スプツニ子!が語る「女性活躍は逆差別」という考え方が大間違いな理由。構造的差別を無視する日本社会の盲点
アーティストのスプツニ子!さん。『生理マシーン、タカシの場合』など、テクノロジーを用いたアート作品を通じて、世の中のジェンダー問題に一石を投じてきた。
そんな彼女が起業し、2022年4月にローンチしたのが法人向けダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)推進サービス『Cradle(クレードル)』だ。
『Cradle』では主に、「女性の健康」をサポートするサービスから展開する。これまでアーティストとして活動してきたスプツニ子!さんは、なぜ今起業家として歩み始めたのだろうか。
自身の出産経験も反映された『Cradle』をローンチ
私は両親が数学者だったこともあり、小さい頃から数学が得意でした。
でも理系分野に進学すると女性は少なく、大学のコンピューターサイエンス専攻では100人のクラスに女性は9人しかいなかった。疑問に感じて調べたら、テクノロジー進歩の歴史の中で女性のニーズや課題が忘れ去られてきた事実を知って。
それ以来、そういった社会の偏りやバイアスを解消することを自分の中のテーマに掲げて、アーティストとして活動をしてきました。
その活動の中で、もっと女性の健康に関する幅広い悩みをサポートしたいと考えたことが、『Cradle』を立ち上げたきっかけです。
私はPMSを和らげるためにピルを服用したり、妊娠・出産のタイミングに悩んだことから卵子凍結をしたりと、自分の体に向き合いながら仕事とプライベートのQOL(Quality of Life)を上げようとしてきました。
特に33歳で卵子凍結をしたことが大きくて。自分の出産の悩みを減らすために主体的にアクションしたことで、何か人生が変わったような感覚があったんです。
だから最初は卵子凍結を中心とした事業ができないかと構想していたのですが、日本企業の女性たちと話をするうちに、もっと多様な悩みを持っていることに気がついて。
生理、妊娠、出産、子宮内膜症や乳がんなどの病気、更年期障害……同世代の女性だけではなく、さまざまな年代の女性が何かしら体に関する悩みを抱えている。
こういった女性の健康をサポートし、D&Iを包括的に支援する事業として『Cradle』はローンチしました。
I just published "Why I, an artist and designer, started a femtech company" https://t.co/PxuaXIhVwY
— Hiro Ozaki🚀🚀 (Sputniko!) (@5putniko) February 5, 2022
実は『Cradle』の準備中だった2021年9月、私は初めての出産を経験しました。
ずっと産むタイミングに悩んでいたのに、結果的にめちゃくちゃ忙しい時期と重なったんですよ(笑)。ライフイベントは全く思い通りにはいかないものだと痛感しましたね。
でも、自分でもびっくりするぐらい、妊娠・出産と並行して、仕事の面でもやりたいことが全部できたんです。
というのも、私はリサーチ魔で。出産や育児支援に関することなんかをめちゃくちゃ調べて、スムーズに早期復帰するための設計をしました。
例えば、24時間対応で無痛分娩ができるクリニックを探したり、母乳とミルクのどちらがいいのかを調べるために海外の論文を読み漁ったり。
産後についても、すぐにベビーシッターさんに来てもらう方法を調べる中で、保育園と変わらない料金でベビーシッターサービスを依頼できる地方自治体の居宅訪問型保育事業があることを知り、実際に活用しています。
連休楽しかった👶
It was a fun weekend🍀 pic.twitter.com/h4gnbJ7gvr— Hiro Ozaki🚀🚀 (Sputniko!) (@5putniko) February 14, 2022
もともとプログラマーだから、分解して考えてハックするのは好きなんです。
結果、出産2日前まで仕事をして、出産から10日後には通常通り仕事をしていました。もちろん、肉体の回復には個人差があるので、これはあくまで私の個別の事例ですけどね。
こうした自分の出産経験は『Cradle』の事業を考える上でもプラスの影響がありました。
キャリア、健康、ライフイベント……女性ならではの課題にぶつかる当事者の一人として、より必要とされる情報やサービスを届けられるようになったのではないかと思います。
選択肢を知っていれば、可能性は広がる
