医学部入試での得点調整をめぐる裁判、勝訴判決となったものの……日本のジェンダー不平等に関する問題点
過去に注目を集めた人や出来事の「今」にフォーカス。話題になった女性たち、女性の生き方や仕事に関わる出来事……その後、本人や社会にはどのような変化があったのだろう。
2018年、東京医科大学が入学試験で女性受験者の得点を一律で減点していたことが明らかになり、世の中に衝撃が走った。
それに対して立ち上がったのが、「医学部入試における女性差別対策弁護団」。Woman typeでは結成直後に弁護団共同代表の弁護士・打越さく良さんを取材した。
実力社会だから、一生懸命努力して勉強すれば、女性であることは関係がない。そう思っていた前提が覆されたことに、大きな衝撃を受けました。
もしも司法試験で同じようなことがあったとしたら……。そう考えると、今回の件は私にとっても決して人ごとではありません。(出典)
あれから約5年。2022年秋には、東京医科大学に対する損害賠償請求訴訟で勝訴判決が出た。
また、打越さんは弁護士から政治家に転身。医学部入試および社会全体の女性差別の問題について、改めて話を聞く。
>>前回の記事はこちら
「必要悪だからでは絶対に済まされない」“矛盾に満ちた国”日本の女性差別に私たちは怒っていい
勝訴ではあるものの、性差別があったことは認められていない
ーー2022年9月、東京医科大学に対する損害賠償請求訴訟で勝訴となりました。この結果について、どのようにお考えですか?
「主張の一部が認められた」とメディアでは報じられましたが、大きく二つの点で不十分だと考えています。
1点目は、「受験1年度あたり20万円」という慰謝料額です。
単に受験で不合格になったというスポットの話ではなく、合格後に描いていた夢への道筋が閉ざされたわけですから、影響は彼女たちの未来にまで及んでいます。
点数調整がなければ医師になれていたかもしれない被害者のことを考えれば、本来得られたであろう収入などの遺失利益を認める必要もあるでしょう。
それに対し、判決は「受験に不合格だった」という一点のみの慰謝料にとどまっています。
その額も到底納得できるものではありませんし、被害者にとっての個別救済として十分なのかは疑問が残ります。
ーー2点目についてはいかがでしょうか。
「女性だから」が理由の減点が違法であることは認められましたが、その背景にある性差別やジェンダー不平等をはっきりとは認めていない点です。
日本には、個人の尊重と平等を記した憲法13条と14条があります。
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
その憲法の下で、差別が行われ続けてきたこと自体が大きな問題であり、許しがたいことです。
本来は強い違法性が問われるべきことなのに、「属性による得点調整は公正ではなかった」と問題が軽くなってしまっている。
制裁としての慰謝料額が低いことは、強度な違法性を認めていないことの裏返しとも言えるでしょう。
ーー「得点調整の背景には性差別があった」とはっきり認められることが重要なのですね。
中には「公正でなかったことが認められ、前進したのだからいいじゃないか」という人もいますが、明るい未来を築くためには、過去に起きた出来事を正しく捉え、何がだめだったのかを顧みる必要があります。
確かに、今の段階でもこうした訴えをした意義があったのは確かでしょう。大きな社会問題になったことで、その後の医学部の女性比率が高くなったとも聞いています。
ただ、公的な教育機関である大学が、これだけのことをしたわけです。そこへの正当な責任と問題の根幹にある性差別の問題に向き合うことを求めて、今後は控訴を予定しています。
大学側は変わりつつある。一方、差別への抗議に対する抵抗も
ーー前回の取材からの約5年間で、日本の女性差別の問題について、どのような変化を感じていますか?
前回、女性が検察になれる人数が限られていた問題に対して、異議を申し立てたという昔話をしました。
私が司法修習生だった2000年当時、司法修習のクラスの中で、検察になれる女性は1人だけという暗黙の決まりがありました。通称「女性枠」です。
そこで「検察の女性枠を考える会」という集まりをつくって、法務省に是正を申し入れました。
そうしたら、打って変わって「女性枠なんてない」と検察教官。翌年には検察に任命された女性が1クラスに3人出て、「ほら、女性枠なんてなかったでしょ?」と言われた仲間もいました。
「私たちが抗議したからじゃん!」って思いましたけど、言ってよかったですよね。(出典)
これは「声を上げれば正論は勝つ」という手応えを感じた、私の原体験。あれから約20年がたち、今では検察の女性比率は50%を超えているそうです。
医学部入試についても、文科省に入試の状況を見張ってほしいと申し入れたところ、各大学の医学部女性受験者の合格者の割合を注視してくれるようになりました。
それだけでも抑止力になりますから、大学の意識が変わる一つの要因になるでしょう。今回もまた「動けば変わる」ことを実感しています。
理系学部に関連するところでは、「工学部に女性枠が設けられた」というニュースもありました。これもまた、大学側の意識の変化と努力の結果だと思います。
こうしたニュースに対して、SNSでは「逆差別だ」という声が必ず起こりますけど、前回もお話しした通り、今は女性が能力を発揮できる状況にありません。
国会議員や管理職などの一定数を女性に割り当てるクオータ制は逆差別と言われることもありますが、下駄を履かせてもらうどころか、そもそも女性は靴すら履いていないんですよ。
男性以上の下駄を履かせてくれっていうことではなくて、せめて男性が下駄を履いている分、スタートラインを揃えましょうっていう話です。(出典)
