01 SEP/2022

かき氷の可能性は無限大!『あずきとこおり』店主・堀尾美穂を導いた「絶妙な目標」を持ち続ける働き方

連載:「私の未来」の見つけ方

生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

夏に限らず、一年中楽しめるようになったかき氷。2022年1月、東京・代々木に話題のかき氷専門店『あずきとこおり』がオープンした。

あずきとこおり

独創的で、ビジュアルも味も洗練されたセンスが光るメニューの数々。わずか7席しかない小さなお店はいつも人であふれている。

店主の堀尾美穂さんは、ミシュラン二つ星のフレンチレストラン『Florilege(フロリレージュ)』で6年間パティシエを務めた経歴の持ち主。いつも笑顔を絶やさない姿が印象的で、その人柄も人気の秘密だ。

数年前は、「まさか自分がかき氷専門店をオープンするなんて想像できなかった」という堀尾さん。自分のキャリアについては、「無理そうだけど、頑張れば手の届きそうな目標を常に意識してきた」と話す。

「私らしい未来」に続く、“絶妙な目標設定”とは一体どんなものだったのだろうか。『あずきとこおり』オープンまでの軌跡と合わせて聞いた。

やると決めたら、とことんやる。ずっと変わらない仕事のポリシー

あずきとこおり

今年1月にかき氷店を始めて8カ月。オープンする前から、「夏は忙しくなるよ」と周りの方々にも言われていたんですが、最近はいろいろなメディアで取り上げていただいて、お客さまからの反応がぐんと増えました。

一年を通してかき氷を食べる方はもちろん、普段かき氷を食べない方もお店に来ていただいています。反響の大きさには正直驚いていますが、やっぱり素直にうれしいですね。それに、何よりも感謝の気持ちでいっぱいです。

私は『あずきとこおり』の前に、2015年から6年間、フレンチレストラン『フロリレージュ』で働いていました。

入社した頃は、当時のスーシェフから「周りを気にせず、どう見られているかなんて考えず、とにかく目の前のことにがむしゃらに取り組め」とよく言われていました。

最初はきつかったけれど、人間って不思議なもので、その環境に順応してしまうんですよね。がむしゃらに働き続けているうちに、自分でも知らぬうちに「何でも来い」状態になっていて(笑)。身も心も強くなったような気がします。

フロリレージュで働く前も、フロリレージュ時代も、そして今も、仕事をするときに大事にしているのは、何事も「自分が納得するまでとことん追求する」ということです。

実は私、フロリレージュがあんなにすごいレストランだと知らずに面接に臨んだんです。働くことが決まった瞬間は、どんなことがあっても、「3年は絶対に辞めない」と自分の中で決めていました。

自分の中で一度やると決めた以上、とことんパティシエとしての腕を磨きたかったからです。

あずきとこおり

ただ、自分の中である程度、フロリレージュでやりたいことややるべきことを達成できたと思えた頃、次の道を探そうと考え始めました。

ですが、そう思い始めた矢先、2018年に川手寛康シェフのアイデアでかき氷を作り始めることになったんです。

2016年頃からかき氷を食べに行くことが増えていたので、川手シェフの話を聞き、「楽しそう」「作ってみたい」という思いでいっぱいになりました。

不定期で年に数回『ガリガリレージュ』と題したかき氷のイベントを開催することになり、それが好評で少しずつ話題になって、今回こうして専門店をオープンすることになったんです。

可能性は無限大。パティシエの私だから作れるかき氷をつくる

あずきとこおり

今は代々木にお店を構えていますが、当初は2020年3月に台湾に出店するはずでした。

それがコロナ禍の影響で台湾に入国できなくなり、しばらくは無理だろうという判断から、まずは1月に日本でオープンすることに。

なぜ夏じゃないの? と不思議に思われるかもしれませんが、夏の頃には定着させたいという意図と、かき氷を日常的に食べてもらいたいという思いがあり、冬のオープンを決めました。

店では常時5種類のかき氷を提供していて、2週間に1回くらいのペースでラインナップが変わります。かき氷の魅力は、無味無臭のものに、自分の好きな香りや味が付けられる、いわば「自分の色」を出せるところ。

『あずきとこおり』の氷には、自然の環境下で作られた天然氷を使っています。羽のように薄く削り、ふわふわの食感にしていますが、同じ氷を使っても削り方一つで味が変わるんです。

