変化の時代に意識すべきは、変わらない軸。「生命科学的思考」で考える“後悔しないキャリア”の歩み方【ジーンクエスト高橋祥子】
「やりたい仕事に挑戦したいけど、後悔するのが怖くて踏み出せない……」
「そもそも、やりたい仕事が分からない」
働き方や生き方がますます多様化し、自ら「選択」を重ねていかなければいけない今の時代。働く女性たちの、仕事やキャリアに関する悩みはなかなか尽きない。
そこで今回は、生命の原理原則に立ち返って、“後悔しない”キャリアの歩み方を考えてみたい。
お話を聞いたのは、著書『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』(NewsPicksパブリッシング)が話題のジーンクエスト代表・高橋祥子さん。

2014年に日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスを始めた当初は、あまりの新しさから批判されることもあったが、「今は自分の選択を後悔することもないし、迷うこともほとんどない」と語る。
ではなぜ、高橋さんは「悔いのない道」を歩めるようになったのだろうか。
キャリア選択に不安や迷いを感じる私たちは、どうすれば良い選択ができるのか。そのヒントを、高橋さんの「生命化学的思考」から紐解いてみよう。
20~30代は「想像がつかないこと」「難しそうなこと」をやってみる
--20~30代女性の中には、「やりたい仕事」を見つけたいけれど、考えても「やりたい仕事が分からない」という人も多いです。そんなときはどうすれば?
人の脳は経験から学習するので、経験したことのない仕事はよく分からないんです。もしも世界中の職業について書いてある本があり、それを全ページ読んだとしても、自分の適職は分かりません。
私がお勧めするのは、「未経験リスト」を作り、それを一つずつ消していく方法です。特に20代のうちは食わず嫌いをせずに、できるだけ想像がつかない仕事や、難しそうな仕事を選択してみるといい。
30代になっても、一時的に自分が知らないことに取り組む期間を設けてみると、自分を知り、やりたい仕事を知るきっかけを得られやすいと思います。
--確かに、頭で考えているだけではやりたい仕事は分からないですよね。

はい。これまでやってきた仕事が性に合わなくて「やりたいことを仕事にしたい」と嘆いている人たちが、「とはいえ、やりたい仕事が何なのか分からない」という状態に陥るのは、当然なんです。
過去の経験値にないことは、誰にも分からない。それだけのことです。やりたい仕事を見つけたいなら、選り好みせずに自分の経験を増やしていく他ないのではないでしょうか。
--なるほど。高橋さんは、研究者と起業家の顔をお持ちですが、なぜ研究だけでなく経営も行おうと思ったのですか?
研究成果を社会実装するには、大学の中だけで研究を続けるよりも起業するべきだと考えました。それに加えて、一個人のキャリアの観点からも、起業はした方がいいと思ったんです。
最初は大学に残って研究職につきたいと思っていましたが、私にとっては大学だけのキャリアは想像ができてしまいました。何年で何本論文を書けると何歳ぐらいで准教授になって……というように。
自分の努力次第で変えられる幅は比較的狭く、私はそれをリスクだと考えました。
--全て分かっている世界にいた方が安心という見方もありますが、むしろその逆だと。
はい。自分の視野も狭くなりますし、自分にとって予測可能な世界だけに身を置いていると経験の数が圧倒的に少なくなると感じました。
逆に、起業は自分にとって未知だったので、無数の経験する価値があるとも思いました。
起業に不安はなかったかとよく聞かれますが、当時学生だったのでもし失敗してもただの学生に戻るだけ。死ぬわけでもなし、何とかなるという思いはありました。
「後悔しない」と覚悟を決めれば、今の行動が変わる
--ジーンクエストを創業した際は、周囲から否定的な意見もあったそうですね。
ええ。遺伝子解析自体の理解もまだまだ浸透していなかったので、遺伝子を調べるなんて危ないとか怖いと言われることがよくありましたし、よく分からないから怖いという理由で頭ごなしに否定する人もいました。
批判された時は、すごく悲しかったです。社会のために良いことをしたいと思ってるのに、どうしてそんな風に言われなきゃいけないんだろうって。
でも新しいテクノロジーに対する人々の反応を冷静に考えてみると、私みたいに新しいチャレンジが好きな人と、慎重になる人が両方存在するのは当たり前なんですよ。
どちらが良いという話ではなく、遺伝子にはそうした新しいものに対する性格の多様性の存在自体が刻み込まれているので。
--意見が多様であることは当たり前だ、と。