女性枠を設けるだけで解決する問題ではないですけど、なぜ女性枠が必要なのかを問われた時に、事例として「こういう大学側の取り組みがあります」と言えるだけでも前進です。
ーー小さくとも、着実に変化は起きているのですね。
ただ、今回の第一審判決で慰謝料の低さや性差別を認めていない点について声を上げても、あまり注目は集まらないように感じています。
それどころか、一部勝訴したことによって解決に向かっている雰囲気すらある。
一生懸命頑張ってきた女性が、性差別が理由で報われない。そんな理不尽な事実に対して怒りを表明したり、抗議をしたりすることに対して、抵抗を持つ人が多い社会だと言えるのではないでしょうか。
それは政治の世界も同じで、自民党政権は「男女平等」ではなく「男女共同参画」という、うやむやな言葉を使っています。「女性の活躍」という、何を持って活躍なのかが不明確な言葉も生まれました。
結果、ジェンダー不平等の問題は置き去りになり、「仕事も介護も子育ても、全部女性がしなさい」という状況になってしまっている。
そうやって責任を押し付けられて、それができないから子どもを産み育てられないと考える人が増えているわけですが、「子どもの面倒は母親がするもの」という固定観念から、「少子化の原因は女性の晩婚化だ」なんて見当違いな発言をする議員もいるわけです。
そうした現状に対し、日本を見限って海外へ行く優秀な若い女性も増えているように感じています。その一方で、力のない弱い立場にいる人たちは自己責任論のもと、どんどん弱い立場に追いやられてしまっている。全くの悪循環です。
セーフティーネットを強化し、お互いを支え合わなければ社会に持続可能性はありません。そして、そのために必要なステップの一つがジェンダー平等だということを、今一度認識しなければいけないと思っています。
身近な人に意見を伝えることも「不断の努力」
ーー打越さんは2019年から参議院議員として活動しています。弁護士から政治家になった理由は何ですか?
私はこれまで弁護士として、選択的夫婦別姓やDVの問題について、国会議事堂で議員へのロビーイング(※)をしてきました。
※特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う活動
なかなか国会が動いてくれないと知人に嘆いていたところ、「それならあなたが議員になったら?」と言われたことが、政治家になったきっかけです。
憲法12条には「不断の努力」とあります。
例えばイギリスでは、女性たちが自らの権利を求めてストライキをし、命を落とすこともありました。不断の努力をする人がいなければ、自由や権利は保持できないのです。
一方、例えば私が接してきたDV被害者の女性たちには、アクションをする余裕がありません。
私は疲れきってしまって未来を考えることができない人たちを支えたいのに、その私が「選挙に出るのは無理です」だなんて、「不断の努力」をしていないよなと。
次世代の人たちから「偉そうなことを言っているけど、傍観者だったんでしょう?」と言われないためにも、自分で政治を動かす方に行こうと思いました。
ーー 一般の女性たちができる「不断の努力」には、例えばどのようなことがありますか?
自分が良いと思う未来に向けて活動をしている人を応援するだけでも、大きな支えになります。
特にジェンダー平等を進めようとする人たちは、SNSをはじめ攻撃をされることも多いですから、身近に応援してくれる人たちがいると思えることが力になります。
私自身選挙を通じて痛感しましたが、励ましのメッセージをくださったり、街頭演説に足を止めてくれたりしてくださる人たちの存在は本当に心強いですし、何よりうれしいものです。
人はお互いの対話の中で考えを形成するものです。説教臭くあれこれ言われるよりも、信頼できる身近な人の働き掛けの方が効果的なのだと思います。
そう考えれば、周りの人に「これはおかしいよね?」と自分の意見を伝えることもまた「不断の努力」と言えるのではないでしょうか。
ーー自分が動いても何も変わらないと思ってしまいがちですが、小さい動きがドミノ倒しのように連鎖して、大きな影響につながることもあるのですね。
その通りです。選択的夫婦別姓や同性婚が注目の政治課題になったのもまた、国会の外の多くの人たちが声を上げた結果ですから。
そして、そうした課題は、一過性の動きではどうにも解決できません。解決に向けて活動をする人たちは、粘り強く取り組んでいます。
今回の医学部入試の裁判にしても、膨大な文献を読み込み、原告の痛みを聞き取ってきた弁護士たちの努力があります。
原告もまた、声を上げることの恐怖やリスクもある中で、それでも声を上げてくださっているから、こうして前進できています。
全ての出来事に対して、ずっと同じテンションで関心を持ち続けるのは難しいと思いますが、それでも節目ごとに皆さんが関心を抱いてくださることは、原告と弁護士にとって大きな意義があるのです。
医学部入試の問題についてはこれから控訴を予定していますので、引き続き経過に注目していただけるとうれしいですね。
参議院議員・弁護士
打越さく良さん
1968年北海道生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。2000年弁護士登録。新潟弁護士会所属。DV被害者や虐待を受けた子どもたちの救済に取り組むほか、医学部入試における女性差別対策弁護団、夫婦別姓訴訟弁護団に加わった。19年7月より参議院議員(新潟選挙区)
企画・取材・文・編集/天野夏海
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