「女性車掌に一目ぼれ」「父の姿に憧れて」地下鉄運転士・バス乗務員へ…横浜の交通を支える二人の母の背中

産休・育休を取得して仕事に復帰する。本来、女性が当たり前に選べる選択肢であるはずなのに、中には育児との両立のために好きな仕事や夢を手放さざるを得ない人もいる。

そこで今回は、「やりたいこと」を諦めなかった二人の女性のヒストリーを紹介したい。

横浜市交通局

清水幸美さん(仮名・写真右)と内田明日香さん(仮名・写真左)は、横浜市交通局の職員。二人とも、子育て中の母としての顔も持つ。

入局後に産育休を取得し、現在も地下鉄運輸職員・バス乗務員として働き続けている清水さんと内田さん。男性が多いイメージのある業界だが、彼女たちは口を揃えて「今の仕事が好きだから、ずっと続けていきたい」と言う。

出産などでライフステージが変わっても、自分らしく仕事を続けていくための秘訣を聞いた。

<地下鉄運輸職員・清水幸美さん(仮名)>
偶然見かけた女性車掌に一目惚れ。制服姿で働く自分を夢見て転職

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横浜市交通局 地下鉄運輸職員
清水幸美さん(仮名)

高校卒業後、食品メーカーに経理として入社。2003年に横浜市交通局に入局し、駅務員として勤務後に車掌に。ワンマン運転化に伴い運転士養成科入所選考を受験し、運転士となる。二度の育児休業を取得し、7歳と2歳の二児の母

私が地下鉄運輸職員になったきっかけは、約20年前、旅先で女性の車掌さんを見かけたことでした。

当時は、高校卒業後に入社した食品メーカーで経理として働いていました。会社や仕事に不満があったわけではありません。

ただ、制服を身にまとって、凛とした眼差しで働く車掌さんの姿がとてもかっこよく見えて。人生で初めて「こうなりたい」と強く憧れました。

そこからは、今思うと後先考えていなかったな、と思うくらいに夢に向かってまっしぐら。

車掌になる方法を調べる中で横浜市交通局を知り、すぐさま応募。入局が決まった時はまだ21歳でしたが、「これを一生の仕事にするんだ」と意気込んでいました。

初めは駅務員として配属され、駅の改札でお客さまの対応を。その後、試験や研修を受けて、晴れて車掌になりました。本当にうれしくて、毎日が充実していましたね。

でも、日本全国の公共交通機関でワンマン運転化(※乗務員が一人で電車を運行すること)が推進されるようになって。横浜市交通局も例外ではなく、2008年に車掌のポジションが廃止されることになってしまったんです。

夢だった車掌の仕事ができなくなってしまうことはショックでした。ただ、車掌として働く中で、背中を見続けてきた「運転士」に憧れる気持ちも芽生えていたんです。

これは、新しいことにチャレンジするいい機会なのかもしれない。そう気持ちを切り替えて、運転士を目指すことに決めました。

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運転士養成科入所選考に合格して、地下鉄を運転するために必要な免許を取得。いざ運転士になってみると、時刻表通りに確実に運行しなければいけないというプレッシャーは想像以上でした。

それでも、まさか自分が運転士になれるとは思ってもいなかったので、できることが増えていく感覚が純粋に楽しかったですね。

ですが、運転士として経験を積み、一人前と言ってもいいかな、と思えるようになってきた頃。第一子の妊娠が発覚したんです。

家庭の状況的に、家事や育児はほぼ一人でこなす必要がありました。正直なところ、運転士という特殊な仕事と子育てを両立できるイメージが湧かなくて。「もしかしたら、もう運転士としては働けないかもしれない」という喪失感に襲われました。

「安心して働けるように」という親身なサポート。二度目の育休は怖くなかった

約1年間の育休の間に、上司や人事と面談する機会がありました。育児と両立できる自信がないこと、しばらく現場を離れたことでスキルが失われているのではないかという不安など、率直な気持ちを伝えたことを覚えています。

