「理事の半数以上を女性に」多様性改革に取り組む東大で起きた“明らかな変化”とは? 副学長・林香里さんに聞く数のパワー
過去に注目を集めた人や出来事の「今」にフォーカス。話題になった女性たち、女性の生き方や仕事に関わる出来事……その後、本人や社会にはどのような変化があったのだろう。
2021年4月に、理事の半数以上を女性にする多様性改革を打ち出した東京大学。22年11月には女性の教授・准教授を約300人採用する計画を発表し、大きな注目を集めた。

今後、目標達成に向けて、具体的にどのような施策を実行していくのか。日本を代表する教育機関である東京大学で女性教員が増えると、社会全体にどのような影響があるのか。
東京大学の理事・副学長であり、ダイバーシティ&インクルージョンの推進に力を注ぐ林香里さんに、多様性改革の現在地と今後の見通しをお聞きした。

東京大学 理事・副学長
林 香里さん
ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、独バンベルク大学客員研究員などを経て、2004年より東京大学大学院情報学環助教授。2009年より同教授。2021年4月より、東京大学理事・副学長(国際・ダイバーシティ担当)。専門はジャーナリズム・マスメディア研究
大学理事の半数以上を女性に。学内の空気は「かなり変わった」
ーー21年4月、東京大学で理事の半数以上を女性にする新体制が発足し、その抜本的な多様性改革に注目が集まりました。主要国立大学の女性役員比率が1〜3割にとどまる中で先駆的な取り組みと言えますが、このアクションは学内にどのような影響を与えましたか?
学内の空気はかなり変わったと感じています。
例えば会議で予算を決める際も、対象となるプロジェクトで女性メンバーを雇用する計画があるかどうかが重要な論点となったり、シンポジウムを企画する際にパネリストの候補者が全員男性だった場合は、「多様性が欠けているので女性パネリストも招くべき」と誰かが必ず指摘したりするようになりました。
以前はこのような意見が出ると、「なんだ、またジェンダーの話か」といった空気が漂ったものですが、最近はそんな場面も減りました。
多様性やジェンダーに関して、少なくとも表立って否定的な発言はできなくなっている。それは大きな変化ですし、私自身も手ごたえを感じています。
ーー理事の半数を女性にする施策は、単に数を増やすという以上のインパクトがあったということでしょうか。
そう思います。この役員体制が発足したのは藤井輝夫総長が就任したタイミングだったので、これから東京大学が多様性改革に本気で取り組んでいく姿勢を示す象徴的なメッセージになったと思います。
ただし、それだけで先ほどお話しした変化が起こったわけではなく、その後も東京大学ではさまざまな取り組みを続けてきました。
2022年6月には「東京大学ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)宣言」を公表し、多様性の尊重と包摂性の推進を大学運営の柱にする方針が改めて明確に示されたことも、学内の空気を変える大きなきっかけになっています。
とはいえ変化は始まったばかりで、D&Iに関する課題はまだまだ山積しています。
何しろ、現在の東京大学は男性が圧倒的に多い組織ですから、制度にしろ、学内のムードにしろ、改革しなければいけないことはたくさんあります。
「どの組織でも、数のバランスは重要」女性教授・准教授300名採用の狙い
ーー22年9月には、「2027年までに教員の女性比率を25%にする」との目標を掲げました。さらに同年11月には、「2027年度までに女性の教授・准教授を約300人採用する」という計画も打ち出しています。これらの数値目標を設定した狙いをお聞かせください。

