ユーザーに“なれない”ことを強みに! 男性マーケッターが抱く「女性下着の当たり前」への疑問

ユーザーに“なれない”ことを強みに! 男性マーケッターが抱く「女性下着の当たり前」への疑問

さまざまな仕事で女性の積極活用が行われるようになり、女性の働き方は変わりつつある。とはいえ、まだまだ男性比率が高い職場が多かったり、職種によっては「男性の仕事」という世間のイメージが根強く残っていたりと、少数派であることに息苦しさを感じている人は多いもの。そんな人は逆に、女社会でマイノリティーとして働く男性の仕事観を覗いてみては? 紅一点ならぬ「白一点男子」の姿から、今の職場で前向きに働いていくためのヒントが見つかるかも!

ユーザーに“なれない”ことを強みに! 男性マーケッターが抱く「女性下着の当たり前」への疑問

トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社
ブランドマーケティング2部2課 sloggi/VALISERE マネジャー
横尾 祐介さん(35歳)

2004年、大手電機メーカーを経て、入社。営業として多くの店舗を担当した後、ブランドマーケティング2部2課に異動。現在は下着ブランド『sloggi』『VALISERE』のマネジャーを務める。お客さまの身体にジャストフィットした商品を提案する技能と知識を持った者だけに与えられるインティメントアドバイザーの資格を所有。男性では珍しく、日本では10人目の取得者となる

「男には分からない」で当たり前

男性が女性の下着をマーケティングする。そう聞いただけでも、思わず頭に疑問符が浮かぶ。これだけデリケートな商品のマーケティングに、決して当事者にはなり得ない人が関わって、果たしてユーザー心理を満たすコンセプトが作れるのか。その問いに「どうせあなたには分からないでしょと思われて当然だと思います」と明るく笑い飛ばしてくれたのが、トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社でブランドマーケティングを担当する横尾祐介さんだ。

「会議で着用感の話になっても僕は全然喋れませんから。でもそれはもうできる人たちに任せればいいと思っています。その代わり僕がやるべきことは、他の人が持っていない情報を洗いざらい集めて、『こういうユーザーの声がこのくらいの規模感である』と、データと共に話せるようになること。そうしなきゃ居場所なんてありません」

2004年、そのオープンな社風に惹かれ、大手電機メーカーからトリンプに転職。入社当初、下着に関する知識は一切なし。百貨店での営業を経て、5年前にマーケティング部門に異動となった。女性なら自然に共感できる下着に関する「あるあるネタ」も、男性の自分には分からない。だからこそ、話題の流れを事前に予測し、そのときに俎上に乗せられる情報をネットの口コミや消費者データから総ざらいして、準備に励むにようになった。

「自分は絶対に使わない女性下着のコンセプトを開発するのが僕の仕事。そのときにまず必要なのが、声には出さない消費者インサイトを掴むことです。そのために今女性の中でブームになっている活動に参加してみたり、なぜそれが流行っているのかを考える癖がつきました」

ユーザーを知るために、トレンドを追い掛けてブームを体感する

ユーザーに“なれない”ことを強みに! 男性マーケッターが抱く「女性下着の当たり前」への疑問

主要女性誌をチェックするのは当たり前。発信力のあるファッショニスタのSNSは片っぱしからフォローし、話題のお店がオープンすればすぐさま足を運ぶ。ヨガも体験し、正しい野菜の知識をつけるための勉強会にも参加した。もちろん周りは女性ばかりだ。

「最近はジュースクレンズにもチャレンジしました。コールドプレスジュースを1日6本飲んで、あとは何も口にしない。ガサガサだったお肌がたった1日でモチモチになりました(笑)」

思わず頭の下がる徹底ぶりだが、これには横尾さんのマーケティング担当者としてのコンプレックスがある。男性である横尾さんは、店舗を訪れる女性顧客に話し掛けることが絶対にできない。つまり、ユーザーの生の声に触れることができないのだ。どれだけアンケートを読みこんでも、文章と直接の対話では、得られる情報量に大きな差がある。コンセプトを作る者として、ユーザーのダイレクトな意見を聞けないことは何より手痛いディスアドバンテージだ。

「でもこうやって女性が集まる場所に行けば自然と女性の友人たちが増えていく。会話の中身も女子的なものばっかり(笑)。そうしていると自然と下着についての話が聞けたり、逆にこっちが下着に関するアドバイスを求められるようになったりするんです」

性別という差の前で、できることできないことが生まれるのは仕方のないこと。それを言い訳とするのではなく、ポジティブに乗り越えるのが横尾さん流。ジュースクレンズの体験談を語るその表情に、無理をしている様子は微塵も感じられない。

唯一の強みは“なぜなぜ星人”になれること

一方で、男性の自分だから持ち得る強みも見えてきた。

「『何かいいよね』と、女性は感覚的にトレンドを楽しみますが、その『何かいいね』の“何か”は結構説明できる。例えばジュースクレンズが女性を動かしているのは、お肌や体への効果はもちろんだけど、ボトルのカラーやデザイン、トレンドのものをやっている自分への自己満足、それを人に伝えたくなる優越感もあると思うんです。そういう背景を客観視してロジカルに考えられるのは、僕が本来であればそのトレンドの外側にいるはずの男性だからだと思います」

自分は絶対にユーザーにはなれない。だけど、ユーザーにはなれないからこそ、日常的に下着を使っている女性にとっては当たり前のことが新鮮に映ることもある。

「女性と下着の話をしていると、ふっと『それって何で?』と思うことがあります。それで聞いてみると、女性も今まで深く考えたことがなかった予想外の質問に戸惑いながら、いろいろと話してくれる。そこからポロッと出てくる言葉がコンセプト開発の上で役立つことがあるんです。これが僕の唯一の強み。男性だったおかげで、“なぜなぜ星人”になれたんです」

締め付けを一切感じさせないストレスフリーな着用感で大ヒットを記録した『スロギー ZERO FEEL』の成功も“なぜなぜ星人”の疑問があってこそだ。

「バストメイクをして素敵な自分になることはもちろん悪いことじゃないけれど、なぜそれを美しいかと考えたときに、男性からの目線に女性が影響されている部分は少なからずあると思ったんです。でも、日によってはもっとリラックスして、楽に自由に過ごせるブラがあってもいいんじゃないか。そんな発想から『スロギー ZERO FEEL』は生まれました」

性差はハンデにもなれば武器にもなる。横尾さんの頭の中は、いつも無数の“なぜ?”でいっぱいだ。「女性にとっての当たり前」に対する横尾さんからの素朴な疑問符が、これからの女性下着の世界に小さな革命をもたらしていく。

取材・文/横川良明 撮影/柴田ひろあき