菊間千乃がアナウンサーから弁護士に転身後の約11年間を振り返る「欲望に向かって行動した先には、ハッピーしか待っていません」
過去に注目を集めた人や出来事の「今」にフォーカス。話題になった女性たち、女性の生き方や仕事に関わる出来事……その後、本人や社会にはどのような変化があったのだろう。
Woman typeでは2012年、フジテレビのアナウンサーから弁護士に転身し、第二のキャリアをスタートした直後の菊間さんにお話を聞いた。
今は、お仕事が楽しくて楽しくて仕方がない。毎朝事務所に出勤できるのがうれしくて、つい早起きしちゃうんです(出典)
あれから約11年。「もうすぐ弁護士のキャリアの方が長くなる」という菊間さんが、これまでを振り返る。
>>以前の菊間さんのインタビュー記事:女子アナから弁護士へ。事故をきっかけにリハビリを経てゼロからの再スタート
弁護士の世界には思わぬ仕事が広がっていた
私が弁護士になって、もう11年がたつのですね。
今の私は、前回『Woman type』さんの取材を受けた頃には想像もしていなかった仕事をしています。
クライアントさんの相談を聞いて書面を書き、法廷で証人尋問を行って判決をもらい……という日々を繰り返すのが、当時の私の弁護士のイメージ。
報道や中継、バラエティーなど、さまざまなジャンルで仕事ができるアナウンサーと比べれば、弁護士の仕事の幅はもう少し限定されるのではと想像していました。
ところが、実際は逆。「法律の専門家」をキーワードとした弁護士の仕事のバリエーションは、アナウンサー以上です。
私は主に企業法務の弁護士として、紛争解決や予防法務業務を担当していますが、もう一つ、仕事の中で大きな割合を占めているのが、社外取締役の業務です。
私が弁護士になってからの約11年で、企業における社外取締役の重要性が増しました。
女性の管理職比率を2020年までに30%にするという国の当初の目標があり、社内からそれだけの女性をいきなり選抜することは難しいということで、女性の弁護士や公認会計士、大学教授などに社外取締役のオファーが来るようになりました。
コンプライアンスやリスクマネジメントなどにおいて客観的な視点から、経営の透明性、健全性を図ることが期待されています。
ガバナンスやコンプライアンスはあらゆる組織で重視されていて、2024年のパリオリンピックでの日本選手団の公式服装選定委員会など、最近では国の委員会に参画する機会もあります。
意思決定の場に女性を一定数入れなければいけないという考えは、少しずつ日本でも浸透してきている感じがしています。
それができれば十分というわけでは当然ありませんが、周りを見ても、複数の企業や団体の役員を兼務している女性の弁護士はとても多く、活躍の場は広がっているなという印象です。
まあこれも、社内の女性役員が育つまでの場つなぎだと思います。
いつまでも女性弁護士が社外取締役をやるとは思っていませんが、いずれにせよ、自分が弁護士になった頃はこのような役割を担うなんて想像もしませんでした。
ましてや自分が取締役になるだなんて、会社員の時は考えもしなかったですから。
仕事のご褒美は、やっぱり仕事で返ってくるもの。活動の幅が予想外に広がったのは、これまでいただいた仕事を一生懸命やってきたから、ということなんでしょうかね。
特に弁護士は指名で依頼が来る仕事ですので、全ての仕事で自分自身が試され、うまくいかなければ次につながらないという緊張感はあります。
職業によって仕事の内容はさまざまですが、どんな仕事も相手があることなので、相手に対して心を込めるというところは、大事かなと思っています。
例えば、弁護士の仕事の一つに、代理人として裁判期日に出たあと、依頼者に対してその内容の報告をする「期日報告書」の作成があります。
新人の頃の私が担当したある案件の依頼者は、80代の方でした。事務所には期日報告書のフォーマットがあったのですが、その書式ではフォントが小さくて、ご年配の方は読みにくいかなと思ったんです。
それでフォントを大きくし、行間も空け、書式を変えて報告書を作成しました。
そうしたら、「こうやって読み手のことを考えて書類を作った弁護士はいないよ。菊間さんすごいね」とボスが驚きながら喜んでくれて。実際クライアントさんも、読みやすいと喜んでくださいました。