先ほどお話しした私の出産経験は、仕事復帰のスピードからしてかなり極端なケースだと自覚しています。これがみんなの理想ではありませんし、決して人におすすめもしません。
ただ、私は起業したばかりだったし、出産2カ月後には香港でのアート作品展示も控えていて。すぐに日常生活に復帰したかった。自分にとってはそれがとても大事なことだったんです。
そして、理想とする働き方を出産後すぐに実現できたのは、それを可能にするための選択肢を知っていたからだと思います。
特に生理や妊娠・出産など女性性が強い領域では、医療に対して積極的ではない人が多いなと感じます。「良いものをしっかり食べて体の巡りを良くすれば大丈夫」といった自然志向の医食同源の考え方が強いというか。
もちろんそれも一つの考え方ですが、それによって失うこともあるかもしれません。
せめて婦人科で定期検診をしっかり受けて不調がないか調べたり、その上で体調やライフプランに応じてピルやミレーナを使うなど、「医療に頼る」という選択肢も考えてみてほしい。
決して「こうすべき」という風な押し付けはしたくはないけれど、科学的な事実を知った上で自分がどうしたいのかと考えるだけでも、とれる選択肢も働き方の可能性もずっと広がると思うんですよね。
自分の体にもっと向き合うことで、仕事もプライベートも選択肢が広がっていくことを『Cradle』を通じて伝えていきたいと思います。
日本には「構造的差別」があることを自覚してほしい
日本は平等意識が強く、女性の健康支援というと「女性に限定するのは不公平では?」と言う人もいます。
そんな人に目を向けてほしいのが「構造的差別」です。
これは日本で理解が広まっていない概念ですが、英語圏では「Structural sexism(構造的性差別)」や「Systemic racism(構造的人種差別)」など、共通認識として広まっています。
構造的差別は、たとえ一人一人に差別意識がなかったとしても、社会や企業の構造によって引き起こされるもの。
例えば日本企業では、メタボ(メタボリックシンドローム)支援が健康経営の最もポピュラーなテーマの一つです。でも、データを見るとメタボになるのはほとんどが男性。
男女で比較すると、30代女性は17分の1、40代女性は4分の1の割合しかメタボになる人はいません。
つまり、企業の構造に偏りがあると、男性にとっての健康課題を社会全体の課題と思い込んでしまうんです。企業で決定権を持っているのが男性だと、無自覚にそうなってしまうのでしょう。
一方、女性のほとんどが生理や妊娠・出産、更年期に関する悩みをライフステージの中で抱えます。それなのに「女性だけだから、そこに対応するのは不公平になる」と悪気なく言われてしまう。
このように構造の偏りによって、特定の性別や属性に不利な状況が生じてしまうのが、構造的な差別です。
「能力があれば性別なんて関係ない」
「女性活躍って逆差別じゃないの?」
こういった声は日本でよく耳にしますし、耳障りも良い。実際、本当にジェンダー平等が達成されて、男女関係なく活躍できる社会が訪れていれば、その通りだとも思います。
でも、今の日本社会は2021年のジェンダーギャップ指数で156カ国中120位の国です。
そんな中で「能力があれば性別は関係ない」というのは、すごく残酷です。事実、たった3年前まで、医大が女性受験生の点数を組織で操作していたわけですから。
また、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)も根強く残っています。
「女の子だからそんなに勉強しなくていいんじゃない?」と言われてしまうこともあるし、出産した女性が重要なポストから外されてしまうこともある。
他にも家事育児などの家庭内労働は圧倒的に女性の役割になってしまっているし、男女間の賃金格差なども明確にある。ジェンダーの課題は山積みです。
こうした構造的差別を無視して「男女平等」を謳うのは、「公平」ではありません。これが日本では盲点になっていることがとても多い。日本社会は構造的差別をきちんと自覚し、向き合わなければいけません。
政府が掲げる女性管理職30%目標に対して「女性に下駄を履かせている」という声もありますが、現状の構造のデザインを変えられるのは管理職や経営層です。
そこにダイバーシティが必要であり、だから女性が3割入ることが重要なんです。これまではそもそもの差別的構造によって、「男性が下駄を履いていた」とも言えます。
例えば、日本の女性医師の割合はOECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国中最下位です。
こうした現状下で、何が起きているか。