編集部撮影
現状では内部昇格も含めて年間約200名の教授・准教授が着任していますが、そのうち女性は35名ほどにとどまります。
これを約1.4倍の年間約50名に増やし、6年間実行すると、女性の教授・准教授を300名採用できる見込みです。
目標を立てて皆が同じ方向を目指すには、数字が非常に効果的な道具になりますが、あくまで道具ですから、数値目標を掲げただけでさまざまな課題が一気に解決するわけではありません。
それでも改革を進める上で「数」は重要になると考えています。
ーーそれはなぜですか?
皆さんが会議に出席したとき、参加者の9割が男性で女性が1割しかいなかったら、やはり疎外感がありますよね。
企業の取締役会などでも、女性が自分一人だったらどうしても意見が言いにくいし、男性たちの意見に影響されて自分自身のものの見方も偏ってしまうかもしれない。
それに、どんな人間も、自分の人生や体験からは自由になれません。
男性か女性か、親になったことがあるかないか、どこで生まれてどこで暮らしてきたのか。そういった個人的な要素が、自分の意識や価値観に深く関わってくるからです。
だからその場にいる人たちが同質であれば、同じような意見や考え方に偏ってしまう。でも、多様な体験を持つ人で構成されていれば、議論が活性化されて良いアイデアや優れた発想を生み出すことにつながります。
ですから大学だけでなく、どの組織においても数のバランスは重要なはずです。
私たちは「日本はもともと均質的な国」だと思い込まされているだけ
ーー東京大学の学生比率は男性8:女性2となっていて、そもそも女性研究者の数も少ないのが現状だと思います。そんな中で、女性教員の採用目標の達成に向けて具体的にはどのような施策を実施していますか?
22年11月から、女性リーダー育成のための施策「UTokyo 男女+協働改革#We Change」を新たに始動しました。
これは、東京大学が文部科学省の科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(女性リーダー育成型)」の取組機関に選定されたことを受けたアクションです。
今回の施策における大きな改革のポイントは、各研究科や研究所などの部局間で、女性教員の採用や雇用について情報共有できる仕組みをつくったこと。
各部局の副研究科長クラスが定期的に集まって、意見交換したり、取り組み事例を報告しあったりする会議体を新たに立ち上げました。
ーーなぜそれが改革の目玉になるのでしょうか。

編集部撮影
これまで男女共同参画の取り組みというと、大学運営においてはあくまで傍流で、「大学の隅っこで女性たちが何かやっているらしい」という目で見られていました。
しかし、意思決定の権限を持つ副研究科長など、部局の執行部が会議体に参画することで、この施策を大学運営の中心に位置づけることができます。
同時に、教職員や学生を含めた東京大学の全構成員に意識改革を促すための行動計画も策定しました。
教職員を対象としたジェンダー・ジャスティス研修の実施や、学生を対象としたジェンダー関連授業の新設、研究者の活躍を男女別にデータで可視化することなどを計画中です。
具体的な内容は現在練っているところで、4月から実行に移すための準備を進めています。
ーー大学の執行部から学生まで、全ての層を巻き込んだ改革になりますね。
大学を構成する全員が意識を共有しなければ、本当の意味で組織を変えることはできません。
教育の現場にはダイバーシティが不可欠であり、多様な人たちがそれぞれに能力を発揮するからこそ、学問や研究において高い成果を出せる。
「なぜ多様性が必要なのか」を全ての人が本質的に理解し、改革推進の空気を学内に醸成して、組織に多様性を根付かせるための土壌をつくることが必要です。
現在は藤井総長の強力なリーダーシップのもとで多様性改革が進んでいますが、これが一時的な取り組みで終わってしまっては意味がありません。
きちんと土壌をつくらないまま、瞬間風速的に女性教員が増えたとしても、あとになって「あの人は女性だからげたを履かせたんでしょ」という目で見られかねない。それではダメなんです。
ーー日本では研究者における女性の割合が令和3年度時点で17.5%と、OECD諸国の中でも最低水準にとどまっています。日本は企業の女性管理職比率や女性議員比率など、あらゆる領域で海外に比べて数値が低い状況にありますが、学術研究の世界でもなかなか女性が増えない現状をどう感じていらっしゃいますか。
海外の大学や研究機関も、1980年代までは男性が非常に多かったんですよ。
でも、1990年代以降、米国やヨーロッパを中心に制度改革や意識改革を強力に推進し、女性研究者の割合を増やしてきた経緯があります。
近年はノーベル賞を受賞する女性研究者もいる。これも欧米で多様性改革が進み、女性が活躍しやすくなったことを反映しているのでしょう。
こうした海外の状況を見ると、「日本は2023年になってもまだここか」と頭を抱えたくなります(笑)
ーー欧米諸国はもともと人種的に多様性のある社会だから組織のダイバーシティが進んだのではなく、今の日本と同じように改革の努力を重ねてきたのですね。
「日本社会は均質性が高い」と表現されることが多いのですが、私はそれが事実だとは思いません。
私たちの身近にも、多様な文化や価値観が存在します。日本社会は均質なのではなく、社会が均質であることを前提としてきたにすぎない。
少なくともはるか昔から日本人も男性と女性が半数ずつ存在していたのであって、最近になって急に女性が増えたわけではありません。
組織に女性が少ない原因を日本の文化や社会構造のせいにするのは、おかしな話ではないでしょうか。
女性はデコボコ道をはだしで走ってきた。せめて靴くらい履かせてほしい
ーーこれから東京大学で多様性改革が進み、女性研究者、教員が増えていくと、日本社会にどのような影響をもたらすとお考えですか。

