経理からドラマプロデューサーへ。激務でも、向かない仕事でも、私がこの仕事を10年辞めなかった理由

自分の夢の第一志望を叶えられた人は、果たしてどれくらいいるのだろうか。
やりたかった仕事、入りたかった会社、行きたかった部署。全部希望通りの人生を歩んでいる人なんて、ほとんどいない。
みんな、ちょっとずつ軌道修正したり、視点を変えながら、自分にとって“納得感のある人生”を見つけていく。
現在ドラマプロデューサーとして東映株式会社で働く中尾亜由子さん(37)も、その一人だ。

東映株式会社
テレビ企画部
中尾亜由子(なかお・あゆこ)さん
2008年新卒入社。2年間の経理業務を経て、映画企画部に異動。その後、テレビ企画部に異動となり、『科捜研の女』『警視庁捜査一課9係』などのプロデュース業務に携わる
学生時代に脚本家志望だった彼女は、将来の夢に近づける場所で働こうと映画の製作・配給を行う会社への就職を決めた。
しかし、東映に入社できたまではよかったが、配属先はまさかの経理部。ドラマや映画の現場に早々に配属された同期を横目に、およそ2年間を経理として過ごした。
その後、部署異動とともにプロデューサー職への転身が叶ったが喜びもつかの間。彼女を待ち受けていたのは、思うようにいかない日々だった。
「この仕事は自分に向いていない」と感じたこと、「もう辞めようか」と悩んだことは、数え切れないという。
それでも、プロデューサーになって10年もの月日が経った。「あいかわらず全然向いてないけど、この仕事を続けたい」と笑顔で話す彼女に、これまでの軌跡を聞いた。
「やりたいこと」とは違ったけれど、思いがけず楽しめた経理の仕事

私の学生時代の夢は、脚本家になることでした。もともと女優の原田美枝子さんの大ファンで、当時ファンレターは100通以上出したかな(笑)
その頃から「いつか原田さんとお仕事がしたい」と思うようになり、書くことが好きということもあって、脚本家を目指すことにしたんです。
ただ、脚本家としてデビューするのはそう簡単なことではありません。そこで、ひとまず映画会社に就職しようと考えました。
脚本のことしか頭になかったので、面接を受けた時は映画の配給会社が何をしているとか、プロデューサーがどんな仕事をしているとか、あまり分かっていませんでした。それでよく内定をいただけたな、と思いますが……(笑)
ただ、東映に入社して最初に配属になったのは、なんと経理部でした。ドラマや映画づくりにさっそく携わっている同期もいたので、羨ましかったですね。
でも、腹を決めて経理の仕事を一生懸命やり始めたら性に合っていて、すごく楽しくなっちゃったんですよ。

社内の先輩が簿記の2級を取ったという話を聞いて、じゃあ私は1級を取るぞと決めて、仕事終わりにファミレスでこっそり猛勉強したりして。
脚本家の夢を忘れたわけではないけれど、経理の仕事を楽しんでいるうちに、あっという間に時間が過ぎていきました。
「あの子を外してくれ」……夢に近づくも失敗続きの日々
そんな中、最初の転機が訪れました。入社3年目、『北のカナリアたち』という映画の企画が動き始めて、私もそこに加わることになったんです。
異動の打診を受けた時は、心の中で「やったー!」って叫びましたね。ついに作品づくりに関われるぞ!って。
シナリオハンティングに同行したり、映画に出演する子役のオーディション準備とか、歌の上手い子を集めるために全国の音楽教室にチラシを送るとか、そういう補助的な業務ばかりでしたけど、何でも張り切ってやりました。
そこからさらに、社内で出した企画が採用されて、映画からテレビドラマの現場に移ることが決まって。プロデューサー補佐として初めてドラマ撮影の現場に入ったのですが、そこで衝撃を受けました。
想像していた以上に、かなりハードな現場だったんです。スケジュールがタイトな撮影だったので、睡眠時間は毎日3時間くらい。働けど働けど、仕事が全然終わらない。締め切りは迫ってくる。

