上野千鶴子が“好きを仕事に”を勧めない明白な理由「仕事とは何か。基本的なことが分かってない」
前回の記事では、ジェンダー研究者の上野千鶴子さんに、「#わきまえない女」ムーブメントの背景にある日本の女性が置かれている現状について解説してもらった。
今回は、引き続き上野さんに、これからの時代の女性の働き方について相談。幸せに「長く働く」を実現するために大事なことを聞いた。
「好きを仕事に」なんて、誰が言ったの?
今、長く働き続けていくためには、「好きなことを仕事にしましょう」と言う人が増えているようだけど、誰がそんなことを言い始めたんですか……?
私は「好きを仕事に」というフレーズには懐疑的ですね。まずは、「稼ぐ力を身に付けて」と若い女性たちには言っておきたい。
なぜなら、経済力は自由の最低条件だからです。自由であることは、幸せに生きるための非常に重要な要素。行きたいところに行ったり、食べたいものを食べたり、皆さんが自由に、幸せに生きるには、自分がそうできるだけの「稼ぐ力」が必要です。
仕事っていうのはね、生きていくために稼ぐ手段のことなんですよ。稼ぐには、誰かから必要とされ、役に立つことが欠かせません。これって、すごく基本的なことでしょ?
好きなことっていうのは、自分が自由に生きていけるだけの報酬を得られることを前提に、よそでいくらでもやればいい。でも、そうじゃないのに「好きなこと探し」だけしているのなら、ちょっと夢を見過ぎかも。
働くとは何か、仕事をすることの本質とは何か、そういう基本的なところを蔑ろにして「好きを仕事に」というフレーズに踊らされてしまうのは、危険です。
では、稼ぐ力を身に付けて、これから先の人生を自由に生きていくためにはどうすればいいのか。簡単なことです。人の役に立つスキルを身に付けましょう。
スキルは何でもいいんですよ。語学、法律、営業、デザイン、販売、医療、マッサージ、ヘルスケア……例をあげればきりがありませんが、大切なのは、スキルを使ってあなたが生きていくのに十分な収入を得ることです。
中には、「好きなことを仕事にできていない」「やりたいことがない」と悩む人も多いと聞きます。でも、そんなことに悩む必要は一切ありません。
それは、これまでお話ししてきた通り、仕事は第一に、生きていくための手段だからです。
偶然出会った仕事でも、その仕事をあとから「好き」になることはできますし、それが「やりたいこと」になることも可能です。
なぜなら人の役に立って、それが評価され、対価を支払われるという経験は手応えがありますし、自己評価を上げるからです。
『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)の対談の中で、出口さんは「流されて生きてきた」と仰っていますし、私も教師になったのは偶然の要因が大きいですね。
自己投資を惜しまずに。陳腐化しないスキルを磨き続けて
また、コロナ禍の影響で、働き方がますます多様化していますね。どんな風に仕事をしていくか、見つめ直した人も多いのではないでしょうか。
例えば、ギグエコノミー(※)も、コロナ禍でさらに浸透した印象です。近年、案件単位で仕事の発注を受けて納品するギグワーカーが増えています。これは、政府も奨励しているものです。
(※)インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方や、オンライン上のプラットフォーム等を通じて短期的な労働がおこなわれる市場のこと
こうした案件ベースの働き方においては、労働の成果物にジェンダーは刻印されません。きちんとアウトプットさえ出せばいいので、ギグエコノミーの中で、性別による賃金や評価の格差が縮まる可能性は大いにあると思います。
ただ、変化が起きる際には、良い面だけでなく悪い面もあります。会社に雇われずに働く場合、成果物の質が低ければ、仕事を継続的に得られる保証はどこにもありません。
時間や場所に縛られない自由な働き方に魅力を感じるかもしれませんが、発注者に買いたたかれて、安い労働力としてこき使われてしまう可能性もあります。ギグワーカーは組織化されないので、発注者との交渉力も持ちにくい。結果、使い捨ての労働力になる怖れもあります。
どんな働き方を選んだとしても、生活するのに十分な報酬を継続的に得ていくためには、「人の役に立つためのスキル」を磨き続けていく必要があります。
では、皆さんは仕事で使えるスキルを磨くために、自己投資をしていますか?
