【映画監督 大九明子】超人見知りでもリーダーはできる。秘書・ピン芸人・俳優…紆余曲折のキャリアから学んだ仕事の向き不向き

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります

得意なことや好きなことだけを仕事にできる人なんて、ほとんどいない。

多くの人が、「なんで私はこの仕事をやっているんだろう」と思いながら、苦手なことや向いていないことに取り組んでいる。

映画監督の大九明子さんも、その一人だ。

大九明子さん

昔からものづくりは好きだった。だけど、根っからの人見知りで、とてもチームの長として指揮をとるようなリーダータイプではない。

そんな自分が、ものづくりの頭である映画監督をやっていることに「どうしてこうなったんだっけ?」と不思議に思うこともあると言う。

「ちっともリーダー気質ではない」という大九監督は、どのようにチームを率いているのだろうか。

配信ドラマだからこそこだわった、リアルな咀嚼音

現在、Amazonプライム・ビデオにて独占配信中のドラマ『失恋めし』。

本作のメガホンをとった大九さんは、原案となった木丸みさきさんの『失恋めし』を読んだとき、ある絵が心に残ったと言う。

大九さん

コミックの「はじめに」というページの1コマに、失恋した女の子が涙をちょちょぎれさせながらも、にっこり笑っておそばを食べている絵があったんですね。

大九さん

それがとってもかわいくて、この作品の感情の振れ幅のマックスはここだなと。

あの絵から感じられた空気感を目指して、寝る前に見たくなるようなゆるいドラマをつくっていこうと決めました。

その言葉通り、オフビートな空気感にまったり心をほぐしつつ、おいしそうな「失恋めし」の数々におなかが鳴るドラマが誕生した。

大九明子さん
大九さん

食べ物が主役というよりは、出てくる食べ物がどう登場人物に影響を与えるかが大事。だから、いわゆるシズルカット(食欲をそそるようなカットのこと)はあまり意識していません。

出てきたものを、俳優の皆さんがおいしそうに食べる。その瞬間を逃さず撮ることを心掛けました。

特に大九さんがこだわったのは、咀嚼音。それも見る側の食欲を刺激するためではなく、「食べ物がどう俳優の体を通過していくかを大事にしたかったから」だと明かす。

大九さん

もちろん効果音で整えることもありますが、基本的には現場の音をそのまま生かすようにしています。

なので、俳優さんにはなるべく本番まで食べるのを我慢してもらって(笑)。おなかを空かせた状態でリアルなリアクションを頂戴しました。

大九さん

特に今回は配信作品としてのスタートなので、イヤホンをして見る人も多いのかなと思って、音にはこだわりを込めています。

多数決では決めない。リーダーの役割は、軸を持って決定すること

何とも言えない「ゆるさ」が持ち味の本作品。この世界観をつくり上げるためにも、時には意見を戦わせなければいけない場面もあったという。

大九さん

打ち合わせの段階では、「ここで主人公が大失恋をして……」とドラマチックな展開を望む声もしばしばあって。

その度に「違う」「それはだめ」と主張しました。

大九さん

あの、泣きながらも笑顔でごはんを食べている絵を見せて「私たちがつくるのはこういうドラマです。ドラマチックな展開を入れたいなら、オリジナル作品でやるべきだ」と説明したんです。

大九明子さん

作品づくりは、チームによる共同作業。意見が割れることは珍しくないだろう。

そんなとき、チームリーダーの監督である大九さんはどうするのか。答えは、とても明快だった。

大九さん

作品をつくる上での話し合いは、意見のちょうど間をとればいいというものではない。なので、たとえ意見が割れたとしても「多数決では決めません」とはっきり申し上げています。

大九さん

そして、監督である以上、作品づくりに対する決定権は自分にある。その責任を全部背負って、OKなのかNOなのか、私が決断するしかないんです。

いい仕事は、多数決では生まれない。だけど、そんなふうに腹をくくれる人は多くはない。

大九さん

私自身も、もともとリーダータイプでもないんですよ。集団行動とか苦手ですし、一人が大好き。

なんで私のような、いつまでも人見知りが治らない人間がこんな集団でものを作る仕事をやってるんだろうと、ふとわれに返ることもしょっちゅうです(笑)

それでも、大九さんは自らの決断で現場という船を前へ前へと動かしている。

何かを決めるのが苦手。人を引っ張るのが得意ではないーー。そんな悩める女性に向けて、大九さんはどんな言葉をかけるだろうか。

大九明子さん
大九さん

そりゃあできないよね、って言うと思います(笑)。 私だってすごく嫌だし、やらなくていいならやりたくない。

でもそこは仕事ですから。ちゃんと決めて指示を出さないと、一緒に働くチームメンバーや後輩は困ってしまうでしょう?