現場に出て役者さんを撮影場所まで案内する仕事がよくあったのですが、方向音痴なものですぐ行き先を間違えるし。そんな感じなので、しょっちゅう先輩やスタッフにも怒られて。
私がおろおろして不安そうにしているものだから、「この人大丈夫なの? 他の人にしてくれないか」ってはっきり言われたことも……。せっかく夢見た場所に近づいたのに、「華やかな毎日」どころか、「ボロボロな毎日」が始まりました。
でも、毎日怒られながらも、少しずつできるようになっていることはあったんです。「トランシーバーの使い方を覚えた」とか、「撮影場所への道順を覚えた」とか……。
些細なことでも、「できるようになったこと」や「成長を感じたこと」を励みにしながら、何とか周りに食らいついていきましたね。
人気作品の担当になるも、「向いてなさ」をさらに痛感
アシスタントからプロデューサーになって本格的にドラマづくりに携わるようになると、『科捜研の女』や『警視庁捜査一課9係』などの人気番組を担当させてもらえるようになりました。

(C)2021「科捜研の女 -劇場版-」製作委員会
『科捜研の女』は自分もずっとテレビで観てきた作品だったので、そのチームに参加できることになってすごくうれしかった。
でも、プロデューサーになってから痛感したことがあります。やっぱり私、「この仕事、向いてない」って、アシスタントだった頃以上に思うようになったんですよ(笑)
プロデューサーって、「対人関係構築力が全て」みたいな職業。脚本家、テレビ局の方、制作スタッフに、役者さんたち……作品づくりや作品の宣伝に関わるありとあらゆる関係者たちと連携をとって、話をまとめていかなければいけない。
そのために、毎日いろんな人と電話して、足を運んで会って話して、コミュニケーションにコミュニケーションを重ねて仕事をしていきます。
でも、そういうことが全くうまくできなかったんです。

相手に気を使ったつもりが余計に関係をこじらせたり、意図せず相手を怒らせて交渉がとどこおったり、大小あらゆる判断ミスが積み重なって……自分の何が悪いのかすらよく分からないまま、自己嫌悪でいっぱいの日々でした。
よく考えたら、私は社交的とは真反対の人間。友達は少ないし、小さい頃から図書館で静かに本を読んで過ごすとか、一人でテレビを見るとか絵を描くとか、そういうことが好きなタイプでした。
コミュニケーションや、人と人の間に立つ調整・交渉業務って、昔から“苦手科目”だったんですよ。
そういえば、経理の仕事って一人で作業する時間が比較的多いんです。そういう意味で、「やりたい」ことではなかったはずの経理の仕事が結果的にすごく楽しかったのは、「得意」で「向いていること」だったからなんだ……。
そんなことに気付いたりもしました。
「これが最後だ」心の退職届けがキャリアをつないだ
せっかくやりたい仕事ができるようになったのに、「経理の部署に戻してください」って、頼もうとしたこともあります。
「会社を辞めたい」って思ったことなんて、本当に数え切れないほどある。この現場が終わったら絶対辞めるって言うぞって決めて、毎回作品づくりに挑んでいるといってもいいくらい。いつも心に退職届を持っています。
でも、結局いまプロデューサーになって10年目。何とかやれているし、大きな仕事も任せてもらえるし、実際に退職届は出していません。

「これが最後だ」って自分に言い聞かせて、一回一回「有終の美を飾るぞ」っていう気持ちで働いてきたのが、逆によかったのかもしれない。
できないながらに「これが最後だ」って思ったら、どんないやな仕事もちょっと楽しくなってくるんですよね。それに、この先ずっと頑張れる自信はなくても、「これで最後」なら頑張れる。
それに、ドラマでも、映画でも、できあがったものをようやく誰かに観てもらえたときに、何とも言えない快感が待っているんですよ。観た方からいい感想を直接いただけたりしたなら、なおさらうれしい。
感覚としては、部活に似ているかもしれない。
中学高校時代、ダンス部だったんですが、練習って辛いしきつい。次の文化祭のステージが終わったら辞めようと思って続けるんですが、ステージに立って観客の歓声を聞いた瞬間、その快感で辞めたかった気持なんか全て忘れてしまう。
で、また半年「次で辞めよう」と思いながら練習を続けるけどステージに立ったらその魔力でまた……。一種のステージ中毒ですね。この仕事も、そうやって走り続けてきた感があります。
「向いてないこと」をするのは正直つらいけど、失敗することには正直慣れました(笑)。そこは、経験と年齢でしょうか。
まぁ、ミスって怒られても、自分が悪いことならちゃんと謝って、尻拭いすればいいじゃん、と。理不尽に怒ってくる人がいるなら、それは相手にしなければいいだけですし。