例えば、低用量ピルの承認が遅れたり、無痛分娩が普及しなかったりと、女性の医療がケアされにくくなっています。そして、医学の世界が男性ばかりの状況では、女性特有の病気に対する研究の発展も遅れる可能性が十分ありますよね。
また、女性議員比率も残念ながらOECD加盟国で最下位です。すると、強制性交罪(被害者がかなり抵抗しないとレイプと認められない)改正や選択的夫婦別性など、女性の不利益を改善するのに必要な法律や施策がなかなか通らない。
これらも、構造的な差別によって起きていることです。
国際的な多様性、LGBTの理解など、D&Iで扱うべきテーマは女性だけではないですが、日本の場合はまず構造的な性差別をなくしていく必要があると思っています。
「あなたはノーベル賞を取るのよ」と言われて育ったから、今がある
メディアやセミナーでこうした構造的差別の話をすると、「すっきりした」「違和感があったことを説明できるようになった」など、女性からの反響が多くあります。
「女性活躍は逆差別」みたいな発言にモヤモヤした経験がある女性は、たくさんいるのでしょうね。
そういう場面で自ら説明する自信がない人は、構造的差別やアンコンシャスバイアスの記事を共有して、考え方を広めるといいと思います。データ等を提示することで客観的な目線で伝えられると思います。
あとは、会社で女性社員同士が集まるコミュニティーをつくるのもおすすめです。構造的差別そのものを一人で変えるのは難しいけれど、コミュニティーがあれば社内を変えるボトムアップになるはずです。
実際に幅広い年齢層の有志社員で集まって話し合ったり、ゲスト講師を呼んで勉強会をしたりといった企業事例もたくさんあります。
社会全体を見ても、ゴールドマン・サックス証券元副会長のキャシー松井さんや、OECD元東京センター長の村上由美子さんなど、構造的な差別に直面しながらキャリアを積んだ女性の多くは、現状の構造にメスを入れようとしています。
一緒に声をあげてくれる仲間を探してみると、社内にも味方になってくれる人が思っているより多くいるんじゃないかな。
私も、自分より若い世代が構造的差別に悩まなくて済む社会をつくりたい。『Cradle』の女性の健康支援も、構造的差別を解消する一つの手段です。
そして、もう少し先の未来では、女の子たちがジェンダーステレオタイプに縛られずに生きられる世の中になったらいいなと思います。
子育てをする中で、産まれた瞬間から「こうあるべき」が押し付けられていることを実感するんですよ。
例えば、「女の子が生まれる」と周囲に伝えた結果、出産祝いのほとんどがピンクやフリフリ系のものばかりだったんですよね。とてもありがたいんですが、夫と一緒に戸惑いました。
無自覚に「女の子はかわいらしくあるべき」というメッセージを出していないか。大人の私たちが気を付けた方がいいのかもしれません。
というのも、やっぱり周囲の大人の影響は大きいんですよ。
Cradleの共同創業者の女性は、新潟で生まれ育って、一般的な日本の学校に通っていたのですが、私がこれまで出会った日本育ちの女性と比べて「私が世界を変える!!」っていうオーラが強いんです。彼女は実際にシリコンバレーで起業もしていて、本当にカッコよくて。
「なんでそういうふうになったの?」と聞いたら、「あなたは世界の王になるのよ」とお母さんから常に言われて育ったらしくて(笑)
私も両親から「あなたはノーベル賞を取るんだ」と言われて育ってきたから、今のこういう自分でいられるんだと思います。ノーベル賞とは全く縁がないけど!
この間、公園にいたときに3~4歳の男の子が「おれがお前を倒してやる!」と言いながら剣を振り回し、架空の敵に向かって全速力で走っているのを見かけたんです。
すごく微笑ましかったんですけど……ふと、公園でそういう豪快な3~4歳の女の子ってあまり見かけないなと思って。
子どもの頃からのしつけや、周りの教育で、もしかして既に3~4歳の時点でそういったジェンダーステレオタイプが子どもたちに生まれてるのかもしれない。
それで、私の娘が数年後に公園で「私がお前をブッ倒してやる!!!」って言いながら元気に走りまわっていたら「カッコいい! 世界を救ってくれー!」って応援する親になりたいなと思ったんですよね。
そして、そういう女の子たちが大人になっても、自分の可能性を信じてパワフルにチャレンジし続けられる世の中にしたい。
そのためにも、まずは『Cradle』を通じて、D&Iのサポートと女性の体のケアを企業がセットで考えるカルチャーを当たり前のものにしていきたいと思います。
取材・文/天野夏海 人物写真/ご本人提供