K-POPの躍進支えた日本人振付師・井上さくらの“運を実力に変える”心掛け「相手が有名アーティストでも遠慮しない。たとえ鬼と言われても」

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります

絶大な人気を誇るBTSを筆頭に、世界中で大きな支持を集めるK-POP。その躍進の裏側には、日本人クリエイターの存在もある。

現在、BTSやジャスティンビーバーなど数多くのグローバルスターを輩出するレーベルを傘下に置く、HYBEの日本レーベルHYBE LABELS JAPANのパフォーマンスディレクターを務める井上さくらさんも、その一人。BTSやSEVENTEENら韓国アーティストの振り付けや演出にも携わっていた。

井上さくら

他にもプロフェッショナルダンスチーム『Team”S“』を率いて、日本でも人気アーティストの楽曲に振付師として参画。多忙な日々を過ごしている。

渡米もK-POPアーティストとの仕事も、予想外だった

「この仕事をするようになって21年目。当初はこんな未来がやってくることを、想像もしていませんでした」

井上さんがダンスを始めたのは高校3年生と、意外に遅い。「とにかくダンスが楽しかった」という井上さんは大学の舞踊科で学んだ後、卒業後はアメリカ・ロサンゼルスへ。27歳の時、ブリトニー・スピアーズの振付補佐の仕事をする機会に恵まれた。

だが、アメリカではダンサーと振付師は別の職業であり、二足のわらじはNG。バックダンサーとして活動していた井上さんは決断を迫られた。

「それまで仕事としてアーティストの振り付けをした経験はほぼゼロ。でも、こんな機会は二度とないかもしれない。だから思い切って、振付師として新しくキャリアをスタートさせることを決断しました

振り付けの仕事は「思った以上に面白かった」と振り返る。

そこからK-POPアーティストらと仕事をするようになったのは、ロサンゼルスを拠点にしていた頃、仕事のため仲間とともに2カ月間韓国に滞在したことがきっかけだった。

「チームにアジア人は私だけだったので、よく韓国語のアテンドに間違われていて。そのうち韓国語を話せないことが面倒になり、韓国人ダンサーと毎日仕事をしながら現地の語学学校に通ったんです。

その後、日本に帰国したらK-POPがはやっていて。韓国語が話せる振付師ということで、K-POPアーティストの振り付けや演出に携わるようになりました」

「ラッキーだった」と笑う井上さん。さらにさかのぼると、そもそも大学を卒業してアメリカに渡ったのも、井上さん自らの意思ではない。

舞踊科への進学を認める代わりに、父親から「英語圏への1年以上の留学」を条件に出されたのだ。渡米はその約束を果たすためのものだった。

「すでに日本でダンサーの仕事もしていたので、未練たらたらでアメリカに行きましたね。『1年くらいで帰るから!』と出発したんですが、気付けば7年半もロサンゼルスにいました(笑)」
 

「運も実力のうち」偶然のチャンスを逃さない二つの心掛け

井上さんのキャリアは、一見、偶然が重なり拓けたようにも思える。だが、「運も実力のうち」の言葉通り、偶然おとずれたチャンスをつかみ、成果につなげたのは、まぎれもなく井上さんの実力だろう。

「自分で言うのもなんですけど、目の前に来たチャンスを逃さない努力は人一倍してきたと思います。今でも舞い込んだ運を逃さないように、常に心掛けていることが二つあるんです」

井上さくら

一つは、「自分が選択した道を、無理矢理にでも『絶対に間違っていなかった』と思える方向に持っていくこと」。例えば死ぬ気で英語を勉強したのも、ベースにはそんなポリシーがある。

「アメリカに渡って半年後、初めてダンサーの仕事をもらったんです。でも、英語が全然できなくて。ルームメイトを外国人にしたり、英語字幕のドラマを繰り返し見たり、とにかく英語だらけの環境にして、死ぬ気で英語を勉強しましたね。引き受けたからには、満足のいく仕事をしたいじゃないですか」

そしてもう一つは、「自信を持って自分の名前をクレジットに出せる作品を作り上げること」だ。

「『自分の作品性とアーティストの個性をどうマッチさせれば最高の作品になるのか』を常に最優先に考えています。『ギャラがこのくらいだから、このくらいのパワーでやろう』ではなく、引き受けた仕事は全て、プライドを持って『私のチームが作った』と堂々と言える作品にする。それはいつでも変わらない私の価値観です」

井上さんは紙にコンテを書くのではなく、実際に現場でダンサーを動かして振り付けを完成させていく。「人がいてくれないと振り付けを作れない」から、作品作りの過程で多くのダンサーが必要となる。

「4人組のアーティストにバックダンサーが6人いる作品を作るなら、10人のダンサーがいなければ振り付けが作れない。極端なことをいえば、協力してくれる人によって作品も変わってくるんです。

そういう意味では、パフォーマンスディレクターは私であっても、作品は自分だけのものではない。だからクレジットにも『できればダンサー全員分の名前を入れてほしい』とお願いしています」

エンタメ界でプロとして活躍する人は「手を抜かない」「いい人」

21年間のキャリアを通して、井上さんが考えるプロフェッショナルとは何なのか。

「ダンスって誰でもできるんですよ。でも、お金をもらうところからはプロですよね」

では、その中で長きにわたって活躍できる人は、何が違うのだろう。

「やっぱり、どれだけ手を抜かずに一つ一つの作品作りができるかだと思います。慣れたり忙しくなったりしても、プライドを持って仕事や作品に向き合うことは、プロの世界ではとても大切なことです」