20代の頃なんかは、ちょっと失敗したり怒られたりしただけでキャリアが汚れたような感じがして、いちいち落ち込んでいたんですよ。
でも、今は「汚れた」なんて思わないし、仮に汚れても「壊れなきゃ別にいいや」くらいの感覚。いい意味での図太さっていうのは、長く仕事を続ける上で大事な気がしますね。
10年のプロデューサー生活の集大成が完成
そんな私のプロデューサー生活の一つの集大成となるのが、2021年9月3日から公開される『科捜研の女 -劇場版-』。
放送開始から20年が過ぎた『科捜研の女』にとって初の映画化で、今回私たちが目指したのは、科捜研版・アベンジャーズです。

(C)2021「科捜研の女 -劇場版-」製作委員会
本作には、『科捜研の女』の長い歴史を支えてくれた歴代キャストが総出演。ありがたいことに、脚本の段階で想定していたキャストの方には皆さん出演していただけることになりました。
実は、初めは半信半疑だったんですよ。これだけの錚々たるキャストですから、「全員出演できるか」という話をよく脚本の櫻井(武晴)さんとしていて。
でも蓋を開ければ、忙しい方ばかりなのに皆さん快くスケジュールを空けてくださった。“科捜研愛”を感じられて、うれしい限りです。

(C)2021「科捜研の女 -劇場版-」製作委員会
個人的には、シーズン3以来の出演となる渡辺いっけいさん演じる倉橋のシーンがお気に入りの一つです。
倉橋は、沢口靖子さん演じるマリコの元夫。さらっとした会話の中に、かつて結婚して、そして離婚した男女の機微がしっかり描きこまれていて。
マリコらしい無茶振りに振り回される倉橋のアタフタをコミカルに描きつつ、そこから事件が一気に動き出していく。すごくマリコと倉橋らしいシーンになったので、ぜひ注目していただきたいです。
「向き不向き」を気にするより、目の前のことに全力で
『科捜研の女』の公開を前に今すごくワクワクしています。やっぱりここまでプロデューサーの仕事を続けてきてよかった。
学生時代夢見た未来とは少し違うし、向いてないから失敗ばかりだし、想像していた自分よりだいぶ格好悪いけれど、それでもやりたいことをやれている実感はある。

「向いてないことはやらない方がいい」って言う人もいるけど、私はそうは思わない。向いていようといなかろうと、お客さんに作品を観てもらう瞬間の快感のせいで、「辞められない」というのが本心です。
ただ、元々は「向いてない」ことだったとしても、それで何だかんだ続けてこられちゃってること自体が、大きな意味でいえば「向いている」ということなのかもしれない。
相変わらず胃がキリキリすることも多い毎日ですけど、どうせ最終的には楽しくて辞められないんだから、もう、走り続けるしかないですね。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 企画・編集/栗原千明(編集部)
作品情報 『科捜研の女 -劇場版-』2021年9月3日(金)公開

【ストーリー】
京都で起こった科学者の転落死を皮切りに、世界中で同様の科学者たちの転落死が連続発生する。だが、殺人の物的証拠は見つからず、各地で自殺として処理されようとしていた。捜査を進める榊マリコ(沢口靖子)と捜査一課の土門刑事(内藤剛志)らは、人間の腸内にある「未知の細菌」を発見し、 世界的に脚光を集める天才科学者・加賀野亘(佐々木蔵之介)にたどりつく。死んだ科学者たちはそれぞれが、その「未知の細菌」に研究者として興味を持っていたのだ。「何かが、おかしい」と感じるマリコたちだが、加賀野には鉄壁のアリバイがあった……。
出演:沢口靖子、内藤剛志、佐々木蔵之介、若村麻由美、風間トオル、金田明夫、斉藤暁、佐津川愛美、渡部秀、山本ひかる、石井一彰
脚本:櫻井武晴 音楽:川井憲次 監督:兼﨑涼介
(C)2021「科捜研の女 -劇場版-」製作委員会