編集部撮影
まず、あらゆる研究分野に女性の視点が入るようになれば、これまで男性だけでは気付けなかったような研究開発が進んだり、学問の発展があったりするわけで、それが社会の進歩につながることは間違いありません。
また、東京大学は高等教育機関の一つでしかありませんが、本学が多様性改革に本気で取り組み成果を出していくことで、日本社会全体が変わるきっかけの一つになればとも思っています。
ありがたいことに東京大学は日本の高等教育機関の中で非常に高く評価されてきましたから、アカデミアの世界の変革を象徴する意味合いもあると自覚しています。その改革を担う者として、今、大きな責任を感じているところです。
ただし、東京大学だけが頑張っても社会を変えることはできません。
国内外の他の大学や研究機関、さらには民間企業の方たちとも問題意識を共有し、皆さんに私たちの取り組みを応援していただけるような成果を出していきたい。
例えば、東京大学が企業の採用担当者から高く評価される人材を送り出すことで、「ダイバーシティを尊重する大学の出身者は良い仕事をする」という認識を社会に広めることもできるでしょう。
それによって他の大学や企業とも「やはり組織には多様性が必要なのだ」という意識を共有できれば、少しずつ日本社会も変わっていくのではないかと考えています。
ーー 一般企業でも、女性の役員や管理職を増やす動きが進んでいますが、先ほど言及があったように、「女性にげたを履かせるのか」といった声が上がるケースも少なくありません。
そんな言い方をするのは、本当に勘弁してほしいですよね。
これは友人からも聞いた話なのですが、私も仕事と子育てを両立してきた一人としてその経験から言わせてもらえば「げたどころか、せめて靴くらい履かせてよ」というのが本音です。
ジェンダー的に表現するなら、男性たちは最新のスポーツシューズを履いて、きれいに整備されたトラックを走っているようなもの。
一方で女性たちは、石や穴だらけのデコボコ道をはだしで走らされている。だからせめて靴を履いて歩きたい。女性たちはそんな気持ちなのです。
ですから、身の回りに「女性にげたを履かせる」なんて言う人がいたら、その認識は明らかに間違っていると申し上げたい。
また、女性たちにはそんな声を気にせず、自分の信念を持って働いていただきたいですね。ずっと男性だけが履いてきた靴を、女性もこれからは履きますよというくらいの気持ちでいればいいんです。
ただそれでも、周囲のネガティブな反応を乗り越えるのは大変だと思います。そんなときは、ぜひ「あの男性ばかりの東京大学」も多様性改革に取り組んでいるということを思い出してください。
私たちが女性教員の数を増やそうとしたり、ダイバーシティ&インクルージョンの宣言を出したりしているのは、それが世の中の女性たちへの応援になると思うからです。
皆さんがキャリアに悩んで「もうだめかもしれない」と心が折れそうになったときに、「いや、東京大学が『組織に女性の数を増やすのは正しい』と言っているのだから、自分は何も間違っていない」と思っていただけたら、私たちにとってもそれが一つの励みになります。
この記事を読んでいる女性たちには、自分を大切にしながらキャリアを、そして人生を切りひらいてほしい。私も東京大学も、皆さんのことを心から応援しています。
取材・文/塚田有香 編集/栗原千明(編集部)
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