【高橋怜奈】産婦人科医・ボクサー・YouTuber…「やりたいことは全部やる」医師が選んだ後悔しない生き方
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
都内の大学病院で働く産婦人科医・高橋怜奈さんは、世界初の“女医ボクサー”だ。医師として働くかたわら、30歳でボクシングのプロテストを受け、ライセンスを取得した。

ボクシングには怪我のリスクが付き物。実際にボクシング関係者からは「医者なんだから、何かあったら大変だからボクシングはやめておいた方がいい」と言われたこともあったという。
それでも高橋さんは「迷いなく挑戦することを決めた」と振り返る。なぜなら人生は一度きりだから。
やりたいことに軽やかにチャレンジする高橋さんの、「自分らしい生き方」の根底にある思いをたどる。
東邦大学医療センター大橋病院・産婦人科在籍。女医+(じょいぷらす)所属。2016年6月にボクシングのプロテストに合格し、世界初の女医ボクサーとして活躍したのち2021年10月に引退。現在は医師と平行し、SNSを中心に女性の体や検診やワクチンの重要性などについて啓蒙活動を行う Twitter:@renatkhsh ◆YouTube
ボクシングが「産婦人科医としての初心」を思い出させてくれた
産婦人科医として働き始めて6年が経ち、30歳を迎えた時に、ボクシングのライセンスを取得しました。
それから約5年間、世界初の“女医ボクサー”として活動。2021年10月にプロは引退しましたが、今も趣味でボクシングを続けています。
格闘技未経験だった私がボクシングを始めたきっかけは、友人の誘いで観戦したボクシングの試合。元世界チャンピオンの内山高志選手の試合を見たのですが、もう本当にかっこよくて。
ちょうど産婦人科の仕事にも余裕が生まれた時期だったので、「この選手がいるジムに入りたい!」と、すぐに入会しました。
だから最初は彼の追っかけ半分、ボクシングをやってみたいのが半分っていう感じでしたね(笑)
実際に女医ボクサーとして活動を始めると、珍しさから興味を持ってくれる人が増えました。

取材を受ける機会も増えて、結果的に医師として伝えたい自分の思いを“病院の外にいる人”にまで広く届けられるようになった実感があって。
実は、私が産婦人科医を志したのは、「検診の重要性」や「女性の体についての正しい知識」を世の中に啓蒙していきたいと思ったからだったんです。
うちは父も母も医療に関わる仕事をしていたので、私にとって医療の道を目指すこと自体は自然なことでした。
そこから産婦人科の分野を選んだのは、研修医として産婦人科で働いていた時に知った、一人の患者さんの存在がきっかけです。
彼女は当時、私と同じ20代にもかかわらず、子宮頸がんが全身に転移していて末期状態。婦人科の定期検診を受けたことはなく、気づいた時には体調が悪化し、余命幾ばくもないことを宣告されました。

※画像はイメージです
私自身は生理痛が重かったので、子宮頸がん検診の対象となる20歳から定期的に検診を受けていたのですが、もしも生理痛がない体質だったら「検診を受けよう」と思っていなかったかもしれません。
末期状態の彼女も知識さえあれば、定期検診にさえ行っていれば、違う未来があったのかもしれない。もっと言えば、HPVワクチン(※)を打っていれば、子宮頸がんにはならなかった可能性が高い。
※HPVワクチン:子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を防ぐワクチン
そんな現実を目の当たりにして、「産婦人科医になって女性たちに正しい知識を伝えたい」と思ったんです。
ただ、産婦人科で働いていた20代の頃は、仕事が忙し過ぎて目の前の妊産婦の方や患者さんに対応するのでいっぱいいっぱいになってしまって……。もともとやりたかった知識の啓蒙を行うところまで頭が回りませんでした。
そんな中で、自分がなぜ産婦人科医になったのか、もともとやりたかったことは何だったのか、初心を思い出すきっかけを与えてくれたのが、ボクシングだったんです。
患者にとって「病気の治療が最優先」とは限らない

