口座残高2万円から業務委託で人生最高年収への快進撃「8割会社員2割フリーランス」天野夏海さんの収入・幸せバランス

仕事・収入・幸福度の相関関係は?
私のベストバランス

仕事が楽しければ、収入が低くても幸せ? 収入が高ければ、忙しくても幸せ? 幸せに働く「ベストバランス」は、意外と分からないもの。そこで、さまざまなキャリアの転機を経験してきた女性たちにインタビュー。仕事・収入・幸福度の相関関係について調べてみました!

今回登場するのは、現在「8割会社員・2割フリーランス」という働き方を実践する天野夏海さん。

天野夏海

株式会社ハッカズーク 
アルムナビ編集長  
天野夏海さん

2009年株式会社キャリアデザインセンターへ入社。 求人広告営業、IT派遣コーディネーター、Webマガジンの編集を経て退職。17年にフリーランスとなり、 19年より業務委託で『アルムナビ』編集長を務める。20年、株式会社ハッカズークにジョイン。現在もキャリアデザインセンターの各種媒体の企画・編集・執筆にアルムナイとして携わる
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人材系企業で営業、編集職を経て、海外留学・ワーキングホリデーへ。帰国後はフリーランスの編集者・ライターとして活動し、今の働き方に辿り着いたという。

「今が一番心地いい」と話す天野さんの、これまでの歩みと年収アップダウン、幸福度の変化について、聞いた。

お金には無頓着だったけれど……「稼げる自分」に自信が湧いた

新卒で就職してから現在までの天野さんのキャリアの転機・年収の増減・幸福度の変化

就職してから現在までの天野さんのキャリアの転機・年収の増減・幸福度の変化

――新卒で就職されたのは2009年。リーマンショックがあった年ですよね。

はい。かなり厳しい環境で社会人生活をスタートしました。

新卒で入社したのは、人材系企業のキャリアデザインセンターで、当時は転職サイトに求人掲載を案内する営業職としての配属でした。

ただ、リーマンショックによる不景気で人を採用する企業が激減して……。

会社としても経営が危うい状況だったようで、月給は採用時に提示されていた金額から減額され、夏の賞与はゼロ、冬の賞与は……確か1万円だったかな。かなり世知辛い社会人デビューでした(笑)

それに、制作系の職種で内定をもらっていたのですが、配属先も営業に急遽変わったんです。

どうにかして業績を上げようと必死に働きましたが、初年度の収入はワーキングプアギリギリの水準。月々の手取りは、東京で一人暮らしをするには厳しい額だったと思います。

――当初想定していた収入とは異なるスタートだったわけですね。

入社前は、「インセンティブがかなり多い」「新入社員でも比較的いい給料だ」など、景気の良い話を聞いていたので正直ショックでした。

ただ、良い同僚に恵まれたことで、辛いながらも充実感を持って仕事をしていました。社会人としてのベースができたのはこの時期だし、印象深い出来事や楽しい思い出もたくさんあります。

入社3年目には、当時社内で新設されたばかりの派遣事業部に異動。求職者の方と派遣先をマッチングさせる、派遣コーディネーターという仕事を任されました。

すると、ここで比較的業績を上げることができて、インセンティブを獲得。年収は初年度の倍くらいまで跳ね上がりました。

――倍はすごいですね。でも、その2年後には『Woman type』編集部に異動していますよね。これはどうして?

天野夏海

2015年、当時のWoman type編集部のメンバーと(テーブル奥、右端が天野さん)

Webマガジンや雑誌の編集は、入社当時からずっとやりたい仕事だったんです。

営業成績は伸ばせましたが、やっぱり本当にやりたいことに挑戦したかった。そんな思いがあったので、収入はそこそこありましたけど幸福度は低かったと思います。

編集部では営業時代ほど目標達成によるインセンティブが発生しないので、異動したら年収が下がることは分かっていました。それでも編集の仕事がしたかったし、お金にそこまで執着していなかったので、部署異動による収入減は気にならなかったんです。

実際、年収にすると異動前より2割くらい減ったんじゃないかな。

――編集部で経験を積んだ後は、会社を退職して海外に留学・ワーキングホリデーに行かれています。やりたい仕事がようやくできるようになったのに、それを手放すのは勇気がいりませんでしたか?

ええ、かなり悩みました。仕事はすごく面白かったし、編集部も好きだったので。

ただ、この時は社会人6年目・28歳で、「このままこの会社で働き続けていいのかな?」と漠然と悩む時期だったんですよね。東京生まれ、東京育ちの私は、あまりに狭い世界しか知らないんじゃないかっていう気持ちもありましたし。

それで、悩んだ末に100万円ちょっとの貯金を握りしめて海外に行くことにしました。

最初の4カ月間はフィリピンで語学学校に通い、その後1年間はオーストラリアに滞在。ワーキングホリデーで現地の日本人向け情報サイトを運営する会社でアルバイトをしていました。

フルタイムで働いてはいましたけど、収入は新卒の頃くらいですね。

――会社を離れて海外で生活、となると、やはりお金の心配もあったのでは?