美容やファッション、趣味にはお金を使うけれど、「稼ぐためのスキル」を磨くために自己投資をしている20~30代の女性はどのくらいいるでしょうか。「女子力」に投資するより、「稼ぐ力」に対する自己投資をしたほうがよいでしょう。
女性たちは、自分たちのことを「人的資本」だと自覚してこなかったんだと思います。でも、ようやく社会の側も女性が使えることに気付き始めているようですね。
これからの時代、長く働き続けるために必要なのは、陳腐化しないスキルを磨き続けるための自己投資です。時代の変化を読み、この先も「稼ぐ力」として使えるスキルをしっかり身に付けていきましょう。
根回しは汚くない。女たちは“社内政治”を誤解している
また、女性が会社組織の中で長く働き続けるためには、「社内政治」を毛嫌いしないのも大切です。
社内政治を「汚い」と思って拒絶してきた女性は多いかもしれません。「根回し」という言葉を見て、何だか良い印象を持てないという人も多いのでは? でも、それは大間違いです。
戦略的に根回しをしたり、組織の中で人間関係の基盤をつくったりすることは、組織内のマイノリティーである女性たちが自分たちの意見を通していくために、絶対に必要なことです。私自身もやってきました。
ただ、女性の声が組織の中で段々大きくなって、ポジションが上がってきたりすると、「あいつは女だから下駄を履かされているんだ」と毒づく人が出てくることもあります。
実際、私が東大で採用されたときも、「あんたぐらいの才能の男はいっぱいいるけど、女だから採用されたんだ」と言う人たちがいました。
でもね、そんなとき、私はいつもこう言うんです。「それが何か?」って。
近年は、女性を一定数登用する「クオーター制」が議論されていますが、こうした取り組みを逆差別だと非難する声がありますね。男性だけでなく、競争社会を生きてきた女性の中からも、反対の声があります。「性別ではなく、純粋に能力で選んでほしい」と。
でも、考えてみてください。期間限定で女性が下駄を履かされたとして、一体何が悪いのでしょうか?
今までずっと男性が下駄を履かされてきただけです。ですから、「女性だけずるい」なんて非難は的外れ。たまに女が有利になるくらいのことは、「それが何か?」と開き直っていい。
女性が組織の中で居場所を獲得し、長く働き続けていくためには、それくらいのしたたかさがあってもよいと思います。
弱音が吐ける、闘える。「女で良かった」と心から思う
ここまで、女性を取り巻く社会、組織のことをお話ししてきましたけど、ジェンダーにまつわる話を聞けば聞くほど、「女性の人生はつらいことばっかりだ」と思えてくるかもしれません。でもね、そんなことはありません。
私、女で良かった! って本当に思うのよね。女として生きるのは、楽しいですよ、本当に。私が言うと、冗談みたいに聞こえるかしら(笑)?
なぜそう思うのか。第一に、女性は「弱音を吐く」ことのハードルが非常に低いからです。
「男なんだから泣くな」っていうフレーズはあるけれど、「女なんだから泣くな」とはあまり言わないですよね。
それに、「できない」「教えて」「助けて」っていう言葉も、女性からは言いやすい。個人差はもちろんありますが、男性には、こういう言葉を発することができない人が比較的多いようです。
強くあることを社会から強制されていないという時点で、女性はだいぶ生きやすいと感じますね。
それだけでなく、第二に、女性には常に“何とかしなきゃいけない課題”があります。私が今回話をしてきたような、社会問題、組織の問題が山積みです。
闘って権利を勝ち取る必要があることがたくさんあるわけですが、闘うことって、疲れるときもあるかもしれないけれど、「張り合いがある」とも言えませんか?
会社を相手取って訴訟を起こしてきた女性たちが、裁判が終わると言ったせりふが「あー楽しかった」って。
何かを勝ち取ろうとする闘いって、楽しいんですよ。結果が出れば手応えもあるし、闘っていると自然と想いを同じくする仲間ができますからね。
訴訟は一つの方法に過ぎませんが、私たちはもっと、闘うことにポジティブであっていい。然るべき権利を勝ち取るための闘いには、男も女も積極的に取り組むべきです。
あなたが今、社会や組織に対して「何かおかしい」と思いながらも、「自分さえ我慢すればいいや」と思って黙認していることがあるのであれば、同じ思いの仲間を見つけて一緒に声をあげてみてください。
そうしなければ、次の被害者が必ず生まれてしまうから。あなたが我慢し続ければ、次の誰かにとって加害者にもなります。女性にも男性にも、被害者にも加害者にもなってほしくない。わけても傍観者になってほしくないと思います。
私は、「こんな世の中に誰がしたの?」と聞かれて、「ごめんなさい」と言わずに済む社会を、次の世代に手渡したい。だからこれからも、女であることを楽しみながら、仲間と一緒に連帯し、楽しく闘っていこうと思っています。
前編:【上野千鶴子】現代女性の貧困は「30年かけてつくられた人災」非正規6割が示す“女性不況”の真実
【プロフィール】
上野千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年、富山県生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。 認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。 女性学、ジェンダー研究のパイオニア。現在は高齢者の介護とケアの問題についても研究している。 京都大学大学院修了後、平安女学院短期大学助教授、京都精華大学助教授、 メキシコ大学院大学客員教授、コロンビア大学客員教授などを歴任。 1994年、『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。 著書に、『家父長制と資本制』 (岩波現代文庫) 、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、 『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』 (大和書房)、『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』(マガジンハウス)など。出口治明氏との共著、『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)好評発売中
Twitter:@ueno_wan
書籍紹介
『あなたの会社、その働き方は幸せですか?』(祥伝社)
不安な時代に必要な知恵、仕事の武器をどう身に付けるのか。働き方についての取材や論考も多い出口治明さんと上野千鶴子さんが、日本人の働き方、幸せになる働き方について語り合う。長時間労働、年功序列などの日本型経営からの脱却など、さまざまな課題がある中、これからどのように変化、対応していけばよいのか――。
取材・文/一本麻衣 ・編集/栗原千明(編集部)