井上さくら

振り付けを担当するアーティストにも、「一つ一つのライブを大切にする意識を持ってほしい」と伝えている。その背景にあるのは、毎回作品に真摯に向き合う振付師としてのプライドとプロ意識だ。

「演者側にとっては複数ある公演のうちの一回でも、その公演はファンにとってはたった一度の、待ちに待ったライブかもしれません。

私も同じように、『今回はハズレだったね』と言われないように、いつでも本気で作品を作っていきたい。もちろん全てがバズるわけではないけれど、そんな気持ちで向き合っています」

長くエンタメ界で活躍している人にはもう一つ、条件がある。「いい人」であることだ。

「例えばBTSの楽曲プロデュースを手掛けるPdoggさんやパフォーマンスディレクターのソン・ソンドゥクさんはめちゃくちゃいい人です。HYBE創業者であり、プロデューサーのパン・シヒョクさんも、もちろん会議の時は厳しいけれど、全然偉そうにしません」

人間性の重要性はどの世界でも指摘されることだが、井上さんはエンタメの世界に長く身を置く中で、その重要性をあらためて痛感しているという。

「夢の時間を売るというというか、物体として残らないモノを扱うからこそ、特にエンタメ界は『人』が大事なんじゃないかなと思います」

では、井上さん自身が「いい人」でいるために気をつけていることは? そう尋ねると、「特にないけど、テンションが高いと言われることは多いかな」と明るく答える。

インタビューの雰囲気からも、現場を盛り上げる井上さんの姿は容易に想像できる。その人柄に惹かれる人も、きっと多いだろう。

とはいえ、振り付けを担当するアーティストたちとは、明確な一線を引いている。

あくまでも現場では『先生』のスタンスです。決して友達にはなりません。仲良くなると公私混同してしまうというか、言いたいことが言いにくくなりそうなので。

だからリハーサル、撮影の時にだけ会える貴重な先生でいられるよう、距離感には気を付けています」

相手が誰であろうと、井上さんのスタンスは変わらない。大物であろうが、有名であろうが、萎縮や遠慮は一切せずに、理想を目指し、作品作りと真摯に向き合う。

井上さくら
「とあるアイドルグループの振り付けをした時も遠慮なく注文をつけました。4時間のリハーサル中、5分休み2回というハードなレッスンをしてメンバーからは『鬼!』と言われたり。完成度を高めるために、テレビの生放送本番2時間前にテレビ局のリハーサル室でハードなレッスンもしましたね。本人たちがよく頑張ってくれたおかげで、良い作品になったと思います」

厳しさの根底にはやはり、「作品第一」という想いがある。

「アーティストに対して遠慮してしまう人もいる中、より良い作品のために妥協をしないのが自分の強みだと思っています。それが結果としてアーティストを素敵に見せる作品になりますから。実際にアーティストから、『久しぶりに怒られた』と言われたこともありますね(笑)」

ただただ、ダンスが好き

現在はプロフェッショナルダンスチーム『Team”S”』として、さまざまなアーティストの振り付けを行いながら、BTSなどが所属するBIGHIT MUSICなどのレーベルを傘下に置くHYBEの日本レーベル『HYBE LABELS JAPAN』に所属。パフォーマンスディレクターとして、デビュー前のアーティストの育成に関わっている。

ライブツアーやPV撮影時のように単発ではなく、10代の練習生と日々顔を合わせながら、自らレッスンを行う日々。ダンスの技術のみならず、「アーティストとは何か」といったマインド面の指導も仕事の一つとなった。

「これまで以上に責任を感じますが、その分やりがいもありますね。何でも自分の自由に動けていたこれまでと異なり、組織だからこその制約も時にはあるけど、『その中から何を生み出せるのか』を考える面白さも感じています」

井上さくら

▲『HYBE LABELS JAPAN』グローバルデビュープロジェクトオーディション番組『&AUDUTION - The Howling -』ではパフォーマンスディレクターを務める

名だたるアーティストの振り付けを担当し、大舞台でのライブツアーの演出もひと通り経験した今、「20年の振付師人生でやりたいことはほぼ実現できたかな」と井上さん。

最後に、今後の目標を聞いた。

私はやっぱり、ダンスが好きなんですよ。無意識のうちに、いつもダンスのことを考えていて。だから、これからも自分のアイデアが実現できるような作品作りに携わっていきたいですね」

仕事でもあり、趣味でもあるダンスが、「ただただ好きなんです」という井上さん。そんなダンスへの愛を支えに、これからもアーティストに寄り添い、作品を作り上げていく。

井上さくら さん
日本女子体育大学で舞踊学を専攻し、卒業後に渡米。ロサンゼルスを拠点に7年半アメリカで活動した。ブリトニー・スピアーズの『Womanizer』『Circus』のMVの振付補佐を担当。2011年に帰国後、日本や韓国、台湾などで活動。プロフェッショナルダンスチーム「Team”S“」を率いる。BTSやNU’EST、PENTAGONなどのコンサートツアーにサポートメンバーとして参加。HYBE LABELS JAPANグローバルデビュープロジェクトオーディション番組『&AUDUTION - The Howling -』(Hulu)でパフォーマンスディレクターを務めている
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取材・文/モリエミサキ 編集/天野夏海