23 MAY/2022

元なでしこ岩清水梓「出産=引退しかない状況を変えたい」息子とピッチ入場の夢かなえたママプロWEリーガーが語った使命

人とは違う、自分もいい。
My Life「私たちの選択」

結婚する? 子どもを持つ? 仕事はどうする? 現代女性の人生は、選択の連続。そこで本特集では、自分らしく生きる女性たちの「選択ヒストリー」と「ワークライフ」を紹介します

いつか子どもは欲しいけれど、育休でブランクをつくるのは怖い。出産を経て職場に復帰した後もやりがいのある仕事はしたいけれど、それは実現できるのか……。

そんな不安を抱えている人に知ってほしいのが、子育てと両立しながら日本初の女子プロサッカーリーグ・WEリーグで活躍中の岩清水梓さんの生き方だ。

岩清水選手

2011年のFIFA女子ワールドカップドイツ大会で優勝し、翌年のロンドン五輪では銀メダルを獲得。

なでしこリーグでは実に13度もベストイレブンに輝く、正真正銘のトップアスリート。

そんな彼女は今、2歳になるわが子を育てながら活躍を続ける日本初の「ママプロWEリーガー」となった。

結婚、出産を前に引退する女性アスリートが多い中で、彼女はなぜ今の生き方を選び、かなえることができたのだろうか。

「結婚したら引退するもの」だと思い込んでいた

これまで日本の女子サッカー界では、30歳前後で引退する人が多かった。

岩清水さんも20代前半の頃は、子育てをしながらアスリートを続ける自分の姿を思い描けなかったという。

岩清水選手

©TOKYO VERDY

「20代の頃に一緒にプレーしていた先輩方は、引退されてから結婚・出産するという感じで、出産して戻ってきたのは私が知る限りたった一人でした。

だから、私も結婚したら引退するのかなってなんとなく考えていたんですよ。

今思えば、狭い世界にいて『それが当然』と思い込まされていただけなんでしょうけど。

ただ、当時もアメリカ代表にはママさん選手が何人かいて、お子さんが練習や試合を見に来ていることがありました。それを見て、すてきな光景だなとは思っていたんですよね」

30歳を過ぎて自分の選手生命について真剣に考え始めた頃、「子どもや家族を持ちたい」という気持ちも大きくなっていった。

そして、2019年の秋に岩清水さんは結婚を発表。その直後に妊娠も判明した。

「ちょうどチームも優勝したので、ここが変化の時なのかなって。率直に引退しようと思いました。

ちょうどリーグ戦を戦っている時期だったのですが、『この大会で終わり(引退)なのかな』くらいの気持ちでしたね」

岩清水選手

©TOKYO VERDY

引退に大きく気持ちが傾きかけていた。しかし状況は一転。現役を続ける決心をした。

きっかけは母の言葉。

「やってみればいいじゃない」という後押しが、当時の岩清水さんの心に突き刺さった。

「母から『宮本(ともみ)さんもやっていたんだから、あなたもやってみればいいじゃない』って言われてハッとして。サッカーと子育てを両立できるかどうか、その時点では全く分からなかったんですが、その言葉でチャレンジする方にシフトして、180度思考が変わりました」

岩清水選手

©TOKYO VERDY

元サッカー選手の宮本ともみさんは、2005年5月に長男を出産し、06年11月に現役復帰。日本代表の合宿時には息子を連れ、参加したこともあった。

練習中はベビーシッターが息子さんの面倒を見て、昼食をとるときやお風呂は一緒。その合宿に参加していた岩清水さんは、その光景をふと思い出した。

「私にもできるかも」

覚悟を決め、出産、子育てと現役復帰にチャレンジしたいと素直な気持ちをチームに伝えた。

岩清水さんは数多くの国際大会で結果を残し、国内屈指のセンターバックとして活躍してきたクラブにとっても欠かせない存在。彼女の出産がクラブにどれだけ大きな影響を及ぼすかは容易に予想がつく。