期間が決まっていたので、心配はありませんでした。

フィリピンは学費・生活費含めて貯金で十分賄える範囲の出費でしたし、オーストラリアでは節約しながらアルバイトで生活費だけ稼げればいいや、という感じで。

天野夏海

ワーホリ最後の1カ月はオーストラリアを車で横断「めちゃくちゃ楽しかったので、収入は全く気にしていませんでした」

ただ、帰国した後がショックで……。

――ショック?

帰国してすぐ銀行の口座残高を確認したのですが、たった2万円しかなかったんです。さすがに震えましたね(笑)。まさかここまで減っているとは、と。

それからは、生きていくために本気で稼がなければ! と思い、自分のSNSに「何でもやります! 仕事ください」って投稿したんですよ。

そうしたら、ありがたいことに前職時代にお付き合いのあった方々からちらほら連絡をいただけて。そのまま業務委託で、いろいろな会社のお手伝いをすることになりました。

日本に戻ってきました。先々週に帰国して間もなく過ぎ去りし時を求めて冒険に出ていましたが、ようやく世界に平和が訪れたので来週から仕事を求めつつ、お久しぶりの方々に会いに東京近郊をさまよい歩きたいと思います。

ただ、久しぶりにお会いするのが怖…

天野 夏海さんの投稿 2017年9月1日金曜日

仕事内容は、編集、ライティングのお仕事が多くて、前職で編集の仕事を経験していたことが功を奏しました。「うちで仕事しない?」と声を掛けてくれたのも、編集時代に知り合った方がほとんどでしたから。

会社員時代に仕事を頑張っていた自分への通知表が来たみたいでうれしかったですね。ちゃんとやっていれば、見ていてくれる人はいるものだな、と。

――フリーランスの編集、ライターとして働き始めて、収入はどうなりましたか?

実は、年収は過去最高額になりました。会社員時代の2倍くらい。今までお金に無頓着でしたけど、収入が一気に増えた時は素直にうれしかったです。自分の価値を認めてもらえたと感じられたので。

そして、「自分の力でこれだけ稼げる」と知れたことは、ものすごく自信につながりました。

――順調なフリーランス生活だったのに、「会社員8割」の今の働き方へとシフトした理由は?

きっかけはコロナですね。一人暮らしなので、フリーランスの生活が段々と孤独になってしまって。自由度の高い働き方を担保しつつも、組織に属して働いてみようと思いました。

今、籍を置いているのはアルムナイの事業を行うハッカズークというスタートアップ。そこで社員としてオウンドメディア『アルムナビ』の編集長をしつつ、副業でフリーランスの編集・ライターの仕事も続けています。

天野夏海

ハッカズークのメンバーと一緒に

収入についてはフリーランス一本の時よりも3割くらい下がりました。でも、自分が希望する働き方ができて、仲間ができて、お金とは別に「今欲しいもの」が手に入ったので許容範囲です。

自分の価値に見合う収入、仕事の自由度が幸福度のカギ

新卒で就職してから現在までの天野さんのキャリアの転機・年収の増減・幸福度の変化

就職してから現在までの天野さんのキャリアの転機・年収の増減・幸福度の変化

――天野さんの幸福度が高いのはどんな条件がそろったときなんでしょう?

グラフを見ていただくと分かる通り、仕事をしている時で特に幸福度が高かったのは、編集部時代とフリーランス時代。そこに共通して言えるのは、何をするか、どう働くか、そういうことを自分で決めることが多かった、ということ。

例えばそれ以前にやっていた営業の仕事は、毎日ある程度ルーティーンが決まっていて、やるべきことが明確でした。

でも編集の仕事では、どんな企画にするのか、どんな風に情報収集するのか、全て自分で考えます。それが楽しくて、自分の幸福度に直結していたように思います。

フリーランスになったら、いつ起きるか、いつ休むか、そういうことまで全て自分次第。選べる自由を謳歌していた感じですね。

フリーランス

――収入と幸福度の関係は?

あまり比例していませんね。長時間働いたり、ハードな環境に身を置いたりしてまで収入を求めるのも、自分の幸せにはつながらないと感じています。

ただ、収入が大切じゃないってわけではありません。美味しいものが食べられる、好きなものを買うことができる、一人暮らしができる……それらを保証できるくらいの収入はないと、どんなにやりがいある仕事をしても「幸せだ」とはならない気がして。

自分の仕事に対してふさわしい報酬は欲しいし、自分の価値に見合った収入があることは大事です。自由度ややりがいを求めるにも、「ちゃんと収入がある」という安心感は必要だと思います。

順調なキャリア=幸せ、とは限らない

――これまでのキャリアを振り返ってみて、ズバリ「転機」は何だと思いますか?