だから、作り手や食べる人によって、かき氷には無限大の可能性が秘められているといってもいいと思います。

あずきとこおり

私のかき氷のテーマは、かき氷屋さんが作らないような、「パティシエならではのかき氷」です。

例えば、フランス菓子っぽいスイーツにしてみたり。最後まで飽きずに食べられるものを作ることも、絶対に外せないこだわりです。

以前、研究のためにいろいろなお店のかき氷を食べに行っていた時に、最後まで食べられなかったことが多かったんです。

だから『あずきとこおり』では、かき氷を三層にして、食べ進めて下に行けばいくほど味に変化をだして普段かき氷を食べない方でもしっかり食べ切れるようにしています。

驚き、ワクワク、おいしさ…すべてをもって人を幸せにするのが自分の仕事

あと一つ、私が特にこだわっているのは、ワクワクと驚きをお客さまに提供すること

お店に足を踏み入れたときにときめきを感じてもらえるか、かき氷が提供されたときに「うわ~」と驚き喜んでもらえるか、それを大事にしたいんです。

あずきとこおり

名付けて、「『あずきとこおり』をディズニーランドにしよう作戦」

ディズニーランドって、行くと決めたら行く前もワクワクするし、園に入ったらさらに気持ちが高揚して、ミッキーに会えたらうわーっとテンションが上がるじゃないですか。『あずきとこおり』はまさにそういう体験ができるお店にしていきたいんです。

あずきとこおり

定番メニューの『あずきとメレンゲ』

人っておいしいものを食べたときに、幸せそうな表情をするものですよね。そういう「幸せ」を届けられるこの仕事はやりがいに満ちているなと感じます

お店にお越しいただいた皆さんの期待を裏切ることはできないし、日々の仕事の疲れを、少しでもここで癒やしてもらえたらうれしい。そんな思いが私のモチベーションになっています。

また、コロナ禍ですが、可能な限りお客さんとのコミュニケーションも大切にしたいです。

かき氷を削っているときに、「こういうものが好きなんだよね」とお客さまから何気なく教えていただいたことが新しいメニューのヒントにつながることもあり、店内でのコミュニケーションが私にとっても刺激になっています。

手の届く目標を設定し、一つ一つクリアしてきたから今がある

こうやって今、自分のやりたいことでお店を構えて、大変ながらも好きな仕事ができているのは、頑張れば手の届く目標を常に設定して一つ一つクリアしてきたことが大きかったと思います。

あずきとこおり

20代のころは、結婚式場、カフェ、パティスリーといろいろな職場で働きました。環境を変える時に意識してきたのは、「ここではこんなことができるようになりたい」「これを習得したい」という自分なりの目標です。

そして、その目標をクリアしたら次の環境へ移り、また新しいものを吸収する。そんなふうにキャリアを積み上げてきました。

また、設定する目標の難易度にもこだわりがあって、「ちょっと無理そうだけど、頑張れば手が届きそう」と思える目標がちょうどいい。

簡単にできてすぐに達成できてしまうことは目標にする意味がないし、逆に目標を高く持ちすぎてしまっても、その前に自分が潰れてしまう。だから、「これは自分が頑張れば行ける」と思う絶妙な目標設定をしていました。

今回このお店をオープンして私が新たに設定した目標は、『あずきとこおり』でミシュランの星を獲得することです。

どんなに早くても5年はかかるかな……と覚悟していますが、ラーメンやおでんのお店がミシュランに掲載される時代ですから、かき氷のお店があってもいいと思うんですよね。

本当に美味しいものをつくって、驚きやワクワクを提供できたら、感覚的には「やれるんじゃないか」と思っています。

あずきとこおり

ただ、正確にお伝えすると、どうしても星が欲しいという気持ちではなく、やれるかどうか分からないことに挑戦してみたいんです。「かき氷屋で星を獲得する」ということが、自分にできるのか試したい。その気持ちが大きいですね。

かき氷は日本の文化ですが、それでもまだまだ、かき氷の世界の奥深さを知らない日本人はたくさんいます。だからこそ、日本の皆さんにも、海外の人にも、かき氷の面白さをもっともっと伝えていきたい。

代々木の小さなお店から、手の届きそうな大きな夢をかなえる仕事を続けていけたらと思います。

【プロフィール】
堀尾美穂さん
1989年生まれ。19歳からウェディング関連のパティシエやカフェで商品開発に関わった後、2015年からミシュランの二つ星モダンフレンチレストラン『Florilege(フロリレージュ)』のパティシエを務めた。22年1月にかき氷専門店『あずきとこおり』をオープンさせた Instagram:mihohorio

取材・文/モリエミサキ 撮影/明星暁子 編集/栗原千明(編集部)