェンダー平等やエコロジーに配慮できない企業、倫理的におかしなことをしている企業を、以前と比べて消費者も投資家も選ばなくなってきている。
時代に合わせて変われない組織が、自然と淘汰されるスピードは、ますます速まるでしょう。だから、手遅れになる前に、トップは先頭を切って組織のあり方を変えなくてはならないんです。
人事権のある管理職が、自らの人事権を行使して、女性を積極的に登用する方向に舵を切るべきです。能力はポジションが育てます。女性の潜在能力を発揮してもらいましょう。
女性は自分の能力を過小評価しがちですから、辞退したら説得するのが上司の役目です。逆差別と言われてもひるまず、かえってこれまで男性が上げ底になってきただけ、と言い返しましょう。
それができない経営者なら、見捨ててしまったほうがよい。労働者から見放されるのだって、自然淘汰の一つのカタチです。
女性はこれまで、会社組織の中で、マイノリティーとして存在してきました。冒頭で述べたように、働く女性の数は増えたけれど、社内で決定権を持つようなポストに就いている人はまだまだ少ない。だからこそ、放っておくと孤立しがちです。
でも、一人で大勢を相手にして何かを変えようとするには勇気も気力も体力もいります。一人で孤立して戦わないでください。
もっと連帯して、一緒に声をあげましょう。そして、トップを動かしていきましょう。女たちはもう十分頑張りました。その成果は少しずつですが、確かに現れ始めています。次は、トップが変わる番ですよ。
後編:上野千鶴子が“好きを仕事に”を勧めない明白な理由「仕事とは何か。基本的なことが分かってない」(3月10日公開予定)
【プロフィール】
上野千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年、富山県生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。 認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。 女性学、ジェンダー研究のパイオニア。現在は高齢者の介護とケアの問題についても研究している。 京都大学大学院修了後、平安女学院短期大学助教授、京都精華大学助教授、 メキシコ大学院大学客員教授、コロンビア大学客員教授などを歴任。 1994年、『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。 著書に、『家父長制と資本制』 (岩波現代文庫) 、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、 『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』 (大和書房)、『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』(マガジンハウス)など。出口治明氏との共著、『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)好評発売中
Twitter:@ueno_wan
書籍紹介
『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)
不安な時代に必要な知恵、仕事の武器をどう身につけるのか。働き方についての取材や論考も多い出口治明さんと上野千鶴子さんが、日本人の働き方、幸せになる働き方について語り合う。長時間労働、年功序列などの日本型経営からの脱却など、さまざまな課題がある中、これからどのように変化、対応していけばよいのか――。
取材・文/一本麻衣 ・編集/栗原千明(編集部)