病院で医師として働いているときの高橋さん
ミーハーな気持ちから始めたボクシングでしたが、他にも仕事へのプラスの影響がありました。中でも大きかったのは、患者さんへの対応の仕方が変わったこと。
例えば、診察の結果からすぐにオペが必要な患者さんから、「手術を延期したい」と言われた時。理由を聞いたら、「大事な演奏会があるから」とのこと。
ボクシングを始める前の私は、「なぜ? 病気の治療が最優先に決まってるでしょ?」って考えていたんですよ。それは医師として当然の考え方かもしれませんが、今はそうじゃない考え方もあるのだと分かる。
いろいろな考え方の人がいて、いろいろな人生があって、中には自分の健康よりも優先したい大切なことがある人だっている。そうした事情を理解した上で妥協点を見つけなければ、納得できる治療にはなりません。
そう思うようになったのも、ボクシングにハマったことがきっかけ。「たとえ健康的な生活が続けられたとしても、『好きなこと』ができないならそれは幸せなのか?」と思ったからでした。

ボクシングは危険なスポーツなので、実情を知るボクシング関係者からは「やめておいた方がいいんじゃない?」と言われることも多かったんです。
怪我をして職場や患者さんへ迷惑をかけてしまう可能性はありますからね。でも、大切なのはリスクの見極めだと思います。
研修医時代にスカイダイビングをしたことがあるのですが、前日の夜に「死んだらどうしよう」って急に怖くなって。
ネットで調べたら、スカイダイビングをして死ぬよりも、スカイダイビングに行く途中に交通事故で死ぬ確率の方がずっと高いことが分かりました。

※画像はイメージです
ボクシングも同じこと。頭を殴られれば脳細胞は死にますし、減量も体への悪影響が全くないわけではないけれど、少なくとも交通事故と比べてボクシングで死ぬ確率はずっと低い。
もっと言えば、生きていたら何が起こるか、誰にも分かりません。自分の意思とリスクのバランスを冷静に考えることが大切だと思うようになりました。
ボクシングにたどり着くまでに「飽きた趣味」は山ほどある

プロボクサー時代の高橋さん。ユニフォームの胸元には「ワクチン」の言葉を掲げて
私のモットーは、人生一度きりだから、後悔しないように何でもやってみること。だから、フットワークだけはすごく軽いんです。
ウクレレ、ギター、ベース、ピアノなど、ちょっとでもやりたいと思った楽器はなんでも買ってみるんですけど、すぐに飽きました。スケートボードも買ったけど、練習する場所がなくて自宅に放置してあります。
つまり、ボクシングにたどり着くまでに、たくさんの飽きてしまったことがある。私が手を出した中で今も続いているものって、50分の1個くらいですよ(笑)
でも、そんなことを繰り返していると、「これに手を出しても、多分飽きるな」というのが分かってくるんです。
私の場合、運動系の趣味は比較的続くけど、練習する場所が限られるものや、大人数で練習時間を調整する必要があるものは性に合わない。
恋愛だって、たくさんの人と接する中で自分に合う人が分かってくるじゃないですか。数を打てば当たるの精神で、いつか自分にぴったりくるものが見つかればいいかなって思っています。
それに、これまでに飽きてしまった趣味も無駄だとは思っていなくて。その時の自分には合わなかったけど、時間が経てばまたやりたくなるかもしれない。こうやって笑い話にもなっていますし、気楽に考えています。
仕事でも2021年7月、私が発案した月経困難症(生理痛)の専門外来が勤務先の大学病院に新設されました。
【月経困難症(生理痛)専門外来】
東邦大学医療センター大橋病院産婦人科で、明日から毎週火曜日午後に専門外来の担当をさせて頂く事になりました!
他にもPMS、PMDD、過多月経など月経に関して困っている方は誰でも受診できます。
セカンドオピニオンも受け付けております。https://t.co/GxP3J2kbWb pic.twitter.com/UpiSxUYGAD— 高橋怜奈/産婦人科医YouTuber (@renatkhsh) July 19, 2021
私みたいな若手の医者が専門外来を作る例はあまりないので、「私なんかがやって大丈夫かな?」って一瞬思いましたけど、教授も後押ししてくれて。これも、フットワークが軽いからこそできたような気がしますね。
実際のところ、月経困難症の治療はどこのクリニックでもできるんですけど、理解ある医師ばかりではないのが悲しい現実。
せっかく病院に行ったのに「なんで生理痛でここに来たの?」というような態度をとられ、嫌な思いをしてしまった人たちの声を聞くことも。
そういう人たちが「専門外来だったら大丈夫かな」と思って受診してくれたらいいなと思います。
「やればよかった」って、絶対に後悔したくない