当時の私は新人で、知識や経験では先輩にかなわない。でも、「相手に対して心を込めて仕事をするときちんと伝わるのだ」と思えたことは自信になりました。
メールを出す、電話をかけるといった日常の仕事も、そこに一つ心を込めることはできるはず。「与えられた仕事」「ルーティンの仕事」と思っていては、そこで終わり。
どのような仕事であっても、その先を考え、心と心が通う仕事を意識することが、自分を成長させることになるのだと思います。
11年前は「元アナウンサー」と言われるのが嫌だった
前回の取材で私はこう言いました。
5年後には、元アナウンサーということを忘れられるくらい弁護士として胸を張って立っていたい(出典)
実は11年前にインタビューを受けた頃は、「元アナウンサー」と騒がれることがすごく嫌だったんです。
「法曹界の皆さんからは『お手並み拝見』と思われているだろうから、まずは弁護士として一人前になるんだ」という気負いもあったと思います。
なので、テレビ出演の依頼もずっと断っていました。
弁護士になった当初からお声掛けはいただいていましたが、お引き受けするようになったのは7年目ぐらいから。
ある程度経験を積んだ頃に声を掛けていただき、「じゃあやってみようかな」と自然に思えました。ようやく肩の力が抜けたなと思います。
今でもネットニュースの見出しや講演会には「元アナウンサー」と必ず付きますが、もう気になりません。
それに、私がアナウンサーだったのはもはや過去のこと。
「菊間さんは昔すごいアナウンサーだったんだぞ」なんて、一緒に仕事をしているTBSの安住(紳一郎)さんがわざわざ若いアナウンサーに説明をするくらいです(笑)
アナウンサー歴は13年弱で、弁護士歴は12年目。もうすぐ弁護士のキャリアの方が長くなりますから、アナウンサーだったことはますます過去になっていくでしょう。
一方で、アナウンサーの経験が生きる場面はたくさんあります。
ここ3年ほどは法改正の解説やコンプライアンス、ハラスメントなどをテーマに、企業向けのセミナーに登壇する機会が増えました。
それは、「元アナウンサーの菊間さんなら、難しいことを分かりやすく解説してくれるはず」という依頼者の期待があってのことだと思いますので、それに応えなくては、と思ってやっています。
以前のインタビューで私は「放送界と法曹界をつなぎたい」と話しました。
法曹界には、報道に不信感を抱いている方も少なからずいらっしゃいます。逆にマスコミは、法曹界の大切な活動を十分に拾い上げていないという面もあります。
そんな二つの世界の掛け違いを解きほぐしていけたらいいですね(出典)
少なくとも今の私は、法律と皆さんの間をつなぐ仕事ができています。
法律は私たちの生活のルールであり、誰もがある程度理解すべきものですが、「弁護士に聞くもの」と、特別なものだと思っている方もいます。
法律に対するハードルを下げ、自分たちに関わる身近なものとして関心を持っていただく。そして、時代に法律が合わなくなれば、自分たちで声を上げて変えることができるのだと、自分ごととして捉えていただく。
それができるのは、弁護士の法律的な知識とアナウンサー時代に培った伝える力の二つを持っているからこそ。
アナウンサーのキャリアがあったから、弁護士としてオンリーワンの生き方ができているなと思います。
次世代の女性たちへの道筋をつくりたい
2022年には、事務所の共同代表に就任しました。
10年から15年後、いつになるかは分からないけれど、いつかは独立したい(出典)
以前はこう言っていましたが、当時は「一人前になる=自分で事務所を持つ」だと思っていたんです。だからこういう発言をしたのでしょうね。
今の事務所は、入所以来一度も「やってはいけません」と言われたことがないんです。やりたいと言ったことは全て「どんどんやりなさい」というボスの元で育てていただき、メンバーにも恵まれてきた。
だからこそ、若い人たちにもたくさんのチャンスを与えられる事務所を、ステキなメンバーと一緒に創っていきたいと思っています。
弁護士の可能性はとにかく広いから、きっと10年後の弁護士は、今は想像もできないような仕事に携わっているかもしれませんよね。
そんな未来のために、多様な活動をする弁護士のプラットフォームのような事務所を目指すのもいいなと思って、共同代表をお引き受けしました。