ええ。みんながみんな、私みたいな性格だったら、生物のシステムとしては成り立ちません(笑)。
新しいものに対する開拓性についての個人差の遺伝子多型も明らかになっていて、さまざまな性格の人がいるから生物が集団として成り立つんです。それが生命の原理原則。
例えば、保守的なタイプの人もいることで、種全体としての生存可能性を高めています。リスクをとって何かに挑戦したりする人しかいなければ、それはそれで危険ですし、個の多様性がないと生存の可能性も下がりますからね。
それに気づいてからは、自分と違うタイプの人を否定するのではなく、むしろその存在に感謝しなければいけないと思うようになりました。
--生物として、自然な反応が出ているだけだと思えばいいわけですね。
はい。また、起業に際して批判を受けて学んだのが、「覚悟」の大切さでした。
--覚悟、ですか?
はい。起業後さまざまな困難に遭い葛藤を抱えた時にユーグレナ社長の出雲や経営者の先輩たちの姿を観察していると、「覚悟を決めている人は自分の選んだ道に葛藤しない」と学びました。
覚悟とは、「自分との約束」と言い換えられると思っています。
私は、「やってみないと何が起こるか分からない」という気持ちでサクッと起業してしまったので、後から起業の道が良かったのかどうか考えましたが、もし最初に「何があっても絶対に後悔しないことを決めておく」という覚悟を持っていれば、批判されても何の迷いも生じなかったはずです。
それに気づいてからは、「覚悟すること」そのものを習慣にしているので、自分の選択に対してこれでよかったのかと悩んだり、葛藤したりすることはほとんどないですね。
--覚悟を習慣にするとは、どういうことでしょうか?

覚悟というと大げさに聞こえるかもしれませんが、1日でも1時間でもいいんです。
例えば、「これから始まる打ち合わせに参加することを私は後悔しない」と先に決めると、自然と充実した1時間を過ごすことができます。 その意識が、高いパフォーマンスの発揮につながります。
転職もそうですが、新しい会社に想像と違う面があったとしても、愚痴をこぼしながら日々を過ごすのってすごくもったいないですよね。
せめて「2~3年は後悔しない」と覚悟を持ってやり切った方が、自分自身の学びは深まるはず。周りにも良い影響を与えると思います。
--「後悔しない」と先に決めると、今の自分の行動が変わるのですね。
その通りです。仕事に限らず、結婚もそう。相手も自分も環境の変化とともに必ず変わっていきます。それでも相手に寄り添い続けるためには、「この人と結婚して後悔しない」という覚悟が大切。私はそう考えています。
「不易流行」は、生物にもキャリアにも当てはまる
--今の時代は、「変わっていくこと」への対応力が大事だとよく言われます。
そうですね。環境変化に合わせて自分を柔軟に変えることが大事だという話を聞く機会が増えましたよね。ただ、最近は変化への対応力ばかりが叫ばれていますが、「変わらない軸」も大切です。
私自身は、環境の変化に合わせて考え方は柔軟に変えていきたいと思っていますが、生命科学という専門領域は今後も変えるつもりはありません。
自分自身のキャリアの軸まで環境に合わせて変えてしまうと、知識や経験が広く浅くになってしまい、積み上がらないからです。何より生命科学が好きだからです。
かつて松尾芭蕉は「不易流行」という言葉で、変わらないものと変わるもの、両方を取り入れることが俳句の世界では大切だと説きました。それは、生物の世界にも完全に当てはまります。
これは、キャリア形成に関しても同じことが言えると思いますよ。
--生物の原則がキャリア形成にも当てはまるとは面白いですね。

キャリアだけでなく、自分自身の生き方を見直す上でも「生命科学的思考」は役立ちます。
例えば、ヒトの体はちょうど満腹まで食べれば最も健康で生きられる仕組みである方が都合が良いように一見思われますが、そうはなっていませんよね。
それは、人類が長い間食料へのアクセスがあるとは限らない環境で進化してきたので、身体にとって最適な量より少し多めに摂取するように遺伝子にプログラミングされているからです。
それを知ると、私たちは「じゃあ腹八分目にしておこう」と、自分の行動を変えることができますよね。遺伝子の特徴を知ったからこそ、ヒトは知性を活かして遺伝子に抗う行動を取れるんです。
--なるほど。遺伝子や生物の原則を知ると、自分がそれにコントロールされるような印象を持ってしまいがちですが、実際はその反対なのですね。
遺伝子は個体としての生存を優先しているため、どうしても視野が近視眼的になりがちです。
でも、私たちは「ヒトは視野が狭くなる生き物だ」と知っているだけで、視野を広く持とうと意識できる。「自分だけでなく他の人のことも考えよう」「人間だけでなく地球のことも考えよう」と思えるのが人間です。
遺伝子に支配されるのではなく、遺伝子を知った上で主体的に生きる。それは後悔のないキャリアだけでなく、後悔のない人生を歩むためにも、大切な考え方だと思います。
<プロフィール>
高橋祥子(たかはし・しょうこ) さん
ジーンクエスト代表取締役。2010年京都大学農学部卒業。13年東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課程在籍中に、遺伝子解析の研究を推進し、正しい活用を広めることを目指すジーンクエスト(https://genequest.jp/)を起業。15年同学博士課程修了。18年株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマテクス事業担当就任。受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)、「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞など。その他科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2015(ナイスステップな研究者)」、世界経済フォーラム「Young Global Leaders 2018」、フォーブス30歳未満のアジアを代表する30人「30 Under 30 Asia」、Newsweek「世界が尊敬する日本人100」に選出など。著書に『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか? 生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』(NewsPicksパブリッシング)がある
取材・文/一本麻衣 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)