すると、皆さんとても親身に相談に乗ってくれて、「保育園は何時から何時までの予定?」「一日の乗車時間はこんな感じだったら無理なく働けるかな?」と、具体的にスケジュールを組みながら、私が安心して戻れるように調整してくださったんです。

おかげで、次第に復職後の自分がイメージできるようになっていきました。それに、乗務に戻る前には、運転士として復帰するための研修が用意されていたので運転技術もしっかり確認することができたんですよ。

そもそも、車両編成やルールなどは時期によって変わることがあります。定期的に学び直す必要があるのは、みんな同じ。育休などで現場を離れたからといって、大きな差がついてしまうのでは、と不安に思う必要はなかったようです。

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復職から約4年後、第二子を授かった時は、第一子の際に感じたような不安はありませんでした。サポートの手厚さも知っていましたし、一度育休からの復職を経験したことで「どうにかなる」という自信がつきましたしね。

現在は、始業か終業を最大2時間ずらして働くことができる「部分休業」という制度を利用しています。

朝は6時前後に起きて朝ごはんを作り、子どもたちを保育園と小学校に送ってから9時半に始業。休憩を挟みながら6時間程乗務し、16時頃には職場を出て子どもたちのお迎えに行くのが毎日のスケジュールです。

仕事に専念したいという夫を応援するため、子どもが二人になった今も、育児はほとんどワンオペです。子どもの体調不良で休まざるを得ない日もありますが、有給休暇とは別に取得できる「子の看護休休暇」があるので、とても助かっていますね。

育児はいつか終わる。だから、ずっと仕事で挑戦し続けたい

二度目の育休から復職した頃は、毎日が慌ただしく過ぎていきましたが、今では自分なりのペースをつかんで働けるようになってきています。

そこで思い切って、助役という、駅務員や運転士のマネジメントを行うポジションに就くための試験に挑戦しました。

「いつかチャレンジしたい」と思っていましたし、上司からも「頑張っている姿を見てきたから、応援するよ」と後押ししてもらいまして。面接の練習など試験対策にも協力してもらった結果、無事に合格することができました。

もう少し研修を重ねたら、助役デビューする予定です。若かりし頃に抱いた憧れから車掌になり、運転士になり、そしてまた新しい仕事へ……と、常に成長し続けられる環境に感謝しています。

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育児と仕事の両立は、確かに楽ではありません。でも、育児はいつか終わりがきますよね。大変な時期も、過ぎてしまえばきっと一瞬なんだろうなと思うんです。

だからこそ、育児だけじゃなく、仕事でもできることを増やしていきたい。そして、仕事を楽しんでいる姿を子どもたちに見せていきたい。いつかは子どもたちにも、私のように夢中になれる仕事を見つけてほしいなと願っています。

<バス乗務員・内田明日香さん(仮名)>
祖父と父の背中を追いかけて叶えた、バス乗務員という夢

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横浜市交通局 バス乗務員
内田明日香さん(仮名)

前職は携帯電話会社勤務。バス乗務員だった祖父・父の影響で大型二種免許を取得し、2019年に横浜市交通局に入局。一児の母でありつつも、育休復職後もフルタイムで勤務している

以前は携帯電話の販売職として働いていたのですが、職場まで片道3時間かかっていたこと、長く働いていくための手に職をつけたいと思ったことで、転職を考えるようになりました。

そんな時に真っ先に思い浮かんだのが、バス乗務員。実は、私の祖父と父もバス乗務員なんです。

小さい頃からバスを運転する祖父や父の姿を間近で見ていましたし、父にも「大型二種免許は持っていて損はない」と昔から言われていて。学歴や職歴に関係なく仕事に生かせるから、という意味だったんだな、と改めて気付きましたね。

その後、大型二種免許を取得して、横浜市交通局に入局しました。祖父も横浜市交通局で働いていたので、馴染みが深かったんです。ずっと眺めてきた祖父や父と同じ仕事に就けるんだ、と思うとわくわくしました。