私は今50歳ですが、40代後半ぐらいから「次の世代にちゃんとつながなければ」と強く思うようになりました。特に、若い女性たちに対して。
弁護士の仕事はもちろん、社外取締役の役割も私で終わってはだめ。若い世代の女性弁護士が次の社外取締役に任命されるよう、道筋をつくっていかなければと思っています。
女性をテーマとした議論や講演をさまざまな企業や自治体でさせていただいていますが、私はまだまだ日本の女性に経済力が足りないことが一番の課題だと考えています。
女性が経済力を持って独り立ちできれば、女性は自分で人生を選択して生きられます。少なくとも、経済的な不安から結婚を焦ったり、DV被害にあいながらも離婚をためらってしまったりすることはなくなるはずです。
だから、女性が経済的に自立できるようなエンパワーメントをしたい。その一つとして、私はもっと女性弁護士を増やしたいと思っています。
最近は意気投合した女性弁護士の仲間と一緒に、働きながら資格勉強をする女性を応援する企画をTwitterでしたり、女子校に手紙を送ってアプローチし、弁護士の仕事の面白さを伝える授業をさせていただいたりと、少しずつ具体的な動きも始めています。
もっと貪欲に、自分の欲望に忠実になって
女性が経済力を持つことを大変そうに感じている若い女性もいますけど、私はそういうマインドを変えていきたいんです。
だって、自分の人生は、自分で選択してこそ楽しいですから。
周りの人はあれこれ言うでしょうし、否定されることもあるかもしれません。「〇〇がこう言ったから」と、誰かのせいにするのも簡単です。
でも、自分の人生を一番真剣に考えているのは自分です。周りが勝手にする評価なんて、気にすることないですよ。
それこそ、私が2007年にフジテレビを辞めると言った時、応援してくださる方はたくさんいましたが、この選択に賛成してくれる方はいなかったです。無謀すぎると(笑)
当時のフジテレビはお給料がとても良かったし、就職したい企業ランキングでも常に上位でした。「これ以上の職場なんてあるのか」「司法試験に合格してから辞めるのでもいいのではないか」と、周りの方は良かれと思って言ってくれていました。
ところが、今ではほぼ100%の人が「一番良い時に辞めた」「先見の明がある」なんて言うわけです(笑)
結局、先のことなんて誰も分からないんです。
今の私の姿も、全ては結果論。ピンボールみたいにパンっとはじいたら、パンパンパンって跳ね返って、結果的にこうなりました、みたいな感じです。
前回インタビューを受けた時の私が10年後の今の自分を全く想像できていなかったように、この先の10年がどうなるかだって分かりません。
そう考えれば、緻密な考えに基づいて行動するよりも、徹底的に自分と向き合って、「今何をしたいのか」という自分の心の声に従うのがいいのかなと思います。
人生100年時代ですから、「やりたいことは全部やる!」くらいの心持ちでいいのではないかと思います。
家族や子どもなど、他の人を優先して、自分のことは後回し。
それが従来の日本女性の美徳とされていたように思いますが、それによって「私はこんなに我慢しているんだから」と、周りの人にも同じように我慢を強いてしまうようなことになっては、元も子もないですよね。
自分がニコニコと、ごきげんでいられるのが一番。そのためには、まずは自分が、自分の欲望に忠実であること。そして、欲望に向かって動くことを否定しないことが大切だと思います。
そういう生き方ができると、周りの人の生き方を否定することもなくなるし、「お互いさま」の精神で、許し合い、励まし合い、共に前に向かって成長できるのではと思います。
私は「弁護士になりたい」という過去の自分の声にしたがったことを、一切後悔していません。弁護士という第二のキャリアを選んで、本当によかったと思っています。
だから、「自分の声を聴いて、自分らしく生きた方がいいよ」って、改めて若い皆さんに伝えたいです。自分の声にしたがって行動をした先には、ハッピーしか待っていませんから。
企画・取材・文・編集/天野夏海 撮影/竹井俊晴
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