やはり前職で編集部に異動したことですね。初めて自分で「やりたい」と希望したことが大きかったように思います。

それまでは配属された場所で頑張っていましたが、どこかで「本当は違う仕事がしたいのに」という思いがあったんです。だからこそ希望での異動は納得感がありましたし、何よりも言い訳ができなくなって「ここで頑張らなければ」と腹を括れました。

その結果、編集部でスキル・人脈を培うことができました。銀行の口座残高2万円から、フリーランスとして満足な収入が得られるようになったのは、編集部での経験が生きているから。

前職の会社から頂いている仕事もありますし、当時の同僚が起業したり転職したりして、そのつながりからご一緒している案件もあります。

そういう原体験があったことも、アルムナイを事業にしている今の会社に就職した理由の一つだったりします。

――前職でスキル・人脈の両方を得たのですね。

あとは、編集部にいた際、記事を制作する上でたくさんの著名人・有識者の方々を取材してきました。

その時に紆余曲折ありながらも楽しく生きている人たちの人生を垣間見てきたことで、「私も何とかなるかも」と思えて。そこで吹っ切れたおかげで、自由なキャリア選択をできるようになった、というのはあるんです。

――仕事で出会った方々に背中を押してもらえた、と。

はい。辛い経験をして波乱万丈に生きてきた人が今幸せそうだったり、逆にすごく順調なキャリアを歩んできてもつまらなそうに生きていたりする人もいます。

そういうたくさんのケースを見ているうちに、「きれいなキャリア」じゃなくたっていいやって思えたんですよね。

無収入になったり留学したり、キャリアが一時的に途切れたって、まぁ何とかなるさ、と。ですから今後のキャリアに悩んでいる読者の皆さん、ぜひWoman typeを読んでくださいね(笑)

――その自信が、人生選択に影響を与えているわけですね。

さまざまな人生の選択肢を知ることができたのは、編集部時代の仕事のおかげ。

主体的に新しい世界に飛び込んで、そこで生きていく強さみたいなものを得られたからこそ、今幸せに働けるようになったと思うんです。

そういう意味では、当時年収を下げてでも編集部に異動して本当に良かった。結果的にそこでの経験が、その後の仕事や、収入アップにもつながっていますしね。

「いい人柄」は、稼ぐ力に十分なり得る

フリーランス

――天野さんの場合、収入の多い少ないはそこまで幸福度に影響を与えていないことが分かりますが、とはいえ、自分の価値にふさわしい収入は大事だと。

そう思います。収入だけを重視することはないけれど、やっぱり「稼ぐ力」が自分にあることは幸せに生きていく上で大事だと思いますね。

やりがいのある仕事をして、自分がそこで成果を出して、それに対して報酬がしっかりついてくるっていういい循環をつくっていきたい。

――フリーランスなどを経た今、「稼ぐ力」って、何が大事だと思いますか?

意外かもしれないですが、ずば抜けた特別なスキルはそれほど重要じゃないと思うんですよ。

もちろんフリーランスで仕事をするなら最低限のスキルや実績は必要ですが、普通に人と気持ちのいいコミュニケーションができるっていうくらい単純なことが、案外「稼ぐ力」になるんじゃないかなと。

前職でも、それを痛感する出来事がありました。派遣コーディネーターの仕事をしていた時に感じたことなのですが、良い転職が決まる方の多くは、何か資格があるとかそういうことではなくて、人柄が良い方だったんですよ。

象徴的だったのが、長年旅館の仲居さんをされていた30代の女性。PCスキルはほぼなくて、デスクワーク経験はゼロだったんですけど、IT企業の事務職でオファーが出たんです。

採用理由は人柄やコミュニケーション力の高さ。この人なら気持ちよく一緒に働けそうだ、と思われたことが採用の決め手になっていました。

そういう例をたくさん見てきたので、陳腐ですけど、やりたいことがあるのならチャレンジした方がいいと思います。

「スキルがないから」「できるかわからないし……」と躊躇する気持ちはすっごく分かりますけど、そこで一歩踏み出すと自分の強み・弱みがよく分かる。そうやって自己理解が深まった先に、いい仕事が得られるチャンスはいっぱいあると思います。

――今後はどんな風に働いていきたいですか?

今のところは、8割会社員、2割フリーランスという働き方が自分にとって良いバランス。組織の一員として個人ではできない仕事をしながら、フリーランスの部分も残すことで、自由度高く働けています。

ただ、将来それが変わる可能性も十分あります。またフリーランス一本でいこうと思うこともあれば、しばらく仕事は休もうと思うこともあるかもしれない。

いずれにしても、その時々で心地いい働き方ができたらいいかな。これからもバランス感覚を大切に働いていきたいです。

取材・文/太田冴