大九さん

誰かが決めないと物事は動かない。だから間違えているかもしれないけれど「私はこうすべきだと思う」と決断していかざるを得ないんです。

これは仕事だとスイッチを切り替えて、別の自分をつくるくらいの気持ちでやったらいいんじゃないでしょうか。

祈るような気持ちで作品をつくる。自分の「面白さ」を信じて

その上で、リーダーの仕事は「命令ではない」と語る。

大九さん

私が現場でやっているのは、やりたい物事のイメージを伝えて、可能ならやってもらい、不可能なら可能にする方法を探す作業。命令ではなく、「説得」とか「お願い」に近いですね。

大九さん

立場が上とか下とかではなく、周りの人は自分にできないことをやってくれる仲間だと思えば、リーダーになることが少し怖くなくなるんじゃないでしょうか。

大九明子さん

何よりも、決定権を持つ人間だから得られる喜びもある。

大九さん

私が執心しているのは、とにかく自分が面白いと思うものをつくること。自分が見たいと思うものをつくること。だから現場での判断軸は、私が面白いと感じるかどうか。皆さんにはそこに乗っていただくように伝えています。

ただ、そこにはとてつもない心細さが伴うんです。自分が感じた面白さがちゃんと届くのか、四六時中不安でしかない。

大九さん

私にとって、作品づくりとは祈りみたいなもの。自分のつくったものが、届くべき人に届けばいいなと、いつも祈るような気持ちで取り組んでいます。

だからこそ、それがちゃんと届いた手応えを感じられたときは本当にうれしい。観た人から感想の声をいただくことで「届いているんだ」と実感し、自分をちょっとずつ安心させてあげられているんです。

今や話題作を連発する人気監督だが、その道のりは決して順調ではなかった。

大学卒業後は秘書として働くも、4カ月で退職。その後は芸人になったり、俳優になったり、紆余曲折の日々が続いた。

そんな過去を振り返り、「どれも寄り道ではなかった」とかみしめる。

大九さん

いろんなことをやってみないと、自分に本当に向いているものが何なのか分からなかったんですよね。

ピン芸人を目指してお笑いの道を目指してはめっためたに挫折したり、俳優事務所に拾われたものの、やってみたら全然向いていないことに気付いたり。

大九さん

そうやっていろいろやってみた結果、自分は表に出ることじゃなくて、ものづくりがやりたかったんだと分かった。このプロセスがなければ絶対今の自分には至らなかったので、無駄ではないと思うんです。

もしも今、行きづまりを感じる方がいたとしても、数年後に振り返ってみれば、その挫折や模索が違う道で生きているかもしれませんよ

大九明子さん

それが、超人見知りな映画監督・大九明子さんからのメッセージだ。

これが絶対、というリーダー像なんてない。迷ったりもがいたりしたすべての時間が、あなただけの、あなたらしいリーダー像を築き上げるのだ。

<プロフィール>
大九明子(おおく・あきこ)さん

横浜市出身。1997年に映画美学校第1期生となり、1999年、『意外と死なない』で映画監督デビュー。2017年に監督、脚本を務めた『勝手にふるえてろ』で、第30回東京国際映画祭コンペティション部門・観客賞をはじめ数々の映画賞を受賞。『私をくいとめて』(20)が、第33回東京国際映画祭・TOKYOプレミア2020にて史上初2度目の観客賞、第30回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。最新作『ウェディング・ハイ』が3月12日全国公開予定。
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作品情報

失恋めし

ドラマ『失恋めし』
Amazonプライム・ビデオにて全10話独占配信中

※読売テレビにて2022年7月放送予定

原案:木丸みさき『失恋めし』(KADOKAWA/刊)
監督:大九明子
脚本:今井雅子
出演:広瀬アリス 井之脇海 村杉蝉之介 臼田あさ美 安藤ニコ 若林拓也 ほか各話ゲスト
公式HP ◆Twitter ◆Instagram

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取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)