病院で診察を行う高橋さん
やりたいことを何でもやるのは大変なこともあるけれど、私はこういう生き方をしてきてよかったなと思います。
後から「やればよかった」って思うのが嫌なんですよ。
私は小さい頃に祖父や親戚、友人を亡くしたことがあって。その時に、「最後にありがとうって言えばよかった」「あの時に会っておけばよかった」と思うことが何度かあったんです。
仕事をしていても、患者さんの中には突然がんを宣告されて、急遽入院生活を送らざるを得なくなる人もいます。場合によっては後遺症で、退院後に好きなことができなくなってしまうこともある。
そういう人生をたくさん見てきたからこそ、元気なうちに何でもやっておきたいなと思うようになりました。誰しも明日も生きているかは分からないわけだから、少しでも後悔しないように生きたいんです。
それは、趣味や仕事だけでなくて、人との関係も同じ。
21年に結婚したのですが、「喧嘩したまま家を出ることは絶対にしない」と夫婦で決めているんですよ。喧嘩したまま家を出て、もしも出先で夫や私が死んでしまったら、絶対に「あの時ちゃんと話し合っておけたら」って後悔しますから。
ボクシングでプロの世界を引退した今は、YouTubeやTwitterなどSNSの発信をもっと頑張りたいと思っています。
『生理痛があるけど痛み止めで治ります。それでも産婦人科行った方がいいですか?』
という質問がよくきますが、あなたの生理痛は『痛み止めで治まる生理痛』
なんじゃなくて『痛み止めがないと治らない生理痛』なんです。
『月経困難症』として治療ができます。
産婦人科でお待ちしております。— 高橋怜奈/産婦人科医YouTuber (@renatkhsh) September 15, 2020
ネットを通じて不特定多数に向けて発信すれば、普段の診療で伝えていることを、病院に来ない人にも伝えられる。
特に産婦人科は、まだまだ受診のハードルが高いのが現状だと思います。何らかの症状が出ない限り、受診しない人の方がきっと多い。
そういう人に向けて検診の大切さや正しい健康知識の発信を続けて、「知らなくて後悔する人」を減らしたい。
あとは、長生きしたいです。いろいろな趣味と出会うために、健康に長生きがしたい。
最近はベリーダンスで使う太鼓を買ったので、夫に叩いてもらって家で踊ろうと思って。昨日届いたので、これから夫婦で練習しようと思っています。
この先もどんな新しいものと出会えるのか、すごく楽しみです。
書籍紹介

『おとなも子どもも知っておきたい新常識 生理のはなし』(主婦と生活社)
産婦人科医YouTuber・高橋怜奈先生と一緒に、どうして生理が来るのか、生理が起こる仕組み、生理期間中のトラブル解決方法、生理の貧困問題、生理が原因で起こる病気のことなどをマンガで学べます。子どもも大人も「そうだったのか!」と思える内容が満載です!
取材・文・構成/天野夏海 編集/栗原千明(編集部) 本人写真/高橋怜奈さん提供
『「私の未来」の見つけ方』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/mirai/をクリック