座学研修や実技試験を経て、迎えた乗務デビュー。祖父たちの姿を見てイメージしていたはずなのに、いざバスを運転するとなると途端に緊張してしまって。バス停4つ分くらいの、短い距離。お客さまも数名でした。それでも、「人の命を預かっている」と思うと、足が震えそうになった。あの感覚は今でも忘れられません。

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それでも、慣れていくと次第にバスを運転することが楽しくなっていきました。お客さまから「ありがとう」「あなたの車内アナウンス、いいわね」と直接言葉をかけていただくこともあるんですよ。

僅かな時間でも、毎日たくさんの方とコミュニケーションを取ることができる。祖父や父にとってそうだったように、私にとってもバス乗務員の仕事は天職だと感じました。

子どもがいても、フルタイムで働きたい。支えてくれた家族と職場の仲間

妊娠が分かったのは、乗務デビューから1年ほど経った頃のこと。初めての妊娠・出産でしたが、一般的には予定日の6週間前から開始となる産休が8週間前から取得できたので安心して過ごすことができました。産休中も基本給が満額支給されたことにも驚きましたね。                  

育休を取得している間も「バス乗務員の仕事が好き」という気持ちが失われることはありませんでした。なので、復職後の働き方について夫に相談したんです。できるなら、これまでと同じような働き方がしたい、って。

夫は私の仕事に対する思いを知っていたので、「分かったよ」と言ってくれました。おかげで復職した今も、私はフルタイムで働いています。

「本当にやっていけるだろうか」という不安がなかったわけではありません。子どもがいると、急にお迎えが必要になったり、仕事を休まなければいけなくなったりもするに違いない。この仕事で、そんな対応ができるのかな、と。

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ですが、いざ復職してみて、その不安は杞憂だったとすぐに思いました。

どうしても早退しなければならない時は、同僚に乗務を代わってもらう必要があります。初めのうちは「迷惑をかけてしまっている」と申し訳なく思っていたのですが、そんな私の様子を察して「僕の都合が悪い時、代わってくれたでしょ? お互いさまだよ」と言ってもらったことがありました。

その言葉で、心が軽くなったんです。そして、私は私ができることでお返ししていこう、と思えるようになっていきました。

まだまだ男性の方が多い職場ですが、お子さんのいるパパもたくさん。育休を取得している男性職員も多いんですよ。パートナーと協力し合って家事や育児をしている人ばかりなので、仕事のことから子どものことまで、なんでも相談できて心強いですね。

憧れの父を追い越して、自分も子どもの「自慢のママ」になりたい

運転中は安全第一なので、プライベートのことは一切考えません。「いかにお客さまを安全に目的地まで運ぶか」だけに意識を集中させることが大切です。

その代わり、お休みの日には子どもとたくさん触れ合うようにしています。私自身、幼い頃は父の仕事が忙しく、寂しい思いをしたこともありました。なので、子どもに同じ思いをさせたくないんです。仕事は大好きですが、メリハリをつけて家族との時間も大事にしていきたいですね。

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子どもはまだ1歳ですが、すでに乗り物が大好きみたい。休みの日に、一緒にバスに乗って出掛けることも多いんですよ。子どもがもう少し大きくなった時、「僕のママはバスの運転手さんなんだよ」と自慢できるような母でありたい。それが一番の原動力ですね。

そのためにも、まだまだ挑戦できることはたくさんあります。当面の目標は、マスタードライバーになること。合格するためには、接遇スキルと運転技術を極めていく必要があります。

マスタードライバーになると、リムジンバスの運転をするための試験に挑戦できるようになるんですよ。もっとスキルアップしていきたいですし、何より、憧れだった父よりも大きなバスを運転できたら気持ちいいだろうな、って(笑)。これからも経験を積んで、私の「手に職」を磨いていきたいです。

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取材・文/安心院 彩 撮影/竹井俊晴 編集/秋元 祐香里(編集部)