「出産前後、最大限のサポートで自分を支えてくれたクラブ、スタッフ、そしてチームメートには、本当に感謝しかありません」

妊娠中のトレーニングも産後の子育ても「全て試行錯誤」

妊娠中は体に負荷をかけすぎないトレーニングを中心に行い、産後なるべく早くアスリートの体へ戻すことを意識した。

岩清水選手

(C)SANO MIKI

「トレーニングはすべて試行錯誤でした。何しろ、同じ経験をしている人が身近にいないから、何が良くて何がダメなのかも分からない。

臨月の頃は起き上がるのも歩くもの大変で、トレーニングどころか歩くこともままならないし。その頃はずっとソファに埋もれていましたね(笑)」

月を追うごとに変化していく自分の体。かつては90分間グラウンドを走り回っていたのに、まともに体を動かすこともままならない。

本当に自分はグラウンドに戻れるのか。そんな不安も募った。

32時間に及ぶ難産の末、20年3月に待望の長男が誕生。初めての出産、子育ては手探り状態で、またもや分からないことばかり。岩清水さんも毎日必死だった。

「産後2カ月くらいまでは、全くサッカーのことが頭に入ってきませんでした。授乳で夜もまともに寝られなかったし、体力も精神力もすべて母親業に持っていかれましたね」

ただ、どんなに育児が大変でも、子育てと仕事(サッカー)の両立を諦めようとは思わなかった。

「両立すると宣言した以上、絶対やりたいと思いました。それに、新しいことにチャレンジしたいという気持ちも強かった。

自分がこのチャレンジをやりとげることは、サッカー界にも価値があることだと思ったんです」

リハビリをスタートして愕然「このままじゃ、戻れない」

産後3カ月目以降は、少しずつ自分の時間も持てるように。時間を見つけては体を動かし、復帰に向けてリハビリをスタートさせた。

だが、すべてが思い通りに運んだわけではない。コロナ禍の影響で行動が制限され、プラン通りとはいかなかったためだ。

また、思った以上に体力は落ちていた。軽いジョギングでも息が切れてしまう自分に愕然とした。

自分の体なのに自分の体ではないような、歯がゆい感覚。現実を受け入れるのに時間がかかった。

「とてもじゃないけれど、これではチームに戻れない、そう思いました。それで、医師や栄養士、トレーナーなど専門家の方に相談して。

自分の体がいまどんな状態なのか詳しく教えてもらい、『今は仕方ないんだ』と自分を納得させました」

焦っても仕方がない、やることをやっていくしかない。

そうやって折り合いをつけたことで、自分の状態を受け入れることができた。

「夢がかなった」息子を抱いて選手入場

岩清水さんは出産前、あることを心の中で決めていた。 それは、「試合のときに息子と一緒に選手入場がしたい」という目標だ。

「この夢を実現するには、まずチームでスタメンを取らなければいけない。とてもレベルの高いチームですから簡単にスタメンにはなれないので、だいぶ先になるかな、なんて思っていました。

だから、復帰当時のモチベーションは高かったですし、ここから壁に向かっていくぞという気持ちでしたね」

妊娠中のトレーニングや出産後のリハビリは、チームメートとは別の時間帯で行っていた。だからこそ、チームでの練習に久しぶりに復帰した時には、言葉にならない喜びがこみ上げた。

息子と試合のピッチに入場するーー。

出産前に描いた夢は、2022年3月5日の試合で復帰後初のスタメン出場を果たしてかなえた。

岩清水選手

©TOKYO VERDY

「試合が始まる前に後輩たちが、『息子さんにゴールを見せますね』『絶対に勝ちましょう』と言ってくれて。息子と入場したら感極まって泣いちゃうかもな、なんて思っていたんですが……。

実際は、久しぶりのスタメン出場という責任感や緊張感の方が勝って完全仕事モード(笑)。涙は出ず、ピリッとしていました」

自分の「当たり前」を「当たり前じゃない」と思わせてくれる“外の人”と交流して

国内初の「ママプロWEリーガー」となった岩清水さん。今後は、女子サッカーの世界にもっと多様な生き方を根付かせたいと意欲をのぞかせた。

『出産=引退』の選択肢しかないこれまでの状況を変えていきたい。

私がまだまだやれる姿を見せることで、これまでとは違う選択肢があることを見せていけたら。それが今の私の使命だとも思うんですよね」

岩清水さんが目指すのは、多様な選択肢があり、それを一人一人のアスリートが「選べる」世界をつくることだ。だからこそ、後輩たちには「もっと外の世界にも目を向けて」と呼び掛ける。

岩清水選手

©TOKYO VERDY

「狭い世界にいると外の世界が見えなくなって、今いる世界の常識が全てのように思えてくるんです。アスリートの世界では『出産=引退』ってまだ普通ですけど、『そんなこと、まだ言ってるの?』っていう世界も当然あるじゃないですか。

だから、自分たちにとっての『当たり前』が『当たり前じゃない』と気付けるように、海外の人たちと交流したり、異業種の人たちと話したり、そういう機会をたくさん持つといいよって後輩たちにはよく話しているんです」

昨年9月、日本女子サッカー界にもプロリーグが生まれ、より結果や責任を求められる立場となった。

「これまでは自分がやりたいと言えばプレーできましたが、プロ(リーグ)になったので、結果を出さなければクビになる、1年1年が勝負のシビアな世界です。その中でも、できるだけ長くチームに必要とされ、自分の仕事をまっとうしたいですね」

今年の秋には、36歳を迎える。スピードや体力面では若い選手に劣るかもしれないが、長い競技生活でつちかった経験や技術、コーチングなどの総合力は「自分にしかない武器」だと言う。

また、出産を機にしばらくサッカーから離れたことで、サッカーへの愛情を再確認した岩清水さん。

岩清水選手

©TOKYO VERDY

「私、やっぱりサッカー好きなんだなって思ったんですよ。気付けばサッカーやりたいなってことばかり考えていて。だから、できるだけ長くサッカーを続けていきたい。

そして、あと何年先になるか分からないですけど、自分が引退するときには子どもにお手紙でも書いてもらいたいな。それが次の夢。

子どもももっと大きくならないと手紙は書けないから、それまでは、まだまだ私も頑張らないとですね!」

【プロフィール】
岩清水梓さん

1986年10月14日生まれ。岩手県出身。学生時代から現在所属する日テレ・東京ヴェルディベレーザでプレー。2006年にはなでしこジャパンデビュー。不動のセンターバックとして、2011年ドイツ女子W杯優勝、2012年ロンドン五輪銀メダル獲得に貢献した。日本代表では122試合に出場し、11得点。2020年3月に男児を出産後も、現役アスリートとして第一線で活躍している
■Twitter:@iwashi_azu1014

文/モリエミサキ 企画・編集/栗原千明(編集部)